会議
アツィエンは死んでしまった。
駆けつけると、遺体はベッドに乗せてあった。王様だから白い服を着ていたのに、真っ赤に染まっていた。
苦しかったらしく、しかめっ面だ。
「アツィエン」
シェラは彼の身体に声をかけた。
迷いなく触れる。頬は冷たかった。
これは、死体だ。
もう動かず、呻かず、生け垣にされ、養分を吸い取られ、遅かれ早かれ消えるもの。
「アツィエン。・・・私の方を、置いていくなんて」
ポツリと口にしたら、ボロリと涙が溢れてきた。
声にならない声がこみあげてきて、抑えられない。いつかの昔、魔王の玉座の石に触れて、喉に塊が競りあがってきた時のように。
死んだのだと分かって、シェラはワァワァと泣き出した。
残された。世界に一人だけだと分かったから。
***
昔、アツィエンは置いて行かないでと何度もシェラに頼んだ。
シェラはそれを宥めるだけだったけど。
アツィエンはどうして、残されるのが怖くて辛いって、知っていたのだろう。
シェラは今やっと、その怖さが分かったのに。
それで、もう、アツィエンは戻らないのだ。それも十分わかっている。
昔、自分が魔族に何度も蘇生されたのは、魔族が特別な薬品を持っていたからで・・・それは勇者キッタたちが持っていたもので。もう、人間界には、新しい薬をつくる体力も在庫も、なかったのだから。
***
緊急の会議が開かれた。
シェラは会議に久々に出た。
皆が驚いた。
アツィエンが一人で会議に出れるようになってから、シェラは会議から外れていた。出る意味が分からなかったからだ。
ただし、皆が驚いたのはそれだけではないだろう。
つい先ほど、アツィエンの亡骸を前にしたばかりなのに、このように現れたのだから。
シェラはまだ流れる涙を止められない。
でも、知っているのだ。
彼はもう死んだので、いくら泣いても取りすがっても、蘇ったりなどしないということも。
皆はシェラの様子に動揺して気遣ったが、シェラは無言で首を横に振り、
「会議、やってください」
と発言した。
シェラの座る椅子は無くなっているから、空いているアツィエンの場所に座る。その様子に皆がまた動揺した。
ためらいの後に、会議が始められる。
アツィエンの急死と、詳細な状況の伝達、そして、刺した者・・・アツィエンの恋人の一人であり、この会議にも参加している人間の娘・・・の処遇について、そして、今後の事を決めたいという。
シェラが無言なので、気遣われながら、真実が発表されていく。何人もが集まった会議で、いくつかの派閥に分かれている。
魔族領に置いて、生死をかけながら物事をじっと見つめてきたシェラには、発言による協力関係がおぼろげにでもつかめてきた。
王であるアツィエンに、何人も恋人ができた。
ただし、より権力を持ちたい者たちが、進んでアツィエンに娘を近づけさせた。娘たちも乗り気だった。
側室になれる、と思って、7人の娘と親たちがアツィエンからの愛情の取り合いをしていた。
ただしシェラの不興を買ったので、アツィエンが等しく皆に別れを告げようとした。
そのうちの一人が逆上して、刺した。アツィエンはほぼ即死で、死んだ。
アツィエン。魔法使いゼグウィアの『生命の球』を、神殿になんて返すんじゃなかったね。
シェラは心の中で呼びかけていた。
あれを握りしめていたら、死ななくてすんだかもしれないのに。
勇者一行を安眠させたいとして、『生命の球』は奉納する事に、二人で決めて、そうしたけど。
・・・聖剣だけじゃなくて、『生命の球』も、お守りに貰っておけばよかったね。
刺した娘の処遇の話になった途端、激しい口論が起こった。
曰く、王は娘を誑かしたのだ、王に非がある、と父親が言った。
そんな馬鹿な話があるか、あなたは自分の勢力を伸ばしたかったのだ、そのために娘までそそのかした、と他の人が言った。
それを言うなら、あなたもだ、と他の者が言った。
待ちなさい、人殺しである事に違いはないでは無いですか、と一人が言った。
娘だって王の恋人になったのが別れさせられるなど、王の方こそ非道なのだ、と父親が言った。
シェラはその様子を無言で見ていた。涙は止っていた。
なるほど、噂の真実はこんな風だったのだと、思っていた。
〝王様も踊らされてさ!”
アツィエン。あなたは、たくさんの人に欲しがられて、巻き込まれて、死んだのね。
やっぱり、王様は止めておけばよかったね。どこかで、二人で、一緒に居れば良かったね。
アツィエンが戻りたいっていってた村に、帰れれば、良かった。
「そもそも王妃様にも問題があるのです! そのようななりで、王の心を留め続けるとお思いか! あなたが王をしっかり繋ぎとめていないから、若い王はフラフラと遊びに走ったのです、えぇそうです!」
自分に対しての罵倒がきて、シェラはフッと鼻で笑ってしまった。
ガタン、と椅子から立ち上がる。
娘の父親が殺気をみなぎらせるようにシェラを睨んだ。怖くない。
きっと、あなたは死ぬでしょう。生きていられるはずが無い。こんな混沌とした中に身を置いている。
「私、アツィエンの身体は、貰いますね」
急なシェラの発言に、一瞬会議の論争が止まった。
「シェラ様。どうなさるおつもりですか」
「モリフィア村に、アツィエンを帰してあげたい。それだけ」
「・・・王妃様! いけません、まだ完全に人間領になっておりません。気持ちは分かりますが、危険です!」
「ありがとう。でも、大丈夫」
シェラが微笑むと、その老人は息を飲むようになり、震えた。
「あなたも、死ぬおつもりですか」
「違います」
シェラは首を横に振った。
「ただ、帰してあげたいの。それで、樹を植えるのよ」
樹を植えて土地を取り戻すと、昔、アツィエンが発案した。
それを知っている者たちが、シェラの様子に、言葉を失った。




