かんのさんは神様ですか?
イラスト:桧野陽一さま ( http://10819.mitemin.net/ )
指定ジャンル・必須要素:なし
→→ ジャンル:純文学
この作品は2,135字となっております。
クラスメイトの神野さんはなんでも知ってる。
楽しいことがあると、誰よりも先に「いいことあったんだね」って話を聞いてくれる。
嫌なことがあった時は、何も聞かずにこっそり持ってきているお菓子を分けてくれる。
お願いしたいことがある時に、お願いする前にやってくれるのも、いつも神野さんだ。
神野さんは僕の心が読めるのかもしれない。もしかしたら、神様なのかもしれない。
高校に上がっても引っ込み思案が直らない僕は、そんな空想ばかりしている。
神野さんは背が高い。僕は背が低い。並ぶと顔一つ分以上違う、なのに顔は神野さんの方が小さい。
神野さんは勉強ができる。僕は平均点くらい。テストの順位では並べる気がしない。
神野さんは運動もできる。僕は足が遅いしどんくさい。スタート位置で並んでもすぐに届かなくなる。
神野さんはすごい。本当になんでもできるし、こんな僕にも優しい。
僕の憧れの人について教えてあげようとお父さんに話してみたけど、「ついに初恋か?」と言われてしまった。でもこれは恋なんて、そんなおこがましいものじゃなくて。この気持ちに言葉を当てはめるなら、「崇拝」だ。
僕にとって神野さんは、つまり神様だ。
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一学期の終わり、みんなが夏休みの予定を話し合っている頃。僕にもひとつ、クラスの友達との予定ができた。
「海に行こう」
誘ってくれたのは、やっぱり神野さんだった。十人くらいが集まると聞いて、僕が行ってもみんな楽しくないよと断ろうとしたけど、答える間もなく「強制参加」を言い渡されたら行かないわけにはいかなかった。
本当はとても嬉しくて、夏休みに入るまでも、入ってからも、みんなで電車に乗って駅に向かっている時も、ドキドキが止まらなかった。
友達と少し遠出をするなんて、僕にとっては大進歩だ。それに、神野さんがいる。神野さんは人気者だから話す機会はないかもしれないけど、夏休みにその姿が見れるだけで、なにかのご褒美みたいだ。
まだ着いたばかりで、もう来て良かったと思っている。
あまり話したことのないクラスメイトと意外にも話が合うことが分かったし、今度一緒に宿題をすることになった。何人もの人に注目されるのは緊張したけど、これからちゃんと友達になりたいと思う人ばかりだった。
神野さんの友達はいい人ばかりだ。きっと神野さんがとてもいい人だからだ。
天気が良くて、青い海も、白い砂浜も眩しくて。そしたら神野さんも、目が開けていられないくらい眩しかった。
ひまわりみたいな元気な色のワンピース。神野さんのイメージにぴったりだ。露出が少ないことを女子たちにからかわれている時の、麦わら帽子の下の恥ずかしそうな顔を、僕はじっと見ていられなかった。
そんなに混んではいなかったけど万が一みんなの荷物を盗られても困るし、僕は荷物番を申し出た。あとで代わると約束して、みんなが光る海へ走っていく。すると一人残っていた神野さんが近づいてきた。
「帽子、預かっておいてくtれない?」
飛んで行ってはいけないし、ちゃんと持っておくから安心してと話して麦わら帽子を受け取った。
「ごめんね、ありがとう」
そう言って笑って、神野さんもみんなに合流する。
目の前でクラスメイトたちが遊んでいる。向こうまで泳いだり、ビーチボールを投げたり、浮き輪でぼんやり漂ったり。そして時おり僕に手を振ってくれて、僕も振り返す。そんなことがなんだかとても夢みたいで、居心地が悪いほどに心地好い。
僕を連れ出してくれた神野さんは、やっぱり神様みたいだ。三角座りした膝の前で持っている麦わら帽子を握りそうになって、慌てて力を緩めた、
少しして、神野さんが海から上がってきた。
濡れて体に張り付いたワンピースや、短い裾から伸びる長くて白い脚に、いけないものを見ているようで視線を神野さんの顔に固定する。普段あまり見ることはできないけど、神野さんはとてもかわいい。近づくときっとまた顔を見ることなんてできないから、離れている間にまじまじと見てしまった。
その顔が僕に向けてにこりと笑う。そうすれば僕の心臓が壊れることを知っているように。そして本当に、心臓の動きを制御できなくなった。
その拍子に風が吹き、麦わら帽子が飛んでいく。僕は手を放してしまっていた。
大変だ、神野さんの。神野さんの帽子が無くなっちゃう。
僕はそう思い、急いで追いかけようとしたけど足が絡まる。それでも目は麦わら帽子を追っていると、神野さんがすぐに動いた。
ジャンプして、手を伸ばして、当たり前みたいに麦わら帽子をキャッチした。
「よっと」
しなやかに伸びた体が、砂浜に音もなく着地する。麦わら帽子をふるふると揺すって、笑いながら僕に合図する。
ほっとした。せっかく神野さんが預けてくれたのに、もう少しで無くしてしまうところだった。結局、神野さんに迷惑をかけた。
謝ろうと思い、立ち上がる。どう謝ろうか考えている間に、神野さんはどんどん近づいてくる。
他のみんなはまだ海の中で、ここには僕と神野さんの二人だけで、神野さんはかわいくて、それで、謝らないと。
目の前まで来た神野さんが、意地悪く笑う。
「いま、見とれてた?」
僕の考えも、気持ちも。それは僕さえ知らないことまで。
神野さんははなんでも知ってる。
桧野陽一さま、ありがとうございました。
漫画みたいなタイトルになりました笑
果たして神野さんは神様なのか、「僕」が分かりやすくて鈍いだけなのか……。