プロローグ
木造二階建ての我が家では、珍しくドタドタと妹達が朝早くに起きてくる音が聞こえている。
「あぁ。今日中には身支度を済ませて出るつもりだ」
僕はこれから旅に出る。「異世界」に。
前日から荷造りを始めると、妹達に気付かれ、やれ一緒に連れて行ってくれだのとせがまれるので、荷造りは出立の当日の明け方とかに済ませる。
まぁ、荷造りとは言っても、魔術で作った異空間に物を収納しておくだけだけど。
「ご飯、冷めちゃうよ~」
下の階からは、姉さんの声と料理をする音が聞こえる。
「そ。なら、行ってきますぐらい言ってやんなよ。花たちにさ。一度行ったらしばらく帰ってこないんだから」
「了解了解」
適当に相槌を打って流す。
だが内心、妹たちに心配かけていることは知っていたし、それを申し訳なくも思っていた。
僕の行き先は「異世界」だから。何があるか分からないのが常だ。それがこの旅の面白さの一つではあるのだけれど。
「そんじゃ、行ってくる」
異世界に転移することができるのが、僕の魔法の一つ、「物語」。通常、魔法とは一人一つ、固有のものであるが、僕にはそれが三つある。
そして、魔法の完全下位互換となるが、誰しもが使える「魔術」。これは、自然の延長線上にあるような力だ。
「まったく。そうやって無視して。帰ってきたときにどうなっても知らないよ?」
「それはその時に考えるさ」
一度姉の方に顔を向けてから、もう一度前に向き直す。
妹達と出くわす前に、さっさと出て行きたい。
「じゃあ、行ってく・・・」
「どこに行くのですかお兄様」
んー・・・。間に合わなかったみたい。
「次に旅するときは、花も一緒にっていったじゃないですか!」
ほら、ヤッパリこうなった。
姉にはそっぽを向かれる始末だ。
「はぁ...」
ため息をついて、油断を誘う。彼女たちに、「ようやく詰ませた」と思わせるのが狙いだ。
「転移」
と、妹達の隙をつき、魔術を使って屋根の上までひょいと移動した。
後ろを向く形で妹達を見下ろし、前に向き直してから、魔法の詠唱を始める。
「屋根の上よ!」
次女の葵の声が聞こえる。
大丈夫。大丈夫だ。彼女たちに転移の魔術は使えない。姉が変な気を起こして手助けしたりしなければ、ね。
普通に登ってくるにしても、魔法の発動に間に合わない。
「残念!今回もお預けだね。ハッハハハ」
彼女たちが必死こいて屋根の上に登ってきた時には、僕は笑顔を向けて旅立っていた。