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混濁と来訪者

時折、記憶が濁る。

おかしなことに思い出せない。


「神官長が来ていたようだったけど、何だったかしら」

「あらシェラ様。今後の打ち合わせだったではありませんか」


シェラは首を横に振る。

世話をしてくれている一人が説明を加えた。

「それから、私たちもいつ死んでしまうか分かりませんから、寿命が延びたシェラ様の後の事を御伝えしておりますよ」

「・・・あぁ。そうだったわ」


「魔物の襲撃です!」

飛び込んできた声に、シェラたちは反射的に窓の外を見る。

曇天。飛行型の魔物が連なっている様に、シェラは笑んだ。心の内に満ちていくのは制圧欲。


***


「魔王討伐に行かないといけないわね」

とシェラは言った。

「きっと長い旅になるでしょう。優れた若者を勇者にしましょう」

皆が想像以上に喜んだ。


シェラは勇者候補を呼び出して、彼らの首を全て刎ねた。

他の皆が立ち尽くしていたので、シェラは首を傾げた。

「どうしたの。埋める手配をしてちょうだい」

「かしこまりました」

と長い付き合いの一人が答えた。

もう一人が、首を傾げた。

「シェラ様。勇者は必要だと思います。この死体を、埋めて回ってもらうのです。シェラ様の偉大さが広く伝わりましょう! 勿論、魔族領にも行って貰うのですよ!」


シェラはこの発言に首を傾げた。

「あまり面白いと思わないわ」

「あら。全土に、シェラ様の選んだ樹を植えるのです。素敵じゃありませんか」

「人間の樹だと、芽生えもしないわよ」

シェラは苦笑した。樹が生えるはずがない。この者たちは魔族領に行ったことが無いから知らないのだ。


「まぁ。やってみないと分かりませんわ」

と信頼している部下が力説する。

ムズムズと任せたい気持ちが湧き上がり、シェラは苦笑しながら許可をした。

「分かったわ。他でもないあなたの提案だもの。どうやら私はあなたたちに弱いようだわ」


周りは安心したようにほっと笑っていた。


***


勇者は神殿が選び、聖剣も持たせて旅立たせたと報告を受けた。

どうして聖剣を持たせたのかと不快に思ったが、魔族領には聖剣でないと容易に穴も掘れない。

そういえばそうだった。自分がそのように神殿にも伝えていたとシェラは思い出して落ち着いた。


ついでに、聖剣は1本だが、少しでもシェラの威光を広めたいと部下が欲張ったので、勇者たちは50人ぐらい集めて全土に放ったという。

何をしているのかとシェラは笑った。


「そんな事をしたら、有益な者を無駄死にさせるだけよ。魔族に見つかって殺されるか囚われるかしてしまう」

「あら、シェラ様。そのスリルがあって良いではありませんか。それに代わり映えのない魔族領に変わった樹が生えるかもしれないと思うのも面白いではありませんか」

「そう言うものかしら」

呆れてシェラは笑い、権力と人員の無駄遣いを咎めることはしなかった。


***


シェラは空を眺める。曇天で、雷さえ鳴る。

それを満足げに目を細める。

けれど足りない、まだあと少し。

時間の問題だとシェラは知っているから慌てる必要はない。必要な寿命は手に入れている。


シェラの周りから、一人、また一人と長年連れ添った仲間たちが欠けていく。

戦いで。シェラの不興を買って。そして、寿命で。

彼等は、自分の死体を是非魔族領に埋めて欲しいと言葉を遺す。できればバラバラにして色んなところに埋めて欲しい、魔族領がどんなところか見てみたいと頼んで逝く。

ずっと支えてきてくれた者たちの頼みだ、シェラはそのように手配する。

きっと皆も満足してくれる事だろう。


***


たまにシェラは姿見に立つ。己の姿に満足して目を細める。

大きく膨らんだ身体。鮮やかに彩っている多くの宝石。今持ち得る最上級の服に靴。輝く金の王冠。

クスクスと笑う。


時々苛立ちが起きるのが不思議になるが、胸に手を当てればすぐ納まる。


***


「勇者シアンが参りました!」

その日はシェラに訪問者があった。力のある魔族を倒したから報告に来たのだという。

シェラは迎え入れてやった。


シアンという名の少年は、イリースという名の少女を連れていた。

シアンは聖剣を持っていた。イリースはガラス窓の修復をしていたという事だ。

「そう。ごくろうさま」

とシェラは言った。

愛用の剣を掴もうとシェラは腕を伸ばしながら、椅子から立ち上がろうとした。ただ切り捨てるだけだ。


ピ、と身体が固まって立ち上がれない。

シェラはパチパチと瞬きをした。

そして言った。

「今よ早く、私の頭部を貫きなさい! 命令よ!」

「ハッ!」

少年シアンが聖剣を振りかぶった。少女イリースが何かをブツブツ唱えている。


シェラは身体が動きそうになるのをグッと抑えた。

神殿の詠唱は、時間がかかるのが問題よ!

訪れた思考にシェラは瞬き、その次の瞬間、

ドン、

と頭部を貫かれた。


***


「生命の球よ、輝きを放て!」

少女イリースが長い詠唱の後に放った言葉で、シェラの身体がどっと崩れた。ボロボロと崩壊する中から、白い球が転がり出る。


白い球から強い声がした。

『命令よ! 一斉に芽吹け、追い払え、取り戻しなさい!』


世界中から、パキンと何かが割れる音がした。

空気が影ったと思ったら、次の瞬間には、空から光が差し込んできた。

どんどん明るい光が差し込んでくる。世界中で。


魔王領も含めてほぼ全土に埋められていた人間の死体を糧に、一斉に緑が芽吹いた。

それらは、大気が枯らす間も与えぬ勢いで瞬きの間に大きな樹に成長していく。


一か所が翻れば早かった。

連動するかのように、世界全てが人間領に塗り替わる。


魔王の城のある場所も残さず、全ての土地が人間領に変化した。

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