Escaping girl
皆様初めまして!荒波ゲオルクと申します。
前から文章を書くのが好きで、この度人生で初めて小説を書きました。
タイトルは、「ナイトスレイヤー」と読みます。
誤字脱字等至らぬ点があるでしょうが、どうぞ、お楽しみください。
「はぁっ・・はっ、はあっ・・・はあ、はあっ・」
星ひとつない月も出ていない夏空の下。静まり返った住宅街にテンポの乱れた呼吸音と足音が響く。
呼吸音と足音の主は白いセーラー服の少女だ。街灯に照らされて艶っぽく煌めく長い黒髪を振り乱して走る少女は高校生にも中学生にも見える。
「はあ、はあ・・はあ・・・はあっ・・ッ!・はっ、はっ・・」
少女は一瞬後ろを振り返り、必死の形相で前へ向き直って全力疾走する。
少女は路地を抜けて通りに出る。「何か」と鬼ごっこをしているようだ。
誰でも鬼ごっこをやったことはあるが、少女の参加する鬼ごっこは想像するそれから遠くかけ離れたものだ。いや、半ば強引に「参加させられた」と言ったほうが正しい。
何故かと言うと、その様子があまりにも異常だからだ。
第一に、参加者がその少女だけだということ。普通、最低二、三人いなければ鬼ごっこは楽しめない。
第二に、開催されている時間が深夜ということ。現時刻は午後十一時をまわっており、静岡県では補導の対象だ。制服を着ているため、間違いなく補導されてしまう。
第三に、「鬼」が人外であるということ。本当に鬼のような異形の生物に追われている。
走っているうちに、疲労が少女の体をガンのように蝕んでゆく。初めは脇腹に鈍痛が走っていた。次にそれが腰に転移した。腰の痛みに耐えていたら、次は右膝に転移した。膝を庇いながら走っていると、ふくらはぎ、足首、踵、土踏まず、太もも、ついには、後頭部にまで激痛が走る。
走ることを何度止めようかと思ったのか数え切れない。しかし、捕まったら、一巻の終わりだ。
走り続けるうちに路地から大通りのスクランブル交差点に差し掛かった。少女は交差点を右に曲がり、西伊豆へ向かおうとする。
が、
「えっ・・・?」
一瞬にして世界が九十度左へ傾いた。右半身に冷たい無機質な感覚を感じる。二秒遅れて鈍い音が脳内に響き渡る。全身に転移していた激痛が右側頭部に集中する。
その痛みを感じて初めて少女は自分が転んだという事実を認識した。
意識が現実に近づくにつれ、少女は恐怖を徐々に感じた。
「鬼」が近づいてくる。
少女はその細い体に力を込めた。だが、体が言うことを聞かない。
そうこうしているうちに、「鬼」との距離がどんどん縮んでいく。
そして、追いつかれてしまった。鬼の交代なんて生易しいことをしてはくれまい。
その時、点滅する街頭の光に照らされて少女は初めて「鬼」の姿を見た。
「鬼」は文字通り「鬼」だった。三mを超える巨躯は赤黒く染まり、頭には二本の角。赤く充血した意地悪そうな目。眉間には縦に深いシワが刻まれている。口の周りには針のように鋭く尖った無精髭がジャングルをつくっている。それにしても、上半身と下半身の比率がおかしい。上半身と下半身の比が二:一だ。短足な下半身に対して上半身は筋肉質で肩幅が異様に大きい。そして、土管のような腕の先端には少女の頭より遥かに大きな拳が付いている。
「かはぁぁ・・・」と「鬼」は息を吐く。
生臭く、生暖かい息が少女の髪を乱す。
「い、いいぃいッ・・・」
少女は涙が溜まった目を見開いて、歯を食いしばり、情け無い声を漏らす。
「グルルゥ」と唸り「鬼」は右拳を強く握り込み後方へ振り上げる。少女に狙いを定める。
こころなしか、街灯の点滅の間隔が一層長くなる。
「あ・・・うぁ・・・あぁぁ・・・」
距離をとろうとするが、無駄だ。
細い腕で顔を覆う。それでも、走馬灯が見えてしまう。十数年の短かった人生が思い起こされる。
走馬灯を見ていると、恐怖が徐々に別の感情に変わって行く。
「鬼」が少し後ずさり、タメを作る。
次の瞬間、アスファルトを砕く踏み切りの音が交差点に響いた。
その音を聞いて後悔がもう一度恐怖に変わる。
体が金属の様になる。
なんとも残酷なものである。少女が見た最後のものが消えた街灯なんて。
肉を引き裂き骨を断ち切る音が聞こえた。
お花畑が見えるのかと思ったのか少女は恐る恐る目を開ける。
しかし、そこにお花畑は無い。
そこには、背中から大量に血を流している「鬼」がいる。「グォォォ!」と唸って「鬼」が両膝を着き、両手を着く。
「!?・・・!?!?」
少女は辺りを見回す事しか出来なかった。
少女の右前の元は銀行だった廃墟の近くの歩道にアスファルトを砕いた足跡が残されているのを見つけた。
数秒見回して、やっと「鬼」の左後ろに誰かがいることに気付いた。
短いジーンズを履き、黒のインナーの上にボタン全開で派手なアロハシャツを着ている。腰には白黒のウォレットチェーン。頭は見事なオールバックで、夜なのにサングラスをかけている。
ひときわ目に付くのは、右手に持つ日本刀。この国では帯刀は法律で禁止されている。だが、目の前の青年は平然と帯刀し、しかも「鬼」を切った。
少女は開いた口が塞がらなかった。
口を閉じる間も無く「鬼」はゆっくりと立ち上がり、今度は邪魔者に向かって拳を向け、一歩で距離を縮める。
「鬼」が背を向けたから分かったが、先程の肉をミンチにする音は「鬼」が斬られた音だった。
左の肩甲骨の辺りから右の脇腹まで紅の直線が走っていた。
肩甲骨が両断されて、背骨が歪み、肋骨が粉砕されている。
拳が青年に当たる直前。少女の右後ろのガソリンスタンドから一つの影が現れた。
影は真っ直ぐ「鬼」の足下へ走り、後ろから左膝の裏を右上から左下へ斜めに斬り伏せる。そこから真横に斬り払い、そしてバク宙をしながら右下から左上へ切り上げる。バク宙の後、後方倒立回転を四回し、「鬼」と距離を取った。
影が静止し、やっと影がどんな人物なのか分かった。
目立つ銀髪。黒のオックスフォードシャツを第一ボタンと第五ボタンを開けて着こなしている。純白のハーフパンツを履き、こちらも帯刀している。
大きく踏み込んだ左膝を切り刻まれた「鬼」はバランスを崩して前のめりになり、顔面から勢いよくアスファルトに突っ込む。
震度二の地震が起こる。
目の前に帯刀した青年が二人。少女の思考を停止させるのには十分すぎた。
思考のソフトウェアの復旧が終わらない内に「鬼」は立ち上がり、雄叫びをあげる。
白髪の青年を睨みつけ、踏みつぶそうとその場で四m程上へ跳躍する。大きいくせに猫のようなしなやかな体の使い方だ。
不意に「鬼」の体が空中で不規則な動きをしたかと思ったら、夜の町に銃声が轟く。
鼓膜が破れそうな炸裂音の後に「鬼」が上空から落ちてくる。
衝撃でアスファルトに亀裂がはいる。
背中から落ちた「鬼」は道路にめり込みながら悶えている。
耳の不快感を堪えながら音源を探すと、少女の右前の元銀行の廃墟の屋上に人影を見つけた。
黒いパーカーを着て、フードを深く被っている。両手にはまだ銃口から青白い煙を出している大きなスナイパーライフル。フードの奥に隠している冷たい目と目が合い、背筋がすくむ。
「鬼」がまた立ち上がる。
怒りで顔と目を深紅に染めて屋上の青年を恨めしそうに見上げる。
そして、少女の反応を超えるスピードで怒りを込めた右拳を地面に叩きつける。
アスファルトが砕かれ、無数の破片が宙を舞う。その破片を3人の青年の方へ投げつける。
息をつく間も無く破片は青年たちの元へ滑空する。
しかし、
オールバックの青年の目の前で破片は軌道を変え明後日の方向へ飛んで行った。
それだけではない。
白髪の青年の目と鼻の先で破片が真っ赤な液体になり、青年の足下に降り注ぐではないか。
ライフルの青年は投げた瞬間に狙撃して粉砕した。
少女が驚くのも束の間、青年たちが破片を処理しているうちに「鬼」が目の前まで迫って来ていた。
土管のような腕が少女の痩身を掴もうとする。
その時、少女の左後ろのバスターミナルから、新たな影が「鬼」の後ろに回り込む。
「むん!」と気合の入った声と共に「鬼」の頭に拳が打ち下ろされる。
「鬼」は自分の身に何が起きたのか理解できずにおぞましい断末魔の叫びをあげる。
その叫び声も肉体を潰す歪んだ音に掻き消された。
「鬼」を殴ったのは人気のアニメキャラクターのフルグラフィックのオタTに紺のハーフパンツ姿で、頭はクセのある茶髪の青年だった。
一瞬、少女の視界がズレたが、ズレたのは視界では無く、「鬼」の体の方だった。
「鬼」は原型を留めることなく崩れ落ちる。
それと同時に少女の体から力が抜けていくようだった。
へたり込んだまま動けない少女。
それを見越してか、青年たちが集まって来た。
鬼を殴った青年が笑顔で話しかける。
「怪我しなかった?」
「えっ・・・あの、そっその・・・」
少女は口籠る。
そうしているうちにスナイパーライフルの青年が屋上から下りてきた。そして、
「ナンパしてんじゃねーよ」
と殴った青年にクギを刺す。
「ナンパじゃねー!安全確認だ!」
殴った青年が抗議する。
「しかし、まぁ、何でこんな時間に一人で町に出歩いてんだ?」
オールバックの青年が不思議そうな顔をして尋ねる。
少女は答えにくそうに目を逸らす。
不意に少女は睡魔に襲われたのか、顔を右手で押さえる。
疲労が相当溜まっていたのだろう。
それに気付いた白髪の青年は
「俺らのアジトに連れてくか?」
と優しそうな声で青年たちに訊く。
「それは名案だな」
「さんせーい!」
ライフルの青年と殴った青年が口々に言う。
「と、言う訳で、運ぶの頼むわ!」
「はぁ!?また俺かよ!」
「怪力の荷物持ちだからな♪」
白髪の青年がオールバックの青年の肩を叩き、オールバックの青年が悪態を吐く。それを殴った青年がまくし立てる。
「うるせぇ!連れてくぞ!」
オールバックの青年が話を終わらせ、なるべく優しく少女をお姫様抱っこして持ち上げようとする。少女にはその手を振り払う気力すら残っていなかった。
「ったく。大丈夫かよっと」
そう言って青年は軽々と少女を持ち上げる。
「早く行くぞ」
ライフルの青年がライフルを担ぎながらそう言ってさっさと歩き出す。それに続いて青年たちは歩き出す。
半醒半睡の少女の目には光を放つ街灯が写っている。
気だるさと青年の温もりを感じながら少女は黒より深い夜の闇に吸い込まれて消えた。
最後までご愛読ありがとうございます!
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次回をお楽しみに。