表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

灯りのあるこの街で (短編集)

失われた時間

作者: 新垣 電燈

「はぁ…やっと終わった…」

「おい、次のところ行くぞ。あと1時間しかないんだから」

「は、はい」

次の取引先へ行くための準備をしながら、佐藤は考える。どうして僕にはこんなに時間がないのかと。佐藤はここ最近ゆっくり休んだことがない。次から次へとくる仕事に追われ、昼食は移動途中にコンビニ弁当だけ。家に帰って残りの仕事を済ませ、終われば寝る。

寝る前に録画した番組とか、ゴルフクラブの手入れとかしたいが、この時間に寝ないと明日の仕事に支障がでるし、疲れてする気力も出ない。


佐藤はやれやれと思いながら駅に向かっていると、

「ちょっと、そこの急いでいるあなた」

と、声をかけられた。声の方に目をやると、怪しいという言葉がとても似合うローブを身にまとった男が簡素な台で露店を開いていた。台の上には何か機械のようなものが置いてあった。

どうやらこの機械を僕に売ろうとしているのだろう。

だが、佐藤は無視して通りすぎた。佐藤には時間がないのだ。が、

「時間をお作りしましょうか」

という男の声に、佐藤は足をとめ振り返った。

「今、なんと…」

「時間をお作りしましょうかと…。詳しくお話ししましょうか」

「急いでいるので5分で説明してください」

「随分忙しいようですね。しかし、もうその必要はありません。これがあれば」

と言い、男は 机に置いてある機械を差し出してきた。その機械は長方形の板のようで、ボタンがたくさんついていた。

「このツマミを回して購入する時間を決めます。時間は5分単位で購入できます。5分で100円。10分で200円。30分は割引されて500円です」

それから佐藤はいろいろ使い方を聞いた。

「本当に時間ができるのですか」

「本当です。その装置は無料で差し上げますから、試してみてください」

半信半疑ながらも、佐藤は店を後にした。ここで佐藤は我に返った。

「ハッ…! そうだ…仕事!すっかり忘れてた!5分だけのつもりだったのに、15分もいてしまった!どうしよう…乗る予定の電車はもう行ってしまった……


待てよ」

佐藤はあの機械を取り出し、メモリを15分に合わせ、購入ボタンを押した。






佐藤は特にタイムスリップしたような感覚は感じなかった。やはり嘘だと思いながら、腕時計を見ると、腕時計の針がさっきより15分遅れていた。スマホなど他の時間が確認できる機器を見てみたが、どれも15分遅れている。公園の時計も15分遅れていた。本当に時間が手に入ったんだと佐藤は実感した。

その後佐藤は駅に行き、乗る予定の電車にのることが出来た。


それからも佐藤は、 あらゆる場面で時間を手に入れた。手に持っているものは前の時間の状態のまま手に入れた時間に持っていけるので、期限まで完成しそうにない報告書のデータが入ったパソコンに手をふれながら、機械の購入を押して、前のデータのまま1時間前に戻ったり、約束の時間までにゴルフクラブの手入れが終わらないと思い、ゴルフクラブを手に持ちながら購入ボタンを押して時間を戻り、しっかり手入れをして、万全の体制で勝負に挑むことができた。

また、チンピラに絡まれそうになったので5分戻って回避したり、ただあと10分休みたいから10分戻ることもあった。

支出は多くなったが、心の安らぎを充分に得られるようになったのだ。疲れなくなったので、仕事のミスも少なくなった。佐藤はこのお礼をしたくなり、あの店に向かった。


あの店は相変わらず開いていた。

「おや、あなたは先日の…」

「はい。この機械は本当に素晴らしいですね。いままでに体験したことのない気分です。心が晴れ晴れとします」

「それはよかった」

「そこで……少しお聞きしたいのですが…」

「何でしょう?」

「どうやって私に時間を提供しているのでしょうか?とても素晴らしい機械なのですが、どうしてもそこが気になって…」

「わざわざお礼を言いにくるお客様なんてそうそういませんから、分かりました。特別にお教えしましょう」

「はい」

「実は、他の人から時間を奪っているんですよ」

「時間を奪う?」

「そうです」

「いったいどうやって?」

「それは企業秘密ですよ。とにかく、その奪った時間をあなたに提供しているんですよ。

「はぁ…そんなことしていいのでしょうか」

「奪われた人は時間が奪われたことに気がつきません。いつの間にか長い時間が経っていた経験があるでしょう。奪われた人はそれと同じような感覚になります。それに、見ず知らずの人間のが少し忙しくなるだけです。それほど気にすることではないじゃないですか」

「…そうですね」

思ったような答えではなかったが、満足した佐藤は、それからもその機械を使い続けた。




















とあるマンションの一室で、夜遅くまで机に向かってる学生がいた。なかなか終わらないレポートを前に、なげやりになりながら学生は呟いた。

「はぁ…どうして僕にはこんなに時間がないのだろう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ