速さの差
「そりゃならないほうがいいわ。俺だってさ、今は刑事だっていう肩書は嫌なんだよ。危険な思いをしてまで守るものを間違えてまでいたくない。」
若槻が吐き出した言葉っていうのはいったい何であろうか。突然、着信が鳴りだした。3人は一斉に自分の携帯ではないかと確認した。なっていたのは若槻のものであった。
「出てください。特別、断りを入れるような間柄じゃないんですから。」
「そうか、すまない。」
携帯の画面には間瀬の文字が浮かび上がっている。何か情報が入らない限り、かけてこないつわものであるからよっぽどだ。
「なんだ?」
「さっきほど二課の連中が来まして、明星の脱税を指示したのは尾崎であると認めました。まぁ、死人に口なしですから本当かは探るとは言ってましたが・・・。その話を聞いて、益子を金石の取り調べ室に派遣しました。呼び出すときは俺にしてください。」
「わかった。連絡有難う。」
単純に業務連絡であった。切った後に2人の顔が近づいた。気になるのだろう。
「脱税の首謀者だって話だよ。」
「ろくな奴じゃなかったってことですね。尾崎って。・・・そういえば、間瀬って俺が刑事の時にリーチの事件で同じように動いていましたよね。」
彼も思い出したようだった。リーチの事件に少なからずかかわっていた連中は事実に近づいた奴ほど切られていったのだ。残ったものは寸止めに近い罰を受けたのだ。いわれもないことを言われてだ。
「俺も警視庁に戻るとするよ。」
「そうですね。」
頑張れとは言わなかった。むしろ、頑張れなどと他人行儀にいうのは違うと思っているからだ。いくら頑張っていても頑張れといわれるのは侮辱に近しいと思っている。お前はその程度の価値しかないのだといわれているようだ。若槻は椅子から立ち上がって出て行った。此処の交番なら任せるだろうなと思った。刑事をける制服警官を心配するのではなく、茶化すようにしている上司がいるのだ。面白がっている。過去の出来事を知っているからこそ強要することはない。知らないと強要をしてしまうのだろう。それに比べて空は青くも広がっているが、自由気ままに流れて流されていくのを眺めた。人生はこうであったらいいのにとも思っているのかもしれない。縛られてしまっているのは何かであるからと。救いの手もある時もあるから。たとえ、何かを思うことがあっても思い悩むのはいい進歩だと思ってならない。経験を下手に語るほどのものなどない。そう思っている。若槻は歩道を走り抜ける自転車の速さをただ眺めていた。




