王妃の帰還
※殺戮
記録によると、人間の王城で上層部の殺害が起ったのは、王が殺害され王妃が城を去ってから1年も経たない頃だ。
結局のところ未だに烏合の衆であった上層部には、自他ともに王と認められる者がいなかった。対立は殺人にまで発展した。
加えて悪い事に、魔族側に、新たに飛びぬけた強者、魔王が現れた。彼らは人間領に統制のとれた襲撃を開始した。
人間領はボロボロになった。
人間の最後の砦とまで言われた王城は、内乱と襲撃で無残な姿になっていた。
それゆえに、この時期についての詳細な記録も残っていない。
ただし、15年後に、城を去ったはずの王妃シェラが王城に戻る。
彼女は、モリフィア村周辺を人間領に取り戻していた。その手腕を人間たちが頼ったからだ。
公式な記録は、このように始まる。
『王妃シェラは、惨殺を好む者であった』
***
シェラはため息をついて城を見上げた。
どうしてもと泣きつかれ、また昔に世話になった人たちが困っていると言われて城になど来てみれば、壁は崩壊し焼かれた跡があり、そして一番忌々しいのは、窓ガラスが砕けて落ちている事であった。
「私に窓ガラスの修復を頼みたいというの? 嫌だわ、他の子にさせて。貧相で黙々と目の前の仕事にだけ取り組むような少女にね」
半分冗談、半分本気での発言は、丸っと指令だと解釈された。
「そのように致します!」
と姿勢を正して返答されれば、もう覆すのも面倒だ。
「任せたわね」
とシェラは告げた。
「それにしても、はぁ、酷い」
とシェラは城に踏み込みながら呟く。
バタバタワァワァと騒ぎが近づいて来て、シェラの行く手を遮った。
「今更、こんなみずぼらしい女に頼るなど、ハッ、誰も呼んでもおらんのに、自意識過剰な」
プッ
と音がした。
ドシャ、という音と共に、綺麗に着飾っていた男が倒れた。首が胴から離れたところにゴロンと落ちる。
「シェラ様! それはあまりにも突然すぎます」
咎める声にシェラはいささかムッと答えた。
「うるさい。身綺麗にしている時点で厄災よ。殺されに来たのでしょう? 褒めてあげる」
絨毯さえない石屑まみれの廊下の中に、男が身に着けていた宝石が転がっていく。
踏みつけて砕いてやりたい気分になる。
「一応お伝えしておきますが、この方は、アツィエン様がおられた時から城を支えておられましたテニ様でしょう」
「もう2度と見たくない。碌でなし」
「使われますか?」
「えぇ。城に埋めた方が良いわ。樹も。花が咲くのが、良いなぁ」
「かしこまりました。あの、でしたら、もう少し埋めやすくしていただけますと」
「良いけど・・・」
シェラは頼みに首を傾げた。
「私が疲れてしまう。このままで良いでしょう」
「かしこまりました。」
シェラは右手の聖剣を見た。
「他にも、よく切れる刃物があると良いのにな」
「1本だけでは不便ですものね」
一人が深く頷いた。
***
城に戻ったシェラは即座に呼びかけを行った。
「会議をします」
そうして集まったのは、現在、5人いるうちの1人だけだった。
ちなみに、白髪のお爺さんで、シェラへの抗議のために現れたのだ。
「確かに私たちはあなた様を頼り、城に来てくださるよう、聖剣を持って帰ってきてくださるようお願いいたしました! しかしテニを殺されるなど! 人間が魔族に逆らおうと力を合わせるべきこの時に、一体・・・」
この言葉にシェラは首を傾げた。名前が分からなかったからだ。
「お爺さん、お名前は。私は、シェラ=ウェル」
元々はただのシェラだった。王妃になる時に名前が一つ長くなった。善良な、という意味があり王妃に相応しい名前だとかで。
「・・・この爺の名もお忘れか!」
「昔に会っていた? 自意識過剰だわ。あなたは私の顔を覚えていられた?」
シェラの静かな確認の声に、老人はウと言葉を飲んだ。老人の方も顔など忘れていたのだろう。
「・・・ワシは、ギアンダルド=ベイ。アツィエン様が亡くなられてから会議には出るようになった。けれど何度か話をさせていただいた!」
「そう。それで。あなたが言いたいのは、結局、何? 会議は私が開いたのだけど」
「ワシしか出ておらんで、何が会議か!」
シェラはクスクスと笑う。
「何がおかしい! テニを殺した犯罪者がっ!」
シェラは少し残念そうに笑んだ。
「どうして私を呼び戻したの? 人間が完全に魔族に負けそうだからでしょう。どうしてここまでになっちゃったの。魔族は魔王を生んだのに、どうして人間は王を出さなかったの」
老人がただ睨んでくる。
「理由はね、着飾っていたから。美しい服を着て、大きな宝石をつけていたからよ」
「そんな馬鹿な理由が!」
「私がどんな人間だったか、覚えて無かった? 私はみずぼらしくて貧相で、宝石なんて喜ばないのに。その人間を頼りに戻して、あなたがたは着飾ったまま? 少し意味が分からないわ。私を選ぶなら、私に倣いなさい」
シェラは教えた。
「美しいものを集めて自らを飾り立てる。やることをやっていない証ね。ねぇ。どうして城のガラスを直さないの?」
この発言に、老人が正気に戻ったかのような顔をしてシェラを見た。
「・・・ガラスを直しても、すぐに砕かれるからです」
と口調が変わった。
「人間が砕く? 魔族が来る?」
「両方です」
シェラはニコリと笑った。
「私ね。人間にも、王様が必要だと思うのよ。強くて強くて、他が逆らっても殺して勝つの。だってそれが王様なのよ」
老人が真顔でシェラを見つめている。
「知っている? 魔王様は、本当に強かった。全てを殺して、残っていたのよ」
知らないなら仕方ない。知っている私が王になる。