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クリスマス後編

 広場の屋台の屋根を見ながら、ルドの口から感嘆の声がこぼれた。


「凄いですね」


「屋根の装飾コンテストというのが毎年の恒例でな。年々派手になっている」


 木々の中にトナカイや人形が飾られた屋根や、ステンドグラスと蝋燭の火で周囲を照らしている屋根。大きな物では、風車の力で人形が踊っている屋根まである。


 ルドが上に視線を取られていると、クリスが繋いでいる手を引いた。


「気を付けないと、ぶつかるぞ」


 クリスマスの装飾品は当然、今の時期にしか食べられない食材や名物品なども並んでおり、食べ歩きをしている人も多い。こちらが気を付けていても、不注意な相手にぶつかられることもある。


 ルドはそんな人たちを見ながらクリスに訊ねた。


「なにか食べますか? あ、あれ美味しそうですね」


「おい、ちょっ……」


 ルドはクリスを引っ張っていくと、そのまま目に入った軽食を購入した。呆れるクリスを前に、ルドがパクリと食べる。


「ん、美味しいですよ」


「食べ過ぎると夕食が入らないぞ」


「一口だけなら大丈夫ですよ。はい」


「なんだ?」


 首を傾げる前にクリスの前に、肉と野菜を挟んだパンが突きつけられる。


「美味しいから食べてみてください」


 ほかほかと湯気がのぼり良い匂いが漂ってくる。夕食前の空腹時間というのもあり、クリスは自然と生唾を呑み込んでいた。


「ひ、一口だけな」


 クリスはルドが差し出したパンにかぶりついた。香ばしく焼けた肉に、キャベツと玉ねぎのシャキシャキがよく合う。この冷えた空気に温かい食事は、体の内側から温まっていく。


「確かに美味いな」


「でしょう? あ、これも美味しそうですよ」


 ルドは残りのパンを二口で食べ終え、次の屋台へとクリスを引っ張った。棒に刺さった焼きたてのウインナーが並んでいる店の前で、ルドが足を止める。


「一つください」


「はいよ!」


 威勢のいい声とともにウインナーを手に取る。ルドは一口食べると、少し眉を寄せた。


「あー、これは師匠には辛いかもしれないですね。ビールとか酒のつまみになる感じです」


「……それは私が子ども舌ということか?」


「あ、いや! そういうわけでは……あっ!」


 どこか子ども扱いされたような気がしたクリスは、ルドが持っている棒を掴むと、無理やりウインナーにかじりついた。


「ん? 別に辛くな……グッ!?」


 最初は感じなかった辛さが突如襲いかかってきた。口の中が熱くなりヒリヒリする。

 若干涙目になって悶えているクリスの前に、林檎ジュースが差し出された。


「どうぞ」


 クリスは無言で受けとると、一気に飲んだ。爽やかな甘さが辛さを紛らわせてくれる。

 一息ついたクリスに、ルドが申し訳なさそうに言った。


「すみません、辛いと知らずに買ってしまって……」


「か、辛くなかったぞ! 問題ない! 次だ! 次!」


「は? えぇ!?」


 自棄になったクリスがルドを引っ張っていく。

 こうしてルドは、いつの間にかクリスに言われるまま買い食いをしていた。


「このホットワインも美味しいですね。甘くて食後にぴったりです」


 ホットワインを飲むルドの隣で、満腹になってしまったクリスが顔をしかめる。


「そろそろ頼まれた物を買わないと、屋敷に戻る頃には暗くなるな」


 買い食いをする予定ではなかったのに、こうなってしまったことにクリスが沈む。だが、ちゃっかりホットワインも先に一口飲んでいた。


「あ、この店ですね」


 棚に金色のベルや銀色のロザリオ、小さな赤いリンゴや松ぼっくりなど、様々な装飾品が並んでいる。


「こういうのって、見ているだけで、なぜかワクワクするんですよね」


「そうだ……な」


 ここでクリスはいつもと違う自分の感情に気が付いた。


 クリスマスマーケットを見るたびに、どこか寂しいような悲しいような気持ちになり避けていた。人々が祝いをしているのに、自分だけが置いていかれたようで、クリスマスが苦手だった。


 だが、今日はそんな気持ちにならない。

 ポケットに入っている右手から伝わる温もりが心地よく、クリスマスマーケットでの買い物も平気だ。


 そんなクリスの感情に気付くはずもないルドは、クリスマスの装飾品を選んでいた。


「これもいいですね。あ、これも綺麗だ」


 ルドは手を繋いだまま、メモに書かれた物を買っていった。夕方になると人は増えていき、自然と二人の距離が近くなる。


 クリスはルドに近づきすぎないように、どうにか距離をとりながら歩いていた。しかし、どんなに気をつけていても、徐々に増えていく人混みの中では無意味に等しかった。


 ドンッ!


「うわっ」


 クリスが人波に押されてルドに倒れかかる。


「す、すまん」


 クリスは全体重でもたれかかったが、ルドはビクともしていない。クリスを受け止めると、顔を覗いてきた。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ」


 クリスが顔を上げると琥珀の瞳が目前にあった。突然のことに体が硬直する。そこで人にぶつかり帽子が取れた。


 長い茶色の髪がふわりと広がる。


「おい、気をつけ……クリス様?」


 その声に他の人も反応する。


「え? クリス様だって?」


「あ、クリス様だ!」


「クリス様!」


 あっという間に人垣ができた。


「クリス様、林檎酒! 今年のは出来が良いんすよ! 持って帰ってください!」


「それなら、このチーズも! 食べごろですよ!」


「それより、このハム! 絶品ですから!」


 クリスが逃げようとするが、人に囲まれて動けない。


「いや、今日は買い物に来ただけで……」


「クリス様が買い物!?」


「珍しい! なにがいるんですか?」


「それならウチで買っていってくださいよ! 安くしますよ!」


 男たちが、じわりじわりと迫ってくる。


「い、いや。欲しいものは買ったから……」


 ジリジリと下がるクリスに男たちが群がる。それを遮るように手が伸びてきてクリスを抱き上げた。


「逃げますよ」


 ルドがクリスを肩に担いで走り出す。


「おい! クリス様に失礼だろ!」


「待て!」


 男たちが追ってくるが、ルドは人にぶつかることなくすり抜けていく。


 街の入り口まで来たところで、ルドの歩調がゆっくりになった。


「ここまで来れば大丈夫だろ。下ろせ」


「……はい」


 雑に下ろされてクリスの足元がふらついた。

 どこか不機嫌そうなルドにクリスが首を傾げる。


「どうした? 頼まれたものは全部、買っただろ?」


「そうですが……」


「なんだ?」


 ルドがどこか拗ねたようにボソボソと呟く。


「師匠がはっきりと断らないから……」


 クリスはさっきの男たちを思い出した。


「あいつらははっきり断っても、物を押し付けてくるだろ」


「そうですが……」


 はっきりしないルドをクリスが睨む。


「どうした? なにが言いたいんだ?」


 ルドは首を傾げながら、自分の胸を押さえた。


「いや、自分でもよく分からないんです。なんか、こう、この辺りがモヤモヤするんです」


「モヤモヤ? 胃が悪いのか? 消化不良か? 吐きそうか?」


「吐くとは違うのですが……うーん」


「とりあえず様子見だな。帰るぞ」


 クリスがまっすぐ右手を差し出した。顔は背けているが、よく見れば耳が赤くなっている。


「はい」


 ルドは左手でクリスの手を握るとポケットに入れた。


「あ……」


「どうした?」


「モヤモヤが消えました」


「……良かったな」


「はい」


 ニコニコとルドが笑った。





 屋敷に帰ると、満面の笑顔のカルラが二人を出迎えた。


「お疲れ様でした。どうでしたか?」


 ルドが買ってきた物が入った袋を差し出す。


「これだけあれば足りますか?」


「はい。十分です」


「せめて中身を確認してから言え」


 呆れたように言うクリスに、カルラが上機嫌でほほえむ。


「見てましたから」


「は?」


「手を繋いだまま、お二人で一つの食べ物を分けあって……」


「なっ!? そ、それはだな! いや、そもそも来ていたなら……」


 クリスが顔を赤くして両手をバタバタさせているのに対して、ルドは平然としている。その態度が不満だったのか、カルラはルドに近づくと耳元で囁いた。


「クリス様と間接キスをするとは、見直しましたよ」


「間接キッ!? 自分は! そんなつもりはまったくな……」


 ルドが顔を真っ赤にして慌てる。その様子に満足したのか、カルラは澄ました顔でルドに訊ねた。


「ところで、クリスマスはどう過ごされますか? 予定がなければ、クリスマスパーティーに参加されませんか?」


「ちょっ、なにを勝手に……」


 クリスが止める前に、ルドがすまなそうに断る。


「あ、いや……クリスマスは祖父と過ごしますので、すみません」


「それなら……」


 なおも引き下がらないカルラをクリスが止める。


「クリスマスは家族で過ごすものだ。それを邪魔するな」


「……わかりました」


 カルラが渋々下がる。

 外が暗くなっていたのもあり、ルドはすぐに帰っていった。


 クリスはどこか悔しそうなカルラに声をかけた。


「あとでキッチンを使いたいんだが、いいか?」


「……夕食後であれば、大丈夫ですよ。なにをされるのですか?」


 クリスがそっぽを向いて小声で呟く。


「……ちょっと菓子をな」


 それだけでピンときたカルラがクリスに詰め寄った。


「犬にあげるんですか? あげるんですね!」


「あ、い、いや……その……なりゆきで」


「すぐにキッチンを空けさせます! あとエマを呼んで菓子作りの準備を……そういえば、どのような菓子を作るのですか!?」


 カルラの勢いにクリスが一歩下がる。


「すぐに空けなくていい。あと作り方は知っているから、エマは呼ばなくていい」


「では、材料を揃えましょう! なにが必要ですか?」


 喜び勇んでいるカルラによってクリスはキッチンに連行された。


※※※※


 クリスマスの深夜。

 まだ屋敷から酔っぱらったような賑やかな声が響く。この日ばかりは無礼講ということもあり、使用人たちは夜遅くまで料理と酒を楽しんでいた。

 屋敷の主のクリスはさっさと自室に引き上げていたが。


 その様子を闇夜に紛れて青いコートを羽織ったルドが眺めていた。ルドは屋敷の外にある高い木の上から、クリスの部屋を睨む。


「師匠は……」


 魔宝石の位置からクリスが自室にいることを確認する。


「よし!」


 ルドは懐に入れている小箱を確認すると姿を消した。




 それからしばらくして、クリスの屋敷が突如騒がしくなった。


「不審者はどこだ!?」


「こっちだ!」


「中庭に追い詰めろ!」


 ルドは暗闇に隠れて息を潜めながら呟いた。


「帝城より警備が厳重じゃないか?」


 ルドが魔法で出した幻影を追って使用人たちが中庭に集まっていく。酒で酔いつぶれる直前のはずなのに、使用人たち全員が良い動きをしている。


 ルドは警備が手薄になったクリスの部屋へ向かって移動した。


「……やっと、たどり着いた」


 火炙り、巨大な鉄球、落とし穴とその先にある針山、など無数の罠を越えて、ようやくクリスの部屋の前までやってきた。明らかに普通の屋敷ではないが、深く考えたら最後な気がしたルドは、息を整えることに集中した。


 一息ついたルドが緊張しながらドアノブに手をかける。ゆっくりとドアを開けながら部屋の中を覗き見た。


 部屋では暖炉に小さな火が灯り、バチバチと微かに音がしている。

 クリスはいつものように頭から布団を被っており、姿は見えない。だが、ベッドに長い金髪が散らばり、布団が規則正しく上下している。


 ルドは気配と足音を消して、慎重に部屋に入った。罠がないことを確認しながらベッドに近づく。


 無事、目的地にたどり着いたルドは、懐から箱を出すと枕元に置いた。


「メリークリスマスです、師匠」


「……ん」


 まるで返事をしたかのようにクリスがもぞもぞと動く。ルドは、ヤバい! と硬直したが、クリスはそのまま寝入った。


「ふぅー」


 ルドは深く息を吐きながら部屋を出て、静かにドアを閉めた。


「青いサンタですか? そういえば、青い服のサンタがいる地方もありましたね」


 突然の声にルドが慌てて横を向くと、暗闇に溶けるようにカリストが立っていた。

 ルドはどこか安堵しながら肩をすくめて説明をした。


「赤い服はさすがに目立ちますから」


「そうですか。まあ、なにはともあれ、お疲れ様です。私からのクリスマスプレゼントをどうぞ」


 カリストが掌にボタンを出すと、綺麗な指で躊躇いなく押した。同時に遠慮なく盛大に警報音が鳴り、中庭が騒がしくなる。


「どこだ!?」


「クリス様の寝室の方だ!」


「捕まえろ!」


 怒鳴り声とともに足音が迫ってくる。


「嫌がらせですかぁ!?」


 目的を果たした、ルドは迷うことなく一目散に屋敷から脱出した。




 窓から差し込む柔らかい陽を浴びながら、クリスは珍しく自然と目を覚ました。

 普段ならカリストが起こしに来るのだが、クリスマスの翌朝は休みのため起こされることはない。


 クリスは爆発した金髪をかきながら体を起こした。そこで枕元にリボンでラッピングされた小箱を発見する。


「まさ……か」


 本当にプレゼントがあるとは思ってもいなかった。可愛らしくラッピングされた小箱を前に、クリスは自分の胸がドキドキしていることに気がついた。


 小さな期待と少しの不安が胸に宿った、この感覚はいつ以来だろう。


 クリスがゆっくりとラッピングを外して箱を開ける。そこには特殊な金属で細かく編み込まれたネックレスと、赤い飴が入っていた。


「……タイミングがいいな」


 クリスは細い皮ひもを手に取ると、首から外した。そして魔宝石を外すと、ネックレスに通した。特殊な金属で作られているこのネックレスなら、魔力で切れることはないだろう。


 クリスはネックレスを首にかけると、小箱を手に取った。


「これが甘い菓子か」


 クリスは呆れたような顔で赤い飴を摘まみ、物珍しそうに見回した後、口に放り込んだ。


「確かに……甘いな」


 そう言った顔は綻んでいた。



 一方、その頃、ルドの屋敷では……

 ルドが目を覚ますと、枕の隣に炭の菓子があった。


「いつの間に!? いったい誰が……」


 昨夜はクリスの屋敷でいろいろあったため疲れたが、侵入者に気づかないほど深く眠ってはいない。

 ルドが周囲の魔力を探ると、微かにカリストの魔力を感じた。カリストなら影を通して、気づかれずに物を置くことができる。


「やられた」


 クリスのプレゼントを置くのに、自分はあんなに苦戦したのに! と、ルドは一人で悔しがった。


あとは年末に年越し編を投稿します(*´ω`*)

それまでは「ツンデレ治療師は軽やかに弟子との恋に落ちる……のか」を投稿していきますので

そちらも、よければ読んでください( *・ω・)ノ

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