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置いて行かれた

「シェラ。珍しいね、散歩?」

と気まずそうにアツィエンが言った。


シェラはとっさに答えられなかった。瞬きをして、その間に見えているものが変わればいいのにと思った。変わらない。

アツィエンが、着飾った美しい女性たちと楽しそうにはしゃいでいた。

そのうちの一人の見事なネックレスの石には見覚えがあった。以前、アツィエンがシェラに贈ろうとしたものだ。魔王の玉座の修復以来、宝石を見るのも嫌になったシェラは受け取らず返してしまったのだけれど。


シェラがネックレスの宝石を見つめているのにアツィエンが気づいたようで、

「きみは、宝石はいらないっていうから」

と言った。


確かに、要らないと、シェラは言った。


一度違和感に思い当たれば、過去の事も周囲の不思議な態度も、するすると解けた。

そうか、もっと以前から。シェラはやっと気づいた。

アツィエンはシェラから離れていっていた。


変わらないと思っていた、それは間違いだった。

アツィエンはシェラを置いていった。置いて行かれたのは、シェラの方。


無言の時が流れる。


「っふふ、そうだわ!」

美しい女がアツィエンにすり寄ってみせながら、笑った。

「王妃様も、着飾れば宜しいのよ! そうだわ、皆で楽しく美しくなりましょう! ね、王妃様?」

わたしたちが羨ましいでしょう? 着飾っても綺麗にはなれないでしょう?

言外の、勝ち誇った態度が示す言葉にシェラはカッと怒りを覚えた。


「アツィエン。私、あなたを、捨てて、しまうわよ!」

負け惜しみの捨て台詞だとシェラには自覚があった。

けれど、腹立たしさのあまりそう叫ぶように言って、真っ赤になった顔を見られまいと踵を返した。


「シェラ!」

アツィエンが慌てたように大声で叫んだ。

「あとで、行くから!」

「来なくて良い!」

振り返って叫び返し、シェラは走って自室に戻った。


酷い、悔しい、悔しい、アツィエンの馬鹿!

こんなに腹立たしいとは思いもしなかった。


***


「気の毒に。王妃様」

「王様が調子に乗りすぎなのよ」


アツィエンとシェラのケンカと愛人問題は、少なくとも城中には広まっていた。


「でも王妃様にも問題があるぜ。あんな飾りっ気のないのそりゃ嫌だって」

「何言ってんのよ! あんだけ王妃様にしがみついといて今更美人に骨抜きなんて! 上の偉いさん方の娘ばかりって、良い様に踊らされて、まぁ!」


***


ある日、アツィエンが、誰が言い出したのか、シェラにも恋人ができたという間違った噂を信じたようだ。


「お願いだから、俺を捨てないで」

謝りに訪れたアツィエンは、シェラの足元に縋るような姿勢で懇願した。

「悪かった、ごめん、置いて行かないで」

まるで昔に戻ったようだ。


シェラは眉根をひそめた。

「着飾りもしなくてみずぼらしい、肉付きも悪いから、いらないんでしょ?」

色々な噂で、シェラも自分がどんなふうに言われているのかよく理解した。


「ごめん!」

アツィエンがひたすら謝ってくる。シェラに恋人ができたと信じているようだが、きっと他にも怖くなるような話をされたのに違いない。

ちなみに、シェラの周りの人たちはアツィエンの様子に呆れている。


アツィエンが顔を上げた。

「あの、7人もの子と、遊んだのは悪かったと思ってるよ。でもきみは特別枠なんだ」

「7人!?」


あ、まずい、と顔にでたアツィエンは、慌てて続きを口にした。

「でも、ただ、あのさ。王様って奥様に、側室の人も持っていいって聞いて、それで、あの、1人、側室に、しても良いかな・・・」

「側室・・・って何?」

「2番目の奥さん。1番目はきみ。ほら、子どもが多い方が良いって、王様って側室をもつもの、らしくって・・・」

しどろもどろの言葉と態度が妙だと思ったが、シェラは幼いころから魔族領に浚われてしまったので、自分が世間知らずである事も知っていた。

周囲の反応を確かめようと見回したが、皆渋い顔をしながらも直接批判の声などは上げていない。

という事は、側室というものは嘘では無いのだろう。


「・・・ねぇ。アツィエン。それって、王妃には無いの?」

「へ」


「王様は側室を持つのね。王妃様は? 王妃も側室を持って良いの?」

シェラは真顔で、まだ足元で許しを請うアツィエンを見下ろした。ゴクリ、とアツィエンの喉が動いた。

「え、と、それは、つまり、誰」

とアツェインが緊張して尋ねる。


シェラはちょっと考えた。

「うーん。誰・・・」

と呟いたのは、考えないと候補が全く出てこないからだ。


アツィエンはその様子を見つめてから、ホッと安心したように苦笑した。

「ごめん。本当にごめん。・・・ごめん。きみにも恋人ができたって、他に行くって聞いて怖くなって、それで、ごめん、俺が悪かった」

アツィエンが立ち上がって、シェラの両腕を抑えてきた。

「許して。どうしたら許してもらえる?」


なんだか信用できない。シェラはじっとアツィエンを見つめた。


「シェラが怒ってる。こんなに怒ってるの初めて見た」

「私だって、こんなに怒るって思ってなかった」


「・・・俺が悪いんだけど、仲直り、してくれる?」

「・・・ねぇ、仲直りの時には、お詫びとか、なにか成果が必要なのよ」


「・・・魔族ですらそうなら、俺も考えないとね」

「えぇ。そうして」


***


アツィエンは恋人たちすべてと別れると決めたらしい。側室は止めたと。まだ早いとか。


お詫びにたくさんの美味しい食べ物を贈ってもらって、シェラは機嫌を随分直していた。

アツィエンはこの頃毎日きちんとシェラに会いに来る。ケンカする前より仲良くなったかも。

ちゃんと恋人と別れたって見せてくれたら、許してあげよう。

その日が楽しみだ。


ある日。

数人がシェラのところに駈け込んだ。

「シェラ様、シェラ様、大変です、アツィエン様が!」


何事かとシェラは驚いて見やった。

駈け込んで来た女性が床に崩れるようになりながら報告した。

「アツィエン様が、お亡くなりに・・・! ミルシェリアさんに刺されて・・・!」

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