Answer.M いつまでも隣に
エンディングラストはもちろんミラ!
凄く考えさせられた作品だったけど何とか結末まで持っていけて嬉しいです。
「シロー! ご飯できたわよー!」
家の方からよく通る彼女の声がする。
とても聞き慣れた、いつものように変わらないトーンで俺の名を呼ぶミラの声。
「おー。一段落着いたら行くー」
そう言いつつ、一度止めた手を動かし始める。最近取り組んでいるのは小型人工炉の錬成だ。魔力を原動力にした、半永久的に使える魔道具の作成に日夜取り組むのが日課になりつつある今日この頃。冬季がやって来るまでには作り上げたいからな。少しの時間も惜しいし――、
「――今すぐ来るのっ! ったく、誰が料理作ってると思ってるのよ! 元魔王よ? 最上流階級よ? 光栄に思いなさいよねぇっ!!」
がしゃんっ、と乱暴に重ねられた皿の音に驚き再度手が止まる。
ああ、不味い。あれは不味いぞ。あの食器の扱い様はあいつがブチ切れる一歩手前の合図だ。
ミラの機嫌を損ねたら、楽しいはずの昼食の席が血の深紅に染まってしまうことは必至である。慣れてるから俺は良いが、チビ達にまでそんなところは見せられない。あれでも仮にも母なのだ。あいつの体裁を保つためにも穏便に事を済ませなければならない。
「わかったわかった! 直ぐ行くよ!」
そう決意し、編みかけの魔法を途中で破棄。途中まで上手くいっていただけに手放すのを一瞬躊躇ってしまう。……が、やはりそうも言っていられない現状を鑑み、木を継ぎ合わせただけの離れのぼろ小屋を慌てて飛び出して俺を呼ぶ声のもとへと駆け出した。
外は既に肌寒く、季節の変わり目を感じさせるには十分で。
俺を迎え入れてくれる我が家の扉を開き、急ぎ足で食卓へと向かった。
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ダイニングに辿り着くと、既に大皿に料理が数点綺麗に並べられていた。あの状態のミラにこんな芸当ができるわけないので、これはきっとチビ達が並べてくれたんだろう。今もせかせかと食器類を運んでいる。俺だけ突っ立っているのも悪いので、同じくミラから給仕される料理を運ぶ役割に従事することにする。
「……ん」
差し出される皿。
おお、ジト目からの無言の圧力が怖い怖い。
さて、今日の昼食は……っと。
色とりどりの自家栽培野菜をふんだんに使用したサラダ、山菜パスタのバタークリーム和え。そして……ふむふむ、どうやら今日のメインは竜のテールスープらしい。復興したての世界でこんな豪華な食材が並ぶのも我が家の特権かもしれない。一般的な家庭と比べても、昼食にしては材料も調理も手の込んでいる方だろう。野菜類は価値が未だに高騰しているし、竜なんて自らの手で狩らない限り食べられないだろうしなあ。
もっと驚きなのはこれを作れるようになったミラだけど。ここに越して来てすぐは料理といったら暗黒魔法物質みたいなモノ出されて困ったもんだ。何を入れたのか粘性を孕んだ食感は、食卓から「喜」の感情を奪い去っていたというのに。今となっては食べる前から期待が膨らむほどに料理の腕が上達した。彼女の成長性、変化に適応する力は戦線を離れた今なお健在という事らしい。
――変わったと言えば、そう。俺たちを取り巻く世界の環境も大きく変わった。
魔法による、人類、魔族、混血種を含む知能を持つすべての生き物に対する生殺与奪の禁止。新たな神々が概念下のルールとして定めたそれは、瞬く間に新世界の秩序を形成していった。小さな争いはめっきり減っただろう。もう誰も傷つく世の中が来ないように、そんな願いが込められた極端なまでの過保護はラビエルらしいといえばらしいが、お陰で魔法の腕っ節だけじゃ食っていけなくなったのが辛いところだ。
高純度で高威力の魔法を直接叩き込むことを美徳としていた価値観は崩れ去り、魔法教育でさえ今では強化や物体の生成の方が使い勝手がいいと教わるのだそうだ。しわ寄せはほかの所でも表れ、かつてのギルド支部を有する幾つかの大型都市も制度改編に追われしっちゃかめっちゃかなのだと、前にセトラが嘆いていたのを思い出した。
俺たちはというと、そんな世間とは少しばかり距離を置き、今は魔界と人間領の境目の森のなかでひっそりと家族で暮らしている。
立地としては多少不便だが、かつてノルンが用いていた転移術式を応用してガーデン王宮の貸し倉庫へ繋いでいるため、さして問題はない。加えて、数年がかりでこしらえた農場に小型家畜を育てるための簡易牧場、そして広大で肥沃な森があれば生きていく分には困らなかった。始めのうちはミラが身籠り動けない分大変ではあったけど。
相も変わらず元気な妻に可愛い盛りの息子と娘の四人家族。こんな幸福があって良いのかと不安になるほどに、幸せな日々を謳歌している自分。かつての俺が聞いたら耳を疑う未来なのかもな。
「そっか、もうあれからかなり経つんだなぁ……」
不意に感慨深くなって、ついぽつりと口に出してしまった。
「……。あら、急にどうしたの? 確かにもう青年とは言えない歳よねー」
ぷぷぷー。と、先ほどまでの不機嫌さとは打って変わり悪戯に嘲り笑うミラ。
彼女は昔の話をすると決まってこう茶化してくる。しみじみとした旅の思い出を嫌ってか、はたまた最初期の黒歴史を掘り返されたくないからかはわからないけど。
「お前は何時までたってもどこも成長しないけどな」
身長から何までちんちくりんなのは、もう墓場まで変わらないのかもしれない。……果たしてこの元魔王、もとい傍若無人鬼嫁が墓に入る日が来るかという疑問は置いておいてだ。
「んー? 死にたいならそう言ってくれればいいのに」
「もう、おとうさん。おかあさんを怒らせないでよぅ……」
「ママもすぐ怒っちゃだめだよ! ほら、わらってたほうが可愛いよ?」
そうそう。そんないい加減繰り返し尽くされたいつも通りのやり取りに、今では割って入る存在が二人。
「ケンカはやだよぅ……。なかよくしようよぅ……」
「うーん、でもでもっ! ケンカするほど仲がいいって言うんだって、前フレイヤししょーに教えてもらったから……うん、たぶん大丈夫!」
おどおどした方が息子のフィロことフィレイン。
活発で元気なのが娘のソフィーことソフィーリア。
二人共ミラに似たのか小柄ながらも元気よく育ってくれている。
そんな二人もついこの間魔法学園へと入り、ようやく外の世界を学び始めた。
「ソフィーの言う通りだぞ、フィロ。お母さんはこう見えて喜んでるから」
「子供に変なことを吹き込むんじゃないわよ。今後一生ご飯抜きにされたい?」
今までを動の怒りとするなら、たった今放たれたものは静の怒り。
子供のことになるとすぐ本気になるのは、母親がすっかり板についてきた証拠だろう。この状態のミラには敵わない。それに折角のミラのごちそうをお預けにされるのは勘弁だ。
降伏勧告をおとなしく受け入れ、準備が整った食卓に着席する。
チビ達も俺に続いてちょこんと席に座った。
「い、いただきまーす」
「「いただきまーす!」」
「はい、どうぞ」
これがいつものうちの食卓風景。騒がしいが愉快で温かい家庭を持てて幸せだ。
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――ちりーん。
「おじゃましまーす」
「……おじゃまするわ」
食事が終わった昼下がり。作業に戻る前の小休憩としてフィロとソフィーと遊んでいると、玄関の方から来客用の魔術ベルと人の声が聞こえた。
「ん、誰だろ」
「ごめーん、シロ、私手離せないから代わりに出てー」
「おー。そのつもりー」
俺が腰を上げ、玄関へと向かうとソフィーも一緒についてきた。こういうとこ双子でも性格出るよなぁ。フィロにはもうちょっと人見知りをなんとかしてほしいんだけど。学園でもソフィーにピッタリくっついているって聞くし……。
「だーれっかな、だーれかな!?」
いつの間にかトテトテと俺を追い越し、ガチャリと玄関の扉を開くソフィー。所作の一つ一つがますますミラに似てきやがったなあ。もう幾つか年を取った暁にはミラが二人に増えてしまうと思うと恐ろしくて敵わない。どうかもっと温和な子に育ってくれますように。優しさや正義感は多分に受け継いでくれてるからな。後はお淑やかさがあれば完璧なのだ。
さて、と。お客さんは――。
「おー! セトラ、フレイヤ!!」
「ししょーだー!!」
そこには懐かしい顔が並んでいた。
「シロに会うのは久しぶりだね。ミラちゃんはよく街で見るけど。あの小さい体でお買い物大変そうだよ? シロもたまにはこっちへ来なよ」
セトラが小言を織り交ぜつつ挨拶を済ませる。
「外に出たらそれはそれで色々大変だろ? あまり慣れてないんだよそういうの」
前に一度ミラの買い出しについて行ったが、街の騒ぎ様は既に買い物どころではなくなり、終いには彼女にもう二度とついてこないでと怒られてしまった。世界を救うのも楽ではない。
「……で、セトラはますます美人に磨きがかかったなぁ。ウチのにもその妖艶さを見習ってほしいもんだ」
仕事着なのか普段着なのか、艶やかな巫女服を携えた目の前の女性は見るたびに美しくなっているようにも思える。長い毛先を後ろで束ねているのも大人びて見える一因なのかもしれない。
まあ貫禄があるのも納得だろう。セトラはあの戦いの後一つのギルドを立ち上げた。「未踏の道標」。かつて俺とミラも所属していたギルドの長として、人々のために地図にもない未知の領域を探索し続けている。現役の凄腕冒険者であり、同業者のトップ。よく耳にする名前になったもんだ。
……一方で纏う雰囲気が幼馴染に近づいている気も。あぁ、やだやだ。脳裏に浮かんだとある人物の影を振り払う。
「もう、シロったら。ミラちゃんは可愛らしいからいいのに」
まあそれには同意しておく。うっふ~んなんて言ってるミラなんて俺もやだもん。
「……あれは反則。何年たってもお姉ちゃんは見た目から何まで変わらないんだからずるいわ」
次いで聞こえてきたのは、俺の知る彼女と異なるほんのりと大人びた口調。
「フレイヤも綺麗になったなぁ! 学園では人気者だってソフィーから聞いてるよ」
「……いい迷惑なんだけどね。あ、ソフィーちゃんこんにちは。ちゃんと宿題やってるかしら?」
以前、共に旅をした小柄な少女はもういなかった。いや、平均的な身長から見たらまだかなり小さめだが十分な美少女となったと思う。栗色のくるくるとした巻き毛は整えられ、僅かに毛先をカールさせる程度に留められている。そのせいもあってちょっと大人びて見えたのかもしれない。
フレイヤはまだ十代だと言うのにガーデンの学園を飛び級・主席で卒業、現在は学園で講師をしながら例の魔法図書館に勤めているそうだ。そして何の因果か、我が子達の担当講師でもある。才媛でいてこれだけの可愛さ、もちろん引く手数多らしいが、彼女の性格までは歳月を経て変わることはなかったらしく、彼女に詰め寄った男は軒並み爆砕するのだとよくソフィーから聞かされる。ちなみに度が過ぎた輩に対しては比喩などではなく実際に爆砕らしい。「フレイヤししょーみたいになるんだー!」とはソフィーの口癖だ。
そりゃ憧れるよな。こんだけ立派になったんだもんなぁ……。出会った時の内向的で甘えんぼでちんちくりんな彼女は少し見ぬ間にたくましく成長していて、どこか誇らしいような、少し寂しいような。
「やってるよー! ししょーは今日何しにきたの?」
「……師匠じゃなくて先生でしょ? 今日は面談。学園でのフィロくんとソフィーちゃんの様子をお話しに来たのよ」
「え! そんなのあったのか?」
聞いてないぞミラよ……。
「……む。今年から通いの生徒には担当の講師が家に訪問することになってるの。ちゃんと子供のこと見てあげないとだめじゃない。さすがのおにいちゃ――シロでも怒るよ?」
じっと睨まれる。恐ろしい。ここぞとばかりの気迫は衰えていないようだ。
「うぁ……ごめんな。ソフィー……」
「いいよー! だってパパはすごい発明するので忙しいもんね!」
うぅ……悪意ない娘の言葉にますます肩身が狭くなる。フレイヤの言う通り、これからはもっとかまってあげよう。
「まだ作ってるんだー。どう? 完成しそう?」
「あ、うん。あと少しだな。ミラの体のこと思うと本格的に寒くなる前に終わらせたいんだけど、内部機関にまだまだ手間取りそうだ。構想はあるんだけどなぁー」
「炎魔法ならわたしに言ってくれればいいのに……」
ほんの少しその面持ちに昔の彼女を想わせるフレイヤ。拗ねているこの顔もきっとガーデンでは見せないんだろうな。なんてもったいない。
「ありがとう。でもさ、誰でも、魔力が無い人でも使える道具が作りたいんだ。だから気持ちだけ受け取っておく」
実際こんな世界になってしまったわけだし、魔法による不自由は皆以前より感じているだろう。
「そんなことしてるとガーデンの技術部門に目をつけられるんじゃない?」
「あー……」
……もう目を付けられてるなんて言えない。
実はというと数日前に唐突にパメラさんがここに転移してきやがった。どうやって俺とミラ専用だったあの転移通路を見つけたか知らんけど困った人だ。とは言え恩人の一人だから無下にも扱えないんだよな。
「あ、そうだ。ガブリエルって今何してるんだ?」
パメラさんで思い出した、仲間の少女。ガーデンに辿り着く前の日、パメラさんの家に泊まったのは俺とミラとガブリエルだったからな。思い出すとつい昔話が止まらなくなるほどに懐かしい。
あの戦いの後一度も顔を見てないけれど、彼女もどこかで元気にやっているんだろうか?
「え? シロったら知らないの? ほんとにここ現世? 幽世にでも住んでるみたいだね」
酷い言われようだ。そりゃ世間の話題や流行には疎いけどさ。
「ガブリエルってあのー!? へー、パパ知らなかったんだぁー」
「そんな有名なのか?」
「歌姫のガブリエルって言われたらガーデンで知らない人はいないわ」
素直にたまげた。いやね、確かに似合いそうと言えばそうだけど。まさか歌うのが得意だったなんてな。意外と苦楽を共にした仲間でも知らないことあるもんだ。
……なんにせよ、まあ、自分の道を見つけられてよかったと思う。ミラには悪いが、もし、もし仮にガブリエルの横に自分がいた場合、きっとあの子は余程のきっかけがない限り自立できなかったんじゃないかと思っていたから。ガブリエルにはガブリエルの人生を歩んで欲しかったから、もう誰にも囚われることがない人生を歩めているようで一安心だ。
「……あの子も楽しそうにやってるみたい。忙しくて中々遊びに誘えないくらいには充実してるみたいね」
「みんなそれぞれ頑張ってんだなぁ……」
ウェンは王女であるルミエールの秘書、ソルレーヌも今はフレイヤと同じ学園で錬金術の講師だっけ? シャドはノルンと共に魔界の重役らしい。クアは……相変わらず何をやっているかわからない。でもあいつのことだし強かにどこかでのんびり暮らしていることだろう。
それぞれの道を歩む仲間たちの近況に、月日の流れをしみじみ感じていると、
「ん。ちょっと立ち話しすぎちゃった。そろそろ面談を始めましょうか。おに……シロだと話にならないから……ソフィーちゃん、ミラお姉ちゃんのところへ行こうか」
そう言いつつ、フレイヤがちらりと視線をセトラへ移した。
……なんだ今の?
「わーい! じゃあ早速ママの所へ行こっ! フィロも連れてくるね!」
「うん、お願い。セトラお姉ちゃん、結構時間かかると思うから先返ってても大丈夫だよ」
「あ、……うん。ありがとうねフレイヤちゃん」
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「………………」
「………………」
フレイヤと賑やかな娘がいなくなったことで場が静寂に包まれる。
なんとなく気まずい雰囲気、セトラも話題を探しあぐねているみたいだ。
「あ……っと、ごめんね。急にお邪魔しちゃって。忙しかったよね」
「ん、そこまで忙しいってわけじゃないけど――」
「や、やっぱり私帰るね! ミラちゃんにも悪いし!」
くるりと反転、急いで扉に手をかけるセトラ。
「いやいや待てって。わざわざこんなところにまで来たんだ、上がって行けって。それに何か用事があって来たんじゃないのか?」
セトラが物憂げな表情を含みつつこちらへと振り返る。
「あのさ……シロ。ミラちゃんと一緒にギルドに戻ってこない? 今はほら、多少はギルド回りも落ち着いたし……」
ああ、なるほど。それはさぞ言い出しにくい話題だろう。
ギルド、か。昔の仲間を集めて旅をするのもそれはそれで悪くはないだろう。あいつらとなら魔法がまともに使えなくてもきっとどこへだって行ける。
それに今の暮らしを維持しつつ旅をするといった選択を取る方法はいくらでもある。
でも……。
「……。悪い。チビ達もいるし、俺にはまだやらなきゃいけないことがあるから」
建前と本音を入れ混ぜた言い訳で彼女の提案を跳ね除ける。
「そっか……。そうだよね。ごめんね、ヘンなこと言っちゃって」
「いいよ、急に抜けちゃったのはこっちだから謝らないでくれ」
自分たちの生活を優先してしまって、セトラには迷惑をかけたんだから。
「そんなことない。二人がいなかったら成り立たなかったんだからむしろ感謝してるんだよ」
感謝……か。果たしてそれに値するだけのことをしてやれたのだろうか。あそこにいた時は俺もミラも自らが旅を続けたかったから所属していただけだったし。
もう一度、旅を……か。
「うん、用事はそれだけ! だから今日は私帰るね。今度は美味しいお菓子でも持ってくるから、楽しいお話はそのときにしよっ。フィロ君やソフィーちゃんともお話ししたいしね!」
「おー、それはありがたい。あいつら甘いもんに目がないからな。合うお茶でも用意しとくよ」
外の転移魔方陣の上に立ち、小さく手を振るセトラ。
って、やっぱりそれ使ってここまで来たんだな。そうだろうなとは思ってたけどプライバシーなんてものはないのかもしれない。一応超良心価格ではあるけどお金払って倉庫を借りて繋げてるんだけどなぁ。
転移する直前、ガーデンへと帰りゆくセトラはやはりどこか寂しそうだった。
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ふう、さすがに気が詰まる話題だったな。
背中に感じる視線のせいで余計に。
「――そこにいるんだろ、ミラ」
「ありゃ、見つかっちゃったか」
気配遮断の魔法を解き、姿を現す。ちょっとだけむすっとした不機嫌そうな顔をしているが、口調からはまだ理性が感じられる。セトラは欺けても、一度魔力ごと繋がった俺にはバレると知っているくせに白々しい。
「盗み聞きはよくないぞ。お前にも関係ある話だったんだし普通に出てくればよかったのに。ってか面談は良いのか?」
「……鈍感ね。フレイヤせんせーは先に子供たちに話を聞くからもうちょっと待っててですって。……あの子も大変な立場ね」
「ああ、凄いよな。先生になるなんて昔は想像もできなかったよ」
「はぁ……。凄いと思うわ。こんな大きな子供もいるんですものね。そりゃ大変だわ」
ん? いまいち会話がかみ合って無い気がするのは気のせいか?
「で、なんで断ったの?」
「言葉の通りだよ。何よりチビ達がいるだろ」
「ガーデンには寮もある。多少はかかるけどうちの稼ぎなら余裕でしょ。あの子たちには悪いけど、いつも忙しいわけじゃないしガーデンならすぐに会いにだって行ける。実現不可能なわけじゃない。……本当のこと言って」
ぐ、まさしくさっき言い訳として考えてたことを全て言い当てられてしまう。
「……。…………ああ、くそ。……お前が心配だからだよ」
言いたくなかった言葉をひねり出す。
正直なところ、ミラは二人が生まれてから急激に魔力濃度が落ちている。最近は徐々に元に戻りつつあるがそれでもかつての半分ほども実力が出せないだろう。そして俺が戦うならきっとミラも戦ってしまう。そんな妻を危険な戦いに向かわせたくはないというのが一番の理由だった。
ミラはというと、目を真ん丸にしてその言葉を聞いていた。
「よ、よくそんな恥ずかしいこと昼間から言えるわね……」
「言わせたんだろうがっ!!」
照れ隠しにしては酷い言いようだ。今のはどう考えても感激し感謝される場面だろうに。
まあいい、こいつは昔からそういう奴だ。
「……大丈夫だよ。俺はここを離れたりしない」
「私の体が元に戻って、あの子たちが自立しても?」
意地悪な質問だ。
だがその問いはセトラと話しているときから考えていた。当面の目標、懸念が全て解消されたとしたのなら、その後俺はどうするのだろう。
きっといつかフィロとソフィーがこの家を離れる日が来る。親としては寂しい限りだが、避けられない未来だろう。
その後、その時までセトラや皆は待ってくれるだろうか。その更に先の未来までついてきてくれるだろうか。
ミラは――。
「その時は……ついてきてくれるか?」
「そんな不安そうな顔しないでよ。言われなくたってずっと隣にいてあげるわ」
照れくさそうに、ぶっきらぼうにそう答えてくれる。
「そっか、なら安心だ。…………。ありがとな」
「何よ今更。いつものことでしょ。それに――」
――勝手にいなくなったら許さないんだから。
聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で放たれた言葉。強い語気に隠された優しさ。
ガーデンの地下、月光の下で互いの思いの丈をぶつけ合った時のことを思い出す。あの時も泣きながら同じこと言われたっけ。
「はい、もうこの話はおしまい。じゃ、そろそろあの子たちの話を聞きに行くわ。フレイヤにうちの子の良いところをたぁーくさん教えてあげなきゃいけないんだから!」
ああ、そうか。そうだった。
あの時からずっと、ミラは俺の隣にいてくれるって言ってくれてたんだ。
当分は穏やかな生活が続いていく。家族四人で慎ましくも愉快な生活が。
その隣には絶えず彼女がいてくれるだろう。
例えその平和な生活が終わろうとも、旅の中に身をやつすことになろうとも。
ならば俺も応え続けよう。
出会ったあの日から、今日までずっと。そしてこれからも。
隣にいてくれる魔王様のために。
さて、ミラENDでした。
因みに続き物の関係上このお話が正史となります。
ずっと隣にいるとか平気で言ってますけど、実際そこまでの関係に至るまでにどれほどの決意や流れが必要なんでしょうね。このお話の中でちょっとでも描けていたら幸いです。
ミラちゃんですが、個人的には申し訳ない思いでいっぱいです。
中々理性的な面々が揃っているので、いつも話の流れをかき乱すのは彼女なわけです。更に不器用、口下手、口が悪いと三拍子そろっているので、結果として常にトラブルメーカーになっちゃったなあと。
よってガーデンでの態度が素に一番近い感じです。他の場面は立場やらプライドやら恥ずかしさやら色々な物がシロ好き好きオーラを邪魔するので常にむすっとしているってことです。
もし見てくれた人でアンケート取ったら女性キャラ人気一位は誰にになるんでしょうかねぇー。気になります。
さてさて、残すところの仕事はエピローグの投稿です。
次回作へ向けての期間のながーい時限爆弾を放っておくので、いつかその時が来るのを楽しみにしてくれる人がいたら嬉しいな。
ってことでミラちゃんは次回作にもでるのでよろしくです。




