本棚をあさる女
コネコさんが、ぼくの部屋にやってくることになった。
コネコさんというのは、本名じゃない。
大学の軽音部でみんなから呼ばれているあだ名である。
小柄で、すらっとしていて、整ったショートヘアに、かわいい顔。
頭の回転が速い器用なタイプで、フォークギターを器用に弾きこなした。
ブラジル音楽ふうのテンションコードとシンコペーションのフレーズを、繊細なタッチでつま弾く。演奏はおしゃれで、みんなの目を惹いた。
ぼくは本当はキーボードを弾きたかったが、ヘタクソなのでドラムを叩くことになった。バンドの中で目立つこともない。
まったくもって、冴えなかった。コネコさんとは、えらい違いだ。
古いビルの一階が、ぼくの部屋だった。
ビルは、戦後復興期に建てられ、築三十年は超えているだろう。
いずれとり壊される予定の物件で、二階から上はほとんどが空室。
一階も、いずれ立ち退くことになる古い店舗が、たくさんの空き部屋のあいだに、幾つか残っているだけだった。まるで、たくさんの歯が抜けおちた口の中のようだった。
ぼくはそんな一室を、期間限定で、安く借りていたのだ。
ぼくの借りた部屋は広い。
コンクリート打放しの内壁に、机や本棚、家具などが置いてある。
床には部分的に古畳が敷いてあり、その上にカーペットを被せている。
粗大ゴミの日にレスキューしてきた、くたびれたソファもあった。
年季の入った本棚も先輩からのお下がりで、入っているのも、ほとんどが古本だった。
——古いね、昭和の香りがする。きみ、こんなとこに住んでるんだ。
入ってくるなり、コネコさんは言った。
——わるい。ちょっと待ってて。レポートの〆切、あと二時間なんだ。
ぼくは机に向かって、レポート用紙にひたすら文字を書き込み、枚数を埋める作業に没頭していた。
机には、ほかに、分厚い教科書や参考書が広げられている。
——まだ終わってなかったの。
——コネコさんは?
——おとつい提出済み。あんたトロいのねえ。
——バイトがあったんだよ。集中させてくれよ。
コネコさんは面白そうにぼくを見ていた。
しばらく、会話はなかった。
僕は作業をつづけた。
——ちょっと、部屋見せてよね。
——うん。
ぼくは生返事をした。
しばらくして、ふとコネコさんのようすをうかがうと、彼女は本棚をみていた。
悪戯っぽい表情で、古本のタイトルをひとつひとつ調べている。
(男子の部屋だからエロ本の一つでもありそうだと考えているんだろうなあ)
ぼくはそう思った。
——こら、そんなとこには、なにもねえよ。
ぼくはたしなめるように言った。
——え、なにがないって? なんのこと?
コネコさんは、何のことか分からないというふうを装って、応えた。
でもその目は笑っていた。