夜に浮かぶ船2
「春風さん。まずはありがとう。窮状をお伝え頂き感謝します。」
春風はさびしそうに笑った。
「実は地球を見殺しにしても良いのですが、もし時間があるなら地球が抱えているMEPをすべて放棄させる努力をすることはできるかもしれません。カレン、地球に帰還する最適法を計算してくれ。」
カレンの表情が固まった、演算中なのだと思う。
「プラネットナイン、通称ニビルでパワード・スイング・バイを行うのが最適解と出てる。」
春風が顔を覆って涙を浮かべている。
「すごい……4億年前に同じ方法を試した勇者が一人だけいます!母星に舞い戻って全ての多次元装置を破壊するつもりですね!?私は立場上、方法をアドバイスすることができないんです。本当に自力でその結論を出されるなんて……!!」
私は軽く頷くと尋ねてみた。
「4億年前の結果は?」
春風は首を振った。
「結果は多次元で拡散しているためお教えできません。しかし、これはお教えできます。エース様、あなたと同じ結末です。MEPの改修を手配させていただきます。それによって思っているよりもっと早く地球に帰りつけると思いますよ。すべてが終わったら、是非、私の家に遊びに来てください。ひ孫があなたのファンなんです。」
私はさすがに少し吹きだした。
「それは結果を言ってしまっているのと同じじゃないですか?」
春風さんは朗らかに答えた。
「未来に触れることはできませんが多次元では全ての結末が拡散しています。あなたが全てを成し遂げるエースであることを願っています。」
「ありがとう。あと地球の感覚ではあなたはとてもひ孫がいるようには見えない。」
春風さんは笑った。
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます。実はその表現は私の故郷では罵倒に近い表現になりますので、もしおいでの際にはお気を付けください。良い旅を。」
通信が切れた後、カレンのAIが報告を上げた。
「エース、MEPジェネレータが改修されたようです。」
「出力が上昇したってことか?」
「短く言えばそうなります。」
「船は早くなりそうか?」
またカレンの表情が固まった。何かをシュミレートしているのだろう。
「5年…トップスピードで突っ込んでも良いならば、およそ5年で地球まで帰りつける計算に。」
「その速さでトップスピードはまずいな。文明を破壊どころか人類が滅亡する。地球に軟着陸することを前提に減速を含めれば?」
その時、通信コンソールが鳴った。
「緊急です。失礼します、春風です。先ほどのエースの提案を星間連合は受け入れ、民族自決の観点から支持することが決定いたしました。エース、あなたが星間連合に個人として加盟していただければ、MEPの改修以外に若干の技術が提供できます。」
「加盟しよう。」
「話が早くて助かります。提供できる技術の内容は流石のエース様でも持てあます量です。こちらでカレン博士のAIにアップロードさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「了解した。やってください。」
「話が早くて助かります。幸運を。」
カレンのAIはしばらく黙りこんでいたが、私が地球から来たメッセージを読み終える前に口を開いた。
「エース、計画に役立ちそうな技術がいくつかあって、そのためには資材がいる。まずはタイタンにある無人探査基地を解体して使われている資材とMEPを吸収するところから始めるのが最適解かも。」
私は驚いた。
「タイタンにMEPがあるって?」
カレンは春風からアップロードされたデータにMEPの探査技術が含まれていて、アルゴが積んでいる電波望遠鏡で容易に探知できると説明した。
「地球から一番離れたMEPが今のところ……でも高速で地球を離れるMEPが見える。どこへ向かうか次第でそちらとランデブーするのを優先すべきかも。」
「今は判断できそうもないか。」
カレンが首を振った。
「まずはタイタンに向う軌道を計算してくれ。その間に可能な改修は?」
そうして計画を練りながらもアルゴはニビルに近付いていく。