あなたとふたりぼっち、泣いたら嫌だよ
私の顔も知らない父はまだ地球に生きているのだろうか。
若くして亡くなった母の墓は誰かがきれいに掃除していてくれるのだろうか。
カレンと私が育った施設は。
地球では私が施設を出てから30年ほどが経ったか。
私は今、何歳なのだろうか。冷凍睡眠で定命の断りを外れたように感じる。今、私がやろうと思っていることをカレンが知ったらなんというだろうか。カレンのAIは便利だし、それを作ったのはカレンの想いだ。でも、カレンのAIではなくカレンに答えが聞きたい。
ため息をつくと、私は、丸い窓から外宇宙を眺めた。
速度が速すぎるためニビルのかなり遠い場所をスイングバイする形になるが、それをもって外宇宙に到達したと認めてもらえるだろうか。やはり、当初の予定通りαケンタウリを目指すべきだったのか。その場合、最後の地球人となってしまうだろうが、地球文明の最後の足跡を他の恒星系に到達することで刻むべきだったのかもしれない。
「今ならまだ」
そう、口に出してやめた。愛着の無い地球だが、そこには人が住んでいる。私は普通の幸せからは遠い存在だったかもしれないが、それも両親がいて、兄弟がいて、自分の言動に一喜一憂してくれる存在がいる人々と比較した場合の話で、彼らの幸せを瞬時に全てなかったことにされてしまうのをみすみす見逃すことはできない。確かに私は多くの人間の生命と幸せを奪うだろうが、全人類が絶対零度で凍結したりするよりはましだろうと思う。何人、死ぬだろうか。1億か、はたまた10億か。
「ああ、そうか」
不意に涙がこぼれて声に出た。私はカレンも含めて他人を愛する感情に乏しい人間だった気がするが、例外的に人類は愛していたのだ。4億年前にやはり私と同じように母星を滅ぼした者がいたらしいが、そいつはどんな気持ちだったのだろう。
「すまない……僕がバカで……」
もし僕にもっと優れた頭脳があれば、もしくは外宇宙なんて目指さなければ、こうして愛する人類を滅ぼす必要も無かったのかもしれない。また、その必要に気付く必要も無かったかもしれない。
「エース、『スイング・バイ』プロセスの実行まで……もうまもなくです。」
私は顔を上げて立ち上がった。
「やろう。」
カレンのAIは少し戸惑った表情を浮かべた。
「本当に続けますか?」
私は自分自身に言い聞かせるように大きな声を出した。
「Yesだ!」
人類は宇宙が膨張する力を取り出すことに成功し、ほぼ無限のエネルギー源を手に入れた。それは即ち、それまで理論的に可能だと証明されていたが、技術的に不可能だとされてきた技術に手が届いたことに他ならない。とうとう人類が太陽系の外へ足を踏み出すときがきたのだ。
そうした経緯の中、恐るべき幾度かの実験を経て完成したMEP(空間膨張力推進)船「アルゴ」。そしてコールドスリープで1人の人間を地球外に送り出し、帰還させる「アルゴプロジェクト」が発表される。その乗組員に志願したのがエースだった。
その後、地球では戦争が起きた。エースは当然コールドスリープ中でその事実を知らずにいたが、その戦争を太陽系の外から気付いた者が居た。名もない超文明は宇宙膨張力を戦争に利用した人類の殲滅を決定した。エースが目を覚ましたのはそんな折だった。太陽系外からの超文明はエースにメッセージを送った。「このまま戦争を続けさせれば、必ず人類は絶滅する」と教えられたエースは、人類の絶滅を食い止めるためには、自分が地球の文明を滅ぼすしかないと悟った。
太陽系最後の惑星ニビルがそこまで迫っていた。エースはアルゴの操縦を元のプログラムから切り離し、9番惑星ニビルへと進路を向けた。「本機はこれより惑星ニビルでスイングバイを行う。以後、地球からのコントロールは一切を遮断。地球文明を滅ぼす」。
エースが地球へ帰ってくる。
最初の構想を見ると2016年2月とあります。キリスト教徒として育ったからか、以前書いた「ブルーピーコック」という作品でも「エネルギー」と「終末論」を扱っています。私たちは無限のエネルギーを手に入れることで第二第三の「革命」を経験する日が来るのではないか?世界の終わりはどうやってやってくるのか?そのバリエーションの一つとして「スイング・バイ・ニビル」は構想されました。もう一つ「スイング・バイ・ニビル」には架空のシューティングゲームとしての側面があります。愛知県に住むとても若い知人がオリジナルでシューティングゲームを作っているのを見て、それに触発され、「シューティングゲームのサントラっぽいものが作ってみたい」と考え始めてもう何年かたってしまっています。彼は中学校1年生になっているかもしれませんが、是非、彼にこの世界を音源にして届けたい。私の勝手な片想いですが、ありがたいことに何人か親しいクリエイターの協力が得られて形になりつつあります。2017年、できるだけ早いタイミングで音源が完成できるのではと考えています。拙作を読んでくださった皆さま、いつか時間の斜面に建ったカフェで、重力波の河を眺めながらお話ししましょう。