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―I weave with you―【第四回・文章×絵企画作品集】  作者: 些稚 絃羽
桧野陽一さまイラスト『【第四回・文章×絵企画】キャンバス』より
11/28

木洩れ日の色はなに色

イラスト:桧野陽一さま ( http://10819.mitemin.net/ )

指定ジャンル・必須要素:なし


→→ ジャンル:純文学

  この作品は1,869字となっております。

挿絵(By みてみん)



「なに描いてるの?」


 孝作はキャンバスに向けて動かす手を止めることなく、ぼそりとこう答えた。


「木洩れ日、かな」

「どうして?」

「どうして、って?」


 問い返しているのに、その顔は変化に乏しい。輪郭の陰に隠れるようにして並ぶほくろが、ここからだとよく見える。


「描こうと思ったからには理由があるんじゃないの?」

「理由……逆に聞くけどなんでそんなことが気になる?」


 そんなこと。

 微妙な言葉のニュアンスを拾って苛立つのは良くないけど、孝作はいつも何もかもをどうでもいいみたいに思っている。それがどうしようもなく心を掻き乱す。


「だって、それ足元の方でしょ?」

「まぁ」

「どうせなら葉っぱとその間から注ぐ光を描いた方が、華やかな感じしない?」


 わたしが言っている意味が伝わらなかったのか、孝作は黙ってしまった。画家の卵に対して余計なお世話だと思っただろうか。

 やけに時計の針の音が煩くて、言葉を続ける。


「羨ましいって思うんだよね」

「……何が」

「孝作が」


 手を止めて、顔をこちらに向ける。そうすると分かっていたから、顔を背けた。薄く汚れた窓にぼんやりと孝作のシルエットが映っている。その目はきっと、わたしを責めている。


「背が高いっていいよね、ほんと羨ましい」

「……何で」


 本当は理解してる。孝作がいつもわたしに投げやりな質問ばかり返すのは、わたしのことを理解しようとしているからだって。

 でもわたしは、知りたいんだよ。孝作が今何を思っているか。サヨナラまで、そう時間はないから。


「孝作は空に近いから」

「は?」

「孝作が手を伸ばすとさ、本当に届くんじゃないかって思うんだよね。わたしにはどうやっても届かないのに」


 振り返ると、眉間に皺を寄せた険しい顔。これは本格的に意味が分からないって顔だ。

 油絵の具のにおいが今更鼻につんとくる。


「ずっとね、空を飛んでみたいって思ってたんだよね。ああ、過去形じゃなくて、現在進行形で。

 飛行機とかじゃなくて、鳥みたいにさ。自分の力でどこまでも行けるってどんな気分だろうね?」


 孝作はきっと、いや絶対知らない。

 二人で並んで散歩をしていたあの頃、孝作の顔を見上げてばかりいたから、空の世界を憧れるようになったってこと。孝作の薄い表情の奥で、並木の葉の隙間から注ぐ光がどんなに綺麗だったか。

 あの時も、今も、わたしに合わせてばかりの孝作は、可哀想だ。空みたいに独りぼっちで、可哀想。


「孝作、きっと夢叶えてね」


 鼻がぴくりと小さく動く。不愉快に感じていることはすぐに分かる。


「そう言われてなれるような、簡単なものじゃない」

「分かってるよ。でも孝作が頑張ってることだって知ってるから。

 叶うか叶わないか、結果なんて誰にも分からないんだから、わたしはわたしの見てるものを信じたい。最期まで」


 とてもゆっくりと、本当はきっと一瞬のことだったけど、ゆっくりと孝介がわたしの元までやって来て、絵の具の付いた手でお構いなしにわたしの身体を抱き締めた。

 ベッドもパジャマも汚れただろうな。でも孝介の体温が意外なほど温かくて心地良い。あの頃だったら恥ずかしくて突き飛ばしたかもしれないから、今だけは言うことを聞かない体に感謝しよう。


「……俺の」

「え?」

「俺の気持ちも信じてるか?」


 聞かないでほしかったな、そんなことは。


「気持ちは目に見えないから。それに結果が分かってるものはたとえどんなに確かでも、信じないよ」


 信じない。残された時間も、肌の温もりも、胸の痛みも。どうせすべての記憶は置いていくから。手を伸ばして近付こうと必死になったあの頃の気持ちのまま、眠りに就かせて。


「えみ」

「顔を上げて歩くんだよ。折角高いところを見渡せるんだから、上の景色を見ないともったいないよ」

「えみ」

「でもその絵は描けたらわたしに頂戴ね。上ばかり見すぎて足元の景色は見忘れたから」


 愛の言葉は呪縛。荊のように絡み付いてどこにも行けなくさせるから、だから何も言わないで。


「……分かった」

「ねぇ、そろそろ六時だよ」


 ちょうど六時を知らせるメロディーが町中に響く。驚いた鳥たちが一斉に電線から飛び立って、暗くなり始めた空に消えていった。

 今度こそ本当にゆっくりと、わたしをベッドに横たえる。パジャマに付いた絵の具に気付いて、また新しいの買ってくると小声で呟いた。

 床に散らばった筆を片付けて、ドアの前で孝作が振り返る。


「また明日くる」

「うん」

「じゃあな」


 ドアが閉まる。見送る言葉は今日も言わない。あと何度、彼を見送れるだろう。新しいパジャマ、着られるかな。

 置いたままのキャンバスの中で、木洩れ日がそわりと揺れた気がした。


  


次のお話とも繋がる、かも?

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