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ホワイトデー前編

バレンタインデー編の続きでホワイトデー編です

前後編になります

後編は夜に投稿します

これも一人称です

 私の名前はカルラ。とある事情から治療師であるクリス様の屋敷でメイドをしております。


 世間はもうすぐやってくるホワイトデーなるもので賑わっております。最近、商人たちがバレンタインなる遠い東の国の文化を広めた時にホワイトデーというものも一緒に広めました。

 お菓子や花束を売ろうとする商売魂の賜物か、世間ではホワイトデーに向けてお菓子や花束、装飾品などが売られて活気づいております。


 さて、世間の流行に疎い我が主のクリス様は当然、ホワイトデーなるものを知りませんでした。

 ですので、きっちりと説明をして、犬へのお返しを準備するように脅S……いえ、説得いたしました。

 バレンタインの時にチョコを作られていた様子からクリス様は本の通りに作業をされるので、放置していてもご自分で本を読んでお菓子か何かを作られるでしょう。


 ですが、問題は犬です。あの犬のことですからホワイトデーのことなど知らないでしょう。教えてさしあげて、クリス様へのお返しを作らせないといけません。


 市販品? 滅相もない。


 クリス様はバレンタインの時に手作りチョコを差し上げたのですから、当然手作りの物をお返しをするべきです。

 ですが、あの犬が一人でまともな物を作ってくるとは思えません。仕方ありませんので、ここはメイドたち全員で全面協力することにしました。


 まずは犬がホワイトデーを知っているか確認してお返しをするように仕向けましょう。まぁ、仕向けなくても律儀な犬のことですから、ホワイトデーのことを知ればお返しをしようとするはずです。

 幸いなことに犬は定期的に屋敷に本を借りに来ているので、その時にそれとなく声をかけてみることにします。





 ホワイトデーの前々日、犬が本を借りに来ました。このままホワイトデーまで来なかったら、と少し焦ってしまいましたが来ましたのでいいです。


 まずはいつものように紅茶を淹れながら探りましょう。


 私が紅茶セットを持って書庫に入ると、机に本を広げて勉強をしている犬がいました。私が入ってきたことは気づいているでしょうが、勉強をする手は止まりません。

 と、いうかこんなに勉強しているのに、なぜあんなにおバK……失礼。天然ボK……いえ、世間ズレしているところがあるのでしょう?知識量と頭の良さは比例しないということでしょうか。


 おっと、いけません。仕事をしないと。


 カップをセットして、いつものように紅茶を注ぎます。


「オレンジティーです」


「ありがとうございます」


 柑橘系の爽やかな香りを楽しむように犬が目を細めました。そこに琥珀の液体が入った瓶を置いて説明をします。


「ハチミツです。お好みの量を入れて下さい」


 犬は何も入れずに紅茶を味わいました。いつも思うのですが、犬は図体がそこそこ大きく、筋肉もむさ苦しくない程度についていますが、飲食するときの動作は綺麗なのです。上品というか、洗礼されているというか、認めるのは少し悔しいのですが優雅です。

 執事のカリストは余計な詮索をするな、と言いましたが、つい詮索したくなります。


 おっと、不躾に犬を見すぎてしまったようですね。不思議そうにこちらを見ています。とりあえず、差し障りのない会話から始めましょう。


「いつも勉強熱心ですね」


「そうですか?」


「はい。そんなに根をつめていては、体を壊してしまいますよ? たまには息抜きなどをされてはどうでしょう?」


「息抜き?」


「えぇ。ホワイトデーという日をご存知ですか?」


「いえ、知りません」


 予想通りの答えに心の中で項垂れつつも、ここからが勝負! と、握りこぶしを作りました。もちろん心の中で。


「この前、バレンタインという日がありましたでしょう? その日にプレゼントをもらった人が相手にお返しをする日なのです」


「そんな日があるのですか」


 犬が驚きながらも何か考え込むように顎に手を添えました。


「師匠にお返しをしないといけませんね。でも、何をお返ししたら……」


 よし! ここで一押ししましょう!


 悩んでいる犬に迫りながら握りこぶしを作りました。今度は現実で。


「そこは私たちが全面サポートいたします。明日、作りましょう! クリス様にはうまく言っておきますから」


「え!? 私たち? サポート?」


 犬がのけ反って逃げようとしましたが逃がしません!


「それともお一人で作れますか? 失礼ですが、クリス様が喜ぶお返しをご存知ですか?」


「あ……いや、えっと……」


 琥珀の瞳を反らす犬に詰め寄る。


「ご存知ないですよね? それなら私たちにお任せ下さい。材料は準備しておきますから」


「いいのですか?」


「はい。明日、クリス様が治療院研究所に到着する頃、ここに来て下さい。くれぐれもクリス様には内密に」


「え? 内密に、ですか?」


「はい」


「ですが……」


「いいですね?」


 私がにっこりと微笑むと犬は激しく上下に首を振りました。そう、人間素直が一番です。おや? そんなに暑くないのに犬の額に汗が流れています。不思議ですね。


「わ、わかりました」


 犬が返事をしたところでクリス様が書庫に入ってきました。余計なことをして勘が鋭いクリス様に気づかれてはいけません。

 私は一礼すると、クリス様の紅茶をお持ちするために下がりました。





 翌日。犬は昨日指定した時間にちゃんと来ました。


「おはようございます」


 こちらが頭を下げると、犬も頭を下げて挨拶をしてきました。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「はい。では、さっそく作りましょう。こちらへどうぞ」


「あの、何を作るのですか?」


 犬の質問に足を止めることなく振り返り、逆に訊ねました。


「何が作れますか?」


「え?」


 そのまま犬が考え込む。無言となり、表情がどんどん険しくなっていきます。ないはずの犬耳と尻尾が垂れ下がり捨てられた子犬のようです。

 その姿に思わず助け舟を出していました。


「何が作れるか分からないのであれば、試しにいろいろ作ってみましょう」


「ありがとうございます!」


 顔を上げた犬は笑顔全開で尻尾を盛大に振っている幻覚が見えます。犬を甘やかしてはいけないと分かっているのですが、このような反応をされると、つい甘くなってしまいます。

 私は気を引き締めて任務を再開しました。


「では、こちらへどうぞ」


 普段はお客様を絶対に入れることがないキッチンに犬を案内しました。すると、そこには何故かキャアキャアと騒ぐメイドたちがいました。理由はわかりますが思わずため息が出ます。


「あなたたち、今日はキッチン当番ではないでしょう?」


「そうですけど、どんなお菓子を作るのか見たいんですもの」


「邪魔はしませんから」


 懇願されて思わず額を押さえてしまいました。ここで無下に追い出しても後々が面倒ですので妥協をすることにします。


「なら、後ろに下がっていて下さい。お菓子作りはエマが教えます。エマ」


 材料を並べていたエマが出てきました。


「その節は大変お世話になりました。ありがとうございました」


 エマが深々と頭を下げると、犬が慌てて首を横に振りました。


「いや、大したことはしていませんので! 子どもは元気ですか?」


「はい。おかげ様で赤ちゃんはスクスク育っております」


「それは良かった! 今日はよろしくお願いします」


 元気よく頭を下げた犬の姿に、エマがクスリと上品に微笑みました。嫌味な雰囲気はなく、目の保養になるような綺麗な笑みです。


「はい。では、まずはお菓子を作ってみましょう。マカロンは見た目が可愛くて、プレゼントとしても人気があるのですが、どうでしょうか?」


「マカロン……食べたことはありませんが聞いたことはあります」


「作ってみますか?」


「お願いします」


「では、手を洗ってコレを着て下さい」


「…………」


 エマが渡した物を見て犬の手が止まりました。本当に着るのかという疑いと助けを求める眼差しが私に向けられましたが、顔を反らして無視します。

 そこにエマが追い打ちをかけました。


「早くしないと時間がありませんよ?」


「いや、あの、本当にこれを着るのですか?」


「そうですよ」


 エマの慈愛に満ちた微笑みに犬が渋々諦めました。


「……着ました」


 私服の上に可愛らしい白いエプロンを着た犬の姿は、想像以上の破壊力でした。


 ハートの形をしたエプロンが胸元から腰まで覆っているのですが、華奢な布では隠しきれない胸板と太い腰が自己主張しております。そして、エプロンに付いているフリルからは太い首と筋肉質な腕が生えております。

 腰から下はエプロンがスカートのように広がっておりますが、丈が短いようで太ももの半分も隠せておりません。誰が作ったエプロンなのかは知りませんが、下半身の生地が不足し過ぎです。


 犬のあまりな姿に周囲から笑いを堪えた声が漏れました。かという私も笑いを堪えるのに必死でしたが。

 しかし、そのエプロンを着せたエマは我が子を見守るように穏やかに微笑んでいます。あ、これは笑いを狙ってとかではなく、ガチで着せましたね。天然な人ほど恐ろしい、の典型です。


 そんな中で、当の本人は難しい顔をして白いエプロンを触っていました。エマに悪気がないのを察しているようで、脱ぎたくても脱げない様子で悩んでいます。

 そこで突然、犬の顔が固まりました。そして何かを思いついたかのように輝きます。それから、顔を赤くして壁に手を付いて俯きました。


 新妻エプロンを着せられて壊れたのでしょうか?


 首を傾げて様子を観察していると、犬が切羽詰まったように訊ねてきました。


「あ、あの師匠がチョコを作った時もこのエプロンを着られたのですか?」


 あぁ! クリス様がこのエプロンを着た姿を想像して悶絶していたのですね。まったく、可愛らしい思考です。


 私は犬の期待に満ちた視線を受けたまま、棚の横にかけている白い服を取りました。


「クリス様はこちらを着て作られました」


 襟首は丸くて袖は長く、そのまま裾までストンと長く体型も隠す形でエプロンというより服でした。


「……それはエプロンですか?」


「これは遠い東の国で使われている割烹着というエプロンです」


「自分もそれにして下さい!」


「残念ですがサイズがありませんので無理です」


「なんでフリフリエプロンはサイズがあるんですか!?」


「細かいところは気にしてはいけませんよ」


「細かくな……」


 犬がうるさくなってきたので、思わず顔を近づけて微笑みました。


「いけませんよ?」


 犬が黙って光速で頷きます。始めからそうしていればいいのに。

 私が離れると、エマが卵を差し出してきました。


「では、卵を割ってボールの中に入れて下さい。そのあとで卵黄と卵白に分けます」


「はい」


 ぐしゃ。


 犬は卵を割ろうとして握りつぶしていました。殻ごとボールの中に卵が落ちていきます。

 呆然とする犬にエマが優しく声をかけました。


「初めてですからね。見本をみせます」


 エマが机の上で軽く卵を叩いてヒビを入れ、そこに親指を入れて左右に割りました。


「やってみて下さい」


「はい」


 犬は同じようにやってみましたが、机に卵を叩いただけで潰れました。もう一度、今度はゆっくりと叩きましたが、やはり卵は潰れました。

 犬が落ち込んでいると、エマは卵白だけが入ったボールを差し出してきました。


「それだけ力があれば立派なメレンゲが作れると思います」


「メレンゲ?」


「卵白を泡だて器で泡立てたものです。こうして泡立てて下さい」


 エマがボールを抱くと、泡だて器を卵白の中に入れて前後に振り出しました。


「これを続けると卵白が白くふわふわになります。結構、力がいる作業なので向いていると思います」


「わかりました!」


 犬が嬉しそうにボールを受け取り、腕に抱えました。そのまま泡だて器を卵白の中に入れて前後に……


 ピシッ、パキッ。


 腕の中でボールが割れて卵白が床に流れ落ちました。その光景に思わず全員が顔をひきつらせて絶句します。


 気まずい空気が流れる中、エマが雰囲気を変えるように手を叩きました。


「マカロンは初心者の方には難しいですからね。飴にしましょう。飴なら砂糖を溶かして固めるだけですけど、好きな形にできますし、色をつけたら華やかになりますから、プレゼントに最適です」


 エマが素早く鍋と砂糖と水を準備します。


「かき混ぜながら鍋に火をかけます。焦がさないように火加減に気を付けて下さい」


「はい!」


 これならできると勢い込んだ犬は盛大に鍋の中をかき混ぜました。そのため、かき混ぜるたびに鍋の外に砂糖水が飛び出し、量が少なくなったため、すぐに焦げてしまいました。


 焦げた水飴を前にして、犬がどんどん落ち込んでいきます。このままではプレゼント作りを諦めると言うかもしれません。


 私は犬が口を開く前に宣言しました。


「次に行きましょう」


「へ?」


「これぐらいは想定内です」


 私は犬が言葉の内容を理解する前にエプロンを剥ぎ取り、キッチンから引っ張り出しました。

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