Q.72 最終決戦
やっぱり最後はみんなに見せ場をあげたかったんです。
戦闘が始まって早五分。
存在が消えた四体の天使を取り込んだ神と、そのそれぞれに立ち向かう皆の戦線は絶妙なほどに均衡していた。お互いに入り込む隙がなく、まともな援護など望めそうにない。いや、そんな余裕すらないのかもしれない。見据える視線は敵のみで、誰もがひたすらに一殺を渇望している。
セトラとフレイヤは因縁のラグエルと刃を交えている。セトラの重厚かつ緻密なバックアップを受けながら、天才魔道士として成長を果たしたフレイヤがラグエル相手に一歩も引かずに対抗できている。ラグエル側もフレイヤの圧倒的な手数を前に例のラッパの魔法を使用する隙を見いだせないらしく、俺達との戦闘時よりもやりづらそうだ。安定度で言えば一番信頼できる。それに……ラグエルの方も恐らく――。
ウェン、カガリ、ハヅキはかつて敗北したサリエルと。直接攻撃をカガリが一人で押さえ込み、彼のバックアップとサリエルの精神攻撃の対処を残る二人で行っている。見た目の動きこそ激しくはないが、二人がかりでもサリエルの精神攻撃は厳しいように見える。魔力の応酬が激しく、サリエル自体も本来の姿だろうか、人を離れた異形へと近づいているように見える。
ソルレーヌとルミエールは塔までの道中で交戦しかけたウリエルを二人で相手取っている。此処は……一番派手にやり合っている。兎に角怒りに身を任せたソルレーヌの攻撃が激しい。更にその隙間を縫ってルミエールの剣が的確にウリエルを貫くため、戦力としては一番期待できそうだ。……ただ一番見てて危なっかしくもある。ひょっとしたきっかけで優勢がひっくり返るような、そんな危うさ。
クアとロノウェは七天の最高戦力であるミカエルと対峙している。破壊力の大きいミカエルの攻撃だが、直線的な動きが多いため、応用力の高いクアと技巧派のロノウェはそれらを巧く受け流せているため手傷は一つも負っていない。しかし、攻めよりも守りを得意とするクアの戦闘スタイルからか、決定打に繋がる攻撃を浴びせられないままでいる。最も戦闘が進展していない、というか戦闘の体を成していないのがこの組み合わせだろう。
……みんな全力だ。全力を持ってなお均衡しているんだ。
願わくば、全員で帰還できる未来を……どうか打ち勝ってくれ。
こっちも、必ず……!
~~~
あは~。さっすが最強の天使。こっちの攻撃にまるで歯ごたえがないや。超わかりやすい攻撃だからまだいいけど、このままじゃジリ貧だよぉ~……。
そろそろ動くべきかなぁ。正直他のみんなの助けにも入りたいし。ほら、ソルレーヌちゃんのとこなんてあれ放っといたら負けちゃうだろうし。
「ちょいちょい、そこの人」
「ん? なんだい?」
名前なんて言ったっけなぁ~? 魔王さまだってことは覚えてるんだけど、あたし全然関わりないから覚えてない……。
「そこの人」なんて呼んでも、反応してくれるんだからきっと悪い人ではないね、うん。超胡散臭い人だけど。
「と言うかよく君この状況で話しかけてこられるね」
「ん~? 発射される向きさえわかれば簡単に避けられるよ?」
なんて言ってる間にまた高密度の魔力の柱が迫ってる――よっと!
「ほらね~」
「……うん、突っ込むのは野暮なんだろうね。で、結局何の用だい? 君ほど余裕ないんだけど」
「三秒……ううん二秒でいいや。あいつの動き封じてくれないかな~?」
物理的な拘束でなくてもかまわない。いっそ視線を誘導するとかでも。
取り敢えず攻撃されない時間がほしいのです。
「はぁ……。簡単に言うなぁ。まあ、できないことはないけどね!」
そう言うと、魔王の人は攻撃を掻い潜りつつ、意識しなければ気付かない位に徐々に接近しはじめる。
ゆっくりと、ゆっくりと。自身の間合いへ招き誘うかのように。
溜めの大きい熱光線の射出後を見計らって、彼は動く。
「止めたよ!!」
お~すごい。作戦を提案してから一分もしない内に止めちゃったよ。ん~原理とか全くわかんないや。これはきっとフレイヤちゃんでもわかんないだろうなぁ。この人の胡散臭さは折り紙付きだね~。
ま、ちゃんと止めてくれたならいっか!
「はいど~もっ! 反射する七色水球!」
うん、やっぱり動きが止まると座標指定がし易いや。
「はいは~い。無駄な抵抗は止めてね? このシャボン玉の中で魔法を使うとぜ~んぶ自分に返ってくるからね~!」
本当は一度だけなんだけど、まあハッタリも重要だよね~。
それにさっさとやられちゃってもそれは困る。この天使には言っておかなきゃいけないこともあるし。
「じゃ、どうやっても覆らない結果なんだしお話でもしよっか。あたし、ちょっと疲れちゃったし~」
「は!? 何を馬鹿なことを――」
「い~のい~の。後はお姉さんにまかせて~」
泡状の水球に閉じ込められたミカエルの真ん前に座る。天使が人の心を理解しようとする機能を持ち合わせているのならば、態度による虚栄も有効だと思うから。見透かせれてるのかどうかはわからないけど、一先ずミカエルに抵抗する意志は無さそう。うんうん、それでいいのです。
「どう? あたし特製水の檻は~? 人間の力も捨てたものじゃないでしょ~?」
「……やはり解せん。何故貴様等地上の生物は運命に抗うのだ」
「そりゃ~みんながみんな抗うわけじゃないよ~。きっとそういうことができる人は限られてるんだ」
あたしもそちらの人間にはなれなかった。綺麗な街の中の汚さを一点に押し付けられた貧困街。そこで女神を演じる生活に疑問も不満も抱かなかった。だって世界が滅ぶことなんて他人事だったから。今が楽しければいいって考えの根底は変わらないけれど、楽しみはそれだけじゃないってことをシロと出会って知ったんだ。旅の中、安心して眠れる居場所がどれだけ温かかったことか。あたし一人じゃ決して感じることのなかった気持ち。そして彼に出会わなければ生まれなかった意志。
そしてきっと、あそこにいるカミサマもそうなんだろう。運命を変えようと抗った人間。彼はきっとその成れの果てなんだ。精神が疲弊し、摩耗し、擦り切れきっていることなんて見れば判っちゃう。彼を止めることは捉えようによっては残酷なのかもしれない。それこそ数千年の意志を打ち砕き、無駄だと知らしめることになるんだから。
「でもさ~。可愛い弟分が必死になってるなら手を貸さないわけにもいかないでしょ」
あたしがお姉ちゃんを名乗るにはちょっと頼りないかもだけどね~。でもそういう役割もあの子には必要なのさ。肩肘張らないでいいんだよって、もっとゆる~く生きてるやつもいるんだからって。
「理解不能。人物:シロと貴様の間には血縁関係などない」
「いいんだよ~! 血を分けてなくたって家族なの~!」
そう、大切な家族なんだ。もちろんセトラやフレイヤちゃん、ソルレーヌちゃんに、ウェン、ルミエール、ガブリエルちゃんも。私にとっては大切で可愛い弟や妹だ。
あたしにはずっと欠如していたものだったから、だからここまで思い入れがあるのかもね~。
「血を分けていなくとも……家族……?」
「うん、そだよ~。ほら、キミだって沢山いるでしょ、七天が」
「否定する! 奴等は後続機体であり、何より魂を複合することで生まれる我等に生殖概念は無い!」
天使の場合はちょっと事情が違うのかもだけれど、それでも後続として生まれてきた子たちを慈しむ心を持ったって、何も変なことなんてないはずなんだよ。
「ま、あたしが言いたいのは、『お兄ちゃんなら妹ちゃんの心を理解しようとしなよ』くらいかな~」
それ以外はあたしが言えることじゃない。命の重さを~とか、生きる意味を~なんてのはそれこそあの子の領分だから。
「ガブリエル…………。出来損ないで、手のかかる……、戦場に出すのも……人の影響を受けすぎた…………だとしたらいっそ我が…………。っ! ぁ……あぁ……。そうか、これが、この気持ちが『心』なのか…………」
そう。ミカエルはきっとその感情を相手に伝える術を一つしか知らなかったんだ。壊すことに特化した故に相手を傷つける以外の解決法を知らないままでいた。
かわいそうだね。そして不器用だ。でも……最後にちょっとでも知れたのなら、良かったと思うな。
「……うん。良かった。あたしがキミと最後に戦ったのは何も間違いじゃなかった。よし! それじゃ~そろそろ終わりにしよっか! 水精、とっておき!」
『おっけ~! 魔力最大解放! 準備はい~い?』
「じゃあね~。……キミがまた生まれ変わるなら、その時はもっとちゃんと心、解るといいね」
水を基とした魔力を一点に束ねる。鋭く、けれども柔軟に。
揺蕩う水の様相こそが、あたしがあたしである証そのものなんだから。
「ああ……そうだな、この気持ちは、きっと感謝なのだ…………」
――証明してあげる。今あたしがここにいる必然性を!
~~~
殺す。殺す殺す。ころすころすころすころしてやるっ!!
「よくもっ! お兄様をぉおおお!!」
「落ち着いて下さい! 焦らずとも十分に利はありますわ!」
落ち着かずにいられるもんか!
ルミエールお姉さんの制止すら振り切る。さっきは負けたけど、だからと言ってここで引き下がるわけにはっ!
「ぼくが勝ってるならいいじゃんか! ぁああっ!!」
話している暇すら惜しい。早く目の前の天使を八つ裂きにしなくては気がすまない!
ずっと見てた。一度は引いた時も、ずっと、ずっと。こいつがどれだけ天候を操ろうが、全てを錬成できるぼくの前では意味をなさない。それこそ反応不能な攻撃かルミエールお姉ちゃんの持つ精神に関与するような攻撃じゃないと。そして現状こいつはそんな手を持っていない。
だったら――!!
「うっ……くぅ……っ!」
え……?
力任せに振り抜いた精製物はやけに柔らかい物体を貫いてしまっていた。
お姉さんの口元から鮮血が零れ落ち、衣服を朱に染める。
「は? 何をしているの? 味方同士で殺し合っちゃって」
「……っ。輝き誉れる五の剣:グラントフィシエ……。いいですか。ソルレーヌさん」
「ひぅっ……」
意識しないで人を殺してしまう感覚と、ルミエールお姉さんの怒気を孕んだ声の双方に全身が萎縮してしまう。もし、お姉さんが魔法を使っていなかったなら、確実に死んでいた。ぼくが殺していた。
「貴方の力はこんな使い方じゃないはずですわ。ほら、だって、要領の良いいつもの貴方ならばこんな事にはならないはずでしょう?」
やだ、やだよ。ぼくはルミエールお姉さんを殺すために戦ったんじゃ……、ただ、お兄様を傷つけたこの天使を……。
「……力は振るい方を間違えると大変なことになりますわ。それはここまでで学んできたこと。だから、ね?」
言葉は優しくぼくの心を溶かしていく。心だけじゃなくって、その温もりは体の震えにもじわりじわりと伝播していく。
一度、原初の一を解除する。
「あのさあ! ボク抜きで盛り上がらないでくれる!?」
あ、危な――!
「ええ、そうですわね。能力の説明もなしに盛ってしまって申し訳ありません、淑女とは到底いい難いですわ」
ピタリと、天使の彼と、彼から発せられた魔法の動きが停止し、意識を失ったかのように重力に従って地へと墜ちる。
ルミエールお姉さんの手には彼女の獲物である細剣が。
「グラントフィシエの斬撃は『意志切断』、文字通り対象の意志を切断しますので。例えそれが魔法でも例外はありませんわ」
うーわぁ……。じゃあ仮に時空切断を突破しても勝ち目はなかったわけだ……。
「さ、十数秒後に効果は切れます。貴方の本当の実力を見せて下さい」
「わかった。頭、冷えたよ。お姉さんの犠牲を無駄にはしないと誓う」
お兄様の弟としてのソルレーヌじゃない。ガーデン王族であり土の賢者としてのソルレーヌとして戦うことを誓おう。
「ぼくの、覚悟だ」
ずぅーっと伸ばしていた髪を束ね、錬成した小刀で切り捨てる。
お兄様に褒めてもらってから伸ばしたままだったけど、いざ切ってみると身が軽い。足元に散らばった金色の束達は少し名残惜しいけど、後悔はない。
「えへへ、どうかな? ショートは初めてなんだけど……似合う?」
「ばっちり、ですわ!」
「それはどーも。じゃあ倒しちゃうね。後からもっと戦いたかって言っても、遅いから!」
意識が戻り、立ち上がる天使の少年へと視線を戻す。
「地上の生き物が……っ! ボクを地面に叩きつけるなんて……。下等生物の、虐げられるだけの存在の分際で!!」
「……それは驕りだと思うよ。ぼくたちはいつだって平等だ。誰かの理想のために誰かを犠牲にする。ただ、振るう魔法はぼくのためでもお兄様のためでもない。この星のためだ」
この星に生命は必要なのだと、その為に天使の役目を中断させると結論を出す。ぼくなんかが答えを出して良いのかはわからないけれど、ここまでで得たものが悪ではないと判断したからだ。むしろ人間の悪の部分を溜め込んだ僕を救ってくれた。シロお兄さんやルミエールお姉さんのような存在がいるから、ぼくはそう宣言した。
――そして、今度はぼくの番だ。
「ははっ! 何を言ってるの!? 天の災害を前に君たちは為す術もない! ちっぽけな存在なんだよぉ!!」
一撃。それで決めなければきっと勝ちは薄れる。いいや、仮にまだ勝ちの目があっても決められなかったら負けだと思おう。だから、次で確実に終わらせる。ぼくとルミエールお姉さんの勝ちで。
「ううん、天災なんて関係ない。だってこの星の上では、それすらもちっぽけなんだから」
ずっと鳥籠の中だったぼく。ガーデンを出て、シロお兄さんと旅に出て、よーく思い知ったよ。
「地精、星との接続のバックアップよろしくっ」
『任されたぞい。じゃが、解放するのはほんの一瞬じゃ。お主の体が壊れても困るのでな』
「うん、ありがとうっ!!」
星は、ぼくたちの為に力を貸してくれるだろうか。天使の命を犠牲として生きながらえようとするぼくたちに。
こんな都合の良いぼくだけど、どうか、どうか力を貸してください。
「原初なる創生の一」
――見つめ直す。ぼくが戦う理由を!
~~~
やっべぇえええ……っ!
つい場の雰囲気に流されてカッコつけたけど、こいつめっちゃ苦手なんだけど、オレ! ほら、さっきから目の前のカガリって名前の少年なんか目もくれずに、めちゃくちゃこっち睨んでるし!?
『宿主よ。あの天使は宿主に酷く怒りを抱いている様子だが、恨みを買うような事でも行ったのか?』
精霊のおっさんがオレへと語りかけてくる。
そりゃそうだ。あいつがオレにキレるのも当然だろ。
「ああ、やったよ!! あいつはオレのせいで死んだようなモンだからなぁ!」
ひぃいいーーー!!
ほらほら、更に目つき鋭くなってんじゃんかあ!
「くそ、大丈夫か? ハヅキ、スケベそうな兄ちゃん!!」
少年が大剣を舞うように振りながら問いかけてくる。
「まだ……いけるよ、カガリくん!」
「るっせえ、子供は自分のことだけ心配してりゃあいいんだよ!」
あとスケベは余計だ! まだ「ヘタレそうなお兄ちゃん」のほうが幾分聞こえがいいわ!
……なんて余裕ぶっているけど、状況は芳しくない。
サリエルの姿は、ルミエールの故郷で交戦したときの最終形態へと徐々に近づいていっている。
「お兄さん……っ。カガリくんにはああ言ったけど、あれ以上変化されたらもう抑えられないっ」
少女、ハヅキが苦悶の表情を浮かべながら、そう小声で耳打ちしてきた。
ああ、分かってる。オレも正直しんどいんだ。目まぐるしい洗脳魔法と守護魔法の応酬で、少しでも気を抜いたら頭の回路が焼ききれそうになる。
「わりい、もうちょっとだけ我慢してくれねぇか……なんとか……なんとかする」
カガリは物理的な触手攻撃を刀一本で華麗に捌いている。ドコにも余裕はなく、一つ誤ったらお終いな選択を冷静に、的確にこなしている。
ハヅキは大雑把なオレの防護網を細かくカバーするので精一杯なのだろう。オレよりも何歳も年下のようにみえるのに、その精神でよくやっている。
ああ、そうだ。状況をひっくり返せるのはオレだけなんだ。
秘策は……ある。サリエルと戦った後、同じような精神系に関与してくる敵と会ったときどうしようって考えた結果生まれた魔法。フレイヤちゃんが手伝ってくれて何とか完成に漕ぎ着けたあの魔法。
試すなら今しかない。
ひっそりと魔力を貯める。
防ぎながら、精霊のおっさんに魔力貯蔵の管理の主権を任せ、一発逆転の機会を待つ。
耐えろ、耐えろ、耐えろ!
ハヅキはもうそこまで限界が来ている。
カガリも……発汗量が異常じゃない。とんでもないスタミナを消費することを代償にあの動きを可能にしている。
きっと、もう長くない。早く、早く!!
『さ、そろそろ遊びは終わりにしましょうか。最初に殺すのは――決めました。まずはそこの忌々しい無能君からです、ね!』
気づかれた!? いや、慢心しきったあの様子じゃ気づかれてはいない。
でも――。
「やっば……――――」
触手の先に取り付けられた鋭い爪が、一直線に向かってくる。それも今までの比じゃない速度で。
ここに来てオレかよ。
避けられな―――――!
珍しく、オレは目を瞑らなかった。攻撃が来たら普段なら目ぇ瞑るのに。それどころじゃなかったってのはある。後ちょっと。一秒でも、早く。間に合わせようと。
すると。
――異形に成り果てた奴の触手爪は喉元で停止していた。
「はぁっ、はぁっ、……あっぶねー。これで姉ちゃんの借りは返せたよな?」
「うん、きっとばっちりだよ。ないす、カガリくん……っ」
「や、ハヅキがほんのちょっと遅らせてくれなかったら間に合わなかった、さんきゅ」
――ああ、既の所でカガリが止めてくれなかったら終わりだった。あーちびってもおかしくなかったぜ? これ。ようやく、手が現実を認識して震えてきやがりだしたし。
だけど、これで……準備完了だ。
「……はっ。たしかにオレは無能だろうよ。旅の仲間の中でも群を抜いて雑魚だ。でもよ、残念ながら人の心を操るのは得意なんだよ。ホントに残念だけどな」
人の心に触れるのが怖いくせに。心を操ったって、真に誰一人振り向かせることができないなんてことが判っているくせに。
でもな。オレはあいつと関わって変わることができた。
力の使い道を示してくれた。自分の私利私欲を満たすためじゃなく、まわりの人を幸せにするために。そしたらさ、オレにも仲間ができたんだよ。ミラちゃんやセトラちゃんはちょっと辺りがきついけど、でもソルレーヌちゃんやクアさんはオレなんかにも優しく接してくれるようになった。ありがとう、助かったよって、言ってくれるんだ。
まだあいつと出会ってそこまで時間経ってないけどよ、最高の親友だぜ。オレの誇りであり、目標だ。
だからこれは、オレを救ってくれたあいつへの恩返し第一弾だ!
『覚悟は良いか宿主よ。覚悟の重さ、見せつけてやれい!』
「ああ、いくぜ。とっておきの虎の子だ! たんと喰らえ、荒れよ思考の嵐よ!」
お前が思考に関与する魔法が得意なら、それを逆手に取ってやんよ! 自分の思考に押しつぶされてろ!!
「吹き荒れる思考迷宮!!」
――どこまでも抗ってやる。自分で自分を誇れるようにな!
~~~
「うぁぁああっ!!」
……ゆるせ……ない!
目のまえの天使がじゃない。他ならないわたしが!
いま天使戦えているってことは、あのときこの力があったなら、みんなまとめて守ることができたってことだもん。
だから、なおさらくやしい。
「まだ行ける……!? サラマンダーっ!!」
『誰に訊いている? 寧ろ主よ、貴様の方が心配だぞ?』
「わたしなら……どうなってもいいから。ここで……倒れちゃっても」
お兄ちゃんのため。そして、
あ……だめだめ。まだわたしのやりたいことは全部おわってないんだ。そのためには……ここで負けられないし、死ぬなんてもっとかんべん。
「ごめん、倒れるぎりぎりまでだね……」
「大丈夫だよ。フレイヤちゃん。貴女は強い。きっと、あの天使に、過去に打ち勝てる」
セトラお姉ちゃんから魔力がながれてくる。あ、とってもあったかい……やさしい魔力だ。
「私は戦えない。だから、想いを託すよ。倒そう、一緒に」
「……うん。ありがとう。受けとった……っ!」
「中々強くなったじゃあないか。僕が消えた後も随分といろいろあったと見える。――でも、まだ足りないな。まだ僕を討った彼には及ばない」
ラグエルは、つよい。まわりのラッパは吹かれたら負けちゃう。
まずは、防がれないほどのはやさがひつようだね。
「虚飾・煌き燈す手綱」
風の谷でのたたかいのとき、勝手に出た魔法のまねっこ。でもしゅつりょくはじゅうぶん……なはず。
そして、次は武器。人を傷つけるんじゃなくて、まもるための武器。
たいせつなのは、イメージ。
いつも後ろから見ていた、あの人みたいな魔法。
「おねがい……! わたし自身のちからで……ラグエルに勝つんだ! だから――」
ウェンさんに魔法をおしえるついでにこっそりれんしゅうしてたけど、一度もせいこうしなかった魔法。
「――幻影展開陽炎魔法……っ!」
……できた。
「バカな。その魔法は……まるで……」
ちょっとだけ赤く色づいたとうめいなつるぎ。お兄ちゃんのとはちがってお花のかざりがついてる。……きれいだ。とっても、わたしが生んだ魔法とは思えないくらいに。
……これが、わたしの魔法の一つのとうたつてん。
「……いくよ。ラグエル。見ててねわたしの答え」
「あぁ、素晴らしい。百点満点だ。……そして、僕が君に負わせた心の傷をいつまでも忘れないで欲しい。それこそがきっと、人間が人間であり続けるために必要な糧なのだろうから」
……ラグエル。きっとあなたが天使じゃなかったら――。ううん、ありえないね。そんなことは。
「ありがとう。あなたのことはすごく嫌いだけど、……でもすごく感謝してる」
あなたと会えなかったら、今のわたしはないから。
大切な人に出会わせてくれて、ありがとう。
――ふみこむ。かこのこうかいを乗りこえるために……っ!
~~~
四ヶ所で同時にまばゆい光が生まれる。同時に大きな魔力反応の消失。
戦況が……傾いた……!?
「バカっ! よそ見しないっ!!」
繋がった指輪伝い、ミラに勢い良く引き寄せられたことで奴の攻撃が間一髪頬を掠める。
「っ、サンキュ。助かった……!」
「ったく、最後の最後まで危なっかしいわね! シロが今一番にすべきはあいつを倒すこと! そうすれば分身も消えるでしょ!? いい!?」
「あ、……ああ……」
頭のなかでは分かっている。
だが、今は目の前のこいつだ。心配はあるが、みんなを信じよう。
「先程から見ていれば、お姫様に守って貰ってばかりではないか。それで俺を救う? はっ、笑わせるなよ!!」
なおも連撃は鳴り止まない。重なる刃の一太刀が、まるで鉛のように重く伸し掛かる。
弾き、逸し、ミラをまもるので精一杯……っ!
「バカね。これがシロよ。仲間思いじゃないこいつなんてこいつじゃないわ!」
「……貴方も昔は、同じ心を持っていたはずでしょ!?」
ふと、嵐のように降り注いでいた剣撃がラビエルの一言で止んだ。
「……助けてくれないんだっ! 仲間は誰もぉ……っ! シャイラも! ノワールも! ヴィントもリヴィアもノインも……っ!! ……メルティアも…………っ! アトラもだ…………っ!」
様子がおかしい。冷静さは雲に隠れ、戦闘中押し殺していた感情を爆発されるかのような慟哭。
男は覚えていた。かつての仲間の名前を。一人とて間違えることなく、焦がれていたんだ。
「…………誰も! 誰も誰も誰も!! 仲間の誰一人俺を助けてなんてくれないんだよおぉっ!!」
放出された魔力は雷の如く周囲を抉り、奔る。
……正直、同情してしまった。仲間に囲まれ恵まれた旅を続けてきた成功例が失敗例を同情することの惨さは解ってはいる。けど、その苦悩の年月を考えると、心が痛いんだ。同一人物だからだろうか、目の前のこいつを見ているとどうしてもやるせない気持ちで埋め尽くされてしまいそうだ。
でも。だけど――。
「ラビエルは! 何千年とお前を想い続けてるんだぞ!! 壊れたお前を助けるために、魂を遺して!!」
彼女の想いまで無下にしてやり直そうとするのを俺は見過ごせない!
「黙れ黙れ! お前に! すべてが上手く行ったお前に俺の何が解るッ!!」
再び刃が交差し合う。鍔迫り合いの体制。悲しみと怒りに溢れた顔が目の前まで迫ってくる。
まずい、押し負ける――!!
「……わかった。わかったよ。もう、これで最後にしよう」
一言ポツリと、至近距離にいた俺にだけ聞こえるくらいの声量でそう言うと、彼は唐突に距離を取り、あれだけ表に出していた感情を全て殺して俺を見据えた。
「……これ以上語り合い刃を交えても無益だ。」
彼は剣を精製する。俺から見ても解る。あれは渾身の一振り。あいつの魔力が全て詰まった全力の一振りだ。
「準備をしろ。次に立っていた方が――勝者だ」
ここに来ての最大出力。先程までの力が十全でなかったかのような魔力の高ぶりに、大気さえ震えているのではないかと錯覚に陥る。
「まだ出力が上がるっていうの!? シロっ!!」
「わかってる!!」
あれは……防げないかもしれない。だったら――。
まだ魔法による錬成も終わらぬ内に、慌ててミラの手を取り、すぐさま揃って駆け出す。
「賭けるは一撃。これこの一振りのみだッ!」
急速に縮まる距離。負けじとこちらも加速する。
「うぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
手をのばす。勝ちを得るための一手を――!!
「小細工など効かん!! これで終わりだ勇者!!」
交差した瞬間、死を覚悟した。
横一文字に切り伏せられ、砕かれた俺の剣は風とともに散っていく。
腹から吹き出た赤色、鮮血が神殿の床を染めていくのがよく見える……。
あぁ、くそ。やっぱ駄目だったか……。
……。
…………。
………………。
多分次回で物語的には最終話……?
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