金髪美少女魔法使い VS. 魔竜の群れ
ドラゴンが迫ってくる。
大きく開かれた口の中には既に火球が見て取れた。
「やっべっ!」
慌てて逃げようとしたが、もう遅い。
火球はこちらに向けて既に放たれていた。
「ぁ――」
駄目だ。これ、死んだ。
火球は直撃コース。既に不可避。
さっき息を引き取った天使の姿が脳裏を過る。
オレもあの天使と同じように――いや、オレのようなヌイグルミがあんなものをくらえば、跡形もなく燃え尽きるだろう。
ああ――やっぱ、オレって運がないなぁ。折角拾った命だったにさ……。
迫る火球を前にオレは目を瞑る暇もなく――青い光線が目の前を横切る。
「――へ?」
突然の事にオレは呆然となる。
まるでレーザービームのような青い光線はドラゴンの火球を消し飛ばしていた。
その光線にオレは既視感があった。以前に同じものを見たような気が……。
いや、それは当然のことだ。
何故なら、その光線を放った者がオレの目の前に浮かんでいたのだから。
とんがり帽子を頭に被り、杖の上に乗って空に浮かぶ人間――あの時、オレのいた世界であのドラゴンと戦っていた魔法使いだ。
魔法使いは、オレに背を向けたまま浮かんでいる。
まるでオレを守らんとするように。
「あ、あんた……」
「なにボーっとしてるのよ!? さっさと逃げなさいよ!」
「え……」
苛立たしげに魔法使いの声にオレは少しばかり驚いていた。
何故かって? それはその声が……。
「お前……まさか、エリカ、か?」
「はあ? 何言ってんのよ? 当然でしょ!」
魔法使いは不機嫌そうな声を漏らしながら、こちらに振り返る。
その顔は間違いなく、ヴァルキュリア見習いの魔法使い、エリカだった。
「エリカ……どうしてお前が……」
「ライラ様の命令よ。アンタを守れってね! ホントは御免だけど、ライラ様の命令だから無視できないでしょ。あと、馴れ馴れしくエリカなんて呼ばないで! 気持ち悪いから!」
「……」
エリカはオレをごみ虫でも見るかのように蔑み見下ろしてくる。
折角、主人公を守るヒロインのような登場をしてきたのに台無しである。
つーか、こんな時になっても気持ち悪いとか言わないで欲しい。
地味に傷つく。
「アンタはどっかに隠れて、情けなく震えてなさい。命が惜しかったらね」
おまけに、完全にオレを舐め切ったこの発言。
正直、小娘の命令に大人しく従うなんて大人のプライドが許さないのだが、ここはエリカの言う通りだ。
「……くそっ!」
大人のオレが少女に守ってもらうなんて状況、忌々しいことこの上ない。
だが、いまのオレは情けない姿ではあるし、何もできない。
自分の命すらも守ることができない弱者だ。
オレはいまや崩れかけた建物の物陰に隠れて、エリカがドラゴンと戦う様子を窺う。
「ふん……あの時と同種の魔竜か。火球を吐き散らすだけの能のない奴らね」
エリカはドラゴンを睨みながら吐き捨てる。
やっぱり、あの時の魔法使いはエリカだったのか。
だとしたら、オレが死にかけてこんな体になった原因の一端は……。
そんな事を考えている内に、三匹のドラゴン――魔竜の群れがエリカに猛スピードで襲い掛かろうとしていた。
魔竜は鉤爪でエリカを切り裂こうとしている。
それを杖に乗ったエリカはひらりひらりと躱していく。
すると、魔竜たちは鉤爪の攻撃が当たらないと見てか、今度は火球を吐き出した。
だが、それすらもエリカはひらりと躱していく。
「ふん! もうそれは見飽きたのよ。今更相殺するまでもないわよ!」
その言葉通り、火球はエリカにまったく当たる気配がない。
彼女は三体の魔竜からの同時攻撃も難なく躱している。
「知性もない唯の獣が。この私に当てようなんて百年の早いっての!」
エリカは既に勝ち誇ったように不敵な笑みを零している。
対して、魔竜たちは苛立たしげに唸り声を上げた後、エリカを取り囲むように陣形を組み、再度襲い掛かる。
「呆れた。それで知恵を絞ったつもりなの?」
エリカはつまらなさそうに呟く。
彼女は本気で呆れていた。
そして――エリカは魔竜に向けて宣告する。
「あんた達みたいな雑魚はさっさと消えなさい!」
彼女は乗っていた杖を右手に持ち、その先端を空に掲げる。
途端、彼女の周りに不可思議な形をした青い紋様が浮かび上がった。
しかも、それは魔竜と同じ数だけ。
「魔に囚われし哀しき者に、聖なる裁きを与えん――――」
囁くように紡ぎ出される言葉。
それは魔竜たちに向けられた憐みの言葉のようにも聞こえ――その実、残酷にも彼らの存在自体を否定する呪詛のようにも聞えた。
「――≪魔を射る聖矢≫」
真実の言葉が紡がれる。
途端に、三つの青い紋様から光の矢が飛び出し――――魔竜たちを貫いた。
「 」
擬音にできないような叫びを漏らす魔竜たち。
それは彼らの断末魔だった。
光の矢に貫かれた魔竜の群れは、さながらプロペラを失くしたヘリコプターのように真っ逆さまに落下していく。
彼らの落ちる先に地面はない。
下に落ちているはずなのに、それは空に堕ちているようだ。
エリカの完全勝利だった。
「す、すげぇ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまうオレ。
小娘と侮っていたけれど、一度は自身をヴァルキュリアと偽ったことだけはある。
彼女は紛れもなく聖なる魔法使いだ。
「ふん! これぐらい、当然よ!」
オレの声が聞えていたのか、空に浮かぶ金髪超絶美少女の魔法使いは勝ち誇ったような笑顔をオレに向けて言い放つ。
その姿に、その笑顔に、オレは不覚にも見惚れてしまっていた。