Q.66-B 摂理と背理
Q.66の2/2。
こっちは真面目に天使戦。
「俺の後ろへ下がれ!!」
「ぬおぉぉぉおぉおおおっっっ!!」
ちっくしょう……! なんて重い一撃だよ……!
見よう見まね、紛い物の防護魔法じゃいくら魔力があっても足りない……!
「力を貸すぜシロ! 燃え盛り猛る風、凍てつき守る風!」
ウェンの魔法によって吹き荒れる二種の風。それらに身を委ねるだけで自ずと防護魔法の魔力量と対魔力がぐんと上がる。
……だが、まだあと少し足りない。
「シロ、手を握って!!」
後ろに下がらせたミラが、いつの間にか隣りにいた。「私の魔力もあげるから!」と、手を差し出してくれる。
俺は、迷うことなくその小さな手をとった。
「「いっけえぇええええ!!」」
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天使の一撃は深く重い魔界の闇夜を割いた。
結果から言えば、朝日よりも眩い熱線は既の所で弾くことができた。分散した光の帯の多くは城門へと突き刺さり、軌道に沿ってポッカリと開いた穴からは魔王城が顔を覗かせている。
最早「消滅」に近い質量を持った攻撃。天使の力を一括りに魔法と呼称していいものか躊躇われるが、あれが魔法だとしたらおよそ数億の魔力を秘めている。圧倒的な魔力の密度に、魔王軍の多くは呆然と立ち尽くす者で溢れていた。逃げ出すわけでも、叫び出すわけでもない。只々今起きた事象を眺めるのみ。それも当然だろう。俺はともかくミラですらこんな規格外の攻撃は初めてなのだろうから。
「ファレグ」のような熱光線収縮胞とは比べ物にならない、力の暴力。純粋に魔力の差が勝負を分けんと言わんばかりの先制攻撃は、きっと戦意すら根こそぎ刈り取ったに違いない。
「ほう……。今のを防ぐか」
「そう簡単にやられるわけにはいかねーからな。生憎、約束したことが多すぎてもう引き下がれないんだ」
「そーよそーよ! あんたみたいなデリカシー無さそうな筋肉ダルマに負けて、はい世界終わりーなんてつまらないんだからっ!」
おお……いつもの五割増しくらいで口が悪いぞ、ミラよ。
「だからさっさと退きなさい。てか退け」
「て、事だ。俺達があんたの相手するぜ。本当に人類、悪魔、数多の生命が消える定めに等しいか、その目で見極めると良い」
手でノルンに「先へ進め」と合図を送る。
一瞬たりとも目を話せない相手を前に、いちいち確認なんてできなかったが、どうやら躊躇うことなく先に進んでくれたみたいだ。姉と違って話が分かる妹で助かる。此処に残ってもらっても正直巻き込まない自信がないからな。だったら脅威が此方に集中している間に少しでも先に進んでもらったほうが良い。一緒に戦うのは俺達四人で十分だ。
どちらにしろ天使最強と謳われたこいつを退けないことには、未来はない。
だったら――。
「堕としてやるよ、今此処で」
精製した剣をやつの首目掛けて向け、構える。セトラとは最小限の魔力消費で行くって約束したが、どうやら守れそうにないな。あとでちゃんと謝らないといけない。
「不遜な……。貴様等星の病が消え去ることは最早確定事項! 地上に蔓延る汚物共よ、我が神の炎で熾火となることを覚悟しろ!!」
燃え盛る炎。それらに包まれて……いや、あれは体自体が燃えているんだ。あの炎全てが魔力の塊と思うと末恐ろしい。恐らく俺が見てきた中で最も優れた炎魔法の使い手であるフレイヤでさえ、あの純度の炎を常に生み出し続けるのは不可能だと断言できる。
やはり敵は天使。生半可な覚悟じゃ呑まれてしまう。
「先手、貰ったぁーっ!!」
対、天使。
我先にと飛び込んだミラに次いで飛翔すると、不思議と初めて人形と戦ったエルメリアを思い出した。
フレイヤを弄んだラグエルに対して激高したミラを前に、あの時は何にもできなかったなぁ。ミラがふっ飛ばされた時は、一緒にふっ飛ばされてたっけ。思い返すだけで情けなくて穴に入りたくなるけど。
――今は、違う。
俺は多くの人から力を譲り受け、ミラは葛藤の中で力を取り戻した。
「うぐっ!」
圧倒的な魔力の渦に弾き飛ばされたミラを空中で受け止める。
痛かっただろうにミラは何だか嬉しそうだ。痛みなんて知ったことじゃないような、そんな感情が共有され流れ込んでくる。
肩を並べて戦えることの喜びをしかと噛み締めながら眼前の強敵へと向き直る。
「さあ、見せてやろうぜ!」
「私達の全力ってやつを!」
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「うらぁ!!」
「ふんっ!!」
戦い始めて数分。
圧倒的な力の差を突きつけられる事となる。
「くっそ、何なのよあの魔力抵抗! 純粋な魔法も錬成武器も傷一つ付けられないっ!」
この数分で相手の懐に潜り込むくらいには順応した。幸い、ミカエルの攻撃はとんでもない破壊力の代わりに割りと避けやすい。ガーデンでガブリエルを貫いた極細の光線にさえ気を配っていればまず当たることはない。
しかしミラの言うとおり、こちらも既に数回切り込んでいるのだが一向にダメージらしきものを与えられてない。外傷がないどころか手応えすら感じない。
「おにいちゃん! わたしが知ってるときよりも遥かに魔力抵抗が上がってるみたい! 打撃主体で攻めるしかないよーっ!」
この展開は敵の内情をある程度知っているガブリエルでも想定外だったみたいだな。
打撃と言っても、純魔族のミラの攻撃を食らっても根を上げないんだぞ? 一体何発打ち込めば良いのやら。それに加えてこっちは一撃でも食らったら即アウトだしよ……!
「ミラ、近づくぞ!」
「そのつも、りっ!!」
弾丸かと見間違える速度。ミラに追随して宙に浮かぶミカエルへ接近する。
まずはあいつの周りを渦巻いている炎。こいつは規則的な動きだから避けるのは容易い。
更にミカエル本体から発射される熱線。これも動きが直線的な分、発射さえ見切れば避けられる。いける。届く!
「行けミラ! ありったけを持っていけ!」
「腕に完全強化だ! 受け取れミラちゃん!!」
俺とウェン二人分の魔力を注ぎ込む。地上最強の悪魔の、文字通り最大威力の攻撃。右手に一点集中したどす黒いまでの魔力を纏い、殴る!
「この一撃で決める……っ!! ふっ飛べぇ――ぇ?」
「させんわっ!!」
熱波。単純に言えばその類。だがしかし、威力が俺の知っているものと乖離していた。
体に熱波による波状攻撃が当たったと気がついた次の瞬間には、岩場に叩きつけられていた。
体が、熱い。骨は燃えていて、肉が焦げているみたいだ。
やばい、避けないと。次の攻撃が……来る!!
「えいっ!!」
ガブリエルが魔力遮断の効能を秘めた煙幕を張る。
見失ったのか、直ぐには攻撃は訪れなかった。何にせよ助かった。サンキュ、ガブリエル。
「ええい! 人間に身をやつした裏切り者めがっ!」
「ふーんだっ! 脳みそまで筋肉でできてそうなミカエルにはわたしの気持ちなんてわかんないもんっ!」
「そこかっ!!」
とてとてと俺とミラの方へと駆け寄ってくるガブリエルの直上を掠める光の帯。
「ばーかっ! 外れだよー!」
うお……ヒヤヒヤするぞ。危なっかしい事しないでくれ……。
回復用の霊草で作った飲み薬を飲ませてくれると、立て続けに話し始めた。
「おにいちゃん。わたし、試したいことがあるのっ!」
・
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「行く……ぞっ!」
軋む体、ミラの翼も一部が欠け、俺のオフィエルも明滅して何時消えてもおかしくない。
後ちょっとなんだ、保ってくれよ……!
まずは第一段階。纏った炎の渦を潜り抜けつつやつに接近する。
「ミラ、右だ!」
「おっけーっ!! そっちは任せたわ!!」
接近を拒む炎渦を乗り越え、懐に潜り込んでの第二段階。
二人で奴を中心に点対称。迸る豪炎の攻撃を避けつつ空間を縫うようにして旋回する。
もう既に剣を振るえば刃が届く距離。だが、まだだ。まだ撹乱し続けろ――!
「小蝿がうろちょろと……小賢しいわっ!!」
――来たっ!
ミカエルが、自分を中心に軌道を描く俺達二人に対して熱波による波状攻撃を発動する。
「今だ、ガブリエルっ!!」
波状攻撃が到達するほんの僅か前、一秒にも満たない一瞬。
投げ込まれたガブリエル謹製、「魔獣だろうが何だろうがとりあえず良く効く特製爆弾」が想像を遥かに超えた爆音を立てて炸裂した。
再度吹き飛ばされ、そこらの岩肌に叩きつけられる。
あーいてぇ。絶対火薬の量間違えてるだろ……。ソルレーヌの奴、ちゃんと見張っとけとあれほど言ったのに……。隣のミラなんか意識失ってるんだぞ。これはガブリエル、ソルレーヌ二人共脳天ぐりぐりの刑だな。
どうやら波状攻撃の余波で、ウェンも腹部に傷を負ってしまったみたいだ。苦しそうに吐血しながら喘いでいる。これで俺達は一歩も動けないな……。
だが、これで。
――――捉えた。
第三段階!
ミラと二人、互いの間に展開させておいた鎖を煙が晴れない内に実体化させる。撹乱していると見せかけて縦横無尽に、雁字搦めに巻きつけておいた魔法の鎖。
体に傷を与えるのは無理でもこれなら……!
「ぐ。次から次へと小細工ばかり……!! だが、これが何だというのだ! こんなの数秒あれば――?」
流石に違和感に気づいたか。しかし、もう遅い……!
仕上げだ、と言わんばかりにウェンが抜いた爆弾の安全装置を見せつける。血に塗れた口を歪ませ、勝ち誇った顔でとっておきの魔法を解除した。ウェンの隣で慌てふためくガブリエルの姿が掻き消されていく。
「蜃……気楼……による幻影!? ガブリエルは! ガブリエルは何処だ!?」
「残念だったねぇー。おにいちゃんは確かに強いけど、天使を殺すにはやっぱり天使じゃないとねぇー♪」
大きく目を見開いたミカエルの胸部から真っ赤な何かが勢い良く生えた。
あれだけ硬かったあいつの皮膚を、背後からいとも容易く突き刺す少女の腕。
翼を生やしたガブリエルが、人間で言う心臓部を穿っていた。
「ガ……ガブリエルッ……貴様ァ……!! 何故元の姿に戻っている……ッ!?」
――――人神悪魔反転炉。
俺が唯一使いたくなかった神殺しの奥の手。高すぎる魔力抵抗のお前にこの魔法は使えないが、人間のガブリエルならどうだ?
元はといえば彼女も天使。本来、人や悪魔に使おうものならば、高位の存在に干渉する為に自我を保てないが彼女は例外だ。一度天使から人の体へと生まれ変わった、この星きっての特例事項。だとしたら適正があっても何もおかしくない。いや、本当ならあって然るべきなんだ。
……だからこそガブリエルにはこの魔法を再び使いたく無かったんだけどな。
「これでぇー……終わりっ!!」
天使の核と呼ばれる部分を的確に掴み取ったガブリエルは、煌めく黄金の多面体を一思いに握りつぶす。
パキリ、そんな甲高い音が響くと、ミカエルの体が端の方から徐々に黒ずんでいく。
「おのれぇ……ッ! 貴様等人間に負けるなどあってはならん! 在りえぬ在りえぬ在りえぬわ!!」
「わたしは解ったんだよ、ミカエル。心を完全に理解できないわたし達じゃ絶対に勝てないんだってね……」
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黒き灰になり、チリチリと燃え尽き風に流されるまで、ミカエルは怨嗟の声を上げていた。
それは執着か、あるいは――。
「いぇーい! やったねおにいちゃんー! 作戦大成功だねぇー!」
「ほんと今回ばかりはラグエル戦同様に死を覚悟したわ……」
「まーまぁー、上手く行ったんだから喜ぼう、ミラおねえちゃん! ね?」
目の前ではしゃぎまわる少女のような、人の心を理解できなかった故の慟哭か。
……さて。
「じゃあ、人の体に戻すぞ。正直俺は一刻も早く戻って欲しいからな」
あまり長く天使に馴染むと戻れなくなりそうで気が気じゃないんだ。
「あ、ちょっと待ってぇー! 折角天使に戻ったからやりたいことがあるの!」
「やりたいこと……?」
あれだけ人の体を望んでいたガブリエルがわざわざ天使の体でやりたいこと?
「ん!」
おもむろに手を差し伸ばされる。
「ん?」
「と・ぶ・の!」
がしり、と掴まれた手。流石天使状態なだけあって全然離してくれそうにない。
そのまま体から重さが抜け、彼女に引っ張られて風を切り浮かんでいく。
「まさかもう出来ないって思ってたことができるなんて! 最近ラッキーだよぉー!」
上昇上昇、更に上昇。魔界の雲さえも突き抜けて。
ここにくる前の意趣返しということだろうか。今度はガブリエルに連れられて空の果てまでやってきた。
「おぉー。めちゃくちゃキレイだ」
前見た青空とは違う、日輪に照らされ白と金が混在する空間。
黄金色の太陽が、大きなことを成し遂げた報酬のようで。
俺達は、誰よりも高い場所で朝を迎えた。
「じゃ、このまま塔まで飛んでいこうかー」
「だめだ。ちゃんと人に戻すからな!」
「ぶー、ケチぃー。ほら、羽とか輪っかとかあってかわいいよ?」
他の天使と比べると心なしかふわふわとしたデザインの羽を見せつけてくる。
この辺り、天使の深層心理を反映していたりするんだろうか? 今のガブリエルはそれこそ童話に出てくるような意匠なために確かに愛らしい。というか可愛いから困ってしまう。
「ほらほらぁー。ほらほらほらぁー」
「う……確かにいつもとは違ってこれはこれで――」
「シロぉ?」
鋭い視線。ウェンを持ったミラが不満そうに半目で睨んでいることに気がつく。
久方ぶりに眼で殺されると恐怖を覚えた。
「だめだな! うん、良くない! 羽と輪っかの衣装買ってあげるからそれで我慢しような!!」
「あ、そこは譲れないんだねぇー」
ニヤニヤと笑う少女。
「じゃぁー塔に着くまではこの姿で居てあげるっ!」
「ま、まあそのくらいなら良いか。けどもう戦闘させないからな!」
「えへへっ、あーりがとっ!」
憎たらしい笑顔だったけれど、そこに人らしさを感じて何だか微笑しくなってしまった。
・
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塔が段々と近づいていく。
これから最終決戦へと向かうというのに、空はきもき悪いくらいに晴れていた。……どうやら向こうは天候が荒れてるみたいだ。セトラ達……上手く行ってると良いけどな。
「さぁて。おにいちゃん。そろそろわたしと……お別れだね」
「……? ああ、天使の姿のガブリエルにってことか。でもまだ塔まで距離ある、ぞ――」
一瞬、訳がわからなくなりながらも、彼女の独特な表現を噛み砕く。
しかし、どうやらその意訳は間違ってたみたいだと話途中に気がついた。悲しそうな表情を浮かべ、頬には一筋の涙が流れていたから。
「……叶わない願いだったけど、それを叶えてくれたおにいちゃんには本当に感謝してる。だから、掴んで、未来を」
投げ捨てられた一通の手紙。地面に落ちたそれは彼女の能力。未来を見通す、未来からの手紙。
『わたしは、これから天使ミカエルと相打つ。ちゃんとお別れ、済ませてね?』
「数分後のわたし、ちゃんと覚悟する時間をくれたみたい。えへへ、同じ自分なのに感謝しちゃうかも」
俺、ミラ、ウェンの周囲の空間が固定される。
天使の魔法を行使する暇さえ無かった。それ程に唐突な出来事。
「お、おい! 何してんだ、ガブリエルっ!!」
「シロっ! あれ!!」
ミラが指差す先、太陽を背後に携えた超巨大なミカエルが……。
おい、まさか――!!
「じゃあね。ミラおねえちゃん、ウェン君。そして――」
少女は振り向き、強大過ぎる敵を正面に捉える。
「シロ。わたしは貴方のこと……大好きでした」
笑顔だった。いつも笑いかけてくれるような朗らかな顔で、突きつけられる現実。
それは、あまりにも急な別れと告白だった。
抵抗できない力で、塔へと引き寄せられる。
どんどん、どんどんとガブリエルが遠ざかっていく――。
ああ、書くのが辛い……。
最初に彼女の能力の設定をしたときから、ずっとこの展開はどっかで入れようって思ってたんですけど、いざやってみると心に来るものが……。
未来の自分から手紙が届くって、割と不安でしかないです。
自分は絶対に使いたくないなぁ。
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