『敗北のケンタウロス』
イラスト:檸檬絵郎さま (http://22105.mitemin.net/ )
指定ジャンル・必須要素:なし
→→ ジャンル:???
この作品は1,203字となっております。
力の抜けた手から、するりと落ちるコントローラー。カーペットに着地してことりと音がした。
「んだよ、これ。マジでケンタウロス毎回負けんじゃん」
「お前はタイトルが読めんのか、『敗北のケンタウロス』と書いてるだろ?」
振り返ると、じいちゃんはにたりと口角を上げて、マグカップを傾けている。湯気の向こうの幸せそうな顔が妙に腹立たしい。
「あのさー、こういうのクソゲーって言うんだよ。意味分かる?」
「おい、馬鹿にしてんのか? それ最初に使い始めた人と同世代、というか俺のが上か」
「うわー、どおりでじじいだ」
「おうよ、経験豊富だ、羨ましいだろ」
高校生相手にどんな挑発の仕方だ。
それにしても、この『敗北のケンタウロス』なるゲーム。じいちゃんが若い頃に作ったものらしい。
じいちゃんは、かつてファミコンが全盛期だった時代にゲーム制作会社に勤めていた。今も名作として語り継がれているゲームを生み出したチームの中には、じいちゃんの名前がある。そしてこのクソゲーは、その頃にじいちゃん主導で作ったものだと言う。
「でも何で周りの人止めなかったかな」
「割りといけるんじゃないかって皆乗り気だったんだぞ? まあ、バブルだな」
「それで弾けたってか」
何度対戦しても毎回ケンタウロスが負けるゲームって、どれだけ気分が跳ねたら作りたくなるのか。
「でも、結局その希望も弾けたわけだろ?」
「いやいや、コアなファンはいるもんだよ」
「マジかよ、これで?!」
画面には無惨に痛め付けられたケンタウロスに、タイトルが点滅する。今ある装備を駆使して望んだが、やはり『敗北』には抗えなかった。
世の中には妙な大人がいるものだと思っていると、じいちゃんは可笑しそうに笑って俺の顔を覗き込む。
「ところで、今ので何戦目だ?」
「あーと、12、3戦したかな」
「ほらな?」
「へ?」
「思わずもう一戦したくなるだろ?」
やられた、と思った。これはそういうゲームなんだ。
「この装備が駄目な次はこれ、この敵の時はこの技が効くかもしれない。単純なゲームだからこそ、「次は勝てるかもしれない」と思ってもう1戦したくなる」
「それを狙ってんのか」
「それに、本当に俺がただ負けるためのゲームを作ったと思ってるのか?」
勝つ方法があるってことか、この理不尽とも思える敗北から抜け出す方法が?
……悔しいけど、知りたい。制作者の、じいちゃんの思惑に嵌まると思うと心底悔しいけど、知りたくなっている。転がしたままのコントローラーを握り直した。
「さて、1日で足りるかな?」
「……半日で勝ってやる」
「そんなに単純だといいけどなぁ」
「さっき、単純なゲームって言ってなかったか?」
「構造は単純でも、ゴールまでの道のりが平坦だとは限らない」
「なんかムカつくな……!」
年季の入ったコントローラーのSTARTボタンを押す。元通りのケンタウロスがゆるゆると動き出す。
絶対勝たせてやる。妙に固い決意で、新たな一戦が始まろうとしていた。
檸檬絵郎さま、ありがとうございました。
友達みたいなおじいちゃんと孫の関係っていいなぁと思います。
ファミコン世代でも高校生でもないですが、絵のテイスト的にゲームっぽく見えたので。
ジャンルは……なんだろ?笑