第6話 バンドの仲間達
翌日の放課後、俺はまた愛歌と一緒にミュージックハウス翼へ行く約束をした。
授業は午前だけで終了したから、一度家に帰ってから近くの公園で愛歌と待ち合わせ、そしてミュージックハウス翼へ向かう。
その最中で、愛歌がどこか不安な顔をしているように見えた。
「どうした?」
愛歌はやはり不安な様子で、
「ううん、何でもないんだけど……ちょっとね」
理由は明確に教えようとせず、ただそう答えた。
考えなくても、俺には分かった。面識のない人間三人(一応、クラスが同じ奈々のことは学校で紹介してあるのだが)と会いに行くのだ。初めて会う人と接することが得意じゃない愛歌には、やはり不安なのだろう。
彼女がそう感じることは分かっていた。だからこそ、俺がちゃんとフォローしなければならない。
「心配する必要なんかないさ、皆良い奴だし俺もいる。愛歌だけ一人になんてさせないからさ」
そう言うと、愛歌はやっと笑みを見せてくれた。
「うん……ありがとう治」
やっぱり彼女には笑っていて欲しいと、俺は心の底から思った。
そんなこんなで、俺達は昨日に続いてミュージックハウス翼を訪れた。入口のドアを開けるとドアベルの音と共にやっちさんが出迎えてくれて、またあのスタジオに向かう。
防音扉越しに、歌声と共にギターとベースの音が聞こえた。
「もう皆来てるな、練習始めてるよ」
ノブに手を掛けて、俺はもう一度愛歌を振り返った。まだ彼女の面持ちからは、緊張の色が消えてない。フォローするとは言ったけれど、やはり初対面の人と会うのは不安なのだろう。
俺は慣れてるけど、彼女はそうじゃない。だから配慮しないと。俺は今一度愛歌に、
「大丈夫か? もし嫌になったなら……」
愛歌はすかさず、首を横に振った。
「ううん違うの、初めて会う人だとやっぱり私、ちょっと緊張して……でも、大丈夫だから」
俺は事前に、リアムと光彦にも愛歌が今日ここに来ることは伝えてある。あの二人なら彼女を迎えてくれると思う。
今一度、俺は愛歌に確認した。
「そっか、それじゃ……行けるか?」
今度は、愛歌は首を縦に振った。
それを見届けて、俺は重たい防音扉を開ける。
演奏がぴたりと止む。中にいた三人の仲間が俺らの方を向く、その内の一人が言った。
「待ってたよ治。あ、美玲さん」
奈々だ。
いつも通りTシャツにジーンズ姿の男の子みたいな恰好で、ギターを提げている。奈々が愛歌に手を振ると、愛歌もぎこちなく手を振り返した。
そして、続いて声を発したのはベース担当の光彦だ。
「お疲れです治さ……ん?」
光彦は疑問交じりの声で言葉を終わらせる、俺の後ろにいる愛歌に気付いたのだろう。
ギターをスタンドに置くと、リアムが俺と愛歌の方へ歩み寄ってくる。
「治、その子が転校生の?」
俺は頷くと、
「そうさリアム、俺達の新しい仲間だよ」
俺は愛歌を振り向いた。彼女は緊張してしまっているようで、俺に隠れるようにして身を屈ませている。まあ、当然と言えば当然の反応だろう。
無理にくっつけようとせず、俺は一人ずつ紹介することにした。
まず俺は、手近にいたリアムを手の平で差し、
「阿隝リアム、パートはギターとボーカル。歌もギターもすげー上手いんだ、このバンドの顔みたいな存在さ。イケメンだろこいつ、結構モテるんだぜ」
担当パートに加えて、軽くリアムを紹介する。
カッコいい顔、運動神経、頭の良さ……リアムは男子が求めそうな全てを備えていた。ラブレターを貰ったこともあるらしいし、バレンタインデーにはチョコを十個くらい贈られたこともあるそうだ。
リア充って言葉はこいつの為にある、って言っても過言じゃないな。
ただ一つ、欠点があるとすれば、
「余計なことは言うな治」
真面目過ぎて融通がきかない、って所だろうか。
リアムは愛歌に向き直った。向けられた女子全員がハートを射抜かれそうな笑顔が、その顔に浮かんでいる。
「リアムだよ、よろしく」
愛歌は小さな声で、「よろしくお願いします……」と答えた。
初めての相手だから緊張しているのか、それとももしかしてリアムの格好良さに心奪われたのかもな。
さて次は、
「暮橋奈々、担当はギターとピアノ、それとたまにボーカル。こいつのことは知ってるよな?」
奈々は他の二人と違い、俺と同様愛歌と同じクラスだから面識はあった。だから愛歌にはリアムの時より、緊張した様子は薄い。
猫の足跡ステッカー付きのギターを提げたまま、奈々は愛歌にぴらぴらと手を振って、
「やっほー美玲さん、ミュージックハウス翼へようこそ。これからよろしくね」
愛歌は頷くと、リアムの時よりは大きな声で応じる。
「よろしくお願いします」
で、最後はこいつだ。
最後に残った一人の方を向き、俺は彼を紹介する。
「守村光彦、担当はベースとバッキングボーカル。俺と一緒にバンドのリズムを担う相棒さ、ちなみに学年は俺らより一個下で小五な」
俺が紹介すると、光彦が歩み出る。
そしていつものお堅い敬語で、
「よろしくお願いします。ちなみに自分、学校では『のび太』って呼ばれてます」
こう言っちゃ申し訳ないが、光彦は色々と残念な奴だ。
不器用だし、学校の成績もイマイチ、運動神経も良くない。中身もそうだが、短い髪に眼鏡をかけているせいで、見た目までドラえもんに出てくるのび太に似てるんだ。俺らはそんな呼び方はしないで、ちゃんと『光彦』って呼ぶけどな。
だが、ベースの腕は間違いなく本物だ。光彦じゃなきゃ、このバンドを支える『芯』の役割を果たせないと思う。
それにこいつの人間性が、俺は好きだ。才能に乏しくても素直で明るくて人当たりが良く、少なくとも俺らからは好かれている可愛い後輩だ。
愛歌がくすりと微笑んで、呟いた。
「ぷっ、のび太……!」
面白かったみたいだな。
光彦が食い入るように愛歌に言う。
「あ、今笑いましたね?」
愛歌は首を横に振った。でももう、誤魔化しようはない。
けどすぐに打ち解けた感じで、掴みはいい感じだ。光彦とは仲良くなれそうな感じだ。
そして俺は、愛歌に言う。
「ま、いきなり全員の名前覚えろって言っても無理だろうし……これから一緒にやってくうちに自然に覚えるだろうさ」
すると愛歌は、
「うん、早く皆の名前覚えて……仲良くなれるようになりたいな」
その言葉で、俺は理解した。
彼女は人と接することは少し苦手なのかもしれないが、少なくとも嫌いではないんだ。それなら大丈夫だ、きっとここにいる皆とも仲良くなれるだろう。
そして俺は改めて、
「俺がバンドリーダーってことになってるから、何かあったら言ってくれ。協力するからさ」
愛歌は頷いた。
「治、ありがとう」
病気のことでクラスメイトにいじめられた愛歌、その辛さは俺達には想像もつかない。だからこそ、これから彼女には楽しい思いをして欲しい、笑顔になってもらいたい。
その為にできることがあるなら、何でもしよう。俺はそう強く思ったんだ。