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ツンデレ治療師とワンコ弟子の日常  作者:


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ハロウィン・溺愛編(ルド視点)

 ここ数年、この時期になるとハロウィンという異国の祭りで盛り上がる。だが、自分には関係ない。


 ルドが襟足だけ長く伸びた赤髪をなびかせながら、王城内を闊歩する。鋭い琥珀の眼光に、人々がそそくさと道を開けていく。


 ルドの腕には第三皇子(セルシティ)から押し付けられた書類の束。これを明後日までに終わらせろ、と嫌がらせにも程がある仕事を任された。



(とにかく、この山積みの仕事を終わらせて、次の休養日こそは家に帰る! そして、師匠と……)



「トリック・オア・トリート」



 思考を遮った声に、ルドがこめかみに怒りをこめて振り返る。



「そのような遊びに付き合っている暇は……んぐぅ」


「そんなにイライラしているから、簡単に背後を取られるんだよ」


「自分の背後を取れるのは、あなたとイディぐらいですよ。第四王子」



 第四王子(オグウェノ)が口角をあげ、ニヤリと笑う。嫌味な程の男前。

 艶っぽく漆黒の髪を浅黒い肌に絡ませ、深緑の瞳を細める。



「たいした自信だな。久しぶりに手合わせを願おうか?」


「時間がないので、失礼します」



 そう言いながら、ルドは口の中に押し付けられた飴をゆっくりと舐めた。

 さすがに他国(ケリーマ王国)の王子がくれたものを吐き出すわけにはいかない。


 毒がないか用心しながら味わう。オグウェがそのようなことをする人ではないことは知っているが、イタズラとして何か仕込んでいる可能性がある。


 そんなルドを眺めながら、オグウェノは袋から飴を取り出した。



「ただの飴だ。そんなに警戒するな。市中で流行っているらしくてな。花びら入りの花飴だ」


「言われれば、微かに花の香りがします」


「だろ? それを舐めて気分転換でもしろ」


「それより自分の仕事量を減らしてもらえるほうが助かるのですが」


「それは第三皇子に言ってくれ」



 もっともな意見に、ルドは余計に苛立ちを覚えながら言った。



「自分の反応を楽しんでいません?」


「さあな。ま、月姫と逢瀬ができるように、頑張れよ」



 オグウェが笑いながら立ち去る。からかわれたルドは、書類を持つ手に力を入れて歩き出した。


 口の中の飴が邪魔になる。かみ砕こうかと考えていると、背後から小さな声がした。



「……トリック・オア・トリート」


「ですから、自分は!」


「うぁっ」



 勢いよく振り返ったルドの勢いに相手がふらつく。ルドは慌てて手を伸ばし、相手を支えた。



「……師匠? どうして、王城(ここ)に?」


「い、いや。ちょっと用事があって……な」



 腕の中のクリスが、どこか恥ずかしそうに口ごもりながら、視線を逸らす。

 ここでクリスと出会えると思っていなかったルドは喜びながらも、クリスの服装に目を奪われた。



「その格好は?」



 いつもなら黒い治療師の服を着ているのに、今日は全身をすっぽりと隠す黒いマントを羽織っていた。しかも、頭にフードを被っているため、髪の毛も見えない。



「こ、これは、その……あれ…………あれだ! い、今、ハロウィンとかいう祭りが流行っているだろ? ハロウィンは仮装をして、トリック・オア・トリートと言うらしくてな! これなら、簡単にできる仮装だから、してみたんだ! それだけだ!」



 クリスが早口で説明をする。

 普段なら、これでクリスの様子がおかしい、と気づくところだ。しかし、今のルドはそれどころではなかった。



「そう、ですか」



 久しぶりにクリスと会えたルドは、返事をするだけで精一杯だった。緩む顔に力を入れ、どうにか平静を装う。



(落ち着け、おちつけ、オチツケ…………)



 呪文のように、ひたすら心の中で唱える。


 ここは王城だ。むやみやたらに騒げないし、下手な動きをしたらすぐにセルシティの耳に入る。そうなったら、次はどんな仕事を回され、クリスとの時間を邪魔されるか分からない。


 ルドは沸き出る喜びを押さえながら、努めて冷静に質問をした。



「なんの仮装ですか?」


「魔女とかいう者らしい」


「魔女?」



 聞きなれない単語に、ルドが首を傾げる。



「森の奥で魔法の研究をする者らしく、人目を避けて、このような格好をしている、という」


「その魔女という人とトリック・オア・トリートが繋がらないのですが……」


「私も詳しくは知らない。ただ、唐突におまえに逢いたくなって、ちょうど良いと…………い、いにゃ! なんでもない! 逢いたいなんて、思っていないぞ!」



 クリスの後半の言葉はルドに届いてなかった。



(自分に逢うためっ!?)



 ルドは書類を落としそうになり、慌てて手に力を入れた。その気持ちが超絶に嬉しい。


 場所を忘れてクリスを抱きしめそうになる気持ちを、どうにか堪える。



(耐えろ! 耐えるんだ! 魔法騎士団の地獄の雪山越え訓練に比べたら、これぐらい…………)



 ルドが全身をプルプルさせ、必死に耐えてる。だが、そんなことなど知らないクリスは下から覗き込んだ。



「どうした? なにかあったか?」



 心配そうな顔。いつもの凛とした雰囲気がなく、なんというか愛らしさがある。

 


「グッ……」



 ルドは思わず胸を押さえて俯いた。胸への鋭い一撃。予想外の大打撃。



(…………くそっ! これ以上は、ヤバい!)



 ギリギリのところで、どうにか理性を保つ。

 ルドはフラフラと顔を上げた。



「だ、大丈夫です。そういえば、トリック・オア・トリートでしたよね?」


「あぁ。だが、菓子など持っていないだろ? だから、イタズラを……」



 クリスがマントの下からペンを取り出したところで、ルドがそれを止めた。



「ちょうどあるんですよ」


「え?」



 ルドが近くにある柱の影にクリスを引っ張った。そのままクリスの顎に手を添え、上を向かせる。



「なにをすっ……んんぅ!?」


「……どうですか?」



 爽やかな笑顔のルドに対して、クリスは顔を真っ赤にして睨む。その口の中では飴が転がっていた。



「おまっ、王城(ここ)でするな!」


「ですが、ちゃんとお菓子を渡しましたよ」



 ルドが親指でクリスの唇を撫でる。クリスの顔がますます赤くなり、深緑の瞳が力なく睨む。飴よりも潤んだ大きな目。どこか艶を含んだ吐息。すべて食べてしまいたい……が、ここは我慢。


 一人で耐久試合をしているルドにクリスが怒る。



「他にもやり方があるだろ!」


「久しぶりでしたので、つい。ところで、師匠」



 大きな体が迫ってくる。クリスは思わず身を引いた。



「な、なんだ?」


「トリック・オア・トリート」


「!?」



 ルドにイタズラをしたら、さっさと帰るつもりだったクリスは、予想外の展開に固まった。

 顔を青くしているクリスに、ルドがワザとらしく訊ねる。



「師匠? もしかして、お菓子がないんですか?」


「あ、い、いや、その……」



 パタパタをマントを叩き、全身を探す。その弾みで被っているフードが外れた。太陽のように輝く金髪とともに、頭の上でピクピクと動くモノがルドの目に入る。



「……師匠、その頭は?」


「しまっ!?」



 クリスが慌てて頭を押さえる。両手を上げたためマントが広がり、下に着ている治療師の黒服が現れた。長い裾から尻尾が不安気に揺れている。


 状況が理解できず、呆然とするルド。現状に気づいていないクリスが必死に説明をする。



「こ、これはだな! 古書の魔法を調べていて、試しにしてみたら……」


「尻尾も本物ですか?」


「っ!?」



 クリスが慌ててマントを閉じる。頭から手が離れたため、ぴょこんと茶色の猫耳が現れた。



「み、見るにゃ!」



 クリスが慌てて後ろを向き、フードを被る。だが、時すでに遅し。ルドの頭は猫耳のクリスで一杯になっていた。


 ルドの脳裏に満点の星空に猫耳クリスの姿が浮かぶ。



「お、おい?」



 反応がないルドを訝しんだクリスが、恐る恐る振り返る。だが、ルドは銅像のように硬直したまま。



「おい、どうし……ふにぁっ!?」



 ルドが無言でクリスを肩に担ぎあげた。



「おい! なにをすっ!?」


「そんな姿で出歩いた師匠が悪いです」


「にゃっ!? どういうこ……おい!? どこに行く!?」



 ルドが足を止める。クリスが顔を上げると、そこには良い笑顔のルドがいた。



「師匠はお菓子を持っていないんですよね?」


「トリック・オア・トリートの続きか!?」


「はい。お菓子を持っていない場合は……」



 クリスの顔が青くなる。



「いや、待て! おまえ、仕事があるだろ!? また、今度! また今度にしよう!」


「仕事は、なんとかしますので心配しないでください」


「そこは、なんとかしなくていぃぃぃぃぃ!!!!!」



 意気揚々とご機嫌に歩くルドを止められる者は誰もいなかった。




続きはお月さまに投稿しています

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