Q.71 天上、玉座に佇むは
分けようかなと思ったけど、あえてこのまま。
いよいよ最後感出てます!
魂を開放した後、ホールを抜けて上へと続く通路へと進む。真上を見上げると円を象った部屋の形状そのままに吹き抜けとなっている。どうやらこのまま上へと移動できるみたいだ。
「それにしても、残酷だね。人の魂を天使って器に注ぎ込んで殺させるなんて」
高層への上昇装置を起動し、重力を体が感じている途中、ポツリとセトラがそう零した。
「……だな。でも良かったよ。これで死んでしまった魂も報われる。少なくとも時間制限はこれで気にしないでいい」
「うん……。でも、でもね、ガブリエルちゃんのこと考えると……」
口を噤むセトラだったが、彼女の言わんとしていることは直ぐにわかった。ガブリエル一人を助けることでどれだけの魂が還らなくなってしまったのか。彼女の願いの代償、それを叶えた俺の罪。あの子のことだ、きっとガブリエルは自分がどう生まれたかなんて知らなかっただろう。知っていたならばアーレアで俺らに出会い願いを叶えてほしいと嘆願することなんて無かった。いいや、そもそも俺とミラの前に現れることもなかったはずだ。
誰も口を開こうとはしなかった。ガブリエルが無事かすらわからない状況で下手な励ましは出来ないと考えたのだろう。俺もきっとそちら側の立場だったら声を掛けられない。だから無言の気遣いがかえって有難くさえあった。
ごうんごうん、唸る機械音だけが沈黙を埋める。
「――私は。私は間違ったとは思わない。シロはあの子の願いを叶えた。そこに悪意なんてなかったんだから」
はっきりと、強く意思がこもった声でミラがそう告げる。
「でも、だからこそ見届けないといけないわね。あの子が人として生きていく姿を」
そうでしょ? と、ウインクしながら俺の意見を促す。
「ああ、もちろん。……ありがとな、ミラ。ちょっと気分が楽になった」
「あら、ちょっとでよかったの? シロくんは直ぐ落ち込んじゃうから、もっと私に甘えてもいいんだよ~?」
どの口が言うんだ。きっと泣き言を言った回数ならお前のほうが多いはずだろうに。ルミエールあたりが一番似合うセリフであって、ミラに甘やかされようものなら笑いものだ。
「はいはい、とりあえずこれが片付いた後な」
「ふっふっふ、私の秘技、膝枕なでなでに溺れる様を見るのが楽しみね!」
しかも膝枕付きだと。尊厳のためにも絶対に断らなければならないと心に決める。
ああでも。ミラのお陰でほんのりと場の雰囲気が明るくなった。
「いいなぁ……膝枕になでなでとか最高じゃねーか……。しかもあのちっちゃなミラちゃんだろ? ギャップがたまんねぇ……! くそー羨ましいぜー!」
などとブツブツ言っている(ちょっと頭がおかしい)奴もいれば、
「これはよくないね。うん、ひじょーによくない」
「……どーかん。ミラお姉ちゃん……言うことがずるい……。まあ、でも……ぐっじょぶ」
なんてジト目で俺とミラのやり取りを見つめる巫女や少女もいて。
「ま、偉そうに言ったけど正しい答えなんてまだ無いわ。きっと」
「ああ、だから確かめるために進むんだ。俺達の道程が正しかったのかどうかを」
重苦しい機械音が終わりを告げる。いつの間にか伸し掛かるような重力は感じ取れなくなっている。頂点で停止した上昇機械の出口へ近づく。この先に、この向こうに。
――機械じかけの扉が開く。
空が、見えた。俺は今、碧空と同じ位置に立っている。
そう、この塔はこの階より上がないんだ。つまりここが最上階。残すのはあそこに架かっている空中階段のみだ。
階段の奥に聳える神殿が雲の切れ間から僅かに顔をのぞかせる。
あそこが、俺達の旅の終着点。
天空の階段の前に立つ。
「……いよいよ、ね」
「なんだ、緊張してるのか?」
出会った頃と比べて幾分と表情豊かになった彼女の横顔。隣に魔王が並ぶこの奇異な立ち位置にも、もう随分と慣れてしまった。
「そう見える?」
「……いや、全然」
自身に満ち満ちた顔。間違いなくベストコンディションの彼女だ。もしかしたら魔界のときよりも――いや、ここまでの出来事を考えたらあの時よりももっと――。
「「――行こう。」」
踏み出した最初の一歩は、図らずとも二人揃っていて。
続く二歩目をより強いものへと変えていった。
・
・
・
雲を掻き分けて進む。人並み以上の耐久を持っているとはいえ、この高さから地面に叩きつけられようものなら間違いなく致命傷だな。
「ひゃぁあ、風! 風が吹いてます!! 私、高い所は駄目ですのでー!」
最後続のルミエールがそう言いつつ、一つ前を征くウェンをパニックになりながら突き飛ばす。ウェンは突き飛ばした勢いで前に出た上体のバランスを保とうと、一歩先へと進む。何だか進む手順がちぐはぐな気がするが奇妙なテンポで二人は進んでいた。
……気のせいだと信じたいが、ウェンが仲間に加わってから不幸が全てあいつに吸い寄せられている気がする。もしウェンがパーティに参加していなかったと思うとゾッとする光景だ。
「お、おお、落ち着けってルミエールちゃん! 後ろから押されるとこっちも焦るから! ほら、風なら俺が打ち消してやるから、な! 落ち着いてくれ!!」
「だ、駄目ですわ! ウェンさんを押しながらじゃないと、私、リズムが狂って踏み外してしまいそうで!! ああ、ごめんなさい!!」
「うぉっあぶねっ! ああうんわかった! 初手にオレを突き飛ばした時点でもうミスってたんだね!!」
おお、ウェンがまともに女の子と話せてる。よかったじゃないか、大きな進歩だ。ヴィントとシャイラみたいに案外相性いいのかもな。ウェンにその気があれば、この戦いが終わった後に間を取り持ってやるのも悪くない。最も、お相手は一国の王女。前途多難なのは目に見えてるけど。うん、でもそれはそれで楽しそうだ。
「よっ、と」
なんて考えている間に、足裏が階段の終端を捉えた。
ざっと百段程度だっただろうか。一段一段が規格外に大きく、広い造りだったため思っていたよりも大変だったな。空を飛ぶ天使の事情を鑑みると階段があるだけまだましか。
「さぁて、ここが魔王さまの居城ってわけだ」
「何よ、魔王はここにいるわよ。元だけど」
「いや、旅の終わりって言ったらやっぱり魔王城かなって例えだからな?」
「ふんだ、心優しい魔王だっているんだから勝手に悪者にしないでよね」
ほっぺたを膨らませるミラを宥めつつ、辺りを見渡す。
全体的に規模が大きい。始めに抱いたのはそんな印象。きっと人が使用することを想定してないからであろうことは容易に想像できるが……。だとしたら居を構える主とやらはどこにいるんだ?
足元から真っ直ぐ続く通路にも、その奥の荘厳な玉座にも、もちろん後ろの階段だって、敵の姿は見えない。どこにいる? 此処に来て奇襲は考えにくいが……。
いや、違う。確かにいる。見えてないだけだ。
……来るっ!
『良くぞ此処まで辿り着いた。人の子たちよ』
「――っ!? 一体何処から!?」
「玉座だ。一点だけ空間の在り方がおかしい」
セトラの魔力感知でも対応できないのか。だとしたら最早通常の魔法なんて通用しないかもしれない。
『ほう、もうその次元まで辿り着いているのか。これもあの巫女の手腕の素晴らしさを褒めるべきだろうな。くく、姿の見えない相手と対話するのも興が削がれるであろう。どれ、顕現するとするか』
姿無き声が皮肉っぽくそう告げると、大量の魔力が大気に満ちた。
「ようこそ。我が居城へ」
青年の姿。言うなれば、俺の姿かたちをコピーしたような。でも、クロとはまたどこか違う。
世界には自分と似ている顔を持つ人間が後三人はいると聞くが……どうやらそれだけでは説明できない類似。もっと言えば他人の空似であるはずがない。ただ、クロとは異なり纏っている魔力はまごうことなき天使そのもの。それも今まであったどの天使よりも高密度で大容量だ。
「お前……何物だ? おちょくってるようなら今直ぐそのふざけた姿を今直ぐ止めるんだな」
「万象全てには意味があるものだ。もちろんこの姿にも。そして俺からしたらお前の姿こそ余程不愉快だ」
……意味があると青年は言う。ならば、知りたい。自分がどうか代わりを持っているのか。
それに、こいつさえ倒してしまえば……!!
「シロ! だめ、契約を結ぶだけでいいの! 無理に戦う必要は――!」
ああ、当然それも分かっている。でも、抑えきれない感情があるのも事実。エルメリアでフレイヤの心を踏みにじったのも、ガブリエルのような境遇の少女を生んでしまったことも。
「巫女の末裔よ、御託は必要ない。何れにせよこいつと俺は戦う定めにある。どちらがこの世界に相応しいかを決めるためにな! さあ来い! 名前すら剥奪された傀儡の戦士よ!」
「……行くぞミラ」
「……はあ……でしょうね! 私もそうする!! そうなったら最期まで添い遂げてやるんだから覚悟しなさい!!」
セトラの言うとおり、星の実験を握るために必要な人の魔力、六人の賢者、天使の魔力、魔族の魔力は全て揃っている。ただ巫女の術式を起動するだけでいい。ここに到達した時点で目標の半分は達しているんだ。
でも、それでも相棒は俺を止めるどころか背中を押してくれた。この世界の惨劇の原因に自分は関わっているかもしれないという心残りを解き明かすためだけに。
「望むところだ! 幻想展開仮想魔法!!」
精製した無彩の剣。二人手にしたその剣の切っ先を奴へと突き立て、一直線に駆ける。
「――それでこそ、だ。幻想封印実現魔法」
――が、あと少しというところで奴の剣に阻まれてしまう。それも同系統の魔法……のような。瞬間的に現れた剣からは既視感しか感じない。
どういうことだ? 何故その魔法をこいつが使える……?
「不思議か? 俺がこの魔法をどうして使えるか。どうしても知りたいなら……そうだな、こいつにでも訊くといい」
神と称される青年がぱちんと指を鳴らすと、何もない空間から四名の体が床へと放り出される。内二人は見たことがある顔だった。魔界の王であり現在行方を眩ませているはずのロノウェ、そして魔界でラグエルとともに俺達の前に現れた女天使ラファエル。どうして交わることの無さそうな二人が一緒にいるのか不思議ではあるが……。負っている傷の深さから既に戦闘続行不可能なのは想像に難くない。残る二人の少年少女まで撤退して痛めつけている辺り、やはりこの男に情なんてものは存在しないのだろう。
「く、ぅ……あは、シロちゃん達……。思ってたより早かったじゃない……」
「さあ、話すがいいラビエル。ここに至る経緯を。俺達がどうやって生まれたのかを」
「いや……よ……! 私にはできない。知らなくてもいいことだってきっとあるはずよ……!」
「いいや、駄目だ。知る権利と義務がある。特にそこの二人にはな」
異常なまでの執着だった。当事者である俺ですら立場を忘れて畏怖を覚えるくらいの異様さ。憎悪や怒り、ありとあらゆる黒い感情全てを煮詰めたかの如き禍々しさ。かつて此処までの意志を向けられたことがあっただろうか。殺意の更に奥に此処までの感情があったなんて……。
恐らくラビエル(と呼ばれたラファエル)の身体の主導権を握っているのだろう、彼女がうつ伏せになりながら苦しそうに喘ぎ藻掻く。
「ぁ……ゃめて……わかった……話すから、せめて自分の言葉で話させて……! っ……くぅ……ごめんなさいね。シロちゃん、ミラちゃん。……これから話すことは、貴方達にとってはとても、とても辛いことかも知れない。それでもどうか悲観せずに聞いて欲しい」
――そう、これは私達が生まれた、気の遠くなるほどむかしのお話。
~~~
――結論から言うとね、私達は貴方達の成れの果てなの。
私と彼は未来へと飛ぶはずだった。でもね、気がついたら元いた時代よりもずっと過去へと辿り着いていた。何が起こったのかわからなかったわ。救世の巫女アトラの術式に不具合が発生したって気づいた時は絶望した。託された役目を果たすことが出来ない不甲斐なさに彼は何度も涙してたわ。
でもね、最初はまだ良かったの。見知らぬ地で二人きりだったけどそれでも何とか生きていけた。
彼は不安で泣きじゃくる私を慰めてくれた。私もそんな彼の力になりたいと気持ちだけでも明るく振る舞った。目的も縋るものも失った世界だったけどお互い支え合って生活していた。
そして、丁度その時だった。今と同じように神々と地上の人々が戦ったのは。あの時代の人々は今よりもっと窮地に立たされていたわ。総人口の半分は死に至り、戦える者は数えるしかいなかった。しかもまだ禄に魔術も確立されていない時代だから、戦力差は絶望的なものだったわ。多くの人が死を受け入れ、生きることを放棄していた。でも、それが私達が諦める理由にはならなかった。この時代で世界が滅びたら元いた世界の大事な人たちもいなかったことになってしまう。お互いの守るべき存在のために、もちろん戦ったわ。貴方達と同じように此処まで辿り着いて、当時の神と契約を交わした。……けど、彼は日常へと帰らなかった。神になることを望んでしまった。
ええ。彼の心はもう、疲弊しきっていた。
ボロボロだった。
私はそれに気がつくことができなかったんだ……。
彼は、上手く行く未来を得たかもしれない自分の存在を呪い、運命を否定することに拘った。
「こんな理不尽な世界ならばいっそ壊してやる」って。
「どうせなら未来の自分を葬った後で正しい未来をやり直せますように」って。
止められなかった。……もしかしたらあの場で止めることも出来たのかもしれない。それこそこの手を汚してでも。でも彼の気持ちも分かったから。私もね、始めはミラちゃん、未来の貴女の存在を恨んだわ。ああ、きっと万事が上手く行っていたのならきっと未来の私は楽しく過ごせたんだろうなって、ちょっと頑固だから中々素直になれない私だけど、彼と一緒なら未来でできる新しい仲間にも加われて……。好きな食べ物を買いに街に出たり、女の子だけでお喋りしたり、お風呂を覗く男の子たちを懲らしめたり。……誰かを好きになったり。
だから彼を止められなかった。それが私の罪。多くの人を苦しめる悲劇を生んでしまった消えない罪。
気がついた時には、彼は神として力を蓄えるために高位次元へ移動し眠りについた後だった。
何もかもが壊れかけの世界で急にひとりぼっち。
その頃には「ミラ」としての私はもう存在しなかったわ。元々過去の時代にはいるはずのない人物だったしね。自分のことを「ラビエル」と名乗り、「ラビエル」として生きた。滅びかけた魔族たちを集めて魔界の基盤を立ち上げて……魔王になった。妹も、クロも、最愛だった人もいない世界だったけどそれなりに生きたわ。ちゃんと生きてちゃんと死ねた。その日々は寂しくて、孤独そのものだったけど。「彼を止める」って目的ははっきりしていたから。例えそれが死した後果たされるものだとしても、ね。
わざと魂の輪廻の中に還ることはせず、彼が取り出しやすいように魂を固定しておいた。
――……いつか、彼が私の魂を呼び戻すその日を願ってね。
~~~
「……これが真実。私が、貴方達が此処にいる理由」
「つまり、だ。メタトロンが見せた『あり得たかもしれない未来』。その最たるものが俺達だ。千年前、封印されたお前とは別に過去に飛ばされた可能性の一つ」
……何を言っている?
眼の前にいるこいつが、俺自身?
いや、そんなバカな。
だって。
「……だってアトラは、未来を視たからこそ俺とミラを破滅のシナリオが待つ千年後の未来へと送ったはずじゃ……!」
「ああそうだな。確かにアトラは未来を視た。だが彼女は不幸なことに自身が起こした行動によって生まれた未来を視てしまった。本来ならばこの時代に世界の再生など起こるはずもなかったのにな。……原因さえ知らぬまま結果のみを追い求めていたわけだ。あいつも最期には気づいたのかもな。もしかしたら絶望したまま魂を変換されたかもしれないなぁ?」
「ぁ……じゃあ……じゃあここまでの出来事は……っ!」
「ああ、そうだ。この旅は本来必要のない物語。俺が過去へと送られなければ(お前が未来へ送られなければ)決して起きなかったはずの異常。英雄としての在り方を願った一人の男のせいで生まれた、狂った矛盾だらけの世界だ」
嘘だろ……。俺が願ったせい……?
膝が、地面につく。激しい喪失感に襲われ、力が入らない。
「天使に殺された多くの人々も、フレイヤが故郷を焼き払うことになったのも……?」
「そうだ!! ははは、楽しいな。お前が苦しむ姿が何よりも心地良い!!」
信じられない。
「旅はどうだった? 楽しかったか?」
考えたくない。
「楽しかっただろうなあ! 新たな使命感に駆られ、分かりやすい敵を打破するために成長していくのは!! しかし! お前の喜びは全て虚構だ、嘘だ、幻だ!!」
認めたくない。
「千年の時を経て巫女の末裔と偶然出会えたのも! 紅蓮の街も、水の都も、魔界も、千年国家も、風の谷も、信仰国家も!! 此処まで辿り着くのも、全部、全部全部全部、デザインされた出来事だ!!」
聞きたくない。
やめてくれよ。
「自分が不幸だとは思わないことだな。もっと救われない魂は此処に在る。この狂いまくった世界を数千年彷徨い続けた魂がな。だからお前を殺し、巫女を葬って世界を終わらせる」
「……バカな人。そんなので、救われる訳がないじゃない……私は……わたしは……」
呻き漏らすラビエルの声は、酷くか弱いものだった。彼女もミラの別の側面。だとしたらどれだけの苦痛だっただろう。……彼女が見た俺達の旅の光景はどれだけ残酷だったのだろう。
決して楽な旅ではなかった。でも、彼等の環境と比べたら……。
「ミラ。お前のためでもあるんだ。終わった世界で、二人で一からやり直そう……」
「――バカね。そんなので私が喜ぶわけ無いでしょ?」
……ミ、ラ……?
「てかね! あんた私ならもっとちゃんとそいつの事支えてあげなさいよ!!」
「えっ……?」
「こいつが一人で抱え込むやつだってことぐらい直ぐ分かるでしょうが! 確かにね、私が貴女の立場でも落ち込む、すーっごく落ち込む! でも、でも本当に好きになっちゃったならずっと支えなさいよ!! 『私は貴方が好きです』って、『私だけは何があっても貴方を想ってるから一緒に頑張ろ』って伝えてやれバカ!!」
大空に響く思いの丈。
「…………そうね。そうすればよかったのよね。まさか自分に説教されちゃうなんてね」
「ええそうよ! でもね、幸いまだ間に合うわ。此処でこいつの願いを正す。二人でいられる未来を掴み取りなさい!」
「ええ。今度こそ、絶対に……っ!」
ミラはそのままの勢いで次いで俺へと向き直る。
「で? シロはあそこにいるやつが正しいと思う?」
……何を持って正しいとするか。
彼の立場に立つならそれは仕方がない選択だったのかもしれない。俺も……ガーデンでそのことに気がつけなかったなら心が潰れて同じ道を辿っていたはずだろう。
でも、ミラやセトラ、フレイヤ、ガブリエルのお陰で気がつけた。仲間の存在を。寄り添ってくれる人の存在を。
ならば、俺は――。
「――思わない。どんな形であれ旅の過程をなかったことにするなんて、そんなの間違っていると思う」
だってそれは、あいつにとってはラビエルとの過去の世界での思い出も否定しているわけで。お互いを支え合った記憶は暖かなものだったはずだ。少なくともラビエルにとっては――。だから彼女は彼を止めようと立ち上がっている。
「なら貴方もしっかりしなさい。あれは間違えちゃった貴方。この旅で色んな物を見て、知って、感じて、間違えなかった貴方が救ってあげるしか無いんだから」
ミラは、いつだって側にいてくれた。ずっと、ずっと支えてくれていた。初めて離れられなくなった時も、魔力をなくして弱気になっていた時も、共に戦った時もずっと。
……そして、今も。
「……ぁあ。ああ!」
立ち上がるだけの力をくれた。いいや、それ以上の力を。
負ける訳にはいかないという想い。
彼を助けたいという想い。
彼女らと未来に進みたいという想い。
その全てを糧に立ち上がる。
「ほう。なおも折れぬか。ならば来るがいい。現実魔法・黙示録!」
新たに現れる。今度は実体。魔力もほぼ本体と同様……っ!
しかも感じる魔力のタイプはよく見知ったそれだった。ラグエルタイプ、サリエルタイプ、ウリエルタイプ、ミカエルタイプ。単体でさえ強大な相手がさらに四体も……!
「アッハハハ! また君たちに会えるなんて……今度は、本気で行くよ」
「数奇な……巡り合わせですね。主よ運命とは何と恐ろしく残酷なのか」
「……よかった。ボク、お兄さん達と比べて暴れ足りなかったんだよね」
「見せてもらおうか地上の生命達よ。貴様等の最後の足掻きを……ッ!」
人格まで上書きしている……!
こいつら全てを相手にしている暇は……!
「ちょっとシロ。私達のこと忘れないでほしいなあ」
「……こいつは、わたしたちが止める。わたしが……止めなきゃいけない!」
横に立つはセトラとミラ。
――ああ、そうだ。俺には。
「じゃあオレはこっちだな! 今度こそ正面から倒して見せるぜ!」
「葉月……行けるか? 天使の姉ちゃんのためだ。戦うぞっ」
「うん……大丈夫だよ篝君。まだ、まだ戦えるから!」
ウェン。魔界で会った少年少女……そう、カガリとハヅキ。覚えている。
――仲間がいる。此処まで共に旅した仲間が。
「お兄様が散々お世話になったみたいだね。……覚悟してね♪」
「そうですわよ! 間接的に貴方のせいで痛い目にあったので!」
私怨が混ざって一層怖いソルレーヌとルミエール。
――ちょっと個性的だけど、大切な仲間が。
「え? ちょっと、あたしだけ何だか余ってない? ねえ! そこの人!」
「うーん、これと言って因縁はないけど犠牲になってもらうしか無さそうだね」
……。
うん。クアはこんな時でもいつも通りだ。そこの人呼ばわりのロノウェも案外苦労人なのかもしれない。
「さ、手を繋ごう?」
「手を貸してくれる?」
そして、ミラとラビエル。
差し出されたミラの手を取る。
「ああ、もちろん」
覚悟は、出来た。
改めて本体である神へと向き直る。
「もう、折れない。今から……お前を救う!」
「救う? はは、やれるものなら――やってみろぉっ!!」
刃と刃が混じり合う。
最後の戦いが、世界の命運をかけた戦いが、幕を開けた。
はい。お疲れ様でしたー。
結構王道な感じにできたかなぁ? できてたらうれしいです。
※ここからちょっとネタバレです。
先に読んでから来たほうが楽しめるかも!
(かなり長い&ややこしいので、飛ばしちゃってもOK)
当初から考えてたこの設定を通すのにずっと苦労してました。
タイムスリップものでよくある問題がパラドックスですよね。大好きです。
今作の場合は未来&過去移動VS未来予知。主人公たちの旅の開始点である時間移動とアトラちゃんの未来を確定できる力は物語の流れとしてどうしても必要だったので結構悩みました。しかも両方同一人物の仕業という……。だいたいアトラちゃんのせい。
ってことで、今回は未来を視ることができる力を逆手に取ってみました。神(過去ヘズ)も説明してますが、未来予知後の行動によって未来が分岐……と言うよりはほぼ同時に生まれています。アトラが未来を見ようとする行動自体によって在る一つの可能性を生み出しているって感じです。
うん、文章で説明するのって難しいですね。一応整合性は取れているはず……。
ちなみにもう一つのルールとして、誰かの強大な意志が働いている事象でない限り出来事には修正がはいるというルールがあります。最たるものとしてはラビエルが魔界を再建する点などですね。誰かがやらなければ別の誰かが同様の結果をもたらします。
ただ、天使の顕現と世界の再生についてはまた別件になってしまいます。トリガーは勇者、魔王、そして巫女の存在ですね。アトラも説明していた通り巫女がいれば天使はいつかやってきます。後はそこに勇者と魔王がいるかどうか。
・アトラ&メルティアEND、その他もろもろの元の時空ではミラ(魔王)不在のため天使来ず。
・過去に飛ばされた二人は勇者と魔王なので巫女の血族が元々いた過去の時空では天使が顕現。
・本作の舞台の時代ではシロとミラ(おまけにロノウェ)、セトラがいるため天使が顕現。
って、感じになってます。
駆け足気味だったため、もっと詳しく説明できたらなーって思ってはいますがなかなか難しそうです。この辺は次作の改善点ですね。まあ、次はそういうお話ではないんですけれど。
さて、恐らく最終回を除けば残り数話です。相変わらずのナメクジペースですが、楽しみにしてもらえたら嬉しいかな。ではまた次回!
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