Q.63 天衝く塔、墜ちる涙
二週間ぶりの更新になっちゃいました。
夜風が心地良い。
魔界の荒んだ風もあれはあれで好きだけど、やっぱり空気は澄んでいる方がいいな。そう思っちゃうのは私の中から魔族としての要素がなくなりつつあるからだろうか。
私は心底自分が嫌いだ。
シロは何も悪くない。むしろわたしが拒んだのに、あいつはそれでもきっと追いかけてくれるんだ。そんな彼に甘えている自分が大嫌いで仕様がない。
指輪を強く握ろうが、繋がりは戻ってこない。
折角、やっとの想いで元通りになったのに……。
「ホントにやな奴だ、私……。他の皆が羨ましい……」
フレイヤみたいな慈愛がほしい。
セトラみたいな意志がほしい。
クアみたいな適当さも、ルミエールみたいな貞淑さも。
足んない。足んないよ……。粗暴で、横暴で、我儘で、臆病な私には何もかも。
こんな私があいつの隣で良いのだろうか。もっと適任がいるんじゃないか。
この姿になってからそう考えるのも、もう何度目だろう。
いつもそばに居てくれた彼がいないだけで同仕様もなく不安になる。
シロは、どうしたら私を好きになってくれるだろうか。
遠く空に聳える塔を眺める。
例えば、奇跡的に魔族の力が戻って。
例えば、その力であの塔まで飛んでいき。
例えば――私一人で神を斃すことができたなら。
「はは……」
荒唐無稽な筋書きに乾いた笑いが漏れる。
そんなことで彼が心惹かれるなんて、これっぽっちも思ってないつもりなのに。
心とは裏腹に、いいや、心の底ではそう思っているからこそだ。吸い寄せられるように一歩、また一歩テラスの先の夜闇へと近づいていく。大理石のタイルを踏みしめる度に視界に黒が広がっている。普段ならば明るく栄えているはずの人の温もりの光も、いまはない。
「…………ッ!」
自分の意志で、前へと上体を倒す。もしかしたら飛べるかもしれない。
神は殺すことが出来なくても、力が戻ったらシロの隣にいられるなら――。
目を瞑った私が次に感じたのは、ぐいと私の体は強く引き寄せられる感覚だった。
「あっぶねぇ……! ……バカなこと考えるなよ!」
「……っ! シロ……」
とてつもなく居た堪れなくなってしまってまた逃げようとしたけれど、今度は逃げ出すよりも早く抱きかかえられてしまった。
……動けない。恥ずかしさと惨めさで今すぐ消えてしまいたいのに。
「ふふふ、これで俺の動きを止めても逃げられないだろ」
「くぅ……んぅ……!!」
何故か得意げな彼。
いくら藻掻こうと、彼の腕は離してはくれなかった。それどころかもう逃さないとばかりに更に強く、どんどん強く、益々強く力が入る。
「……ぁぅ、しろ。ぃ、いたい。にげないから……はなしてぇ」
「あ、悪い」
辛うじて絞り出した私のお願いを聞き入れて、シロは優しく降ろしてくれた。
「ったく、これで何度目だよ。俺は魔王さま専属慰め係じゃないんだけどな」
気だるそうに頭を掻くその姿が不意に重なる。もう二度と会えないだろう彼と。
「どうせまた一人でうじうじ悩んでたんだろ?」
「うぅっ、そうよ! 友だちの前でなんて泣けないもんっ!」
本当はそれだけじゃないんだけど。それを言い出すには私にはあまりにも資格が無いように思えて。
こらえていたはずの涙が頬を伝ってしまったのがわかった。過去の私が見たらきっと笑うだろう。ぽつり、ぽつりと
現に目の前のシロは私の言い分が可笑しかったのか小さく笑っていた。
「な、何よっ!」
「あのなぁ、さっきのことなら気にしてないぞ。や、違うな。こっちこそ悪かった。友達の前であれは恥ずかしかったよな。反省したよ」
ほら、またこうだ。シロはずるい。
私がこう言われたら引き下がるだろうってところを見極めて、的確にそこを突いてくる。
「なんで謝るのよぅ……。わたしは……、わたしは……っ!!」
耐えきれなかった。今までの人生で、こんなにも大切にされたことなんてなかったし。
もちろんノルンやクロとの時間もあったけど、あれはあくまでも家族としてであって……。
「『なんで』って約束したからだろ」
ガーデンでの約束……。「ずっと側にいる」って言ってくれてどれだけ嬉しかったことか。
「でも――」
「『力になれてない』、『私には資格がない』なんて言うようならいよいよ怒るぞ、俺は」
「う……」
シロの言葉に先回りされて、言いかけた言葉がから回る。
「俺は覚えてる。ここの地下牢で顔を忘れた誰かと俺は確かに戦っていた」
「…………」
覚えてたんだ。意識なんてなかったはずなのに。
どちらかと言うと覚えてほしくなかった。きっとシロはまた考えなくても良い罪の意識に苛まれる。
「夢みたいな……靄がかかったような曖昧な記憶だけどさ。ミラが最後に庇ってくれたのははっきりと覚えてるんだ」
きゅっと大切そうなものを噛みしめるように、手のひらをゆっくりと握りしめた彼は続けて、
「ミラは十分に強いさ。咄嗟にあそこで飛び出して俺を庇えるんだから」
それは違うんだよ。
私がシロにいなくなって欲しくないのは自分のためだ。ひとりぼっち取り残された世界で生きていく自信がないから、未来における目標がなくなっちゃうから離れたくないんだ。
そんな私のどこが強いって言えるのか。
苛烈さを失って、一度甘い時間を覚えた私はそれを手放せない――。
「って言っても無茶してほしいってわけじゃないぞ。だから、だ」
俯き、足元を俯瞰する視界に手が伸びてくる。
「その、か、勝手に離れてもらったら困る! 戻ってルミエールに謝ろう、な?」
……ダメだ。此処で手を取っちゃ。
残る戦いはきっともうそう多くはないだろう。だからこそシロは全力で私達を守ろうとしてしまう。本人は「もう自己犠牲のような真似はしない」と言うけれど、いざとなった時は私と同じように自らの身を捧げるに決まってる。
そんなの、いやだ。
フレイヤもセトラも、皆も。絶対に望まない未来なんて私は欲しくない。
私が欲しいのは――。
顔を上げた。シロの顔を逃げずに見つめる。
そして、優しさに満ち溢れた彼の手を、強くはたいた。
「ふん、なんで私が貴方に守られなきゃいけないのよっ!! 逆なんだから!」
精一杯の虚勢。照れ隠しの拒絶。自己嫌悪の源である言葉をあえてぶつけてやった。
もうシロの優しさからは卒業する。少なくとも私達の役目が終わるまでは。
皆が笑っていられる未来を掴み取るために――。
その瞬間だった。
心に一つ刺さった棘が抜け落ちるように。流れを堰き止めていた「何か」が壊れるように。
闇夜を照らすは漆黒の光。
周囲は忽ち、本来見に見えないはずの光と魔族の魔力を構成する純黒のマナの奔流に溢れた。
風は微弱なはずなのに、私を中心に吹き荒れる風に髪は靡き、長めのワンピースは波打つように翻る。
大地と繋がったかの如き膨大な命の胎動をこの身で強く感じる。
この感触は……。
「力が……戻った……?」
姿は人間のままだけど、確かに一度崩壊したはずの魔力組織に魔力が通っている……!
それどころか全盛期以上のかつてない魔力の純度、魔力量だ。
「戻った! 戻ったよ、シロ!!」
やだ、私きっと、きっとすんごく喜んだ顔をしてる。隠せないくらいに喜んじゃってる。
感情の機微なんて今更シロに隠すことすら変なんだけど、この感情の昂りは隠し通すことはできなかった。心から笑顔だ。シロのおかげだよって、伝えるのが下手くそだからせめて笑顔くらいは見てほしかった。
「……ああ。それでこそ、ミラだな」
弾かれた手をどこか遠い目で見つめた後、はにかみながらそう柔らかに呟くシロ。
――じゃあ、こっちだな。
そう言いつつ彼が差し出してきたのは拳だった。
すぐさま意味を理解して私も応じる。
「……任せたぞ、ミラ」
こつん、拳と拳を介して私とシロの間にパスが通る。
繋がって、切れて、また繋がって、そしてまた切れて。
そんな事の繰り返しだったけれど、今回ばかりは特別だった。……多分シロも同じ。
「任されたわ! この力で必ず世界を繋ぎ止めてみせる!」
「ああ……! 絶対だ」
シロは塔を見つめて、力強くそう呟いた。
東の空が白んでいく。
太陽が顔を出すと共に、城下の作業場は徐々に照らされていった。
瓦礫に塗れ、多くの災禍を色濃く残しつつも復興に向けて着実に進んでいる。
眼下に広がるのはこの星に生ける生命達の灯火だ。どれだけ蹂躙されようと、次へと、未来へと繋いでいく。在るとも分からない明日を信じて縋り付き、藻掻いている姿こそを私は美しいと感じたんだ。
だとしたら、尚の事導かなければいけない。シロと一緒に。皆と共に。
あぁ、照った日を浴びたときの久しぶりの気だるさすらも、今は心地いいや。
この暖かさを、温もりを、ずっとずっと覚えていようって、そう思った。
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「ルミエぇールぅ!! ごめんねー! すぐ遅れた分片付けるから!!」
部屋に戻るなりミラは自席に着き仕事を再開した。
「えっ、ええ……はい……? あ、お願いしますわ」
先程扉をぶち破った彼女と、片や元気百倍のミラ。その変貌っぷりにルミエールはしばしの間混乱しているようだった。ほら、手が止まってるし。
しばらくそんなルミエールのあたふたした様子を楽しみに眺めていると、意を決した表情で椅子ごとジリジリとこちらまで近寄ってきた。お姫様、ちょっとはしたなくはないでしょうか。
(何があったのですか!? 一体どんな魔法をお使いになればミラをあれほどまで上機嫌に!?)
ミラの方をチラチラ見ながら、頑張って小声で話すルミエール。うーん、絶対聞こえてると思うんですけどね。どこか抜けてるルミエールが面白いから、これはこれでいいか。
当人はといえば書類作業に没頭しているためか、こちらを気にしている様子をおくびにも出さないでいるし。それとも単純に関心がないのか? いや、ミラの性格からしてそれは有り得ないか。
(何がねぇ……。『何もできなかった』かな。俺が思ってたよりミラは成長してたよ。びっくり半分と、寂しさ半分で複雑だな)
手をはたかれたあの瞬間、俺は自分のやっていたことがどれほどミラを縛っていたかを嫌というほど思い知らされた。無意識にミラの成長を妨げていたのは俺だったと、あいつに傷ついてほしくない一心がミラの魔力を封じ込める最後の一欠片だったんだと知ってしまったんだ。
……正直ちょっと落ち込んだなぁ。
その直後のあいつの嬉しさそうな顔に救われたわけだけどさ。
(むむむ、何だか青春のにおいですわね……。ミラが羨ましいですわ)
(羨ましいのかよ……)
ルミエールからしたら珍しいのだろうか、目を爛々と煌めかせながら悶絶し、唸っている。
(ルミエールは王族だけど、婚約とかそういったのはなかったのか?)
彼女の顔立ちは最早国から認められてるようなものだろう。
(そうですわねぇ……。お父様がお硬い方でして。今までまともに殿方とお話なんてさせていただけませんでしたので)
(へぇ~。って、それ俺と喋ってるの結構まずいんじゃ……!)
(大丈夫ですわ! 今はお父様は療養中ですので!)
えっへんと胸を張る一国のお姫様。全然威張れるところじゃないんですけど。
(それにシロ様にそういった感情は抱いてませんわ。失礼かもしれないですけど、友人らしくミラの応援をしてあげたいので)
(う、それを俺に言いますかお姫様……)
(はい♪ 『ぼっこぼこ』は続行ですので!)
「ちょっと~。飛び出した私が言うのも変だけどさ、ルミエールもちゃんと仕事しなさいよねっ!」
「あ、はーい!」
再び、ずりずりと椅子を従えて移動し、自分の席へと戻っていく。
これもお父様とやらが見てないからなのかもしれない。ルミエールの素は案外がさつだったりして。
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ミラとの騒動があってから更に七日。
ルミエールの国は見違えるほど栄えていた。
「復興祭」と銘打った再建祝。僅か数日前に告知されたにも関わらず、国民総出の大賑わいだ。
「はぁ……。なんというか、すげぇな、ルミエールは」
「あの子は愛される才能を持ってるもの。やる気になればすごいんだから!」
まるで我が事のように喜んでいるミラをみると微笑ましくなってしまう。嬉しいんだろうなぁ、友人の活躍が。うんうん、分かる。分かるぞミラよ。
「さて、今回は自由行動だし適当にぶらつきながら見て回るか」
「そうね! ルミエールの催しだもん、たーくさん楽しもう!」
いつも以上に上機嫌なミラに手を惹かれ、祭りの喧騒へと飲み込まれていった。
今回で八章はおしまいになります。
次は終章!
いよいよ一章からずっと引っ張り続けた「塔」攻略です。
地味にいずれ訪れるルート分岐を書き溜めてたり。どうせなら一気にどーん!と出したいので。
(……前作と次作に続く(はず・つもり)の根幹部だったりするので練りに練ってます)
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