輝きと
アツィエンは、王が自分に不相応であると認識していた。
けれど皆に「王様」と呼ばれ、一定の敬意を払われるし、形ばかりで良いからと会議などに出席も求められる。ちなみに会議にはアツィエンがシェラも連れて行った。シェラが傍にいないと不安になるようだ。
そんなある日、会議でアツィエンはポツリと発言をした。
「モリフィア村は、どうなってるんだろう」
それは数年前に魔王領になってしまったというアツィエンのいた村だ。
会議に出席している皆が、発言の意図をしろうとしてアツィエンの様子を伺った。
隣にいたシェラも、アツィエンの横顔を見つめる。
アツィエンはためらいながらも、尋ねた。
「・・・魔族に奪われた土地は、どうやったら、取り戻せるんだろう。誰か、知ってますか?」
静かな決意がわずかに感じ取れた。
アツィエンは、村を取り戻したいと思っていると、シェラは思った。
そう思った人は他にもいたようだ。
「そもそも、土地というものは、その土地に最も影響を与えた生物のために質を変えます」
顔に大きな傷があり、片目が開かない初老の男性が、口を開いた。
「モリフィア村に限らず、奪われた土地は、魔族からの介入を受け、人よりも魔族の影響力が強まったために質が変化した場所」
その事実を知る人たちが、男の発言に頷いている。
「ですから、魔族領を人間領に変えるのも同じです。魔族よりも人間がその土地に強い影響を与えれば、取り戻せます」
アツィエンは静かに聞いていた。
無言の様子に、男は自分の意見を続けて述べた。
「取り戻したいと願う事は、私たちも同じです。幸いアツィエン様が魔王を倒してくださった今、魔族の活動も弱まっています。この機になんとかしたい」
「俺もそう思う。元に、戻したい。個人的な気持ちで申し訳ないけど、モリフィア村を取り戻したい」
今まで自ら積極的な発言をしてこなかったアツィエンのこの決意表明を、皆が静かに受け止めていた。
一人が頷いた。
「そう思われるのは、自然な事。しかし、まだ襲撃がある今の状況で、どのように取り戻していけば良いか」
「樹を。植えましょう」
アツィエンが決意を伝えるように、言った。
シェラはじっとその横顔を見つめていた。
最近、アツィエンが悩んでいたのは知っていた。具体的には分かっていなかったが、これだったのだ。
「樹を植える」
アツィエンの発言を会議にいる者の一人が確認のように復唱した。
それにアツィエンは答える。
「魔族領には、あんな樹はありません。日の光を受けてきれいな緑色をしている。ね、シェラ。人間界に戻る時に、初めに見えた色が樹の色だった。あれ、嬉しかったよね」
「えぇ。そうね」
アツィエンがシェラを向きどこか嬉しそうに話しかけるので、シェラも答えて微笑んだ。
二人の様子を見ていた一人が、また声を上げる。
「・・・なるほど。では植林から始めましょう」
「だが、それでは森の領域になりはしないだろうか」
「人の手で植えるのです。大丈夫では無いでしょうか。それに、魔族領のままより余程良い。森の領域は人の領域でもあるのですから」
「なるほど」
会議が動き出す。
人間の領地と魔族の領地の境界から、植林をして、徐々に土地を人間側に塗り直す。
そして、アツィエンの故郷、モリフィア村方面から着手されることに決まった。
皆が新王アツィエンの意思表示を尊重したからだし、その方が国の動きとして皆がすんなり理解できるからだった。
***
アツィエンの笑顔が日々輝いていくのをシェラは見ていた。
少し驚きながら、少し寂しく思っていた。
アツィエンは身の回りにも気を遣いだした。
アツィエン曰く「やっぱり名前だけでも王様と呼ばれているのだから、ちゃんとしておくべきだと思う」という事だ。
けれどシェラは不安に思った。
「ねぇ、身綺麗になった魔族は、皆、魔王に負けてしまったの」
シェラなりに不安を伝えたが、アツィエンはどこか宥めるようにシェラに微笑み返した。
「大丈夫。魔王は死んでしまっただろ」
「でも」
アツィエンは背の低いシェラの頭を撫でた。
今まではシェラがアツィエンを慰めていたのに。これでは逆だ。
オロオロするシェラを安心させようとアツィエンは笑う。
アツィエンが理解できない生き物になっていく怖さをシェラは感じた。
急にシェラは事実を知った。
アツィエンは取り残されてしまうといつも怯えていたけれど。
アツィエンが行ってしまったら、取り残されるのは、自分の方だ。
広い世界に、独りきり。
身の回りのものが美しくなっていく。
服、帽子、靴。食器、筆記具、机、椅子。それから、アツィエンの傍にいる人たちも。
***
シェラは、自分の世界がとても狭かったと分かっている。
自分が生きることに精一杯だった。
生きるために、目の前の事を一生懸命取り組んだ。それ以外の事に目を向けたら、殺されてしまうと知っていた。その生き方が必要だった。
だけど。だから。
いつもシェラに怯えてすがり、手を握ってとせがみ、シェラだけに心を許していたアツィエンが、美しい愛人に囲まれていたのに全然気づいていなかった。




