エイプリルフール
頬を撫でる風に温もりが宿り、上着も自然と薄手になる今日この頃。クリスは庭にある、薄いピンクの花が咲き乱れている木を、少し遠くから眺めていた。
「花が葉のようだな」
緑の葉が一枚もなく、花の色一色で染まっている木は、まるでピンクの葉が茂った木のようにも見える。
クリスがぼんやりと眺めていると背後からカルラがやってきた。
「そろそろお花見の季節ですね」
「あれは花見というより宴会だろ。誰も花を見ていない」
「まあ、まあ。騒ぐ口実がほしいだけですから」
「少しは繕え」
クリスが呆れていると、カルラが企んでいるような笑顔になり、ズズイと顔を寄せてきた。
「ところでクリス様。エイプリルフールをご存知ですか?」
「なんだ、それは?」
「最近、異国から入ってきた文化だそうですが、今日がその日でしてね。エイプリルフールの日は……」
カルラの説明をクリスはつまらなそうな顔で聞き流した。
その日の午後。ルドが調べものをするためにクリスの屋敷にやってきた。
いつもなら真っ直ぐ書庫へ行くのだが、今日は庭に咲いている華やかな花たちに誘われ、足が自然と庭へと動く。
「すごい木だな」
満開に咲いた花が風に揺れる。ハラハラと落ちてくる花びらにルドは思わず手を伸ばした。ピンク色の小さな花びらがルドの手に舞い降りる。
「綺麗だろ」
いつの間にか隣に来ていたクリスに、ルドが驚くことなく頷く。
「そうですね。こんなに盛大に咲く花は初めて見ました」
だが、クリスは不機嫌そうに眉をしかめた。花に見とれているルドを驚かそうとこっそり近づいたのに、見抜かれていたことが不満なのだ。
クリスは少し考えてルドに手招きをした。
「ちょっと来い」
「はい」
ルドがクリスに近づく。クリスが口元に手を当てて内緒話をするような姿勢になったため、ルドは腰を屈めて耳を近づけた。
「好きだ」
「!?」
クリスの囁き声に琥珀の瞳が丸くなり、体が硬直する。その様子にクリスは満足そうに笑いながら言った。
「驚いたか? 今日はエイプリルフールと言ってだな……」
意気揚々と説明を始めたクリスの言葉をルドが遮る。
「師匠、それ午前中までです」
「え……」
『……』
二人の間に沈黙が流れる。
「なっ……いや、ちがっ……」
何かを言おうとしているクリスの顔がどんどん赤くなっていく。体が小刻みに震え、深緑の瞳が潤む。
「師匠?」
「わっ、忘れろ!」
クリスが顔を隠して走り去る。
「あ、師匠! 待っ……」
ルドは慌てて追いかけていった。




