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スイング・バイ・ニビル  作者: 粂田
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星を渡る船

 周りと比較しても、子供のころから何事かを恥ずかしいと思うことが極端に少ない人間だと思う。そもそも普通の人生のレールに乗れている感覚が無かった。私の父親が人生のどこかのタイミングで売り払った精子に私の母親が目をつけ妊娠し、その母親も私の物心つく前に交通事故で他界したと伝聞で知っている。成長する過程で自分という人間がいかに特別か嫌というほど思い知ったせいもあって、何かに恥じ入るほど守りたいものは私には長い間なかった。学校の成績がいいのも、勉強のほかにすることが無かったというのが実情だったように思うし、学校のテストの点数が高ければ高いほど、母親が購入した精子の値段は幾らだったのだろうと思いを巡らした。金で買われて親にも運にも見放された私が生きることに絶望しなかったのは一重に「健康に生活している事」を私からとったら、もう何もなくなってしまう事実だったのだろう。ただただ、今日が終わった後に「また次の今日」が来てくれることを願っていた。廃墟の庭に生えた柿の木のようなもので、植えた人はとっくにこの世にいないのに、毎年、律儀に実を付けることが生業で、それを褒めてくれる人間も、収穫する人間もいない。私が学校の成績で一番を取ると、代わりに一番になれない人間が出てくる。それだけがやや胸に痛かった。そんな調子で毎日、施設から学校に通っていると、13歳の夏、私を招きたいといった学校があった。それが私が通った宙工大で、私はその年の年度末には住み慣れた施設を離れ、大学からほど近い寮と奨学金を与えられて同校の付属高校へと進んだ。気がけて親しい人間は作らないようにしていたが、転校する際にクラスの同級生の一人がお別れと言ってクッキーをくれた。その時、他人が自分に対して親しみを感じてくれていたことに気づかなかった事実を突き付けられ、少し恥ずかしいと思ったかもしれない。

 まるで、全く友人がいなかったかのように誤解するかもしれない。それは事実とは違う。気がけて親しい人間を作らないようにしていたので、能動的に友人関係を築こうとしなかっただけで、どうしても施設の中には友人と呼べる人間がいた。考えてみて欲しい。毎回、施設に新しい人間が来るたびに「新しいお友達です」的なプレッシャーを大人からかけられれば友人の一人や二人はできるものだ。一人で生きるのが辛く険しいことには子供のころから薄々勘付いていたんだ。ただ、カレンは傍から見てもそうした友人には見えなかっただろう。ただの顔見知り程度の関係だったように思う。


 カレンと再会したのは18歳の頃だった。カレンが宙工大に入学してきたのだ。


「エース、私の事おぼえてる?」


記憶力は良かった。そのように伝えると、カレンは馴れ馴れしくなった。「エース」は私の名前だ。母親がどんな名前で私を呼んでいたか知る者がなく、血縁でもない人間に自分の名前を決められたのが嫌だった私は、読み書きを覚えた頃アルファベットの最初の文字を自分の名前と決めた。カレンはそう言った経緯を全て知っている数少ない人間の一人で、何なら私に勝手に大人がつけた名前も記憶しているのではないかと思われる古い知人だが、それを口にすることは無かった。(実際、私の名前は法的にもエースになっている。)カレンは幾つかの点で私より優れていた。まず、生きることの素晴らしさを知っていた。若さを謳歌する術も、他人とうまく付き合う方法も熟知していた。劣等感は感じなかった。代わりに驚きと敬意があった。一人の人間にこれほどまでに関心を持ったことは無かった。

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