うまい酒とコーヒーの値段
若槻は生稲に会った後、そのまま近くの喫茶店にいた。喫茶店に行く途中にある人物に電話をしていた。ハイエナのように貪り食うようには見えないが、週刊誌の記者をしているのである。彼に最初に出会った時は怯えていたかもしれないが、後ろにも似た人がいるのを知っているので下手なことを言うこともない。
「何時も人を待っているのかい?」
マスターは微笑むようにしているが、内心はひやひやが本心だろう。マスターはコーヒーにこだわりをもっているので海外にコーヒー豆を見に行くためにしめているときもある。
「まぁ、そんなところかな。此処くらいしかそんな話をするところがないからな。」
「そうかい。重宝されているとうれしいよ。こんな喫茶店なんて水物だから助かるんだよね。それじゃあ、若槻君が好きな味だよ。」
凝ったコーヒーカップを置いている。ソーサーにこだわることがあった時もあるのだが、すぐにやめてしまったらしい。金がかかるのはコーヒーだけでいいと大量生産されているカップに注ぐようになった。
「脱サラしてまで喫茶店を開いたんだ。そしたら、奥さんと離婚してね。安定していたからだって言われたときはすっきりしたよ。人ってそんなものかな?」
「だと思うよ。俺も警視庁にいるけど、いつ切られても構わないと思って動いているけど上の人も怯え切ってしまっているからありゃしないね。」
がら空きの喫茶店ですりガラスといった設備であったこともあって使うようになった。その時、マスターに常連だといわれて喜んだほどだ。今や純喫茶なんていうのは風格があるほど入りにくくなる。ドアのカランカランという音が鳴った。
「遅れてすいません。」
「いや、いいよ。突然呼び出したんだからな。忙しかったか?」
「いいえ、スクープらしいスクープなんてそうそうないものですよ。だから呼ばれたらうれしいです。」
カジュアルな服装でまるで大学生のようにも思えてしまう。飾りの黒縁眼鏡をしているが、知的さは全く感じられないのだ。マスターにこだわりのコーヒーを頼んだ。
「それでなんです?今日発売の件だって言ってましたが・・・。」
「お前、生稲って知ってるか?」
「はい、知ってます。」
「警視庁があいつの所為にして終わらせようとしているから今日出した写真を大きくして特定できるようにして売ったら売れると思うぞ。冤罪を警視庁の中で起こしているんだから。火種として動け。」
マスターから渡ったコーヒーカップをつかんだ。
「わかりました。若槻さんの指令なら受けますよ。」
不敵な笑みを見せた彼の表情はうまいコーヒーと同じくらい高かった。




