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ヒーローという言葉の意味を知らない僕達は。  作者: 虹色冒険書
高校生篇 再会・そして僕がヒーローになるまで
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第25話 痛みとの対話


「それじゃあ、今日からこの班に美玲を加わらせる。掃除の段取りとかゴミ捨ての場所とか、必要なことを教えてあげるように」


 その日の放課後、俺は先生からの突然の宣告に目を丸くした。

 なんと、美玲が俺と同じ掃除当番の班に加わってきたのだ。それまで五人だった班が、六人に増えたことになる。他の班員からすれば人数が増えたのは喜ばしいことなのだろうが、俺にとっては違った。

 それもそのはず……俺にとって彼女は因縁深い相手だ。一緒に掃除するなんて、やりづらいに決まっていた。


「よろしくお願いします」


 一礼しながら、美玲が俺達に挨拶する。

 他の班員はそれに応じたが、俺は驚きやら困惑やらで頭が一杯になってしまい、まともに返事もできなかった。

 美玲がこちらを見てきたけれど、俺は慌てて視線を逸らした。

 何と言えばいいんだか、気まずくて彼女のほうを見ることすらできなかったんだ。

 幸いにも、他の班員が美玲に掃除のやり方を教える役を買って出てくれていたので、俺は彼女と話す必要もなかった。転校してきてからまもなく、美玲は暮橋と並ぶ美少女としてすでに有名になっており、男子からすればあの手この手で接点を構築したいものだろう。動機はともかくとして、今はその下心に感謝するしかなかった。

 教室の端っこを箒で掃きながら、俺は恐る恐る美玲に視線を動かしてみた。

 

 ――病気、治ったんだな。

 美玲の様子は昔とは打って変わったようで、かつて発作に怯えながら学校生活を送っていたとは思えないほどに健康であるように見えた。

 小学校の頃、美玲が転校してきた時は、先生やクラス中から非常に気遣われていたのを覚えている。美玲にショックを与えたり怒ったりしてはいけない、マラソン大会は見学で掃除当番も免除されて……病気が理由ではあるものの、まさに特別扱いって感じだった。

 でも、今の美玲は普通に掃除当番もやっていて、先生から特に彼女の病気に関する説明を受けることもなくて……どこにでもいる女子高生として、普通の学校生活を送っているように見えた。

 そもそも、こないだは普通に徒歩で帰宅しようとしてたし、少なくとも身体は良くなったんだろう。

 まさか、病気の娘に歩いて帰宅させる親はいないだろうし。

 親?

 そこで俺は、引っ掛かるものを感じた。

 美玲の母親……それを考えていると、連鎖的に他の嫌なことまで頭に浮かんできそうになっちまって、箒を大袈裟に動かし、思考を無理やり掻き消した。


 日ごとにそうしているように、一通りの掃除手順を終えた。

 床を掃き清め、集めた埃をゴミ箱に捨て、生徒が退室間際に下げた机や椅子を全部元通りにする。

 最初から最後まで、美玲に教示する役は他の班員……とりわけ男子の生徒が喜んで引き受けてくれたので、俺は彼女に話し掛けるどころか、近くに寄る必要すらなかった。最初から最後まで、ただ黙々と自分の持ち場で手を動かしているだけで済んだ。

 これからも、こんな感じでやっていけばいい……そう思っていたのだが、


「ん? ゴミ箱のゴミ、結構溜まってきてるな……よし埜上、美玲と一緒にゴミを捨ててこい」


 掃除が終わりに差し掛かった頃、先生が突如として俺に命じてきたのだ。

 他の班員に比べて忙しくないとでも思ったのか、他に理由があったのか……とにかく、俺が指名された理由は謎だった。


「げっ……!?」


 面食らった俺は、思わず変な声を出してしまった。


「どうした? 不都合でもあるのか?」


 もちろん先生は、俺と美玲のあいだにある因縁など知る由もない。

 できることならば、何らかの理由を付けて拒否したかった。しかし俺は、すぐにもっともな返事を見出すことができなかった。


「あ、いえ……分かりました」


 そうして俺は、美玲をゴミ捨て場まで案内する役を任されることとなってしまった。

 燃えるごみと空き缶やペットボトル、それぞれのゴミ袋の口をぎゅっと縛り、ふたりで分担して持つことになる。俺は、あえて重たい空き缶やペットボトルの袋を選んだ。燃えるゴミの袋はまだ軽いから、美玲でも簡単に持ち運べるだろうと思ったのだ。

 他の班員が掃除を続けている中、俺は美玲を伴って教室から出る。


「行こう」


 美玲は俺の言葉に頷いたけど、それ以降はお互いもう何も喋らなかった。話し掛けようにも、言葉が見つからなかったのだ。

 ゴミ袋を手に提げて廊下を歩く最中、隣を歩く彼女を瞥見してみた。綺麗な横顔は少し俯いていて、長く伸ばされた黒髪がさらりと揺れていた。

 お互いに何も言葉を発せず、黙ってゴミ捨て場へと向かい続けた。

 沈黙が重たい……とは感じたが、もちろん話し掛ける勇気はない。

 ふと俺は、疑問に思った。こないだ俺は、美玲を景南の生徒から庇って助けた。そのことについて、彼女はどうおもったのだろうか。俺に助けてもらって感謝したのか、あるいは小学校の頃のように、俺の行動を『余計なこと』だと感じ、疎ましく思ったのか。

 小学校の頃の出来事を思い出せば、後者の反応のほうが自然に思えた。けれど、それだと引っ掛かることがある。

 あの時、美玲はリンチに遭ってボコボコにされた俺の顔にハンカチを当てた。疎ましく感じている相手に、そんなことをするものだろうか……。

 気にはなったものの、理由を尋ねることもできなかった。

 廊下を歩き、階段を下ってまた歩くこと一分くらいだろうか。俺達は二階にあるゴミ捨て場に辿り着いた。ゴミ箱のゴミが溜まり込んだら、袋ごとここに持ってくる決まりになっていた。

 ゴミ捨て場は扉で区切られているのだが、ゴミが集まる場所ともあって、廊下まで異臭が漂ってきていた。今は夏場だから、なおさらだ。


「捨ててくるよ、ここには入りたくないだろ?」


 俺は美玲から、燃えるゴミが押し込まれたゴミ袋を受け取った。

 もともと俺が持ってきた燃えないゴミと空き缶やペットボトルの袋を合わせて、計三つのゴミ袋を持ってゴミ捨て場に向かい、それぞれを所定の場所にぶん投げて戻ってくる。

 美玲は、俺のことを待っていた。


「ここがゴミ捨て場……持ってきたゴミ袋は、この中の所定の場所にぶん投げるんだ」


「っ……うん」


 俺の顔を見つめつつ、どこか心ここにあらずといった感じで、美玲は返事をする。

 そしてまた……沈黙。

 それ以上言葉は続けられず、彼女は黙って俺の顔を見つめてくるだけだった。


「それじゃ俺、ちょっと用があるし……先に教室に戻ってるから」


 それは嘘だった。

 昔の出来事が原因で、美玲とは一緒にいてはいけない気がして……とにかくこの場から、美玲から離れたかっただけだった。

 返事を待たずに、彼女を振り切るようにして駆け出す。


「っ、待って!」


 投げかけられた言葉に、一瞬足を止めそうになった。

 まさか引き留められるだなんて思っていなかった。けれど俺は、聞こえないふりをしてその場から去ろうとした。

 しかし、


「うっ、ごほっ……けほっ……!」


 咳き込む声がして、俺は今度は足を止めた。

 振り返ると、美玲が腹部と口元を押さえ、身を屈めるようにしていた。


「ちょっ……おい!」


 その場から去ろうとしていたことも忘れて、俺は美玲に駆け寄った。

 彼女は目を固く閉じ、苦しそうな表情を浮かべていた。それは小学校の頃にも見た、発作とまったく同じ状態だった。


「大丈夫か?」


 俺が呼び掛けると、美玲は言葉こそ発しなかったものの、頷いた。


「うん、少し……座っていれば……!」


 俺に応じると、美玲はゆっくりと、それでも自力で廊下の脇に設置されたベンチに歩み寄り、そこに座った。

 その後も彼女は咳を何度か繰り返したが、やがてその表情から苦悶の色は薄らいでいき……落ち着きを取り戻すと、再び俺と視線を重ねた。


「病気、治ってないのか?」


「昔より良くはなったんだけど……少し後遺症が残っちゃったみたいで、たまにこんなふうに胸が苦しくなることがあるの」


 先生を呼ぼうかとも思ったが、そこまでする必要はないようだ。

 高校生になった美玲とちゃんと話したのは、恐らくそれが初めてだった。


「先生方は知ってるのか? その……病気のこと」


 ベンチに座ったまま、美玲は首を横に振った。


「お母さんが、私の病気のことは何も言わないようにしていたから……」


 ――お母さん、美玲のその言葉が、俺の頭の中を反響する。

 そして、再び過去の出来事が頭に浮かび始め、彼女と一緒にいてはいけないという思いが湧き上がってきた。昔美玲や、美玲の母さんに言われたことを考えれば、こうして彼女と会話すること自体が言語道断であるように思えたのだ。


「そっか……もう俺、行ったほうがいいよな。昔みたいに、美玲の身体に障るようなことはできないから……」


「っ……!」


 息をのみながら、美玲がベンチから立ち上がった。

 胸元で拳を握り、彼女は口を開く。


「ごめんなさい、あの時は……!」


「いや! いいんだ、もう……」


 彼女が謝罪を口にしたことには驚いたけれど、俺は彼女の言葉を制し、その場から立ち去った。

 美玲は、今度はもう引き留めてくることはなかった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 美玲…治ってないのか… そして、悪かったという気持ちはあるのね…
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