Answer.A&M 旅は、終わらない
一つのエンディング。
そして一番書きたかった結末です。何事もなければ起こり得た未来かもですね。
目を開けると、そこは新緑の草原。
どうやら俺は木にもたれ掛かって寝ていたらしい。頭上を見上げると、木陰から柔らかな日差しを投げかけてくる太陽が顔を覗かせている。ここでもう一度まぶたを閉じてしまえば、もう一度眠ってしまいそうな陽気を全身で感じる。前の記憶の世界で見せつけられた凄惨な光景のせいで、張り裂けそうだった心に僅かながらも安寧が訪れる。だが、そんな平穏を壊す人物が一人。
「もーねぼすけ! まだ寝てる気? みんな街で待ってるよー」
見間違いかと一度は自分の目を疑った。
だけども間違えるはずがなかった。眼の前にいるのはまごうことなき彼女なのだから。
「……ねぼすけで悪かったな」
アトラが目の前にいる。遠く昔に別れを告げたはずの彼女が生きた状態で目の前に。
ああ、今までの記憶がいっそ夢だったならばどれほど幸福だっただろう。出会った人の全てを夢の中の、想像の中の住人と割り切り、一睡の夢として記憶の片隅に追いやることができたならどれほど喜ばしいことだろう。
そんな憂いなどアトラが知る由もなく。
「さ、行こう。今日は教会の依頼の日でしょ?」
教会の依頼。それすらも懐かしい響きだ。
この頃はまだギルドや傭兵など、国境を越えた組織態勢は存在すらしていなかった。魔族との戦争、近隣国家との資源の奪い合い。貧困と困窮で他者の心配などしている余裕すらなかったのだろう。生まれた村を出て初めて、それを強く実感したのを今でも覚えている。単にアーレア村が近辺と関わりすら持たない田舎だったからだけど。
民の幸福を保証すべき国家でさえ戦いに明け暮れていた中、唯一住民の不満をすすんで引き受けていたのが教会なわけだ。道路の整備、家屋の修理、肉親を失った子供達の保護など、様々な問題を教会だけが善意で対処にあたっていた。
ただ、整備など教会の神父やシスターがこなせる作業だけなら良かったが、中には魔獣による被害の届けや、悪意ある人間たちによる被害の届けまで教会に寄せられ問題となっていた。まあ当然といえば当然だろう。そもそも戦時中とは言え、教会がこなすべき内容とはいい難いものさえ含まれていたのだから。
そんな状況を巫女であるこいつが放って置けるはずもなく。
「で? 今日は何の依頼だっけ?」
「魔王軍残存勢力の討伐でしょ! しっかりしてよね、もー」
「残存勢力……?」
はて。初めて聞いた単語に首を傾げる。
「な、なあ、魔族との戦争ってどうなったんだっけ……?」
まさかと思うが、一瞬嫌な想像をしてしまう。穏やかだった感情がさざめき、手が震え、汗が滲む。
「それは……その、あなたが魔王を倒したことで終結したじゃない」
「は…………?」
俺が、ミラを?
一瞬、アトラが何を言っているのかが理解できなかった。
「い、いや! そんなはずないだろ! 昔の俺があいつに勝てるわけない! そもそも封印されないと未来が――!」
「昔? 未来? やっぱりまだ寝ぼけてるー? もうあれから半年も経ったでしょ!」
アトラは、嘘をついていない……!
本当にあの日、俺はミラを……殺したんだ。だったらここは、あいつを殺して、平和を得た世界だとでも言うのか? この世界の事実に目眩すら起こしてしまいそうだ。あいつの顔を思い出すたび、旅の記憶を辿る都度、嫌悪感と罪悪感で吐きそうになる。指先を見ても、確かにそこには指輪も、あいつの手もなかった。ずっと側にいたからこその不安、寂寥が押し寄せてくる。
「お兄ちゃん! どうしたの? またアトラお姉ちゃん怒らせちゃってるの?」
負の感情に押しつぶされている中、さらにもう一つ聞き覚えの声に呼ばれる。
「メルティアか……!」
「ふぇっ!? ど、どうしたの急にちゃんと名前呼んだりして!」
あの日以降のメルティに会えた。相変わらずフレイヤに似て小柄だが、それでも幾程かは背が伸びている。後は、思い出の中の彼女と寸分も違わない。ふわふわと空気感を持った栗色の髪に燃ゆる朱の瞳。俺の言葉に丸くなるその目は、フレイヤよりは活発さを垣間見せる。
……? しかし、ただ一つ疑問に思う点が。右目に眼帯をしているのだ。おしゃれか? あまり必要以上におしゃれに気を使うような子ではなかった覚えなんだけどな。事実、旅先で服を勧めても「わたしそういうの慣れてないし似合わないからいいよぅ……」と、遠慮がちに言っていた。……その変わりようには驚くが、彼女もそういう歳になったということだろうか。どうやら戦争も終わったらしいし。
まあ、何はともあれ、だ。彼女の姿を見て、未来のエルメリアで力を貸してくれた事をゆっくりと噛み締めるように思い出す。幻かもしれないが、確かに彼女の声は聞こえたんだ。どんなに、どんなに彼女の成長した姿を見たかったことか。
気づいた時にはもう、彼女の手を引き寄せて抱きしめていた。
「えええええ!! ほ、本当にどうしちゃったの!?」
「ちょっ! メルティの身が危険だよ! これは流石に見過ごせない! はーなーれーろー!!」
「よかった……。本当に、無事で、会えてよかった……!」
悔しい。涙が、止まらないんだ。もう既にフレイヤの件で感情の箍が外れておかしいのか。だからこそメルティを抱きしめて得た暖かさが、言い表せないほど愛おしくて。
穏やかな日々を享受するためにミラの命を犠牲にしたこと。
あの日別れるしか選択肢がなかった仲間に再び会えたこと。
これが、在ったかもしれない未来だなんて。
……余りにも、残酷過ぎる。
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「良かった。お兄ちゃん急におかしくなっちゃったのかとドキドキしたよー」
「ごめんな。夢の中で……さ。メルティ達と離れ離れになって悲しくて」
結局、笑って誤魔化すしかなかった。アトラやメルティに未来のことを話す必要はない。それに……どうせこの世界は天使が見せている世界であって、いつかは終わりがやってくるんだ。だったら、二人にはせめてこのまま……。
「ふーん。でも安心して。わたしはどこにも行かないよ。もし離れ離れになっても、わたしが先に死んじゃっても、心はずっとお兄ちゃんのそばにいるからねー」
よしよし、と。何故か頭を撫でられる。不思議と、燻っていたやり場のない思いが霧散していくようにも感じた。あー、なんて情けないんだろ俺。年下の子にあやされて安心してるなんて。こんなところ未来の奴らに見られてたらなんて言われてただろうか――。
そこまで考えて、もう既に未来での出来事と心の中で距離があるように思えて――、
「って、そんなことしてる場合じゃないんだって!」
メルティの撫でる動作を、俺の思考を、アトラが中断させる。少々不服そうだったメルティだが、月日が流れようとやはりアトラには逆らえないのか、大人しく話を聞く態勢へと移った。
「魔王軍残存勢力の討伐……だったっけ?」
「そう! これから五時間後には隣町に付いてなきゃいけないんだから――早く行く、のっ!」
言い終わる前に、俺の手を取り、馬車へと放り込む。
この強引な感じ。間違いなくアトラと旅をしているって感じだなぁ。久しく感じていなかった「振り回される」感覚を思い出す。ミラはどちらかと言うと「手が焼ける」だったもんなぁ……。
……ミラ。心優しい魔界の王様。
本当に、俺が殺ったんだろうか。自分の手のひらを見つめる。この時代の俺は魔法なんてろくに使えない。天使の魔法も前回の世界同様発動しない。俺が経験していない事柄に纏わる能力などは封印されている、いいや、現段階では存在していないんだ。だと言うのに、どうやってミラを……。
荷台に座り直して考え込んでいると、いつの間にか向かいにちょこんとメルティが座っていた。
「このあたりもきれいになったねぇー」
彼女が話し始めると同時に走り出す馬車。左右を黄金色の穀物に覆われたこの道が、俺達が拠点としている街へと続いているということは、記憶の断片を掘り起こすことで思い出せた。どうやら一度街に戻ってから件の隣町へと向かうらしい。道理で五時間と一見猶予があるように見えたのに、俺の扱いが雑になるわけだな。
徐々に加速していく馬車に続いて、ぽつり、ぽつりとメルティも言葉を紡いでいく。
「ちょっと前までここでも争いが絶えなかったのにね」
「そう、だな……」
大戦中、酷い時はこの道だって屍が転がり、大地は炎に焼かれていた。だと言うのに、麦畑は堂々と太陽に向かって背を伸ばしている。
「平和、かぁ……」
「……? お兄ちゃんは平和なの、きらい?」
「嫌いじゃないさ。でも、俺が生きていたのはいつも争いの時代の中心だったから……慣れなくて」
「うん。わたしも……戦争が終わってすぐはそうだった。でも今は違うんだ! アトラお姉ちゃんと一緒に困っている人を助けるの、すっごく楽しいしやりがいがあるんだよ!」
喜々として語るメルティ。この子も随分と変わったもんだ。奴隷階級から解放して直ぐの間は俺やアトラと会話することすら困難なほど人を恐れていたというのに。今ではこうして屈託のない笑みを見せてくれる。
「そだねー、いつか優しい心を持った人たちと国を作ってみたいな。まだちょっと知らない人とお話するのは怖いけど。今までたくさんの国を見てきて、どの国もそれぞれの文化があって……いい人たちに出会うことが出来て。ちょっと背伸びした夢かもだけど……」
「あはは、そりゃ優しいメルティにぴったりな夢だな。頑張れよ。その気持ちを忘れなかったらきっとできるさ、メルティなら」
少女の夢はきっと結実するだろう。エルメリアという大都市の礎を築き、その意志はやがて遠く未来の子孫へと受け継がれていく。
「うん! 国ができたら、お兄ちゃんを国の大事な賓客としてもてなすねっ!」
「いつか、な。うん、楽しみにしとく」
そんなやり取りの後、無事定刻通りに隣町ジェード・ミロに着いた俺達は関所を占拠していた魔王軍の残党と交戦した。十数名全員を捉え、アトラの手によって魔力枯渇の呪いを施した後に街の警吏へと引き渡す事によって依頼は達成された。留置所を立ち去ろうとした俺の背中へと突き刺さる非難の声。
アトラや他の仲間は気にしない方がいいと慰めの言葉をかけてくれた。だが、メルティだけはその様子を申し訳なさそうに見ていて。
宿へと戻り、久々の仲間と食卓を囲む。あっちの面々とはまた違った賑やかさ。
ある意味、第三の人生の始まりの一日目。色々考えなければいけないことがあるのは重々承知だったが、疲れていたのかいつの間にか眠りへと落ちていた。
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「あ、今日は各自、自由行動ね! 私が許可するっ!!」
拠点としていた街、クラントベルの道端に放り捨てられるアトラ以外の面々。きょとんとした一同をよそにアトラはただ一人馬にまたがり、手綱を引く準備をはじめる。
「じゃ、夜には宿に戻るから! ばいばーい!」
どうやらアトラは教会側と話があるやら何やらで、そう言うや否や、馬車を出して消えてしまった。
「あははー……。何だかアトラお姉ちゃんらしいや」
「……だな。忘れていて当日になって言う辺りらしさが溢れてる」
「みんなはどうするのー?」
メルティがそう尋ねると、
「メルティアちゃん! オレとデート行かね!?」
ああ、そうだった。仲間一の女ったらし、ヴィント。こいつはいつもそんなやつだった。女性であれば例外なくこいつは手を出す。それが例えメルティの様な年端のいかない女の子でも。
だったらこの後ヴィントの誘いに異を唱えるのは当然――。
「あら、ヴィントさんは私と一緒にデートじゃありませんでした?」
超がつくほど真面目なシャイラの束縛。ヴィントの病気とも言える癖である女性への誘い、求愛、求婚を全て真に受けてしまった結果、本人は自分が世界で一番愛されていると信じて疑わなくなってしまった。
この光景をウェンが見たならば、「オレの祖先のくせにイチャイチャしやがって! 爆発しろ!」と羨むだろうか。ルミエールはきっと、「駄目ですわ、ご先祖様! 相手はよく考えて下さい!」だろうな。
「あー……リヴィアさんはもうどこか行っちゃってるね。ノイン君とノワールさんはどうする?」
「私は宿で休むとするよ。人混みはあまり好かないからね」
と、ノワール。
「ノワールさんが宿に残るなら僕も残ろうかな。あまり動くと体調が悪くなっちゃうし。二人も街を回ってきなよ。アトラさんが休暇をくれることなんてあまりないんだから」
ノインは生まれつき体が弱い。元々ガーデンの王族だった彼を無理やり連れて来たため、旅慣れしていないのも大きいが、こうした休みの日には宿でノワールと一緒にいることが多かった。ノワールが人嫌いだと言うのも、彼なりにノインを気遣っているのかもしれない。
「ほら、ヴィント君とシャイラさんみたいにデートだよ! メルティアちゃん!」
「へ? え!? や、やや、やだなあノイン君! わたしは別にそんなつもりじゃないんだよ!?」
ニヤニヤと笑うノインに、微笑ましそうな瞳でメルティを見るノワール。
「行ってくると良い。ノインが言う通り久々の休暇だよ。メルティアはいつも根を詰め過ぎだからね。今日ぐらいはしゃいだって誰も文句は言うまいさ」
「の、ノワールさんまで言うなら……ねぇ? し、しょうがないなぁ~」
と、言いつつもガッチリと腕をホールドして離さないメルティ。おい、言っていることとやっていることが一致してないぞ。
「……覚悟してよね、お兄ちゃん。アトラお姉ちゃんもいない今、わたしの魅力を存分に見せつけちゃうんだから!」
ぐいと腕を引っ張られ街へと繰り出す。「いってらっしゃーい」と手を振り見送ってくれるノインとノワールの姿は、段々と人の波に飲まれて小さくなってしまった。
特に行く宛もなく、メルティに引っ張られて街の中を進んでいく。
しばらく歩いていると、
「お兄ちゃん。昨日お姉ちゃんと話してたことだけどね……」
ピタリと唐突に止まるメルティの足。つられて俺の足も歩むことを止めた。人の行き交う流れの中、俺達だけが停止している。
「あの時、魔王の女の子を、その……殺しちゃったことをあまり気負わないで欲しいの……」
「え……?」
「お兄ちゃんが助けてくれたから……今わたしはここにいるんだから……」
眼帯を取り外し、気恥ずかしげにはにかむメルティ。行き交う雑踏が突如として彼女へと一斉に視線を注ぎ込む。
「…………っ」
彼女の右目は、潰れていた。
失明していることは一目瞭然だった。焼け爛れて、年頃の少女らしい健康的な桜色の肌がその一部分だけ黒く変色してしまっている。恐らく炎の魔法によるものだろう。目から全身に広がるような炎熱系魔法を無理やり押しとどめた、といった普通じゃまずありえない傷の負い方。
その枷は、この歳の少女には余りにも重すぎるだろうに。奇異の視線に晒され苦笑を浮かべつつも、メルティは悲嘆に暮れてはいなかった。
「あはは、やっぱりまだ慣れないや……。気持ち悪い、よね。出来るだけお兄ちゃんには見せたくなかったんだけどなあ」
「そんなことは――……メルティは、メルティだろ。見た目だけじゃ、それは変わらない」
慰めにもなっていないのだろうと自分でも自覚していた。下手に取り繕おうと、それはメルティを傷つけてしまうだけだと。この子は人の心に敏感だから。
「うん、ありがと。でも、わたしを庇ってあの子を殺したことで、ずっと悩んでるお兄ちゃんを見るのは……辛いよ……辛いんだよ……」
ああ。その言葉で全てのピースが嵌ったように、理解をしてしまった。
この世界の俺は、きっとメルティかミラかの二択を迫られて。戦いの中で傷ついたメルティを見て激昂し、ミラを殺したんだ。この手で。迷う暇すら無く。怒りに我を忘れて。
俯き、肩を震わせるメルティ。路地に吹く風でたなびく髪の奥に覗く瞳からは、燐く雫が頬を伝って流れていた。
「だから、ね……? お願い。忘れよ……? もう戦いは終わったんだよ。お兄ちゃんが傷つかなくても良い世界を、わたし達は手に入れたんだよ……」
とても酷な「お願い」だった。
メルティは何も悪くない。悪意があるわけじゃない。彼女が本心から俺を心配し、涙を流してくれているのは分かっている。けれど、その願いは――未来の世界を、ミラとの絆を、捨てるのと同義で。
「……ごめん。わかった、とは言えない。忘れることは出来ない思い出だから。でも……メルティがそう言うなら、努力は……するよ」
絞り出すような回答だった。
この世界が例え泡沫の夢の中だと解っていても、メルティの想いをないがしろにするわけには……。板挟みだった。この世界から出る方法、条件が分かっていない以上、アトラやメルティ、仲間との生活を捨てきることも出来ない。見ることが叶わなかった光景だとしても、そこにいる皆には幸せで居てほしいから。
「そっか……。うん、でも今はそれでも十分。お兄ちゃんがちょっとでも元気になってくれるなら、わたしはそれで嬉しいから!」
眼帯を元の位置に装着し、満面の笑みを見せるメルティ。
心が、痛かった。いっそ今の境遇を打ち明けようかとも考えた。きっとメルティなら傷を癒やしてくれるんだろうと、縋りたくもなった。けど、駄目だ。思い出は思い出のままにしておきたかったんだ。
その後、何事もなかったかのように振る舞うメルティと市を見て回った。
相変わらず彼女の興味を惹くのは魔道具や魔術書ばかりで、服やアクセサリ類などは勧めても「似合わない、必要ない」の一点張りだったが、日が暮れかける頃に「眼帯、可愛いの選んでよー」と誘われたのには驚いた。とても俺にセンスがあるとは思えないが、選んだ眼帯をプレゼントするとメルティはとても喜んでくれた。
早速、新調した眼帯に取り替えて街を闊歩するメルティアの歩調は、どこか軽快で。
「良かったのか? それ、そんな上質なものじゃなかったし……。や、俺から見たら似合ってるんだけどさ」
「いいのいいのー♪ お兄ちゃんに選んでもらった事が何よりのプレゼントだよ。それにうさぎの形で可愛いしね。あまり可愛いのは持ってなかったから、嬉しいよっ!」
……このままでいいんだ。ほんの僅か与えられた夢のような時間なんだから。
せめて楽しもう。俺が帰ることを許されなかった世界を。
日が沈んでいく。
二日目が、終わる。
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「さぁ! 今日はちゃんとはたらくよー!」
お、今日はまた随分とやる気だな。朝もまだ早いと言うのに。
こうやってかつての仲間の様子を見たり、一緒に旅できるのは凄く喜ばしいことなのだけれど。
――ふと思った。
いつ終わるんだろう。
この記憶の世界の終わりはいつ訪れるんだ?
思い返せば、前回のエルメリアは体感にしておよそ三十分にも満たない世界だった。
だが今回はどうだ。もう既に三日経っている。
この差は一体なんだ?
再度、この世界と前回の世界の差異を思い返す。
前回の世界の最期、酷すぎる光景に絶望して俺は自死を選択した。その後、どうなった? そうだ、元の世界、ミラやセトラ達のいる世界へと意識が戻った。加えて、メタトロンはそれが俺の辿るべきシナリオとでも言うように語ってみせていた。
だとするならば……俺が死ぬまでこの世界は終わらない?
俺の解釈が間違ってなければ、ここは本当に在ったはずの可能性の世界だ。決してあいつが、あの天使が作り出した世界じゃない。だから……今見てるアトラの姿も、鼓膜をゆらす声も、全て虚飾ではない。真実なんだ。この世界はあいつが俺に見せているわけじゃない。可能性の世界の一つに俺を放り込んでいるだけなんだ……!
この考えが正しいなら、次に俺の意識があちらへと戻るのは何年後だ? 五年? 十年? いや、もっと先かもしれない……。この世界に進むべきだった俺が辿る末路を経てようやくこの世界の再生は終了とされる。だとしたら俺は、いつまでもあいつらのことを忘れないでいられるだろうか――。
「さ、行こっ!」
置いてきた未来の仲間に後ろ髪を引かれる。
だけど、差し出された手を、拒むことはできなくて。
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この世界で目覚めてから五年が経った。辛うじて、まだ元の世界に対する未練は残っていた。何度か自殺を試みもしたが、やはり定められた運命以外の死を受け付けてはくれないらしい。死ねば死のうとするほど、俺がこの世界にいるべきではない存在だということをありありと見せつけられるようで。その内自ら命を断つことを忌避するようになっていた。
と言うのも、未開の地の探索、世界を滅ぼすほど強大な敵との対決など、ここでの生活は退屈する日がある方が珍しいくらいだからだ。戦いがあり、涙があり、仲間と笑い合う団欒があり。
日に日に薄らいでいく気持ち。この世界は、だって。昔の俺が渇望した世界そのもので。
アトラ、メルティ、リヴィア、ノワール、ノイン、ヴィント、シャイラ。愉快な巫女と賢者の仲間たちに囲まれて、昔のように冒険へ――。
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――――――。
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あれから何年が経っただろう。アトラは大人びて。それでもなお、落ち着いた外見に似つかわしくない探究心を持ち続けて。俺達は相も変わらず振り回されている。
――ああ今日もまた。
「今日はどこへ行くんだい、アトラ」
「そうねぇ……。今日は西の方で面白いことが起こりそうっ! ヘズ、メルティ、付いてきてくれる?」
帰るべき場所。「シロ」ではない、本当の俺の居場所をようやく見つけた。
「ああ……もちろん。な、メルティア」
「うん、どこまでも、いつまでも。旅は終わらないよ」
いつものように幸せな一日が始まる。
いつまでも、いつまでも。この生命が続く限り。
まあ、シロ編でこのエンドを辿ると大局的に見て後の世代が困るんですけど。主にライトくん(知る人のみぞ知る旧作の主人公)、新作の子あたりが一番被害を被りそうです。
と、主人公の本名が出てきたところで、少し解説。というかその後の補填でも。
・メルティアちゃんはシロが生きているため、エルメリアを建国しません。
・アトラもまっとうに(?)生き、生を終えます。巫女の力はアトラで絶えます。
・魔族は全滅、種として星から消えます。
・上記に起因するとある理由から天使たちも活動を行いません。
・シロがどっちを伴侶にするかは置いといて、息子や孫に囲まれて超ハッピーに死ねます。よかったね!
割といいこと尽くしなき気がする……だけです。
では、また次回で。次は一週間で書き上げたいなぁ。
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