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ヒーローという言葉の意味を知らない僕達は。  作者: 虹色冒険書
小学生篇 出会い・そして別れ
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第2話 転校生は完璧少女


 朝はいつも決まってだるい気分だけど、その日だけは少しばかりワクワクしていた。理由は明確、転校生の顔を拝めるからだ。

 教室の扉が開き、先生と一緒に見たことのない子が教室へと入ってくる。その子こそが、例の転校生なのだと理解した。

 ――女の子だ。黒い髪の毛を背中まで伸ばして、茶色いワンピースを着てて……左目の下にほくろがある。ざわめきの中、周囲の男子が「わ、めっちゃ可愛い……」と発したのが耳に入った。

 俺的な印象では……物静かで淑やかで、おとなしそうな子だ。下を向きながら歩くその仕草も、そんな印象を際立たせている。

 先生が手を叩いた。 


「ほーら皆静かに、お待ちかねの転校生だぞ」


 先生が転校生の肩をぽん、と叩いて「さ、自己紹介して」と告げる。その女の子はぴくんと体を震わせて、顔を上げた。

 ……ふーん、確かに可愛い顔をしてる。少なくとも、俺のクラスの女子連中の中じゃ頭一つ抜けてる感じだ。それになんつーか、着てる服もちょっとお高そうに見える。どっかの金持ちのお嬢様、なのかもしれないな。

 周りに視線を泳がせながら、彼女は口を開く。


「み、美玲愛歌みれいあいかです、その……よろしく、お願いします……」



 ◇ ◇ ◇



 美玲愛歌。

 彼女という存在がクラスに加わってから、色々と変化があった。

 まず始めは……美玲がクラス中の人気者となり、話題の大半を占めるようになったことだ。


「はい注目。お前らの中で、これを何て読むか分かるやつはいるか?」


 国語の授業の時間、先生は黒板をバンバンと叩きつつ、冗談めかしてそう質問した。

 そこに書かれていた内容は、『論う』。

 議論とか討論の『論』だっていうのは分かるが、そこに『う』という送り仮名が付いてるんだ。……『ろんう』? なわけないな。

 クラス中がざわめくが、挙手する者は誰一人としていない。つまり、誰も分からないんだ。

 ――そんな中、


「ん? 美玲、お前読めるのか?」


 先生がそう言い、同時にクラス中の視線が美玲に釘付けになる。そんな中彼女は、毅然とした面持ちでぴしっと手を上げていた。

 そして、澄み切った声で美玲は返答する。


「『あげつらう』です」


 先生が絞り出すように、「おおお、まじか。漢検準一級クラスだぞ……?」と発したのが聞こえた。漢検準一級って、確かとてつもなく難しいレベルだったよな。

 国語に限らず、美玲の天才ぶりは他の教科でも発揮された。数学では先生曰く、満点を取らせないための高難易度意地悪問題をクラスでただ一人正解し、社会では歴史のややこしくて面倒くさい問題を全問正解、英語体験の特別授業では、ゲストの外国人の先生と英語で普通に会話してた(その外国人の先生は、そりゃもうすごい驚いた顔してた)。

 とにかく美玲が授業で発言するたび、皆が彼女を褒めたんだ。


「すげえな美玲さん」


「愛歌ちゃん、天才だね」


「天才少女だね」


 ――天才少女。

 美玲はいつしかそう呼ばれるようになり、クラスの皆の輪の真ん中にいた。

 見た目も可愛いし頭もいい、それでいて自分の才能を誇示することもなく、控えめな性格……そんな完璧超人の周りに、人が集まらないはずがなかった。

 けれど美玲は人と接することが得意ではないらしく、自分から他人にはほとんど話しかけなかった。話しかけられても笑顔は浮かべるけれど、あまり会話を続けようとはしない感じだな。

 まあ、俺は話しかけようともせず、遠くから彼女を見ているだけだったけど。


 そして、変わったこと二つ目。


 美玲に対して、クラス中が気を遣うようになったんだ。

 先生から事前の説明があった通り、美玲は難しい病気を持っているらしい。激しい運動はさせちゃいけないし、もしものことがあったらすぐに先生へ知らせなければならなかったんだ。

 それが初めて起きたのは、理科の授業の時だった。

 先生が水溶液の性質……リトマス紙は酸性で赤色に、アルカリ性で青色に変わるとか説明してた時、美玲がいきなり咳き込んだんだ。ただの咳じゃなくて、それまで聞いたこともないほど激しくて苦しそうで、血でも吐くんじゃないかと思えるくらいのレベル。咳き込みながら苦しげに胸に手を当て、その表情は苦しみに満ちていて……何だか変な汗もかいていた。

 生徒全員、授業そっちのけで美玲に駆け寄った。先生も授業を中断して、保健の先生を呼んでくるとか言って教室から出ていった。

 けれど、大事にはならなかったんだ。

 いつも決まって美玲の咳は次第に収まり、短ければ数秒、長くても一分くらいの時が過ぎれば彼女は平静を取り戻した。だけど念のため、保健の先生が美玲を保健室まで連れて行った。


 そんなことが、何度か起こった。

 発作を起こす時(俺達は美玲が咳き込むことを、発作と呼んでいた)はいつ起こすか分からないので、皆美玲に気を遣うようになったんだ。

 美玲にショックを与えてはいけない、怒ったりしてもいけない。皆先生からそう教え込まれ、掃除当番も免除、マラソン大会という名の拷問も一人だけ見学……正しく特別扱いって感じだな。


 でも、美玲を恨んだり妬んだりする声は聞いたことがない。多分彼女の完璧ぶりが支持を集めてるから、そんな感情を抱く奴なんて出てこなかったんだと思う。

 そんなこんなで、皆から気遣われつつ美玲はクラスに馴染み、口数も少しばかり増え、笑顔を見せることも多くなっていった。まあ俺は相変わらず、遠目に彼女を見ていただけだったけど。


 ――まさか、美玲が今とは真逆の立場に置かれることになるなんて、クラス中から憎まれる存在へと変じるなんて……夢にも思わずに。






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