Q.65 アウトブレイク・オブ・ウォー
会話少ない分文字が多いかも……、なんて思ったけどそんな事もなかった回です。
「では、今一度作戦の確認をしましょう!」
魔界へ辿り着いて二日。セトラと事前に打ち合わせておいた約束の日が始まった。
日も登る夜明け前、城門前に集められた魔王軍の中に混じって一段高い場所にいるノルンの話を仰ぐ。
「我々、対天使人類魔族連合軍は本日正午に国境を突破します。距離的には恐らく人類軍側はもう既にガーデンより出発している手はず。それに目的地近辺で互いを視認、ないし合流できるように我々も出発します」
この作戦を立案したのはセトラだった。
塔への接近にはまず自立型の天使との接触は避けられない。無論倒せない相手ではないが、先の天使との数回の戦闘から無駄な魔力を消費している余裕などないと彼女は判断した。塔という形状を取っている以上、階層ごとに人形の天使、「七天」と呼ばれる個体がいてもおかしくはないからだ。
現在、「七天」はラグエル、ガブリエル、サリエルを除いた四翼。内ラファエルはガブリエルによると神とは理由こそ不明だが敵対関係にあるらしい。更に魔界でセトラ達と交戦したラミエルは、一代前の魔王であるロノウェに連れ去られたまま行方不明。いや、正しくはロノウェが行方不明だからそれに追随して消息が分からないというのが正しいか。
とは言え、ありがたいことに戦うであろうことが確定しているのは残る二翼。ガーデンで一度目視にて確認したミカエルと、ガブリエルからの情報でしか聞いたことのないウリエルのみとなった。だが、これも最高戦力が「七天」ならばと仮定した場合の話だ。ガブリエルたちでさえ知らされていない「奥の手」がないとも限らない。その為にもやはり魔力を自立型で消費するわけにはいかないといった結論に落ち着いた。
そこで協力を仰いだのが人類最強を擁するガーデンと、精鋭揃いの魔王軍だ。残念なことに人類魔族共に天使たちと互角に渡り合える力を持つものはごく少数。恐らく数にして百にすら満たないだろう。それはセトラと初めて会ったときの損害を見れば明らかだろう。彼等とてガーデンから派遣された腕利きの傭兵だった。それを超える実力者となるとやはり数えるほどしかいなかった。僅かながらも数を以て制す。それが過去数十万の自立型天使を同時に進行させた奴らに対する、この星に生ける命が行える最大の抵抗だった。
更にその全体を、それぞれルミエールとウェンの支援系魔法で強化し援護することで自立型を足止めする。その隙に、チームホワイト(俺、ミラ、ガブリエル、ウェン)とチームピンク(セトラ、フレイヤ、クア、ソルレーヌ、ルミエール)は隊列から離れ小隊として塔へ接近するといった算段だ。ちなみにチームピンクの名前の由来は女の子ばかりだからだそうだ。一人男がいるがチームピンクがそれで良いのならばと、野暮なことは言わないようにと努めたのは内緒である。こっちのチーム名は言わずもがな。命名者はミラだった。単純明快でよろしい。
異なる方角からの一斉侵略、タイミングさえ合えば相応の効果はあるだろう。
「この戦い、きっと多くの血が流れるでしょう。……本来、指揮官がこんなこと言うのはおかしいのでしょうけど……私は戦いが嫌いです」
「ちょっ、あの子こんな時に何言って――!」
やはり上に立つものとして物申したいところがあったのだろう。ミラは驚きと心配が入り交じった表情で壇上の妹を視線で射抜く。
しかしミラの声など当然届くわけもなく、なおもノルンは話し続ける。
「痛いことは嫌ですし、悪意を向けられると怖いです。でも……大事な人が死んじゃうのは何よりも耐え難いんです」
……。それは指揮官の言葉というよりは、一人の女の子の悲痛な叫びだった。
そうだよな。ずっと魔界の図書館で一人姉の帰りを待っていた女の子が、ある日突然世界の命運を分ける戦場に放り出されるなんて思ってもなかっただろうに。
少し、同情してしまう。無自覚の内に強大な力を持たされてしまったフレイヤやガブリエルと、境遇が似ているようで。
だがしかし、彼女は弱音を吐いて終わることだけはしなかった。
「――だから、私に力を貸してください。大切な人を守るためには貴方達の力が必要です。……逆に、貴方達に守りたい人がいるならば、私は自分の力を使うのを惜しみませんから……どうか……!! どうかお願いです……」
静まり返る明け前の城門前、パチパチと燃える松明の炎だけが彼女を支持しているようで。
きっとこの子を信頼していないとかそういったわけではないのだと思う。王座の間を守衛していた魔族は確かにノルンを慕っていたし、此処に居る魔王軍も並の覚悟がなければ集まってないはずだ。
ただどう答えれば正解なのか、互いにそれを探り合っているように見える。
「……なあ、あの子、つい最近魔王になったばっかなんだよな?」
「ウェン? そうだけど……どうしたんだよ?」
どうしたのか、そう問いたのは彼の顔つきが険しかったから。
いつになく真面目な顔で、もしかしたら初めて見るかもしれないというくらいに真摯な眼差しで壇上のノルンを一点じっと見つめている。普段だったら「あの子可愛くないか? や、でも恥ずかしくて声かけれねー!」などともんどり打ち、ミラにうざいとど突かれる場面だが、今日のウェンは何処か違った雰囲気を纏っている。
周りの一同が俺と同様にウェンの違和を感じ取った所で、ゆっくりとしかれどはっきりと思いの丈を露わにしていく。
「オレはさ、皆も知ってるように賢者の力を持っても上手く使えなかった。……違うな、上手く使おうとしなかった。だから、あの子が今やってることがどれだけすげーことかってよく分かるんだよ」
すっと腕を上げるウェン。まっすぐに、天へと握った拳を突き上げる。
「だから……だから応援してあげたい」
周りの魔王軍兵士がウェンの行動を何ごとかと、奇異の目で見ているのを感じる。きっとそれは人目を極端に気にする彼自身がよくわかっていることだろう。
だが、直後兵士たちは仰け反るくらいに驚くこととなる。
ウェンが空気を大きく吸い込み、叫ぶ。
「頑張れー!! オレは力を貸すぞっ!! だからバックアップはよろしく頼むーっ!!」
劈くような彼の咆哮。もとい激励のエール。
魔界の霊峰に反響して木霊が返ってくるくらいに大きな声は周囲を困惑の渦に巻き込んだ後、
「が、がんばれノルンーっ!! 私も応援してるから!!」
「よろしくおねがいしまーすっ!!」
ミラ、ガブリエルへと伝播して、
「頑張れー!」「全員で帰るんだ! 私も力を貸すぞっ!!」
「頼りにしてるぜ、新しい魔王様ー!」「護衛は任せて下さいね!」
やがてぽつぽつと上がった声達は、周りの兵士たちを巻き込んで大きな渦となった。これが彼の風の賢者としての人心操作魔法のなす技なのか、それは分からない。ただ、繋いでいたミラの手にぐっと一瞬、力が入ったのは確かに感じた。
ああそうか。
もしかしたら、バゼッタ家とメギドラ家、その他多くの分家の心が魔界史上初めて一つになったんじゃないだろうか。此処にはノルンを応援しない、彼女の願いなど聞き入れない、そんな奴は少なくとも俺の視界に入る内にはいなかった。元魔王として、そして姉として。ウェンの生み出した熱がどれほどミラの心を揺さぶったのかは正しくは分からない。
「シロ。あとであいつに『かっこよかった』って言っといて」
自分で言えばいいのに。その言葉を飲み込んで、ああ、と一言だけ返事する。
更にその後一度大きく息を吸った。
さっきウェンがやったように、俺も。
「……俺もだ!! あんたが絶対にシャドと幸せに暮らせる世界を見つけてやるから!!」
伝えるのに時間はかからなかった。
これから戦い始めるというのに、曖昧な約束を残すことなどしたくはない。けれど本来ならば成し得なかった約束は既に言葉に出ていて。渦巻く声援の一部となったその声が、ノルンにも届いたのか、ふと嬉しそうな笑みをこちらへと向けて浮かべられた。そんな気がした。
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「全軍に次ぐ!! いよいよ我等人類軍は安全領域を超え、神聖領域へと踏み入る!! だがしかし! 元より何も恐れるものはないと識れ!!」
見晴らしのいい丘の上、朝日を受けて開けた視界の先には丁度あの塔がそびえ立つ。
テラさんの言葉を受け、奮い立つ人類軍。びりびりと空気の振動が肌に伝わってくる。
うおぉ……。さっすが王様ですね。
夜明けを告げたのはテラさんの号令でしたか。
「我々は人類に残された最後の灯火だ! 幾星霜の年月を先人たちが歩んできた歴史の結晶だ!」
その言葉もこの人が言うと重みが増しますね。人類全ての技術を束ねるテラさんだからこそ、ここまでの指揮力を得ていると思います。
私がガーデンへ頼みに行ってから二日。まるで私がこのタイミングで仕掛けることを予見していたかのように、一日足らずで人類軍の精鋭を出撃態勢にしていたのは流石と言わざるを得ませんでしたし。きっと魔界はこれほど統率が取れてないでしょうね。シロ達は大変です。きっとあっちでミラ様とイチャコラしながら悩んでることでしょう。……もっと悩むと良いと思います。フレイヤちゃんも同じことを思ったらしく、目配せで「ねー」と同調してくれる。
おっと、王様の話に集中しなきゃですね。
「我は決してそれを絶やすことはしない!! この星に生きてきた全ての命に誓おう!!」
そう告げた瞬間、朝焼けよりも鮮明な光の粒が大気を満たした。
大地から、星から生み出された魔力の根源が共鳴している?
「王様……星に愛されてる。サラマンダーが『あそこまでの器は珍しい、力を貸す』って、応援してくれてるよ」
「あ、自由に喋れるんだね……」
各魔法属性を司る精霊と会話できるフレイヤちゃんも十分好かれてると思うんだけど……。
そして王様はさも当たり前といった調子で更に続ける。
「人類王、テラ・エルド・アールグランドが告げる!! 今日という日を超え、我々には輝ける未来が待っていることを確約する!!」
確約、そう言える辺りあの王様らしさが垣間見えますねー。敵に回すとこの上ない厄介さながら、味方に付いたときの頼もしさは……まあ認めたくないですけど凄まじいものだと改めて認識しました。
「――いいや、それはちがうよ。そして君は人類最後の王さ。ここにあのこがいなくてよかった。きっと悲しむだろうから」
どこから聞こえてきたのか、突然そこに湧いて生まれたあどけなさの残る声。何故か鮮明に届いたその声に、あれだけ湧いていた歓声はピタリと止んでしまう。
……はぁ。魔力感知はやっぱり機能しませんよね。ある程度予想はついてましたけど。毎度毎度規格外過ぎて困っちゃいますね。
「セトラお姉ちゃん……くるよ」
フレイヤちゃんの警告に小さく一つ頷いて、目の前の脅威を警戒する。
「ごめんね。ボクが今日、人類を一匹残らず殺すから」
光輪を纏った純白翼の少年。目指すべき塔を前に、人類を滅ぼす天災を目にしました。
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それは、名を冠するならば突如現れた厄災と言える存在だった。
「結構な心意気だな。停滞した地上の害虫が、星を喰らう寄生生物が。ならば見せてみろ、貴様等の命に価値があるのかをな!!」
鳴り止まぬ歓声に呼び起こされた日の出を背に、人類を絶やす炎を目にした。
天使の人たちっていきなり出て来るの好きですね。3/7が奇襲とは……。
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