第42話 もう一度だけ
もう一度だけ……か。
奈々が今日のために作ったオリジナル曲……どんな曲なんだろう?
その答えは他でもない、奈々自身が自らの演奏をもって教えてくれた。
俺や光彦、阿嶋、やっちさん。それ以外にもここに集まっているたくさんの人達……多くの視線を引き受けながら、奈々は演奏を始めた。
細くて長い彼女の指が、アコースティックギターの弦をはじく。
穏やかで柔らかくて優しい……それでいて力強くて、芯の強さが内包されたような音色が、会場へと放たれる。
――何年かぶりに聞く、奈々のギター。
まずは率直に、めっちゃ上手くなってると思った。
根本的に昔から、奈々は総合的な音楽の才能において、バンドの中でも一番だと俺は思っていた。メインといえるギターのみならず、キーボードもボーカルもできる……マルチプレイヤーだったのだ。
ひとつひとつの音が、とても丁寧だった。丁寧だけじゃなくて、胸に訴えかけるようなメロディーだった。
どことなく切ない感じがするけれど、それでいて一途に訴えかけるような……俺の語彙力では言い表せそうにないが、とにもかくにも、そんなかんじだった。
奈々が作り出す物語に魅了されているのは、俺だけじゃなかったらしい。いつのまにか、会場の人達が手拍子を始めていた。
ギターを奏でる指を止めないまま、リズムに乗るように小さく身体を左右に揺らしながら、奈々が口を開く。
もしも あなたが今でも
隣にいてくれたなら
私の声は届いたのかな
ずっとノックしていたんだよ
遠ざかりゆく背中
呼び止めることもできなくて
いかないで
ここにいて
お願い振り向いて
そう叫びたかった
枯れた花はもう咲かない
思い出はいつか消えてしまう
全てが元通りになるなんて
そんな奇跡は望まないけれど
もう一度だけ
そうもう一度だけ
あなたと一緒に
――演奏は、三分に届くか届かないかくらいだったんだと思う。
でも俺は、奈々の歌を聞いている時間がまるで永遠のように感じられた。
演奏が終了した瞬間、集まった人達が大きな拍手をした。それを聞いて、俺はようやく我に返って……取り繕うように、慌ててぎこちなく拍手をした。
聞きほれてしまっていた。気づいた時には奈々の歌に聞き入ってしまっていて、彼女が紡いだ物語に引き込まれていたんだ。
ギターも歌も、上手かった。でも、それだけじゃない。
奈々の曲には……ドラマがあった。
もちろん確証はないのだけれど、実体験に基づいて作られた気がして……そうじゃなければ、絶対に作れなさそうな曲だった。
好きな誰かがいて、だけどその人に自分の気持ちは届かなくて、奇跡を望んだけれどそれも起こることはなく、結局お別れとなってしまった実体験。でもその記憶を決して疎んだりはせず、誰かを好きになったということを人生の一部として昇華し、前向きに歩み出そうとする強さ。
――誰に宛てた曲なんだろう?
俺は思った。
創作のみで書ける曲じゃないとすれば、歌詞に込めたメッセージの相手がいることになる。
奈々が歌にして残そうとするほど、一途に想っていた誰か……最初は、リアムなんじゃないかと思った。でも、奈々自身がリアムとは付き合ってないって言ってたし、たぶん違う気がする。
だとしたら、転校してくる前に仲が良かった……もしくは、好いていた誰かなのかもしれなかった。
思えば、奈々は小学校低学年の頃に転校してきた。俺は転校の経験なんてないから分からないけど、それまで親しかった友達とかと急に離れ離れになるなんて、さぞや辛いものだろう。
とはいえ、それもあくまで俺の仮説だ。
誰に向けた曲なのか、そう奈々に訊いてみるのが一番早い。
けど、そんな質問ができるはずもないし、わざわざ突き止めようとも思わなかった。
「ありがとうございました」
一礼した奈々が、ギターをやっちさんに手渡してワンマンショーを終える。
皆のところに戻る最中、彼女がまた俺のほうを向いた気がした。
えっ? 俺は疑問に思った。こちらを見る奈々が、悲しげというか、寂しさの滲んだような表情を浮かべていたからだ。
気のせいか? そうじゃないとしたら、どうして?
考えてみても、俺には分からなかった。
◇ ◇ ◇
――今のは、あなたのための曲だよ。
本当なら、私はすぐにでも治にそう伝えたかった。でも、そんなことができるわけもない。
彼がこのバーベキュー大会に参加したのは、はっきり言って予想外だった。
治の姿を見つけた時、私は驚いて、それに困惑した。だって、今の曲を他でもない彼に聞いてもらうことになるわけだから。
最初は恥ずかしいと思った。
でも、今は聞いてもらえてよかったと思ってる。
演奏を終えた時、私は思わず治のほうを向いてしまった。
視線が重なった途端、急に恥ずかしくなってすぐに目を逸らしたけれど……私は改めて、思った。
帰ってきてほしい。彼を連れ戻したい。
今まで、それは絶対に不可能なことだと思っていた。
治が一緒にいたあの幸せな夏は、歌詞に取り入れたようにもうすでに『枯れた花』で、どんなことをしても取り戻せないものだと思っていた。
だけど、このバーベキュー大会を通じて彼と話してみて、もしかしたら、不可能じゃないかもしれないと感じられていた。
事情は知っているから、可能性はゼロに近いのは知ってる。
それでも、もう一度だけ……彼と一緒にステージに立ってみたい。彼の打ち出すドラムを受けながらギターを弾いてみたい。私のヒーローだった治に、また会いたい。
そう思わずには、いられなかった。




