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奴隷としての日々

もともとは人間だった。いや、元から人間だった。

けれど彼女は、後の世に『魔物女帝』と呼ばれた。


シェラ=バーテニア=ウェル。

それが、人の世を150年間も治め、恐怖政治を行った、魔物のような女の名前。


***


シェラは盛大に割られたガラスを前に、黙々と破片を拾い上げ続ける。


破片は大きいのから小さく砕け散ったものまで様々ある。

どれだけ注意しても、手袋もはめない手は傷を負う。そのうちガラスは血に濡れていく。

それでも黙々と破片を拾う。


そして、支給された接着剤を用いて、砕けたガラスを面に戻そうとする。

どれだけ神経を使いその作業を行ったところで元のガラスに戻る事はない。ただ、それは大した問題では無い。

直そうと努めている状態こそ必要とされている。


王の力によって壊れたモノを瞬時に直す事を王は認めない。つまり魔力による修復はタブー。

けれど、本来は一瞬で直せるものを、誰が一々破片を拾い張り合わせたいと思うのか。

だからシェラに仕事が与えられた。

人間界からさらってきた、ただ黙々と指示に従う他ない少女に。


勿論、王がその強大な力と気まぐれで壊すものはガラスだけではない。この棟のガラスの修復担当がシェラだというだけだ。

ならば他の修復を担う存在・・・つまり自分と同じような、さらわれた人間の奴隷がいるはずだが、シェラは他にそんな存在を知らない。


人間を見ないわけでは無い。かなり頻繁に見る。

だが、生きている姿を見ることは極稀だ。


この棟を抜けると生け垣がある。

そこに魔界の生物を植え付けられた、元人間が並んでいる。それらは、数を増やしていく。


生け垣の有様を初めに見た時、シェラは恐怖で声も出せなかった。

だからこそシェラはまだ生きている。

魔族は、人間が混乱し叫び出すと愉快に思うらしいのに、すぐにうるさい煩わしいと厭うのだから。


もう何年もガラスの修復を行うシェラに魔族たちは慣れたのか、シェラに向かって嘆息した事がある。

「他の修復するヤツが見つからねぇな」

その言葉が呟かれた直後に、人間の男の断末魔が聞こえた。


シェラは無言で、ガラスに向かう。

直しても、直しても。半日も経たないうちに、全てがまた散らされてしまうというのに。


「全く、王の顕示欲は酷いもんだ」

暇つぶしなのか何なのか、その魔族はシェラに話すようにひとりごちた。

「こんなの、指一本で直っちまうのに、馬鹿らしい。あーあ、屋敷が荒れていくばかりだな」


***


雷鳴がとどろき渡るのが常の魔界は、人間にとって恐怖するしかない場所だ。

けれど連れて来られたなら、逃げ出しようがない。

慣れる前に死ぬか、死ぬ前に慣れるかのどちらかだけだ。

シェラは運が良かったのか悪かったのか、ショックで茫然としているうちに、そのまま事態を受け入れた。


雨だろうが雷が鳴ろうが、ただ黙々と仕事をする。


「キミは、人間なのか」

豪雨の中、シェラの傍に誰かが来た。

シェラの耳に言葉は届いたが、何も思わなくて仕事を続ける。


「あ、あの、怪しいものでは無くて・・・キミ、何してるんだ、そんなのでガラスなど・・・!」

急に、シェラの手首が掴まれた。

自分の意志とは違う力で固定されては、仕事ができない。

シェラは迷惑だと感じて手首を掴んだ者に目を遣った。

目の大きな者がいた。この風雨の中ずぶ濡れだ。

「きみ、きみは、人間だ。赤い血を流して・・・こんな・・・」

相手はグシャリと辛そうに顔をしかめた。

シェラは首を傾げた。手を離してもらわなければ、困る。


「俺はアツィエン。農村で、魔族に浚われてきた」

「・・・人間」

「そうだよ」

背丈は自分と同じぐらいのアツィエンと名乗った少年は絶望したような顔をしてシェラを見ている。

手を離してくれないと、仕事ができない。

じっと掴まれた手首を見つめるシェラに気づいたようで、アツィエンはそっと手を離した。

「きみは、ここで何をさせられてるの?」

「・・・仕事」

やっと自由になった手で、シェラは再びガラスの破片をつまみ上げる。

黙々と。


「・・・俺、向こうの、生け垣の世話をって言われたんだ」

その言葉にシェラは少年を見やった。

あぁ、ではこの人は、この後に死んでしまうのだ。そしてこの人自身も生け垣に加えられるのだろう、きっと。

「・・・生け垣の世話って、何だろう。俺、どうすればうまくやっていけるかな。生き残りたいから」


シェラは、ポツリと教えてやった。

「・・・叫び声を、上げない事」

「え? 叫び声?」

「叫んで喚いたら、あなたが生け垣になる」

「・・・」


少年は言われたことを理解しようとするのか、じっとシェラの顔を見つめた。

「・・・きみ、どれだけここにいるの?」

そんな事、話す意味を感じなかった。代わりにとても大切な事を教えて上げた。


「・・・早く行かないと、ひき肉にされちゃうよ」

「・・・!! ごめん、ありがとう! また会おう!」

少年は顔色をサッとかえて、生け垣の方に走っていった。


次に会う事があるだろうか。

シェラは、少しだけその後ろ姿を見送った。

とはいえ、会えるか会えないか、どちらでもどうでも良い。


ただ、ガラスの破片に向かうだけ。

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