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王に

「嫌だ」

怯えながらも、アツィエンはハッキリと言った。

けれど、アツィエンが王となる事を願う人たちの数は増えていく。


「嫌だ、俺は、モリフィア村に帰って、シェラと、過ごすんだ!」

アツィエンが悲鳴のように叫んだ声に、ハッと顔を上げた人たちがいた。


「恐れながら、勇者どの」

どこか慎重に、一人が声をかけた。

「モリフィア村は、数年前に、魔族の襲撃により、完全に魔族領となりました。・・・村人は生き残っておりますまい」


その言葉に、アツィエンの表情、動きが止まる。

シェラも手を握ったまま、その発言をした小柄な男性を見た。

その男性は、真剣な、それでいて気づかわしそうな表情と態度をしていた。

「モリフィア村だけではありません。その周辺はすでに飲み込まれて・・・」


アツィエンは絶句している。ブルブルッと体が震えたのが、手を握っているシェラにはよく分かった。


改めて、誰かが頭を下げる。

「どうか。魔族たちに虐げられた我々の、希望になっていただきたい。どうか、王におなりください。あなた様のほか、この状況で新しい王になれる人はおりません」

その言葉に賛同するように、皆が頭を下げていく。


アツィエンが、震える声で、その人たちを見つめたまま言った。

「シェラ、は」

「・・・え?」

隣のシェラが聞き返す。ここにいるよ、という意味も込めて。


「シェラの、故郷は、どこ、だった」

「・・・ブエルティ。修道院」

シェラはそこで、幼いころから下働きをしていた。修道院に入るのは、身分のある人が多かったから、入った人たちのために様々に働いている女性も多かったのだ。


「ブエルティの修道院は、無事でございます。ただ・・・修道院としては、もう機能しておりません」

一人が言った。


「シェラは、どこに、帰る?」

「どこでも良いよ。アツィエン」

とシェラは答えた。

もう浚われてから何年も何年も経っている。きちんと数えることができないから分からないが、ひょっとして10年経っているかもと思うぐらいだ。

帰る場所なんてないと思っていたし、強く帰りたいと願う場所でもなかった。


「・・・俺、王様に、なれると思う?」

「・・・アツィエンを勇者とは思うけど、王様ではないと思うわ」

「同感だ。俺には、無理だよ」

とアツィエンがシェラに答えるのを、平伏している大人たちが慌てた。


「お待ちください! どうか、私たちが力を尽くします。『王』と名乗って下さるだけでいい。王様たちが全て亡くなってしまったのです、皆が力を合わせていくほかございません、けれど旗頭が必要なのです! どうか、どうか、この城を新しい家に、私たちを家族と思って、お過ごしいただけますよう、勇者様!」

「お願いいたします、勇者様!」

大勢が口々に頼んでくる。


「シェラ。俺の傍に、いてくれる?」

「えぇ」

「俺が王様でも、きみはいてくれる?」

「えぇ。ちゃんといる」

「・・・俺が王様になっても、俺と結婚してくれる?」

泣きそうなアツィエンの言葉に、シェラは瞬きした。

「結婚」

シェラが呟いたのを、周囲がバッと顔を上げて二人の会話を拾った。


「ご結婚されると良い! 勇者様方は、魔王を倒し、城に戻って結婚される! 式は盛大にいたしましょう! 国中皆が祝いましょう!」

その言葉に、アツィエンが無言で大人たちを見る。


「・・・アツィエン。私と結婚ね・・・?」

シェラの確認に、アツィエンが振り向く。確認したのは、今までそんな単語を言われたことが無かったからだ。

アツィエンが震える。

「良い、かな」

「うん。良いよ。結婚しよう」

見つめ合う二人とも、顔が強張っていた。


「王様でも、良い?」

「良いよ。アツィエン」

「分かっ、た」

アツィエンの身体はまだ震えている。

それでもアツィエンは、前の人たちに向かって言った。

「俺たちは、結婚、します。それで、この、城に住む。それで良いんだろ。王様っていうけど、王様になりたいわけじゃないから、だから」

「それで構いません! どうか、人類の希望として、王と名乗っていただければ・・・!」

「王様」

「王様」

大人たちがアツィエンに向かって頭を下げる。


アツィエンは怯えたまま。

シェラも酷く恐ろしかった。だって、魔王を知っているから。王というものが、絶対的な強者だとよくよく知っているのに・・・アツィエンは、決して強者にはなりえないのだ。


***


その日のうちに、勇者アツィエンとその恋人シェラが、勇者キッタ一行の跡を継ぎ、聖剣をもって魔王を倒した事が国中に向けて発表された。

そして、王たちの死。ただし、民の動揺を抑えるため、『魔王の余波を受けて亡くなった』と伝えられた。

王の不幸に負けないために、人類の希望の象徴となるために、勇者アツィエンが新しい王となり、皆で新しい王を支えていく事が発表された。


***


翌日。

急ぎあつらえられた白い服。縁取りは幻の獣の毛皮だとかで光を放つ。

載せられるのは、金に光り、宝石が埋め込まれた王冠。


聖剣を手に、勇者アツィエンが広場に面するバルコニーにて、民衆の前に現れた。

新王アツィエン。


飾られて美しく見栄え良くされたアツィエンに、国民は必死の声援を送る。

広場には、前王の死を悼む黒いリボンと、新王を祝う白いリボン。

前王が亡くなった今、目に見えて頼れるのは新しい勇者しかいない。


そんなアツィエンの傍、シェラもいた。

お揃いのように飾り付けられて、じっとバルコニーから皆を見る。


大衆の前で、二人の結婚が告げられた。

空に結婚を祝う象徴の鳩が飛ばされる。大衆の方が喜んで声を上げた。


自分の事のようには思えないまま、シェラは見ていた。きっとアツィエンも同じだろう。

手だけをしっかり繋いでいた。

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