夜に浮かぶ船
冷凍睡眠が始まると記憶がスパッと途切れるため、眠りについて次の瞬間には起床を始めているような感じだ。目を閉じて、次に目を開けた時には何年か過ぎていると表現すると伝わるだろうか。ただ、当たり前だが身体は凍えているため、あまり気分は良くない。そもそも冷凍睡眠という言葉も「低温休眠」のように書き換えた方が良いが、何故かいまだに古い言葉を流用している。地球を出てから体感では数週間船内で寝起きしたのだが、実際には23年ほどたっている。
『グッドモーニング、エース。本日は2077年11月……』
システムの無機質な合成音声が今日の日付を伝えてくれる。私は太陽系の最後の大きな惑星と目されている過去には「プラネット・ナイン」と呼ばれていた天体、通称「ニビル」に近付きつつあった。
「エース、調子はどう?大丈夫?」
「今回も快適な冷凍睡眠だったよ。」
快適はウソだが、システムは完全に作動していたようだ。冷凍睡眠中の管理記録を見てもトラブルはない。
「エース、実は外宇宙から通信が入ってるんだけど。」
私は目を丸くした。人類の歴史家の知る限り、私より先に外宇宙へ向かった人間はいない。ほぼ100%地球人以外からの通信だと考えてよい。
「見せて!」
カレンのAIがその通信を私に見せた。
「……これ、翻訳したの?」
カレンの映像が首を振る。
「地球の言語で送られてきてる。」
私は一瞬めまいがした。地球外生命体がすでに地球の言語が理解できて使えるということは、これまで彼らは地球の事を一方的に知っていたということだ。メッセージの内容はもっと驚愕すべき内容だった。
『全ての地球人類へ。我々は地球文明の破壊を決定した。時期は未定。我々、星間連合の憲章では地球文明が「MEP」と呼ぶ技術は決して戦争に利用されてはいけない。「MEP」の濫用は宇宙全体を必ず巻き込む為、この憲章への違反に対する措置は星間連合への加入を問わず行われる。文明破壊の方法については協議中だが、質問などあれば以下の方法で応対する。』
「カレン、これは地球には届いてるのか!?」
「まだだと思う。」
「いつ届く?」
「おそらく6か月後。」
私は自分がどういう立場にあるのかもよくわかっていなかった。とにかく、自分が何をすべきなのかを考えていた。
「……待て、6か月って言ったね。ということはこのメッセージは私が目覚めるタイミングで送られてきたってことか?」
ちょうどこの宇宙船アルゴが飛んでいる位置が光の速さで地球から半年の位置だ。光速で伝わるタイプの通信が私の航行計画に合わせて宇宙外から飛んできたということだ。次の瞬間、通信コンソールが鳴った。驚いて覗き込むと、私の起床に合わせて送られた地球からのメッセージだった。「おはよう」とか「目覚めは快適かい?」とかそう言った他愛もないものだ。
「カレン。今、地球はどうなってるんだ。」
「戦争中。エースが地球を出た頃から続いてたけど、あの頃よりもっと過激になってる。新兵器が色々出てきたせいで。」
「想像に難くないよ、MEPを兵器流用したってことだな。例のエイリアンに通信をつなげるかい?」
「メッセージに例示された方法を試してみます。」
通信は難なく開いた。
「光栄ですドクター・エース。地球で最初に外宇宙へトライしたあなたとこうして会話できることは大変に光栄なことです。それがこのように残念なモノになったことに深い悲しみを感じております。」
非常に鮮明な映像だった。
「ドクターは要らないよ。それよりこの通信技術はなんだ?そこは一体宇宙のどこなんだ?……いや、どこでしょうか?」
通信相手は女性に見える。地球人のかなり近い造形をしているが、皮膚の質感とか色合いが若干異なる。
「無理に敬語である必要はありませんが、お心遣いありがとうございます。現在の地球の技術に合わせるため、通信用の無人機をエース様がお乗りのアルゴの近くに飛ばしています。その無人機で通信をタキオンに変換しています。今、私がいる場所は同じオリオン腕の中ですから比較的近い位置です。」
私はやや考えを巡らせた。
「ワープ技術を持っている?」
相手は答えた。
「はい、あります。制約はありますが。それらは私たちが星間連合と呼んでいる団体の憲章で決められたものです。」
「その憲章は私にも理解できる内容?」
相手は少し難しい顔をした。
「おそらくエース様ならば十分に時間をかければ可能かと。こうして話している私も実は全ては理解はしていないのです。多次元の利用に関するリスクを謳った部分は、普通、専門家でもない限り理解できません。私は言語の専門家なので。」
「我々の言うところの「MEP」云々に関してはその多次元の利用に関わる部分だと?あと、『様』付けは勘弁してくれないか?」
「さすがエース、その通りです。『様』についてはご容赦ください。一つの文明に一人しかいない『最初の外宇宙探検家』と直接話ができる機会はあまりにも稀有なのです。私は今日ほど言語を研究してきて良かったと感じている日はありません。本当です。」
少し、彼女の興奮が分かった気がした。私だってマゼラン提督と会って話をする機会があったら多少なりとも興奮するだろう。
「私は『エース』と人に呼ばれるのが好きなんだ。ところであなたの名前は?」
そういうととても人類では聞き取れない音が発せられた。ほのかにカ行っぽい音が多かった気がしたが、理解の助けにはなりそうもない。
「……予想していなかった私が悪かった。人類には無い言語なんですね。」
「はい、意味としては春に吹く風を表す言葉なので『春風』とでも呼んでいただければ光栄です。」
「それでは春風さん。なぜ、私に最初に連絡が届くようにしたのか教えてくれませんか?」
春風は自分の名前を呼ばれたことがよほどうれしかったらしく満面の笑みを浮かべたが、そのあとさびしそうな顔をした。
「エースは助けるべき存在だからです。エースが現在運用しているMEPの運用法は憲章に外れていません。そもそも一つの文明が運用してよいMEPの既定の数の範囲内です。戦争目的でもありません。初歩的なMEPだと伺っていますので、もし改修させていただければそのままずっと使っていただけます。」
「改修?ここにくるの?」
春風は画面外の人間と会話しているようだ。会話が終わって画面に向き直った。
「その必要はないそうです。あくまでも宇宙の外側の話だそうです。」
面食らった。カレンが絶対空間と呼んだ場所にいとも簡単にアクセスするということだ。
「話が飛んで申し訳ないのだが、地球文明を滅ぼすとしたらどんな方法を考えているんですか。」
春風はまた画面の外の誰かと話している。
「地球に無い技術ばかりなので説明が難しいのですが、今検討されている方法だと、地球の自転を止めるとか、時間を弄って地球の熱運動を阻害するとか、そういった太陽系のシステムに大きな影響を与えない方法のいくつかの中から検討中だと言っています。その他の方法は私に知識が無さすぎて翻訳できません。ああ、でももう一つだけ翻訳できそうです。恐らく採用されないそうですが、地球を消して代わりに近い質量の鉄球か氷球を設置する方法もあるそうです。」
思わず唸った。私はさほど地球に未練はないが、とてもじゃないけど私の知ってる地球人が太刀打ちできる連中ではない。
「MEPを捨てさせる方法じゃダメですか?」
春風はため息をついた。
「私たちが地球の状況を把握できているのは地球に何人かエージェントが居るからなのですが、彼らの報告だとMEPの濫用に警告を発している科学者が何人も殺され始めたということです。」
「カレン、本当か?」
カレンは無言で頷いて状況を説明した。粛清された中には私の知っている学者もいた。
「現在、地球にあるMEPの数は?」
カレンのAIが戸惑っていると、春風が答えた。
「2000以上が観測されています。もはや地球を中心とする空間は『穴だらけ』です。MEPの密度も運用方法もとても危険な状態にあります。それを行っているのは軍人で、彼らのほとんどが『宇宙の外』の多次元についてろくな教育を受けていません。そしてMEPは恐ろしい数で増え続けています。」
「そんなことをしたら、宇宙が形を維持できなくなってしまう……」
春風が微笑んだ。
「その通りです。カレン博士のAIですね。」
星間連合の連中が私の名前を知っているならカレンの名前を知っていても不思議ではないということだ。