Q.68 天使の都
割と短めです。
なんでかと問われればブラウザバックしてデータがどっか行っちゃったからなんですけどね。
一段、また一段と上り詰める。バルコニーから見下ろす地上がどんどんと小さくなっていく。ガーデン方向は……ここからでも相変わらず霧の中。魔界方向には巨大なミカエルが。位置を変えていないって事はきっとあそこでまだガブリエルが――。
……。
迷いと後悔を振り切る。
可能なことならば今すぐ引き返して力を貸してやりたい。天使状態のガブリエルとの共闘なら辛勝にまでは持っていけるだろう。だけどその後再びここに戻ってこれるとは限らないんだ。……それに。テラさんもガブリエルとは逆方向で天使を食い止めている。それに付随してソルレーヌとルミエールも行方不明。どちらかを救ってどちらかを見捨てるなんて……できない。それだけは避けたいんだ。あとから後悔するのは、とても、とても嫌だから。
だったら、両方が助かる方法を……!
「大丈夫。きっと間に合うよ、シロ」
そう言うと、ミラは優しく抱きしめてくれた。と言っても身長の差から腰よりも少し上辺りに手を回して来たため、抱きつかれたと表現したほうが正しいかもしれない。母親が子にするような包容とは程遠かったが、それでも十分と心が落ち着いた。
「ああ、ありがとな……」
「はいそこ、いちゃいちゃしない」
「い、いちゃいちゃなんてしてないわよ! こいつがガブリエルの事でずっとうじうじしてるから……!」
「なっ! うじうじなんてしてねーだろ!? 単に心配なだけだ!」
「はいはい。二人も感じてるよね? 頭がおかしくなるくらい魔力の濃度が上がってるんだから、気を引き締めて」
セトラが言わんとしていることは既に体で感じ取っていた。はっきり言って異常だ。今まで戦ったどの天使よりも魔力量を上回っている。ラグエルよりも、ラファエルよりも、ガブリエルよりも、サリエルよりも、そしてミカエルよりも。
バルコニーの回廊は終わり、外の景色は遮断される。入ったときと同じく暗闇の中を模索して登っていく。誰も言葉を発しようとはしなかった。それは、蛇の体内に飲まれていくような感覚。暗く昏い闇に身を委ねるのはミラとて恐ろしかったのか、暗闇を進む間は握った手を離そうとはしてくれなかった。
どれだけ登った頃だろうか。長く続いた階段が急に途絶えた。光が刺し込み、ようやく広間に出た――と思ったのだが、そこに広がっていた光景は、想像していたものとはひどく異なっていた。
「え、これって……?」
「外……みたいだな」
何らかの魔法で外に放り出されたかと錯覚した。しかし背面の階段は、ここがまだ塔の中だということをありありと示している。
だと言うのに、眼前には外界と何一つ変わらない景色。空も、太陽も、土も、木も。全てが虚構のものとは思えない精巧さ。
「でもよー、何だかおかしいぜ? 塔の中にしてもここは……」
そう。ウェンの言うとおり縮尺がおかしいのだ。
いくら巨大な建造物である天使の塔とは言え、外観と内景で大きな差異が生まれてしまっている。現にここまで登ってきた時はそんな違和感は感じなかった。外から見た限りも、内部が異様に膨らんでいる部分なんて無かったしなぁ。
……それに。今まで感じていた異様な魔力もここに入った瞬間消えた。
おいでおいでと手を招いていたような気味悪さが消失したことこそが逆に奇妙。
「……あそこ。家……?」
入り口で手をこまねいていると、おもむろにフレイヤが一点を指差す。
木造の家屋。人間のものとも、魔族のものとも思えない、天使特有の意匠が凝らされた扉がゆっくりと開け放たれる。
「人型の……天使?」
現れた少女の姿は、ガブリエル達と何ら変わらない。服装や装備は――工兵……のような。わざわざ人型にあんな装備をさせる理由があるのだろうか。何か整備しなくてはいけないとか? だとしたらあの少女は何かしらの役割を与えられている?
「気づかれる前に仕留めるわよ、シロ」
今にも手にした魔力の槍を投擲しようとするミラ。こいつの血の気の多さはノルンの次によく知っているつもりだったが、まさかここまでとは。
「待て待て待て! どう見ても敵意は感じないだろ! それに……」
「もう、どうして邪魔するの!? あーわかった! どうせまた女の子だからって躊躇してるんでしょ
う! ガブリエルちゃんの時は大目に見たけど、もう我慢できないわ!」
「わ! ば、馬鹿! 切っ先をこっちに向けるな!!」
魔槍が放たれようとしたまさにその瞬間、遠く向こうで鐘の音が鳴り響いた。心が洗われるようなきれいな音色。その音を合図に天使の少女は遠方を見つめると、背中の翼を展開させて飛び立っていった。
「あ! 逃がしちゃったじゃないの!」
「ねぇねぇ~。あの子を追ってみようよ~」
と、ここまで半分寝ていたクアが急に会話に割って入る。
「ちょっとクアさん、何言ってるんですか?」
「ん~、勘?」
「……はぁ。あの、状況を理解していますか? 寝ぼけてません? 今はそれどころじゃないんですよ。下ではテラさんとガブリエルちゃんが戦っています。一刻を争うんです。さ、シロ、皆、行こう。クアさんの話を真に受けてたら世界が終わっちゃう」
当然セトラはその提案をよく思っていないようで、少々言葉きつめにそう反対した。俺の手を強引に掴み、天使の少女が向かった方とは別方向、発展していない森の方角へと進んでいく。
確かにセトラの言い分は正しいだろう。
だけど。
俺はセトラの手を振り解いた。
「ごめんセトラ。ここはクアに任せたい」
「シロ!? 正気!? わかってるよね、時間がないんだよ? 早くしないと二人が――」
「ああもちろんだ。でもこういうときのクアの勘は頼りになる」
クアの先祖、リヴィアもこういった窮地で天性の直感を発揮した。クアにも間違いなくその力は受け継がれていることは知っている。だったら賭けてみるのも悪くない。それ程に彼女の力は信頼に足る。
更に、想像が正しければ……あの天使の少女が向かう先には、多分。
・
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飛翔する天使を追いかけると、やがて一つの施設へと辿り着いた。
下の世界にはないような文明を卓越した風貌に、俺含め一同は圧倒されていた。
「……こんな施設を作るほどの技術を持っているのか」
汚れがないことを見せつけるかのような潔癖の白。半円の弧を描くような建物は
念のため気配を消し、天使を避けて侵入する。
内部には重要そうな装置群とそれを操作する天使たち。おおよそ百はいるだろうか、球状の施設内部を忙しそうに、縦横無尽に飛び回っている。
「ほら~! 大当たりじゃんセトラ~!」
「け、結果論じゃないですか! それにまだ天使に致命的な打撃を与えるような装置があるとは――」
「……! あそこ……あのきかいなら、わたし達でも魔法で……動かせそう……」
駆け足で装置に駆け寄ると、周囲の作業型天使を手際よく沈黙させるフレイヤ。おおう、意識だけ的確に奪うとは……。
「……はぁ。まあ結果オーライか。それにしても、フレイヤちゃんも随分とたくましくなっちゃったね。これは、シロが責任を取らなくちゃいけなくなる日も近いかもねー」
意地悪なことを言うもんだ。フレイヤが聞いたら本気にしかねん。今は頼むからやめてくれという視線を送ると、セトラは「はいはいすみませんー」と、そっぽを向いて警戒態勢へと移行した。
「……おにいちゃん、だめ。『六………起源魔法…………流転…………』、なにか書いてあるけど……これいじょう読めない……」
「……いや待て、その言葉何処かで……」
あれは、何処だったか。多分、アトラの伝言だ。誰の……? そう、確か、ルミエール。
内容は……『六の賢者による六つの起源魔法。その輝きは大地を潤し、再び流転を始めるだろう』だったはず。
「フレイヤ! 起源魔法だ! 発動の鍵は賢者六人の起源魔法に間違いない!」
「でも……でも、まだソルレーヌとルミエールお姉さんも来てない……っ!」
ちくしょう、ただでさえ時間がないっていうのに……ここに来て!
「シロ! 早くしないと見つかる可能性が出て来る! こんな施設があるんだから、当然そこを守る天使も――」
「そうだね。こういう重要部には守護者がいるのが鉄板さ」
「――っ!?」
背後。突如現れた純白の青年。髪も肌も、瞳の色までも白。全てが白で統一された、誰かによる作為を匂わせる姿。
俺たちに向けて放たれた魔力は、間違いなくここに来る前に感じていた気味悪い魔力。こんな強大な魔力、ここまで接近していたら気が付かないはずないのに。それ程にこの青年の力が凄まじいということか。
「初めましてだねシロ君。僕の名前はメタトロン。七天の皆が随分とお世話になったみたいだ」
「くそ、七天は七体じゃなかったのか……!?」
「そうだね、七体だったよ。終焉のラグエル、天啓のガブリエル、雷霆のラミエル、黄昏のサリエル、神癒のラファエル、天光のウリエル、そして熾焔のミカエル。この七体で全てのはずだった。だから僕は番外個体にして最終個体に過ぎない。つい最近生まれたばかりだしね」
七天の番外、八体目の天使……!
「さあ、始めよう。生命とは何なのか。その価値は星よりも重いのか。この世界に生まれたばかりの僕に教えておくれよ」
白杖をこちらへと突きつけるメタトロン。
これで……最後。ならば引き下がる理由などない。
「幻想展開――仮想魔法・剣!!」
ここまで道を切り開いてきた剣を手に取る。
いつも戦ってきた。メルティとアトラから託され、ミラやシャド、そしてあいつから受け継いだ俺が俺である証。
「ああいいぜ、見せてやるよ。ここまで皆で紡いできた、生命の可能性ってやつを!」
馬鹿な……あれで終わりじゃなかったのか……!
って感じの八人目さんの導入回でした。
実はこのタイミングで彼が生まれたのも理由があったり。
天使がどう生まれるのか等、その辺はおいおいと。
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