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―I weave with you―【第四回・文章×絵企画作品集】  作者: 些稚 絃羽
桧野陽一さまイラスト『【第四回・文章×絵企画】楓』より
28/28

楓―フウ―

イラスト:桧野陽一さま ( http://10819.mitemin.net/ )

指定ジャンル・必須要素:なし


→→ ジャンル:純文学

  この作品は1,645字となっております。

挿絵(By みてみん)




「お兄さまっ!」


 その声がまた聞こえた途端、ついに俺の頭の中が沸騰しそうに熱くなった。そうして反射的にテーブルの上のグラスを払い除けていた。床に叩きつけられたグラスと椅子の音が耳の奥で反響する。


「……お、おにい」

「うるさいっ!!」


 振り返り、声の方を睨みつける。まだ少女真っただ中の幼い顔が、突然の出来事に強張っている。たったこれだけのことでも、「理想」とやらを覆すには十分のはずだ。けれど徹底的に打ち砕くまでは、俺の唇は動くのをやめないだろう。


「いい加減にしろよ、いつまでもへばりついてきやがって。こっちは忙しいんだ。お前の下らない話に付き合ってる暇なんかねえんだよ」


 教師、友人、家族。

 浴びせられる期待に膨らむ不安と鬱憤が、傷付けるための言葉となって野獣の唸り声のように部屋中に響いた。その切っ先は、恐らく最も無害な人物に向けられている。

 小さな腕いっぱいに包み込む(フウ)の葉が、隙間からはらりと落ちた。


「お、お兄さまはふうが、お嫌いですか?」

「……お兄さま、って。血が繋がってないことくらいもう分かってんだろ」

「はい」

「なら、黙って悲しそうな顔してろよ。そこらじゅう走り回るから、誰にも構ってもらえないんだ」


 これ以上話すと余計な感情まで飛び出しそうで、倒れた椅子を起こした。


「でも」


 ひりつく背中に、無垢な声が刺さる。


「だから、お兄さまをお兄さまと呼んではいけないのですか……?」


 目を瞑れば見えなくなるように、耳にもそうしたものがあればいいのに。声の震えを感じても、その表情に見当がつかないほど鈍くなれればいいのに。


「血が繋がっていないと、いけないのですか…?」

「……れ」

「お兄さまを、わたしの家族だと言ってはいけないのですか……?」

「黙れよ!!」


 テーブルに落とした拳がじんと痛んだ。もどかしさにうろうろと足がもたつく。割れたガラスの破片が、靴底で音を立てて割れた。


「お前見てるとうんざりすんだよ、何も知らなくて、何も負わなくて、何にも束縛されなくて。自分がどれだけ惨めなのか思い知らされる。だから、もう、放っておいてくれ」


 「お兄さま」と呼ばれる度、慕われていることを実感して嬉しかったはずなのに。それがいつの間にか怖くなった。裏切ってしまうこと、離れていくこと、形が変わっていくこと。どれが理由かは分からない、すべてかもしれないし、どれでもないのかもしれない。ただ、周囲の気持ちを具現化しているようで、息が苦しくなっていったのは確かだ。父さんとお母様が娘を心配しながら、俺がいれば安心だと言って笑うのにも、上手く笑い返せなくなった。

 誰も、悪くない。俺が弱いだけだ。でも遠ざけていないと本当に壊してしまいそうで。

 目を上げると、眉間に皺を寄せて唇を引き上げて、お世辞にもかわいいとは言えない顔が俺を見つめている。


「はは、泣けよ。泣いて、お母様に縋りつけばいい」

「な、泣きません」

「泣けばいいだろ、子どもなんだから」

「泣きま、せん」


 強情に、まるで子どもでなくなったみたいに、泣くことを拒む。零れそうに揺れる瞳が、ダムの決壊を押し留める宝石のようにきらきらと光を映している。そんな空想さえ、頭を過った。

 口が開いたり閉じたりを繰り返す。酸素を求めるようでいて、堅い決意を明かそうとしていた。


「楓は、強い樹だから。楓みたいに強くておしとやかな人になれるようにって、ふうのお名前をもらったから」

「そんなこと」

「お兄さまが素敵だねって言ってくれたから。……ふうは、絶対に、泣きません」


 床にはらはらと楓の葉が落ちていく。まるで涙が零れていくように、静かに落ちていく。

 感情は真っ白だった。からっぽのように何もないのに、満たされているように重たかった。重たくて、苦しくて、痛いのに、温かい。そしてそれとは別のところで足が動き出した。


「見なかったことにしてやる」


 スラックスのポケットの中でくしゃくしゃになっていたハンカチを、小さな顔に押し当てる。ハンカチの乾いた部分がなくなるまで、もう一方の手は宙を彷徨った。


  

桧野陽一さま、ありがとうございました。


楓の花言葉には、「大切な思い出」や「遠慮」というものがあるようですが。わたしは「美しい変化」というのが気に入っています。

彼女がこれから強く美しく色づいていくことを願って。



*感謝のご挨拶*

これにて第四回・文章×絵企画の作品集「―I weave with you―」は完結です。

9名・全28枚(29枚の内1枚は前回お借りしたものでしたので)の絵をお借りし、28もの短編を書かせていただきました。

詩が多いものの、今回はホラーテイストの作品を書いたり、2枚の絵を関連付けて書いたりと、これまで以上に色々な趣向でこの企画を楽しませていただきました。

素敵なイラストをこんなに沢山お借りできて、本当に楽しかったです。

改めまして、ありがとうございました。

そしてまた、良いご縁が繋がりますように。

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