サクラ
若槻は指定した居酒屋にいた。此処だと安心という保証がついているからだ。
「すいません、突然閉めてほしいなんて言って・・・。」
「いいのよ。息子が世話になっている上司が社会に異論を唱えようとしているのを邪魔なんてできないわよ。お父さんも一緒よ。それも桜銀行の行方を左右するのならね。」
「桜銀行に融資をもらっているんですか?」
少し驚いて聞いた。すると、かっぽう着を着た女性は首を横に振った。違うのだという。融資を受けているのを聞いてみるとコスモス信用金庫だというのだ。少しでも大きなところは相手をしてくれないと思ってもともとから信用金庫にしたのだ。確実に守ってくれる保証は何処にも存在しない。
「バブルがはじけてから世界が変わったわよ。浮かれ切っていた客なんて減ったわ。不景気が長く続くだけでいいことなんてないわ。」
「そんなことを言わなくていいんだよ。若槻さんだって困っているじゃあないか。さあ、こんな日くらい飲んだらいいじゃない。」
瓶ビールが置かれた。事件が解決したときくらいにした飲まないが、やけくそになった心を満たすには飲むしかなかった。小さなグラスに並々になるくらいに注いで彼は勢いのままに飲み干した。喉を潤すだけではないのかもしれないと思った。ドアがガラガラとうるさい音をたてた。
「すいません、遅れてしまって。」
「構わないよ。此処はもう貸し切り状態だからね。」
「公にできないほどの内容ってことですか?」
「まぁ、漏れたら困るよね。」
ガタイのいい体育会系にしか見えない若者はビールを頼んだ。すると、女性から小さなグラスを受け取った。受け取ったグラスにビールを注いだ。
「どうだ?売れたか?」
「えぇ、シーズンが発端だったのでそこまでは及びませんが、2、3番手くらいです。」
「なかなかじゃないか。編集長は何か言っていなかったか?」
「売上伸ばしてこいって言われましたよ。で、どんな内容なんですか?」
少し汚れたメモを取り出した。彼の何時もの癖で小さな鞄にパンパンに詰まったメモが時々飛び出していることもあるのだ。
「桜だ。榎並渉って知っているか?」
「はい。俺の先輩が桜に張り付いているのですぐに書けます。内容は何です?」
「専務じきじきの依頼だ。榎並渉を悪者にしろ。榎並邦彦に響くようにかけないか?」
「お安い御用ですよ。俺はまだ描く腕はまだまだですけど、先輩があおるのがうまいので頼みます。」
若槻にとっては誰が書くかなんて関係ないのだ。ただ、指示に従ってくれればいい。そこで少しでも従わないと別の週刊誌から逆襲を受けるのを知っているので従わないことを選ばない。ことの発端であると認識してしまう上にネタをもらえなくなることも含まれているからだ。
「それじゃあ頼むぞ。急ぎでな。」
「はい。」




