Q.70 最後の欠片
分けどころが分からなくてすんごく長くなってしまった。
「どうだった? 平和で静穏に満ち満ちた日々は」
振動が耳を揺さぶる。目の前には純白の天使。
ああ、ようやく戻ってきたのか……。横倒しになった視界に映る機械じかけの一室に、懐かしささえ感じるほどに長い時間だった。同時に幸せだった時間も終わりを告げたと実感する。思い返すだけで幸せな人生だった。アトラとメルティと、様々な地を巡り、過ごし、戦い――。そんな日々はもう終わりだ。
これからは――。
仲間の方を見やると、ミラやセトラ、フレイヤが心配そうに俺の様子を伺っていた。無事だと知らせるために立ち上がろうとしたが、力が入らずバランスを保てなかった。例によって一番近くにいたミラに肩を貸してもらって、ようやく立ち上がる。
「……感謝してるよ。俺にもあんな未来があったって知ることが出来ただけで十分幸せだ」
例えそれがこいつの力によって生まれたものだとしても、もう叶わない未来を冒険できた日々はかけがえのない思い出だ。
「ふぅん。てっきりもう赦してくれって泣き叫ぶかと思ってたよ」
――そして。
「あっちの皆には、あの人生には先へと進む力をもらった。俺だってあんな未来を歩めるのなら、この世界を諦める理由なんて何処にもないだろ?」
「あはは、なるほど! 君という人間がちょっとだけわかったような気がするよ」
快活に笑うと、メタトロンは次の記憶の欠片を紡ぎ始める。
「さぁ。お望み通り、最後の欠片だ」
「シロ……戻ってきてね? 絶対だよ?」
いつになく弱気なミラ。アトラと生きた世界では俺はこいつをこの手で殺した。
……次は、ミラも一緒だ。生まれたときから戦いを余儀なくされたこの子に、俺は未来を提示しなくちゃいけない。屈託なく笑えるようなそんな未来を。
「これに触れた時点で俺達の勝ちだ。待ってろ、絶対に戻ってきて先に進むから」
躊躇などなかった。これからどんな苦痛や拷問が始まろうとも、先への希望があるのなら怖くない。
「……楽しみにしているよ。次に君が目覚めるその時を」
光に飲まれ薄らいでいく意識の中、慈愛に満ちたメタトロンの笑みがやけに印象に残った。
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深く昏い闇の中。
声が、聞こえる。
「あの子の為を想うのなら力を貸してほしいんだけどなぁー」
「断る。あいつはもうひとりでも十分やっていけるぜ」
男と……女の方はアトラの声だ。
俺の意識だけが、声を聞いている。肉体がここには無いんだ。空間を揺蕩うことしか許されず、アトラに触れることも、話を遮る事も出来ない。
一体、今回はどんな趣向なのだろう。これまでの記憶の欠片から元の世界に戻れる条件は、運命に沿った死を経験すること。そもそも肉体が与えられていないのだから死にようがないじゃないか。何故メタトロンはこんな欠片を選んだんだ?
思索する間にも二人の会話は続いていく。
「それはどうかなぁ? あの子を見てると、張り詰めすぎちゃって今にも壊れそうだって私は感じるんだけどなー」
「だからといって、アンタみたいな胡散臭い女にあいつを任せられるわけねーだろうが」
「……任せるのは私じゃなくていい。ちょっと頼りないけど私が信頼している幼馴染でいいの。あいつなら、きっと世界を、未来を正しい方向へと繋いでくれるから」
……正直驚いた。アトラが俺の評価を述べることはこれまで皆無だったから。まさか彼女の口からそんな言葉が聞けるなんて。
「へえ、じゃあアンタはオレの肉体をそいつの依代にしようとしてるってわけだ」
「お願い……貴方はやっと見つけた適合者。平凡で平均を地で行くあいつが、生きてこれからの戦いを終えるには貴方の様な英雄の力を借りるしか無いの……」
「どうしてそうまでしてその幼馴染とやらを『英雄』に仕立て上げたいんだよ。アンタが未来へ飛べばいいだろ。ミラを封印できる算段もあるアンタなら余裕のはずだ」
「それじゃ駄目なの。あいつは……ヘズは自分が普通の人間だってことを誰よりもよく分かってる。口では否定してるけど私の付き人って立場に負い目を感じてる」
……。やっぱり見透かされてたか。あいつに気負わないでいて欲しい故になるべく表に出さないようにしてたんだが。
「で? ヘズ君だっけ? そいつの名前を奪ってまでオレの力を植え付ける必要はあるのか? そいつはそんなことされて喜ぶのか?」
「分からない。けれど、叶うことなら何もかもゼロになった状態から世界を取り戻すような、この世界で私が取っちゃった役割を与えてあげたい。でも、今のあいつじゃ世界を救うなんて絶対に無理だもん。そんなことはわたしも、あいつもよく分かってる。だから……」
これほどまでに懸命なアトラは珍しかった。いや、そもそも俺達の前ではいつもあいつは陽気で前向きを一貫していたから、もしかしたらこんなアトラを見るのは、アトラの比較的弱気な部分を抽出したアーレアの残留思念を除けば初めてかもしれない。
俺が全く関係のない他人だったならば酷い押し付け、エゴだと、罵るだろうか。
これが幸いなのか、俺がおかしいのか、アトラには感謝しかなかった。お陰で、大切な人を見つけ、守る力を身に着け、ここまで来られた。
偽りの英雄だろうと過程だけは偽ることは出来ない。だから俺は満足だ。
そしてここにきて気付く。霊体の男、彼がミラの言うクロなのだと。ずっと、俺を手伝ってくれていた命の恩人。
「…………。いいぜ、乗った。悪魔らしく力を貸してやるよ」
――けど、条件だ。あいつを、ミラを絶対に幸せにしてやってくれ。
その声が、深く、深く突き刺さり、俺の根底へと沈んでいく。
ああ、絶対に。約束するよ――。
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「おめでとう、そしてありがとう。最後の欠片は、恐れること無く前進した君へのプレゼントだよ」
……戻ってきたみたいだな。ああ、そうかこいつは――。
「君には感謝しているよ。神の道具として生まれた僕に、僕達に、生きる理由を教えてくれた」
「そんな大層なことしたつもりも、覚えもないんだけどな」
「いいや、姉さんや、兄さんと同じ想いだよ。この想いは、きっと」
満ち足りた表情のメタトロン。俺達に背を向け、施設から立ち去ろうとする。
「創造してくれた主には悪いけど、僕はここらで引くことにするよ。御存知の通り、そこの装置に向かって賢者六人で起源魔法を唱えれば魂は解放される。一度人としての痕跡をこの世に残してしまった姉さん以外の天使達、つまり外で暴れている兄さん達は消滅するはずだよ」
「ちょっと待て、それじゃあお前……」
メタトロンの魂の基幹はアトラのもの。その魂を解放したら……。
「元々君の幼馴染の魂だ。急造品の僕には相応しくないさ」
「…………」
彼は、天使は間違いなく敵だ。神がこの星の生命を糧に生み出した神造兵器。生きとし生けるもの全てを消し去るために生まれ、終結の地であるこの塔で俺達の前に立ちはだかった。
でも、こいつはどうだ? 武力を用いた戦いを望まなかったし、俺が知り得ない記憶まで見せてくれた。そりゃ一つ目の欠片を覗いた後は趣味の悪いやつだと思ったけどさ……。
――思い出したのは無垢な笑顔だった。あいつもそう、俺らの前に突然現れて。今、自身の存在を賭して戦ってくれている掛け替えのない仲間。
「……シロ? ねえ! あんたまさか!」
ミラが俺の発する魔力に敏感に反応する。本来温存すべき魔力を解放し、擬似的に天使の魔力を身にまとう。
「……あー、やっぱだめだ。ごめんなミラ。本来はこうするべきじゃないんだろうけどな」
――人神悪魔反転炉。天使を完全に無力化できる唯一の魔法。
「なあ、ガブリエルは助かるんだろ? だったらこの魔法を使えばお前は助かるわけだ」
「君……! ……いいのかい? 僕が消えれば幼馴染の魂を持った生まれ変わりと再開することだって――」
極大の光に包まれていく中で、初めてメタトロンの表情に焦りが生まれる。
「あいつとはもう三度も別れの挨拶を交わしてる。それに、生まれ変わった命はその子の命だ。俺が会ってどうこうできるものじゃないしな」
未練が全くないといったらまあ、嘘になる。でもいいんだ。きっとアトラの生まれ変わりに会ったところで俺の中の何かが変わるわけでもない。それにアトラの残留思念ならアーレア村跡に定着してるしな。さすが、しぶといやつなだけある。
……うん。だから。俺はこの天使に、人間に憧れているメタトロンに人間として生きて欲しい。
「はは……そうか……そうか。一先ず、そうだな。この世に生を与えてくれてありがとう。感謝するよ。優しいんだな君は。そして、酷いやつだ。僕の思い描いていたようには散らせてくれない」
「恨むならアトラを魂として取り込んだ神を恨むんだな。……じゃ、世界を救ったあとで、また会おうぜ」
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気絶したメタトロンを部屋の角に安置すると、医療型?の天使が三人集まってきて奥の部屋へと運んでいった。これで次にあいつと会うのは、いよいよ全てが決着した後になるな。
「さて、あとはこいつを起動するだけなんだが……」
俺、フレイヤ、クア、ウェン。塔の麓でソルレーヌとルミエールの二人がはぐれたために、現状ここには賢者は四人しかいないのだ。
「そもそも仮に二人が来ても、起源魔法の出し方なんてわかんねぇぜ? フレイヤちゃんはどうやって出してるんだよ? うおぉー……」
と、魔力を練りつつ一人唸り声を上げ始めるウェン。まあ賢者だと自覚したのはつい最近だから、自身の力を引き出せないのは仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないけど。
「んー……? こうやってー……こう……?」
ぽんっ。
軽快な音と共に炎の精霊、サラマンダーが姿を現す。
「精霊がいると、十分に起源魔法の力を引き出せるの。ほら、ね……?」
手足のように自由自在に炎を操るフレイヤが、さも当然のように手本をウェンに見せる。
「いや、わかんねぇよ!?」
『……全く、あまり気安く喚んで欲しくはないのだがな』
悪態をつくサラマンダー。前回フレイヤと交戦したときよりも幾分サイズダウンしているのは、彼女の技量の向上によるものだろう。先祖共々魔法に関しては底の見えない潜在能力を秘めていると常々実感させられる。いや、きっと生まれ持った技量だけじゃない。ここに来るまでの成長の賜物だ。出会った頃のフレイヤじゃきっとここまで育つことはなかっただろう。
「ぐぉー……! 出ろぉー……っ!!」
「はぁ……ホントにグズね、あんた」
「ミラ様、ウェン君だって一応頑張ってはいるんですから……ね? ほら、ゆっくりやっていこ?」
そんなフレイヤとは対象的なウェン。あ、ミラとセトラによる飴と鞭教育が始まりだしているし。
……ウェンにも成長の兆しはあるんだけどなぁ。如何せん気持ちの問題がなぁ。
「えっとぉ~、こうして、こう?」
炸裂する爆発音。
ド派手な音に呼応するようにクアの方から強大な魔力反応が生まれる。
「マジかよ……クアさんまで……」
あ。完全に心が折れたな、あれは。
『ふわぁ~。だぁれ~? わたしを起こすのは~』
『ん……? その腑抜けた声はウンディーネか?』
『おやおやぁ~? サラマンダーさんじゃないですか~』
「おぉ~! フレイヤちゃんの精霊と喋ってる~!!」
『むぅ~。この無礼で間抜けそうな人がご主人サマ~?』
『間抜け具合じゃ貴様と良い勝負だと思うがな……』
『あ~酷いんだ~! サラマンダーさんなんてし~らない!』
精霊にも知り合いという概念があるんだな。随分と気さくな精霊もいれば、炎の精霊のように気難しいのもいる。
「起源魔法自体は昔から使えたもんねぇ~。精霊ちゃん出すと効率いいのは知らなかったけど~」
じゃあ、俺が喚ぶのはどんな精霊なのだろうか。元はシャドの賢者の力。受け継いではいるものの、一度たりとも使おうとして使ったことはない。ちゃんと出てきてくれないと困るぞ――!
要領は天使の魔法と同じ、星から力を分けてもらうようなイメージで――!
『おや? 見慣れない顔ですね。あ、もしかして宿主変りました?』
出てきたのは白と黒を基調とした衣服を身に纏った、少年の格好をした精霊。……第一印象だけど、やけに気だるそうなのは気のせいだろうか。
「あ、ああ。シャドは今は賢者じゃない。今は俺が闇の賢者の力を受け継いでいる」
『ふーん。ま、なんでもいいですけど。私の名前、ルナっていいます。で、私を呼び出したってことはお仕事ですね。時間になったら呼んでください』
必要な事項を言うだけ言うと、俺の影の中へとするりと溶け込んでいくルナ。え、もしかして嫌われてるのか? めっちゃ事務的だし……。
「くそぅ……どうしてシロには女の子ばっかり寄ってくるんだ……」
「はあ!? 今の女の子だったのか!? てかどうしてお前にはそれが分かるんだよ!!」
だからちょっと拗ねてたのか。俺が「少年」みたいだと心のなかで思ったから?
「そんなもん見りゃ分かんだろーが! 喧嘩売ってんのか!? くそ、こうなったら残りの二人が来る前に、めちゃくちゃ美人で可愛いお姉さんの精霊喚んでやるぜ!!」
ま、まあウェンのやる気が出たならそれでいいか。ルナには悪いことしたけど……。
ウェンが再び召喚のために唸りを上げようとしていると、
「ごめん! 遅れちゃった!!」
ソルレーヌとルミエールが息を切らしてやってきた。
どうやら二人共傷跡はあるけど無事だったみたいだ。それにしてもルミエールの胸部から多量に出血した痕が見られるが……。
「心配ありませんわ。傷は塞がっていますので」
「それならいいが……。あ、そうだ二人共精霊を喚んで起源魔法の準備をして欲しいんだけど、できるか?」
「もちろん! こんなの誰でもできるよ!」
「当然ですわ! 私も一端の賢者ですから! 経験など関係ありませんので!」
続けざまに土の精霊と光の精霊が喚び出される。
「……うっ、うぅっ……」
……泣くなよウェン。
「ウェン、後はお前だけだ。大丈夫、イメージすれば絶対うまくいくから」
「うぅ……わかってる、わかってるよ!! けど、オレ……わかんねぇんだ。どうしてオレが賢者に……もっと、もっと勇気があってふさわしい奴は――」
パシン。
鋭い平手打ちがウェンの泣き言を一喝する。
「馬鹿言わないで下さい! 貴方にもあるはずです! この旅の中で心が震えた瞬間が! 確かに私達は皆さんと過ごした時間は短いですけど、それでも星を守るという気持ちは一緒です!」
「ルミエール……。心が震えたとき……。そうだ、オレ、お前の国で、あの時」
その瞬間にウェンの心のなかで何かが変わったのだろうか。召喚の詠唱さえ必要とせず、最期の精霊は姿を現す。
『召喚に従い参上仕った。汝が我の宿主か?』
「げ、おっさん……? な、なあ! どうしてオレの精霊だけこんなしょっぱいんだよ!? 頑張ったじゃん、オレ!」
「ああ、頑張った。よく頑張ったよ。だからついでにもうひと頑張り頼むぞ。ガブリエルと、テラさんの為にな! ルナ! 仕事だぞ、後さっきは悪かった!」
『はぁ……まぁいいですけど。じゃ、行きますよー』
「皆、準備はいいか? いくぞ!!」
「うん……大丈夫!」「おっけいだよぉ~!」「待っててお兄様、今……!」
「ああくそっ、こうなったらやけくそだ!」「救いましょう、皆さんを!」
『――起源魔法!!』
同時に解放される六つの力。
アトラの言いつけに従い、旅してきた集大成。それぞれの魔法が交わり一つになっていく。
「輪廻の転生を封じられた魂よ!!」
出会って来た人を、殺されてきた人の魂を、救うための旅だった。このときのために仲間を集め、仲間とともに戦って。
「今こそ星の流れに還り、神の軛から解き放たれよ――!!」
だから今度はあの二人を助ける!!
詠唱を終えると、俺達を中心に魔法の力場が拡散されていく。最初は小さな球くらいの大きさだったものが、段々と大きく、広く。
「くそ、頼むぞ間に合ってくれよ!!」
術式が起動し終わるほんの僅か数秒前。
ガブリエルのいる方角から大地を震わす衝撃が鳴り響いた――。
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翼は、いらない。元々小さい羽はコンプレックスだった。
生まれた時はあれだけ誇らしかった光の輪っかも、もう――。
『戦闘機能も持たぬ末妹風情が!! 何故に我に立ち向かう――!?』
「そんなのっ! 好きな人の為だよっ!!」
流石最強の個体、ミカエル。
一撃が重いや。何とか受け流しているけど、体の内側へ衝撃が重く響いているのがよく分かってしまう。こんなの、後五分と持たない。天使の力をすり減らしてまで防御に回してもこのザマだもんね。やっぱりミカエルの言う通りわたしは欠陥個体なのかも。主を裏切ったのも始めはおにいちゃんへの興味だけだったし。
「うぐ――っ!」
質量の差を見せつけられるかのように地面へと叩きつけられる体。もうダメだ、全身が痛くて動かせないや。
かたっぽの目は、既に真っ赤に染まって何も見えない。
寒いよ。ちょっと前までは寒さなんて感じなかったのに。それだけで、とてつもなく怖いなんて。
地面が氷みたいに冷たくて。星に体温を奪われていってるみたいだ。ああ、これが死ぬってことなのかなあ?
視界の端にちらりと映るカディンギルの塔。
シロおにいちゃん。今頃半分くらいは登っているのかな?
時間……ちゃんと稼げてたらいいな……。
役に立てたのなら、世界を助ける手伝いができたのなら、兵器としては十分だよね……。
ミカエルがとどめを刺す態勢に入る。悔しいけど、ここまでみたい。
『これで終わりだ! 消えるがいい、出来損ないめ!!』
「うるっ……ごぼっ、さい……ばーか……。ぅぅ……」
――本当は、一緒に歩む未来も視たかった。叶うならどんなに温かい日々だっただろうか。
ここで消えると言うなら、それはきっとあと一歩理想に届かなかったのだろう。
想う力が。ミラちゃんやセトラさん、フレイヤちゃんみたいな意志の力が。
わたしも欲しかったなあ。誰にも負けない、ただ一つだけの自慢できるもの。
最期の手紙を握りしめる。わたしに与えられたのはこんな力だけ。未来を視られたって、結果は変えられない。おにいちゃんにお別れが言えるくらい。
瞼が重たい。この力も、もう消えていくみたい。
折角なら、お別れじゃなくて、再開を喜べる力だったら良かったのにね……。
……。
…………。
………………? もうとっくに攻撃を食らってもいいはずの時間。ここでいたぶるのはサリエルくらいで、ミカエルの正確だったら迷うこと無く殺しに来てるはずなのに。死ぬ瞬間ってもしかしたら全然痛くのないのかな……?
『なんだ? その輝きは……!?』
ミカエルの声が聞こえて、まだわたしは生きているのだと悟る。
恐る恐る目を開けてみると、手のひらに収まった手紙が……光っていた。朝焼けを髣髴とさせるような黎明の輝き。
『わたし―――これから――――エル――――。ちゃんと――――――――――ね?』
文字が、潰れて消えて――?
「絶対だった運命が……書き換わっていく……!?」
『諦めない。死んでたまるもんか。絶対に、生きて帰る!!』
これは……! 数秒後の未来から届いたわたしの意志?
期待が確信に変わり、何とか立ち上がる。これがあれば、残る一歩を埋められる!!
――そうか。これが奇跡なんだ。人が祈る理由、明日を切り開く力。
『何だその光は! 何故希望を持っている! どうして貴様等はとっととくたばらないのだ!! ええい! 死ね、死んでしまえぇぇい!!』
ミカエルが、持てる全ての光を束ねた光線を放つ。きっと当たったらガーデンで負った傷程度じゃ済まないだろう。たぶん、たちまちわたしの存在はこの星から消滅する。そんな巡る生命のルールすら塗り替える一撃。
けど、その攻撃は――。
当たらない。
丁度拳一つ分、わたしを射抜くには届かない。大地を抉るような一撃は大きな地響きを鳴らしはしたものの、心の臓を貫くことはなく。
その時、塔を中心に半透明な波動が放たれた。波紋は際限なく広がり続け、わたし達をも飲み込んでいく。すると、徐々に天使の力が消え始めるのを感じはじめた。それはどうやらミカエルも同じようで、体の端の方から段々と欠けていっているのが確認できる。
「よかった、助かっ……た……! これで終わりだぁー!! どぉーだミカエルぅー!!」
根拠はないけど、これ以上はきっと避けきれなかったと思うから。
けど、ミカエルは天使の力が消え始めたことよりも、動かない的への攻撃を外したことに驚いていた。
『……馬鹿な。事象の編纂……神をも超える力を、何故その身で……何故! 何故!!』
「……ばいばい、ミカエル。わたしは前に進むね。貴方の分も、消えていった皆の分も」
完全に消えるまで、天使というこの世界に不必要な存在をこの目に刻みつけるように見送る。
終ぞ最期まで、ミカエルは生命を理解しようとはしなかった。多分、それが七天としては一番正しいあり方であり、強さなんだろうけど。わたしはどうやらやっぱり出来損ないみたい。
「あぁー、生きてるぅー……」
つい漏れちゃったのはそんな言葉。
頬には自然と涙が伝っていた。
あれだけ強がってもやっぱり死にたくはなくて。生き残れたことに涙している。
掴み取ったあと一歩。あはは、わたしも随分と運がいいなあー……。
ありがとう。また助けてくれたんだね、おにいちゃん。
ガブリエルちゃんをどうするか、悩みに悩みました。
ちょっと甘えが出ちゃったかな。
でもこっちの方が、書いてて良いと思ったので、そのままで。
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