2−2話:その神は谷の奥底に
「僕が知る限りのことをリサに教えてあげるよ。と、その前に・・・」
そう言うと、アドニスはなんのためらいも無く私の服を脱がしにかかってきた。
「びしょ濡れになったその服を何とかしないとねっ。」
輝くような笑顔には微塵もいやらしさを感じさせなかったけど・・・とりあえずこの変態イケメン野郎の鼻の下にクリティカルな一撃を放っておいた。
なんで殴られたか分からない、と言った顔の彼を尻目に、私は彼の持っていた布切れにくるまり、傍にある岩にチョコンと座った。
「あのね。女の子の服をいきなり脱がすなんて失礼でしょ!?」
「ゴメン、失礼になるなんて知らなくて・・・」
「何よそれ言い訳のつもり!?・・・まあいいわ。それよりもさっきの話を聞かせてよ。」
・・・一通り彼の話を聞いた私だが、とても信じられないことばかりだった。
要約するとこんな感じだ。まず、この世界は私のいた世界とは別の世界であること。ただし、紙の表裏と同じく限りなく密接な世界であるのだという。
それは互いの世界の影響が互いに現れることを意味するらしい。
「君の世界で言う神様なんて言うのはこっちの世界の住人にあたるみたいなんだ。」
「え、じゃあアドニスも神様なの?」
「そうみたい。証明はちょっと、出来ないけどね。」
そういうとアドニスは恥ずかしそうにはにかんだ。
常識がずれてるのも当然なのかも。・・・だからって裸にしていい理由にはならないけど。
「こっちの世界の神様達はなにをして生きてるの?」
「みんなやりたいことをやってるよ。自由にね。」
そういうと彼は空を仰いだ。
「この青い空を一日中眺めたり、海で泳いだり、夕日が綺麗な場所を探しに行ったり・・・君達の世界は皆で集まって生きてる分、窮屈な思いをしてるらしいけどね。僕の世界では遮るものはなにもない!自由なんだよ!」
そう言う彼の顔は眩しかった。
「だけどね」
先ほどと一転、曇った表情でアドニスは続けた。
「今は大地がどんどんと荒れてきているんだ。」
その原因は聞かなくともわかってしまった。
表裏一体のこの世界。私の世界での環境破壊のことは、日頃ニュースを見ない私でも知っている。
森がどんどん無くなっていき、南極の氷が溶けていく。
「今いるこの場所は豊かなんだけどね、ひどい所は草一つ生えていない荒野だったりもするんだよ。」
彼はまるで自分の事の様に苦しそうに話を続けた。
「僕はそんな世界を再生させたくて旅をしているんだ!」
「世界の再生・・・」
なんて途方もない話。こっちの世界がどれだけ広いか分からないけど、そうそう出来るものじゃないはず。
「でも、再生させるって言ったって具体的にどうするつもりなの?」
まさか苗木を等間隔に植えて歩くわけじゃあ・・・
「僕はね」
彼がゆっくりと手のひらを開くと、そこから草花がむあっと生まれてきた。
「草木を生むことができるんだ。」
地面に落ちた種からはもう花がついている。
「すごいっ・・・!」
「後は精霊の力を借りるともっと広く生命を撒くことが出来ると思うんだ。」
「精霊!?」
「そう、この辺りに住んでいるはずなんだけどね。そこを探す途中でリサにあったってわけさ。」
神様に精霊に・・・完璧ファンタジーの世界だけど、アドニスの目はウソをついてるようには見えない。
「リサも付いておいでよ!」
「!?」
「きっと行く宛だってないんだろう?僕と一緒に行こう!」
こうもストレートに誘われたことのない私は思わず顔を赤らめた。
もしこれが、もといた世界であるならナニこいつ?と引いてたかもしれない。
でも今は頼れる相手は彼以外にいない。
それに何より・・・
嬉しかった。
「うん!ヨロシ・・・」
ざぱんッ
「ク」という言葉だけを残して私はまたまた川へと逆戻りした。
「リサ!!」
私は川の流れも手伝って、凄い勢いでアドニスから遠ざかっていく。
いいかげん嬉しくもないサプライズにも慣れてきていたので、自分が今、魚みたいなヤツにエサと間違われて捕まったのだと冷静に判断出来た。
あぁ、小さいってこんなにキケンなのね。
虫の気持ち、今なら分かる気がする・・・
捕まえてきたコイツはイルカやサメの様に背ビレを覗かせて泳いでいるので、とりあえず溺れる心配はなかった。
くわえられているのは布切れなので、手を離せば解放されるのだけれど、違う意味でも解放されてしまうのでここは死んでも離す訳にはいかない。
大自然の真っ只中でフルモンティ、もといフルヌードなんてイヤ!
「ぉおーっ!釣れた釣れた!」
暫く呆然と流れに身を任せていると、歓声と共に宙へと飛ばされた。どうやら私をくわえた魚は釣られたらしい。
鳥の羽根飾りが目立つその人が、ブラリと魚を顔の前に寄せた時にお互い目が合った。
「ん、この魚、奇抜なアクセサリをつけてるな〜。」
「アクセじゃない!!」
「うお、しゃべった!」
次から次へとナンなのよもう・・・
一方、アドニスは几帳面にも僅かな荷物を懐に丁寧にしまい込んでから、いざ鎌倉とばかりに私の救出に向かった。
彼が川沿いをひた走りに進んでいくと、周りの景色は装いが変わってきた。
川筋は両脇とも急峻な崖に挟まれ、赤茶けたそこかしこからは逞しくも木々が根付いている。グランド・キャニオンにアマゾンのジャングルを乗せた、と言うと一番しっくりくる。
その崖を伝い飛びながら、彼は私の名前を呼び続けた。
「それにしても・・・暑いなぁ。」
うだるような熱気が呼吸をしているかのように流れてくる。木々も心なしか元気がないようだ。
「あ、神様だ!」
「ホントだ!助かったぞ!」
私、とまではいかないが、アドニスの体の3分の1程のサイズのチビ達が急ぐ彼の行く手を阻んだ。
「神様、お願いがあります。どうか我々の村まで来てください!」
「あ、えと・・・」
お人好しなアドニスは、こちらの事情も切り出せないまま村まで手を引かれていった。
着いたところで、丁度魚と一緒にカゴに積み込まれた私と出くわした。
「アドニス!」
「リサ!」
「ん、もしかしてこのアクセサリ知ってるのか?」
「だからアクセじゃないって言ってんでしょーがっ!」
私よりちょっと大きいからって偉そうに!
とにかくも無事に再会を果たした私たちは、とりあえず村人達の話を聞くことにした。
「私たちはこの近辺に住んでいるシルフです。」
話し始めたのはいかにも長老です、といったヨレヨレなおじいちゃんだ。
「やっぱり精霊なんだね?よかった、ちょうど君達を探してたところなんだよ。」
「そうでしたか。ならばどうでしょう、ここはひとつ交換条件ということにしませんか?」
これを快諾したアドニスは、まず彼らの依頼に耳を傾けた。
「我々の頼みというのは、この先にある風の谷に居座った神様を追い払って欲しいのです。」
「なんで追い払わないといけないわけ?」
「風の谷は我々の力の源である風が生まれる場所なんですよ、小さい神様。」
小さい神様って・・・。
「そしてそこに居座った神様は火の精霊を使役するらしく、風の谷からの風がみな熱風となって流れてくるのです。おかげで我々の主食である木の実が採れなくなりまして・・・今は、仕方なく魚を食べてしのいでいるのです。」
涙ながらに語る背後では、村人達が旨そうに魚にかぶり付いている。
そんな村人達が見えてか見えてないのか、アドニスは構わず話を続ける。
「わかった。その火の神様と話をつけてこればいいわけだね!」
「話をつけるだなんてとんでもない!あの神様はケンカッ早くて手におえないんですよ。」
そういうと何人かのシルフは焼け焦げた服をヒラヒラして見せてくれた。確かに大人しい神様じゃないみたいだ。
「うーん、手荒いのは得意じゃないんだけどな・・・仕方ないか。」
私たちは案内役のシルフを1人連れて、早速その風の谷へ向かうことになった。
「ところでアナタの名前はなんて言うの?」
川沿いの突き出た岩を、ヒラリヒラリと伝って飛ぶアドニスの懐から私は案内役のシルフに聞いた。
「名前なんてないよ小さい神様。」
「無いの?!じゃあ村でどうやってきたのよ?」
「どうって、普通にやってきたさ。」
「変なの。じゃ私がつけたげる!」
改めてこのシルフを眺めてみた。
目はクリッとして可愛らしい顔だけど、口調からすると男っぽい。
服装は羽飾りが立派なストールが目を引く。
腰にも刀のように、大きな羽根をさげている。
「ん〜・・・風の精霊だから、ふうちゃんねっ!」
「ふうちゃん・・・?変な名前だな〜、けどいいや。今日から僕はふうちゃんだ!」
ふうちゃんは嬉しそうにニッコリ笑った。
「2人ともすっかり仲良しだね。ところでふうちゃん、風の谷はまだ遠いの?」
「もう少しさ。次の別れ道を右に遡れば着くよ。」
言われた通りに進んでいくと、やがてひときわ熱い熱気と共に視界が大きくひらけてきた。
そこはまるで機械で大地を抉ったかのような大空洞が出来ていた。
縁からは幾筋もの川が流れ込み、遥か下にある湖に潤いを与えている。
底の深そうな蒼い色の湖には中心に小さな小島が浮いていた。
その島にぐうたらとしている輩が件の神様だろう。遠くから見てもふてぶてしさと熱気はしっかり伝わってくる。
私たちが来るのを察したのか、ソイツは寝そべったままグリと視線をこちらへ向けてきた。
長老の言う通り話が通じる相手じゃ・・・なさそうね。