表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

動乱と不変

どれだけの日が過ぎただろうか。

ガラスの破片を拾い張り合わせている中で、たまに顔を出す魔族が浮かれた様子で現れ、

「腕を出せ」

と命じてきた。

言われるがままに差し出すと、魔族はそれを掴み、空いた右手でシェラの右腕に黒い筋を乗せた。

その筋は溶けるように腕の中に染み込んでいった。

瞬間、体中がカッと熱くなった。心臓が苦しい。

呻きうずくまろうとするシェラを見て魔族は楽しそうに笑って去って行った。

「お前には窓を直してもらわないとな、これからも」


心臓が不規則にうねって苦しい。

シェラが砕けたガラスに構わず地面に丸まるようにうずくまり呻いていると、傍の棟が急に白い炎を吐いた。二階でまだ窓についていたガラスが欠片になって降り注ぐ。

まだ大きな欠片が大地に突き刺さる。

明らかな生命の危機にシェラは呻きながら状況を見る。

白い炎、それから、火花。それから。怒号と奇声。

棟の壁が崩れ跳ねるように、シェラに向かってドッと落ちてきた。

グっと身を縮めたシェラの頭部で、ガゴッ、という鈍い音がした。大地にも落下の振動がある。


おかしい、痛くない。

死んだから?


「うわあああ!」

叫び声が上がった。知っている少年の声だ。

気が狂ったように叫んでいる。

「ああぁあああ、うわぁあああ!」


それから、ずり、と身体が引っ張られる。

「きみ、大丈夫、しっかり、しっかりして、俺を置いていかないで、」

ガラスを含めて様々な破片が散らばっている地面を引きずられる。

シェラはそんな中であれ、と気付いた。

私は、血を流していない。

人は普通、こんなときには真っ赤な線を地面に残していくものなのに。


顔を動かされた。少年の顔がそこに見えた。

「生きて、生きていて、残さないでくれ、置いて行かないで」

「・・・私・・・」

「! 生きてる!」

ガバリと抱きしめられる。シェラは上体を起こされた。

自分にしがみつく少年をそのままに、シェラは周囲を見回した。己の手の平も。

血が出ていない。

頬を触る。地面を引きずられたのに、傷がついていない。


少年がガタガタと震えだしている。

「・・・大丈夫?」

声をかけるが、少年の震えは納まらない。

「・・・そのうち、収まるよ」

とシェラは声をかけてやった。

シェラがここにきてもう何年だろうか。

こういうことは、何度となくあった。


今の王から王座を奪おうとして、激しい戦いが起こるのだ。

全てが破壊されてしまうから、さすがに修復は王が魔法でやってしまう。

だから、生き延びさえすれば、シェラの仕事は一時無くなる。一瞬の事だけれど。


シェラは知っている。

反乱が起ころうと、結局勝つのは今の王様だ。


極稀に、王様の部屋のモノの修復を命じられることがある。

『このように直している』と王に見せるためらしい。

魔族の王は、酷く大きくて酷く醜い。力だけを求めたからだと、昔、王本人か、誰かが話していた。

見目などに意識を奪われず、ただ貪欲に力だけを見せつける。


反乱を起こすのはそんな王に反発する者。焼かれ消される前の姿を見た魔族に限りシェラが思うには、全てが麗しく見目まで磨き上げていた魔族たちだった。


見目になど気を取られるから、お前たちは愚かなのだ。

ただ純粋に力こそに意識を向ける者こそがこの世を支配する王者。


シェラは、王ほど醜く強大な者を知らない。

だから。

きっと王が勝つのだろう。


不変の王。


***


燃え上がった炎と暴動は、数時間で沈静化した。

少年はシェラを抱えてずっと震えていた。


周囲に濃い紫色が溢れてきた。

慣れたシェラはそれを静かに受け入れたが、少年はギュっとシェラにしがみつく。

「大丈夫。王様が、全部、直している」

シェラの説明に、少年が怯えた顔を上げてシェラを見る。

その顔を見て、やっとシェラは気づいた。

少年の頬に大きな切り傷が出来ていた。他にも色々傷を負っているのかもしれない。

「傷。痛そう」

「・・・きみは、無事」

シェラはその言葉に自分の様子を改めて見つめた。

それから気づいて腕を見る。黒い筋が溶け込んだ腕。落下物に頭を潰されたかと思ったのに、音はしたのに、損傷はない。

それに気づいて、シェラは目を伏せた。

「どうしたの、痛むのか」

少年が泣きそうに尋ねてくる。

シェラは首を横に振った。


あの魔族が、反逆を起こした一人なのだと、分かっただけだ。

もうあの魔族は現れない。王の勝ちなのだから、死んだのだろう。


「大丈夫か」

少年が尋ねて来る。シェラは首を横に振った。

それから少年を見上げて、

「あなたも生き残れたのね」

と言った。


「こんなところで、死ねない」

少年は言った。

「いつか、俺と一緒に、戻ろう」

そんな望みなど持たない方が楽だとシェラはすでに知っていたけれど、ここでそう教えると少年が壊れてしまう気がした。

シェラは頷いた。

「えぇ」

「約束だよ」

「えぇ。良いよ」


この少年も、生き残っている。

あの初日、叫び声を上げずに生き残った。ただし、ずっと吐いていたようだけど。

少年がたまに来てシェラに尋ねたり話す中で知ったのだが、あの生け垣の元人間にはまだ生きているのも混じっているらしい。


それが、酷く恐ろしくて怖い、と少年はシェラにすがる。

きちんと生きているのは、お互いしか見たことが無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ