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シェラは修復を行う

支配者の変わらない日々が過ぎる。シェラの仕事は変わらない。

たまに顔を出す魔族はいなくなってしまった。

身体の異変はあれから分からない。ガラスで指が切れれば、普通に血が出る。一時のものだったようだ。


「おい、そこ。玉座の椅子の装飾を直せ」

突然現れた、不機嫌な見慣れない魔族に命じられた。

「はい」

シェラは頷く。

魔族は面倒くさそうに自らの腕を伸ばした。蝙蝠のように折りたたまれた腕のようで、思いの外長い。

その長い腕がシェラを囲む。黒い霧がグニャリと発生した。視界が覆われる。


「シェラ!」

叫び声が酷く遠くに聞こえた。自分と同じ人間である少年、アツィエンだ。もう黒い霧で覆われてその姿は見えない。

心配しなくて大丈夫、2,3日後には戻って来れる。以前に、そういう事があると話もしてある。


バサリ、と浮いた感じがあった。シェラは驚いた。バランスを崩しそうになって慌てて周囲を見るが、真っ黒だ。

その一瞬後に、バサリ、と幕が払われたようで、徐々に視界が晴れてくる。


「お前はこの装飾を直せ」

自分を連れてきた魔族に命じられて、シェラはコクリとただ頷いた。

目の前に立派な椅子がある。装飾だけが派手に吹き飛んでいた。

装飾だけを吹き飛ばすなどおかしな話だから、他の部分は魔術で直してしまったのだろうか。

王には妙なこだわりがあるのかもしれない。とはいえシェラが知る必要のない事だ。


余計な動きをしないために、シェラは一歩だけ前に進み、吹き飛ばされた装飾品に手を伸ばした。

宝石のようだ。赤や緑、黄色や白。美しく光っていた。

赤に指を伸ばしてつまみ上げた瞬間、シェラはグっと喉に塊が競りあがってくるのを感じた。

王の前だというのに、咳き込んでしまう。

納まらない、酷く気分が悪い。嫌な汗が滲み出てきた。


「・・・。では何かあれば」

「儂をどうこうすることはお前には適うまい」

不機嫌な魔族と、低く重い王の言葉。

意味は分からない。とにかく、シェラは命じられたことをしなければ。


「・・・ぐぅ」

耐えようとするのにこみ上げる吐き気のために声が漏れる。汗で宝石が滑りそうになるのを、それだけはいけないと震えてきた指先で掴み直す。

誰もシェラの様子を気にする者はいないようで、それだけは幸いだと思った。


震えながら、玉座の椅子を見る。色んな場所に宝石をはめる場所が作られている。

この石はどこに嵌めれば。

玉座を直すのは初めてだし、以前この部屋で直したのは花瓶と人形と鏡・・・形を見れば方向性が見えたものだけ。これはどこに?

そう思えば、台座の一つだけが赤く輝いた。

あぁ、ここか。

震える手で、赤い石を何とかはめる。

はめて指が石から離れた瞬間、シェラを襲っていた不快感が急に和らいだ。


これは、持ってはいけない種類の宝石なのかもしれないとシェラは気づいた。

ひょっとして、この散らばっている石、全て?


***


視界が濁る。眩暈がする。身体が勝手に震える。呼吸が狂う。

それでも、シェラは修復の手は止めない。

止まらなかったら良い、止まったら死ぬのだと知っていた。

修復が、終われば、また棟の窓ガラスの修復に戻って、変らない日々になる。

〝置いて行かないで”

いつか言われた言葉を意識した。

戻らなくては。それが正しい生き方のように漠然と思う。


石を掴んだまま、倒れていたことがある。

視界は不明瞭なままだ。倒れていた事に気づいて、身を起こし、作業を続ける。

汗が流れる。

気が付けば、誰かが『餌』と呼ばれる人間用の食事の皿を置いてくれていた。

ホッと息を吐き、石の一つを嵌め終ってから、皿の上の肉に手をのばして、口に運ぶ。


ピリリ、と舌が痺れた。

変だ。『餌』に毒が入るなんて事は今までなかった。どうしてだろう。味覚が狂っているのか、毒なのか。

どちらにしても、これ以外に食べるものは無い。舌が痺れていようが、食べる事を選ぶ。

口がうまく動かなくて、食べている最中に口から食べ物が零れていく。零しては命を繋いでいけないから、初めに落としてからは、皿を引き寄せて、皿の真上で咀嚼する。こぼれたものは、また口に運べばいい。


食べ終わって、すぐに石を手に取る。休憩は許されない。

それに、休むならば、終わらせてから、いつもの、窓のところが良い。

手を動かしさえして窓を繋ぎ合わせさえしていれば、基本シェラの事など誰も気にも留めないのだから。


石を拾い、嵌めて、意識を失って、石を拾って、食事をとって、意識を失って、を何度も何度も繰り返した。


***


最後の宝石を、嵌め終った。

「終わりました」と告げなければならない。

王はどこにいるだろうか。

視界が酷く悪くて、音さえもよく聞こえない。自分が起きているのかも曖昧だった。

けれど言わなければならない。


シェラが身体をなんとか動かして王を探そうとしたところに、酷く近いところで声が来た。

「終えたか。たった一人。人間ごときが、儂の玉座を、たった一人で、直したと」

音がよく聞こえないシェラの耳にも、その声は大きく響いた。

シェラは自分で可能な限り、頭を下げた。

「終わりました」


「終わっているはずがあるまい。たかが人間が。魔族が幾人も死んで直すべきものを、お前一人が!」

どうやら王の怒りを買ったのだと気が付いた。

直後、バチィ、と自分の腕付近で音がした。痛みはない。音で驚いただけだ。


グィ、とシェラの顎が持ち上げられた。

「死なんのか。ほぅ、『最期の契約』か。はん、だがこの程度」


ヒュッと、風の音が耳に届いた。

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