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ヒーローという言葉の意味を知らない僕達は。  作者: 虹色冒険書
高校生篇 再会・そして僕がヒーローになるまで
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第39話 ベースは不要な楽器


「だ、大丈夫です……!」


 光彦は慌てて立ち上がり、治に背を向けた。

 平静を装ったが、自信はない。今にも涙をこぼしそうだった自分の顔を見られないようにするのが、精一杯だった。


「こんなの、分かっていた結果ですから。まともに演奏もできないのに、ライヴに出ちゃった自分が悪いんですから……迷惑をかけて、ほんとすみません……」


 ライヴへの出演を打診された時、やはり断るべきだった。

 痛みに、悔しさに、劣等感。そして今は、治に対する申し訳なさが一番大きかった。自分が下手であるがゆえに、先輩に迷惑をかけたという罪悪感――それに突き動かされるかのように、謝罪の言葉が口をつく。

 光彦は、治に背を向け続けていた。

 振り向くことは、できそうになかった。

 

「最初から上手い奴なんかいないんだよ、失敗するのだって大事な経験だぞ」


 責められると思っていた。

 意外なことに、投げかけられたのは励ましの言葉だった。だが、責められる以上に胸が痛んだように感じられた。

 しばらくのあいだ、光彦は返す言葉を見出せなかった。治も何も言わず、まるで次の言葉を委ねられているように、光彦には感じられた。


「……『のび太』」


「ん?」


 俯くように視線を落とし、自分の靴の先を見つめながら、光彦は口を開く。


「自分、学校ではそう呼ばれてるんです。この見た目もそうなんですけど、勉強も運動もまともにできないから、中身まで似てるって……バカにされるのはもう、日常茶飯事なんですよ」


 自虐的に笑いながら、光彦は語った。しかし、到底笑えるような話ではなかった。


「もしかしたら、『ベースなら自分にもできるかも』って思ったんですけど……やっぱりダメでしたね」


 光彦は、ベンチに置かれた自分のベースに視線を送った。


「なんとなく、似てる気がしませんか? このベースと、自分……」


「どういう意味だ?」


 治が問うてくる。光彦はやはり、振り向かないまま答えた。


「ベースって……正直言って『不要な楽器』じゃないですか。ギターと違って地味な音しか出せないし、目立たないし、ベースがいなくなったところで、別にバンドは成り立つと思うんです。ネットで検索しても『ベースはバンドに必要ない』って意見も結構見かけますし……地味で目立たなくて、不要。はは、まさに自分のことだと思えましてね」


 スマホもパソコンも持っていない光彦だが、たまに父親のパソコンを使わせてもらえることがあった。

 そこでベースについて調べてみたのだが、そういった意見があって驚いたし、ショックでもあった。

 全力を以て挑戦してみようと思っている楽器がそんなふうに言われているのは残念にも思えたが、一理あるとも思えてしまった。

 その心の靄が、今回のライヴでの演奏に影響をもたらしてしまったのかもしれない。


「お前、悔しくないのか?」


 黙っていた治が、問いかけてくる。

 光彦は息をのんだ。的のど真ん中を貫くかのように、今の光彦にとって核心に迫る質問だったからだ。

 拳を握った。再び色々な思いが込み上がり、胸が激しく揺さぶられるような感覚になる。


「悔しくなんか、ないです……だって、当然の結果ですから」


 そんなはずがなかった。

 だが、光彦にはそう言うしかなかった。

 今にも悔し涙がこぼれ落ちそうになる中、まくし立てるように言葉を続ける。


「ダメな奴はずっとダメなまま、変わろうだなんて思うこと自体が間違いなんです。自分みたいなハズレの人間は、ハズレらしく過ごしてればいい……もうずっと、こうやって負け犬のままでいるのがお似合いなんです……」


 自分を貶す言葉が、翻って胸に突き刺さって、心をズタズタの血まみれにしていく。


「どうして何も言わないんですか? 指差して笑って……貶してくれていいんですよ。そうしてくれたほうが……」


 そうしてくれれば、諦めもついたことだろう。

 そして今後はもう二度と、変わろうなどとは考えないに違いない。


「光彦」


 突然だった、治が光彦の言葉を遮ったのだ。

 そして。






「お前、こっち向いてみろ」






 予期せぬ言葉に、頭が真っ白になった気がした。

 

「……嫌です」


 拒否するのは当然だった。

 とてもじゃないが、今の自分の顔を人になど見せられないと光彦は思っていた。


「向いてみろよ」


「嫌です」


「向いてみろって!」


「嫌です!」


 同じやり取りを数度繰り返すと、治は黙った。

 根負けしてくれたのかと思ったが、そんなはずはなかった。背中に歩み寄ってくる物音と気配を感じた瞬間、光彦の両肩ががっちりと掴まれ、ぐるりと強引に振り向かされた。


「わ、わわっ!?」


 頬を伝っていた涙が、吹き飛ぶほどの勢いだった。

 治は、涙と鼻水だらけの光彦の顔をじっと見つめたあとで、ふっと優しく微笑んだ。


「バレバレの嘘は、つくもんじゃないぜ」


 顔が見えなくとも、治にはお見通しだった。

 悔しくないのか、という質問に対して光彦は『悔しくない』と答えた。しかし、本音は真逆だった。上手く演奏できなかったことが悔しくて悔しくて、今にも泣き出しそうだった光彦の気持ちを、彼は見抜いていた。

 

「……悔しいです」


 もう、本音を隠すことはできなかった。隠す必要もなかった。


「悔しいです……治さん……!」


 俯いてボロボロと涙をこぼす光彦、そんな彼の両肩から手を離し、治はベンチに腰を下ろした。

 自分の隣を指差しながら、


「ま、座れよ」


 涙を手の甲で拭いつつ、促されるまま、光彦は彼の隣に座る。

 

「ドラえもんが未来に帰っちゃう時の話、知ってるか?」


「え?」


 光彦が治を向くと、彼は天井を見上げながら語った。


「その時ののび太さ、ドラえもんに心配をかけたくないって理由で、ひとりでジャイアンに決闘を申し込むんだよ。ボコボコにぶちのめされて、眼鏡を割られて、泥だらけにされても、『自分の力で勝たないと、ドラえもんが安心して帰れないんだ』って、帰って行こうとするジャイアンに飛び掛かってまでさ……」


 光彦は、驚いた。

 治が言うエピソードを見たことがなかったので、のび太にそんな一面があったなんて知らなかったのだ。


「その時ののび太、俺はすごくかっこいいと思ってさ。自己満足じゃなくて、友達のためにあんな死に物狂いになれるなんて……まじで、『ヒーロー』だと思ったんだ」


 そこで治は、やっと光彦に視線を向けた。


「お前が思ってるほど、のび太って情けなくて不甲斐ない奴じゃないと思うぜ?」


「そんなことが……」


 これまでの認識を根本から覆される話に、光彦は目を丸くした。

 

「それからもうひとつ、俺はお前に言いたいことがある」


 光彦は、思わず身構えた。

 そう宣告する治の表情がとても真剣で、声にも力が入っていたように思えたからだ。


「お前は、ベースっていう楽器を派手に誤解してる!」


「え……?」


 光彦の隣には、彼の相棒たるベースが置かれたままだ。

 スタジオを飛び出した際、流れでここに持ってきてしまったものだった。 


「お前が言ったとおり、たしかにベースはギターみたいに目立つ楽器じゃないし、あれに比べれば派手さや華やかさも乏しくて、地味な印象を受けるかもしれない。必要ないって感じる人が出てるってのもまあ事実だ」


 光彦がベースに抱いていた印象をそのまま口に出すように、治は言った。

 だが続いて、彼はそれを完全否定する。


「だが、ギターに比べて目立たないのも、派手さがないのも当然だ。見た目こそ似てるかもしれないけど、ベースはギターとはそもそも音域も役割も違う。ドラムと連携して曲の低音部を支える、『リズム隊』なんだからな。その必要性と重要性を考えれば、はっきり言ってギター以上にミスが許されないパートなんだぜ? ギターが下手なら『あいつ下手』で済むけど、ベースが下手だったら『このバンド下手』って言われちまうんだからな」


 光彦は涙も拭わず、頷きつつ治の話に耳を傾けていた。

 勧められるがままに始めたベースだったが、そんなに重要な楽器だとは知らなかったのだ。


「ベースがいなかったら、曲の低音部が抜け落ちちまう。ドラムとギターとの繋がりが失われて、そのあいだに溝が生まれちまって……一体感も安定感も厚みも、深みも締まりもなくなって、スッカスカで迫力のない音楽になっちまうんだぜ」


 ベースについて真剣に語る治から、光彦は視線を逸らすこともできなくなる。

 ドラマーである彼の話であるからこそ、説得力があるように思えた。


「ボーカルはバンドの『顔』、ギターはバンドの『華』、ドラムはバンドの『要』、ベースは何だと思う?」


「え、えっと……」


 治は、光彦が答えるのを待たなかった。


「ベースは、バンドの『司令塔』。縁の下の力持ちで、陰の主役さ」






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ベースいないとか無理ですわ! がんばれ光彦! ベースヒーローになれよ!
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