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体、返してください!  作者: みどー
第0章 プロローグ - Fake Rebirth -
2/11

オレ、死にました



 その日も残業で、会社を出たのは日付変わって午前2時ちょっと前だった。


 オレは、疲れ切った体を引きずりながら、帰りを待つ人など誰もいない我が家へ向かって、住宅街を歩いていた。


 オレの名前は、能登享(のととおる)

 今年で三十歳になるごく平凡な会社勤めのシステムエンジニア。

 おまけに彼女いない歴=年齢っていう、希少種です。

 あ、もちろん童貞ッス。もう魔法使いにだってなれます。


 誤解がないように言っておくけど、女性に興味がないとかではないよ。

 純粋にモテないだけっていう悲しい現実があるだけです。

 あ、ちょっとそこの夫が長期出張で毎日寂しい夜をお過ごしの団地妻さん? ここに働き盛りで食べごろの坊やがありますよ? いかがっすかー?


 え? いらない?

 それと団地妻だと彼女どころか、不倫してるだろって?

 あと、身の程を知れってか……そりゃ失敬。


 てか、オレは独りでなにを漫才してるんだか……。

 働き過ぎて頭おかしくなったか?


 まあ、でも、冗談抜きで頭おかしくなそうだよ、このところの忙しさは。

 だって、毎日、仕事終わって家に帰り着いた頃には夜明けなんだぜ?

 今日はまだいい方ってんだから、おかしくなってもおかしくないって言うんだよ、まったく……。


 あー、なんでこんな仕事、未だに続けてんだろ、オレ?

 入社した頃は、夢や希望に満ちてやる気満々だったのになぁ。

 現実を知った今となっちゃあ、そんな物は一つもない。

 続けているのは、生活の為っていう単なる惰性であって、出世したいとか、会社を盛り上げていきたいとか一切ない。


 そんなモチベーションでいるから、仕事も上手くいかなくて上司には怒られ、自然と残業も多くなる。

 そんでさらにモチベーションが下がる。

 そんな無限ループの負のスパイラルに絶賛ドはまり中。


 まー、だからね、頭がおかしくなって見えない物が見えたりしちゃうことあるのかもね。

 例えば……ほら、何気なく空を見上げたら、巨大な黒い月が見えたりとか、ね?


「…………は?」


 黒い、月? 何だ……あれは……?


 目を擦って、確認する。……見える。

 顔を抓って、確認する。……痛い。

 頭を叩いて、確認する。……眠気スッキリ!


 うん、あるね。幻覚とか夢とかじゃなくて、現実に存在しているね、あれ。


 黒い月……っていう表現は正しくないかな。だって、月にしては大きすぎるし、大体、お月様は全然違う方向にちゃんとあるし。

 じゃあ、あれはなんて言えばいいか……。


 うーん、どっちかって言うと、黒い穴って感じかな?


 うんうん、それが妥当な表現だ。あれは、空に穿つ巨大な黒い穴だ。

 我ながら中二病をこじらせたような表現だなあ!


 え? 黒い月の方が中二的だろって? そりゃ、失敬。


 つって、そんな事言ってる場合じゃないよ、これ。スマホスマホ!

 こんな見た事も聞いた事もない怪奇現象は写真に撮るしかないっしょ!


 スマホを空に掲げて、画面に黒い穴を収める。


「んー?」


 撮ろうと画面をタップしかけた時、画面の隅を何かが横切ったような気がした。


「……なんだ?」


 スマホを下ろして、夜空を注視する。そこには――


「おいおい……」


 これは本格的に頭がおかしくなってしまったんじゃないか……?

 そう思わせるほど、現実離れした光景がそこにはあった。


 夜空を飛び交う二つの影。

 一つは人型。とんがり帽子を頭に被り、細長い棒上のものに乗って空に浮かぶ。

 その姿はまるで童話の中に出てくる魔法使いだ。


 もう一つは、大きな翼に長い首。とてもじゃないが、鳥や蝙蝠とは思えない巨大な体躯で空に浮かぶ。

 あれはそう、ファンタジー系RPGでよく見る、ドラゴンとかワイバーンとか言う奴に姿が似ている。


 どちらもファンシー過ぎて、現実味のない存在……のはずなんだけど、それがオレの頭上で、黒い穴をバックに向かい合っている。


 これはきっと、何かの悪い冗談だ。じゃなきゃ、映画の撮影か何かだよ、きっと。


 そう思うのが当然で、オレは辺りを見渡した。きっとどこかにカメラがあるはずだと。

 そうこうしている内に、上空から閃光が煌き、同時に爆音が聞こえてきた。


「なんだぁ!?」


 慌てて空を見上げ直すと、そこにはさらに現実離れした光景が広がっていた。


 ドラゴン(の模型と思わしき物)が口から火の玉を吹いている。

 それに応戦するか如く、魔法使い(役と思われる人)が赤やら青やらの光線を照射している。


 ぶつかり合う火の玉と光線。

 その度に爆発が起こって、汚い花火を散らせていく。


「す、すげぇ……」


 頭上で繰り広げられるドンパチに、思わず素直な感想が口から漏れ出てしまった。


 すごい、すごいよ!

 CGも使わずにこんな臨場感を出すだなんて! 日本の特撮技術ってここまで進んでたんだ!?

 いやー、これなら、どんな無茶設定な漫画やラノベでも実写化できるんじゃね?


 あー、そっかそっか!

 だから最近、これ実写化したら絶対コケるでしょっていう奴もやたらめったら実写化しちゃうわけね。

 はいはい、なっとくー。


 でもなぁ。これ、なんの映画なんだろ?

 ここら辺で撮影するって話も聞いた事ないし。そもそも、こんなベタな戦闘シーン、最近の漫画かラノベにあったかな?


 そう思い返して気がついた。漫画はともかく、ここ最近のラノベ、オレ読んでねーや、と。

 どうにも最近のラノベは好きになれないんだよね。

 特に最近世に溢れかえってるアレ。そうそう、アレだよアレ。

 どいつもこいつも同じような二番煎じばかりに思えてならないアレだよ。


 大体ね、異世界に転生や転移ってなんなのさ?

 そんな夢もくそもないでしょ?

 だって、異世界なんて存在しないんだから。

 そんなものには夢も馳せれないし、読んでても感情移入できないっての。


 そんなものよりも、日常に潜む非日常って感じの伝奇や怪異譚物の方がオレは好きなんだよね。

 そっちの方がまだリアリティあって、想像ができるっていうか、なんかさ、現実でも起きそうじゃん?

 そういうのを頭の中で妄想するのが楽しいわけよ。


 ちょっと古い上にノベルゲームになるけれど、『月姫』は最高よ?

 特に、主人公が殺人衝動を抑えきれなくなって、通りすがりで見かけた女性を殺しちゃった翌日に、その殺したはずの女性が目の前に現れて、主人公に言い放った一言は衝撃的でした!

 あ、ちなみにこれ、18歳未満はやっちゃダメな奴ね。


 ……は! そんな無駄思考してる場合じゃなかったわ!

 この上空で繰り広げられている特撮大バトルを撮らねば!


 カメラをムービーモードにして、もう一度スマホを空に掲げて、録画スタートっと。


 おお! やっぱ凄いわ、大迫力!


 こうやってスマホ越しに見てると、ホント映画でも観ているようだ。

 ぶつかり合う火の玉と光線もその後に起きる爆発も本物しか見えないよ、ホント。


 お、魔法使いの放った赤い光線がドラゴンにヒットした。

 ドラゴンは爆発炎上。おー、落ちる落ちる。

 これは、魔法使いに軍配が上がったな。


 きっとこれで撮影も終わりなんだろう。

 ドラゴンの模型は完全に炎上してるから、もう使い物にならないだろうし。


「……ん?」


 あれ? よく考えたら、あの模型、どうするんだ?

 いくらなんでも、このまま住宅街のド真中に落とすってこともないだろう。


 なんてことを考えながら見ていると、炎上する模型が少し大きくなって見えていた。


「え……これって……」


 気づいた時には遅かった。

 模型は既に目の前に迫っていて、避けようもなかった。

 ぶつかると思った瞬間には、オレの視界は暗転していた。


「ぐえっ!」


 最後にカエルのような醜い鳴き声を耳にしたような気がした。

 それが自分の発した断末魔なのだと、気がつかなくてもいい事に気がついて、惨めに思いながらその意識が遠のいていく。


 その刹那、これまでの30年間の人生が脳裏を過っていく。

 ああ、これが走馬灯と言う奴なのか。


 これまでの人生、振り返って見ると本当に最低だった。

 何もできなかった、何も果たせなかった。

 それなのに、最期が映画の撮影中に起きた事故に巻き込まれて、圧死か焼死か激突死かなんて……なんて、惨め。最期まで最低だ。


 朦朧とする意識の中、最後にオレはその目を開く。

 視界なんてもうほとんどなかったはずだけれど、オレには視えていた。

 オレの傍で黒衣に身を包む金髪の少女の姿を。

 泣いている少女の姿を。


「――、――」


 泣きながら、少女は何かを言っているようだけど、もう何も聞こえない。


 でも、分かった。

 少女が何と言っているか。それは「ごめんなさい」だ。


 ああ――分かった。


 この子のせいでオレは死ぬんだと。

 この少女がオレを殺したんだと。


 だったら、最期はこの台詞で締めるとしよう。


「オレ、を……こ……した、せき……ん、と……」


 それは当たり前のように言い終えることはなかった。

 やっぱり最期まで情けない。





 こうして、オレこと能登享は死んだのだった。


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