表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

会議

アツィエンは死んでしまった。

駆けつけると、遺体はベッドに乗せてあった。王様だから白い服を着ていたのに、真っ赤に染まっていた。

苦しかったらしく、しかめっ面だ。

「アツィエン」

シェラは彼の身体に声をかけた。

迷いなく触れる。頬は冷たかった。


これは、死体だ。

もう動かず、呻かず、生け垣にされ、養分を吸い取られ、遅かれ早かれ消えるもの。


「アツィエン。・・・私の方を、置いていくなんて」

ポツリと口にしたら、ボロリと涙が溢れてきた。

声にならない声がこみあげてきて、抑えられない。いつかの昔、魔王の玉座の石に触れて、喉に塊が競りあがってきた時のように。


死んだのだと分かって、シェラはワァワァと泣き出した。


残された。世界に一人だけだと分かったから。


***


昔、アツィエンは置いて行かないでと何度もシェラに頼んだ。

シェラはそれを宥めるだけだったけど。

アツィエンはどうして、残されるのが怖くて辛いって、知っていたのだろう。

シェラは今やっと、その怖さが分かったのに。


それで、もう、アツィエンは戻らないのだ。それも十分わかっている。

昔、自分が魔族に何度も蘇生されたのは、魔族が特別な薬品を持っていたからで・・・それは勇者キッタたちが持っていたもので。もう、人間界には、新しい薬をつくる体力も在庫も、なかったのだから。


***


緊急の会議が開かれた。

シェラは会議に久々に出た。

皆が驚いた。


アツィエンが一人で会議に出れるようになってから、シェラは会議から外れていた。出る意味が分からなかったからだ。

ただし、皆が驚いたのはそれだけではないだろう。

つい先ほど、アツィエンの亡骸を前にしたばかりなのに、このように現れたのだから。

シェラはまだ流れる涙を止められない。

でも、知っているのだ。

彼はもう死んだので、いくら泣いても取りすがっても、蘇ったりなどしないということも。


皆はシェラの様子に動揺して気遣ったが、シェラは無言で首を横に振り、

「会議、やってください」

と発言した。

シェラの座る椅子は無くなっているから、空いているアツィエンの場所に座る。その様子に皆がまた動揺した。


ためらいの後に、会議が始められる。

アツィエンの急死と、詳細な状況の伝達、そして、刺した者・・・アツィエンの恋人の一人であり、この会議にも参加している人間の娘・・・の処遇について、そして、今後の事を決めたいという。


シェラが無言なので、気遣われながら、真実が発表されていく。何人もが集まった会議で、いくつかの派閥に分かれている。

魔族領に置いて、生死をかけながら物事をじっと見つめてきたシェラには、発言による協力関係がおぼろげにでもつかめてきた。


王であるアツィエンに、何人も恋人ができた。

ただし、より権力を持ちたい者たちが、進んでアツィエンに娘を近づけさせた。娘たちも乗り気だった。

側室になれる、と思って、7人の娘と親たちがアツィエンからの愛情の取り合いをしていた。

ただしシェラの不興を買ったので、アツィエンが等しく皆に別れを告げようとした。

そのうちの一人が逆上して、刺した。アツィエンはほぼ即死で、死んだ。


アツィエン。魔法使いゼグウィアの『生命の球』を、神殿になんて返すんじゃなかったね。

シェラは心の中で呼びかけていた。

あれを握りしめていたら、死ななくてすんだかもしれないのに。

勇者一行を安眠させたいとして、『生命の球』は奉納する事に、二人で決めて、そうしたけど。

・・・聖剣だけじゃなくて、『生命の球』も、お守りに貰っておけばよかったね。


刺した娘の処遇の話になった途端、激しい口論が起こった。

曰く、王は娘をたぶらかしたのだ、王に非がある、と父親が言った。

そんな馬鹿な話があるか、あなたは自分の勢力を伸ばしたかったのだ、そのために娘までそそのかした、と他の人が言った。

それを言うなら、あなたもだ、と他の者が言った。

待ちなさい、人殺しである事に違いはないでは無いですか、と一人が言った。

娘だって王の恋人になったのが別れさせられるなど、王の方こそ非道なのだ、と父親が言った。


シェラはその様子を無言で見ていた。涙は止っていた。

なるほど、噂の真実はこんな風だったのだと、思っていた。

〝王様も踊らされてさ!”

アツィエン。あなたは、たくさんの人に欲しがられて、巻き込まれて、死んだのね。

やっぱり、王様は止めておけばよかったね。どこかで、二人で、一緒に居れば良かったね。

アツィエンが戻りたいっていってた村に、帰れれば、良かった。


「そもそも王妃様にも問題があるのです! そのようななりで、王の心を留め続けるとお思いか! あなたが王をしっかり繋ぎとめていないから、若い王はフラフラと遊びに走ったのです、えぇそうです!」


自分に対しての罵倒がきて、シェラはフッと鼻で笑ってしまった。

ガタン、と椅子から立ち上がる。

娘の父親が殺気をみなぎらせるようにシェラを睨んだ。怖くない。

きっと、あなたは死ぬでしょう。生きていられるはずが無い。こんな混沌とした中に身を置いている。


「私、アツィエンの身体は、貰いますね」

急なシェラの発言に、一瞬会議の論争が止まった。


「シェラ様。どうなさるおつもりですか」

「モリフィア村に、アツィエンを帰してあげたい。それだけ」


「・・・王妃様! いけません、まだ完全に人間領になっておりません。気持ちは分かりますが、危険です!」

「ありがとう。でも、大丈夫」

シェラが微笑むと、その老人は息を飲むようになり、震えた。

「あなたも、死ぬおつもりですか」


「違います」

シェラは首を横に振った。

「ただ、帰してあげたいの。それで、樹を植えるのよ」


樹を植えて土地を取り戻すと、昔、アツィエンが発案した。

それを知っている者たちが、シェラの様子に、言葉を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ