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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
八章 宗教国家の祈願王女
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Q.62 加速する終末への序章

 一歩手前。

 俺達が広場に駆けつけたときには全てが片付いていた。

 先程まで反応していた天使の魔力は殆ど消え、壇上の塵に微かに残っているのみ。誰かが、あの天使を倒したんだ。監禁された俺たちを救出し、その後此処で天使と戦い勝利した。そう。助けられたことは確かに覚えているんだが、「誰が」助けに来てくれたかが一向に思い出せない。ただ目覚めた地下牢で俺とミラとルミエールが三人共、直前の記憶がさっぱり抜けたようにぽかんとへたり込んでいた。


「結局誰だったんだろうな?」


 不思議と正体不明の人物が敵ではないと予感していた。上手く口にできないけど、手に残った感触が、打ち合った感覚が優しさと情熱を覚えていた。だからきっと、俺達を助けてくれた奴は「いいヤツ」だ。根拠も何もないがな。だからこそなぜ俺達の記憶を消したのか、それが知りたかった。


「さあね、考えてもわからないでしょ。それより早く開放しましょ。あのままは可哀想」


 ……気づいているのかいないのか。そういうお前もどこか寂しそうな顔してるんだぞ、ミラ。

 お互いこれ以上話題を広げるのも無益だと感じ、口をつぐんで再び壇上へと目をやる。天使の残骸の直ぐ側には意識を失いぐったりとした仲間がいたからだ。

 反応すらせずその場で立ち尽くす国民達を掻き分けて、主役たちが捌けた壇上へと上がる。

 セトラ、フレイヤ、クア、空白の磔、ガブリエル、ソルレーヌ、最後に拘束が解けかけている状態で気絶しているウェン。見事に出会った順に並べられていた。この場を整えた奴の纏わり付くような気持ちの悪さが背筋を這い上がった。更にその奥には老齢の夫婦とフレイヤたちと同じくらいの幼い少女。恐らくルミエールの家族だ。こちらは体の至る所に責め苦の痕を色濃く残していた。あんな小さい子にまで……。

 

「お父様、お母様!! ……っ! ルーチェ!!」


 意識のない国民の前とは言え、我を忘れて取り乱し、動かない家族に泣きつくルミエール。


「大丈夫。外傷はあるけれど気絶してるだけよ。この程度ならわたしとクアで治せるわ」


「ミラさん……。お願いできますか……?」


 縋るような彼女の表情は、地下牢から此処に来るまでの 今にも泣き出しそうな一少女としてのルミエールの表情。


「ええ。でも数日はかかると思う。こっちは私に任せて貴女は貴女のやるべきことを見つけなさい」


 そう言うミラの顔は、いつものような無邪気な少女のものではなく紛れもない魔王の顔だった。国を統率する者として彼女自身今回の出来事には何かしら思うところがあるのだろう。「貴女だけはしっかりすべき」と、冷たいような態度を取りながら励まそうとしているのが伝わった。

 きっとそれがルミエールにも伝わったのだろう。彼女は大粒の涙を流しながらもミラへと頭を下げた。


「……っ! はい!」



 そこからの数日間におけるルミエールの働きぶりは目を見張るほどだった。

 城方面にいた、単に洗脳されていただけで意識は失っていなかった兵士や住民を掻き集めて、倒壊した家屋を修繕。国民の半数を占める昏睡者達を手早く一箇所に集めて療養させた。ここまでが昨日までの二日。

 そして三日目に突入したばかりの夜。俺はルミエールの自室へ招かれて作業を見守っていた。一応手伝いを希望したのだが、「シロ様にはお昼にたくさん手伝ってもらいますわ」の一点張り。ミラも「ただただ邪魔だから大人しくしてて。夜はシロができる仕事はないの」と言われる始末。いや、確かにね? 戦うこと以外はからっきしだけどさ。ほら、せめてハンコをポンポン押すくらいはさせて欲しい。それすらもミスすると思われているから任せてもらえないんだろうけど。


「それにしても驚いたなぁ。あれほど国の機能は壊滅的だったのに。後二、三日もすれば商店とかは営業が再開できるんじゃないか?」


「ミラさんのお陰ですわ。あ、シロ様も付き合ってくださりありがとうございますね」


 そう。もう一つ驚いたのがミラの頑張りだった。昼は優先して回復させたクアと共に治療にあたり、夜は城内でルミエールと共に周辺地域への部隊派遣を斡旋するための資料作成と情勢調査。


「とは言え働きすぎだぞ。今のお前は一応人間に寄っているんだからしっかりと寝た方がいい」


「バカね。落ち着いたらいつでも寝られるんだから。今が瀬戸際とも言っていいほどなの。プロビナに敵対国家が無いから良いものの、今仮にガーデンあたりに攻められようものなら地図からこの国は消えるんだから!」


 一度たりとも俺の方を見ずに、視線を証書類に集中させながら説明するミラ。


「……。ルミエールも無理は良くないからな?」


「いえ、お気遣いはありがたいですけれど、残念ながらミラさんの言うとおりですわ。王女として普段使わない身を削るなら今しかないと心得ていますので」


 ルミエールもミラ同様、俺に一瞥さえくれなかった。


「あー……。もしかして俺、黙ってたほうが良いか……?」


「そんなことないですわ! シロ様が話しかけてくれると目が覚めますので」


 なるほど。俺の役目はそれってわけだな。

 けどそんなに話題ないぞ。俺はせいぜい田舎の冒険者だし、かたや相手は一国の姫様。育った環境が違いすぎてなあ。身近に元魔王とか姫(性別:男)がいるにはいるけど、こいつらは中身が残念だからあてにならない。ルミエールは身も心もれっきとした王族だからどうしても緊張してしまって困る。ルミエールの先祖であるシャイラとはどんな話をしていたんだっけか。確か普通に話せてたと思うんだけどなあ。


「ああ、そうだ」

 

 シャイラで思い出した。ルミエールには聞かなきゃいけないことがあるんだった。


「……? 何でしょう?」


「ルミエールは先代から何か『伝言』とか聞いてないか?」


 アトラの伝言。彼女曰く有利に旅を進めるためのヒントらしいが、

 ちなみにここまでの伝言を整理すると、

 ・メルティ:「クラフトワークの使い道」

 ・リヴィア:「転生者の対策(中身なし)」

 ・ノワール:「???」

 ・ノイン:「神を降ろす方法」

 ・ヴィント:「賢者を集めろ」

 使えるのメルティとノインのくらいなんだよな。千年前の賢者たちが揃いも揃ってキワモノだったせいでまともな情報が伝わってない。シャイラはメルティに次いで良心だったからまともなものを期待したいけど……。


「そうですわね……。…………。噂程度の言い伝えならば、大ばあさまに一度だけ。ただ本当かどうか。眉唾ものですので」


「それでも構わない。教えて欲しい」


「『六の賢者による六つの起源魔法。その輝きは大地を潤し、再び流転を始めるだろう』」


「流転を始める……?」


 何が? 肝心な主語が抜けていていまいち要領を得ない。


「とだけしか。すみません。おとぎ話の一部だと思っていましたので」


 口伝タイプの「伝言」はこれだから解釈に困る。ただ何も内容がなかったクアよりは比べ物にならないほど重要な情報だ。これで賢者を集めた意味を見出すことが出来た。……何が起こるかは未だわからないままではあるが。


「そうか。でも助かった」


「はい。お力に慣れてうれしいですわ」


「…………」


 そして早くも尽きる話題。妄想下で話してたルミエールは正確にはあの天使と俺の想像が入り交じった偽物だったから、今目の前にいる本物のルミエールとはどうも距離を測りかねる。だから初対面はあの地下牢だし、当のルミエールは相も変わらず書類作成に心血を注いでいる。世間話程度の話題なら振らないほうが彼女のためでも国のためでもあると思ってしまう。


「ふふ、わたくしってそんなに話しかけづらいですか?」

 

 そんな俺の心を見透かしたようにルミエールはくすりと笑う。その仕草でさえ様になるんだから恐ろしい。ミラだったら「黙ってないで何か喋りなさいよ!」だもんな。隣のミラを見て、乾いた笑いが漏れる。


「何よ。どうせルミエールと私を比べてるんでしょ?」


「よくわかったな。どうだ? お前もルミエールを見習うべきだと思うんだけど」


「……ふん。そんなの無理だってあなたが一番わかってるくせに」


「ま、まあまあ。でもやっぱりミラさんみたいな雰囲気のほうが話しかけやすいですわよね。わたくし、小さい頃からこんなでしたから親しい友人も、その、いなくて」


 ……何だか重い話になってきたなあ。

 

「良いと思うけどな。凄くお淑やかだし。こいつみたいだと話しやすいけどきっと損するぞ」


 ちなみにこれはその場凌ぎの嘘では無かった。実際、ルミエールの纏う雰囲気は普通では身につかないとても立派なものだと思う。穏やかで落ち着いた話し方だけでなく、その仕草、挙動の全てに育ちの良さを感じるからだ。普通じゃなかったから友人ができなかったと彼女は言うが、この一点はまごうことなき彼女の美点なのだからわざわざ変えようとするのがもったいなく感じてしまう。……ってのは無責任なのかな。


「あら、『話しやすい』私でも友達なんていたことなかったわよ」


 そして、これが空気が読めなくて友達ができなかったやつの本領だった。

 ……。

 …………。

 ………………。

 部屋にひどく重い沈黙が流れる。

 

「あ、あのっ。ミラさん、よかったらお友達になっていただけませんか?」


「…………ぁ」


 意を決して沈黙を破ったルミエールの提案に対して、ミラは承認でも拒否でもなく無言を決め込んだ。正確には本人も気づいていないくらい小さく声を発したが、それ以降まるで意識が無くなったかのように呆然としてしまったのだ。

 な、なぜか再度の沈黙に耐えかねてこっちがドキドキしてしまう。早く答えてやれミラ。ルミエールの目がどんどん潤んできてて見るに堪えないから。この子多分そういういじり方しちゃだめな子だから。


「だ、だめでしょうか?」

 

「…………」


 手を止め、なおも返事をせずに何かを思案するかのようなミラ。


「み、みらさん……?」


 ぷるぷるしてるよ!?


「あ、うん、ごめん。つい最近もそんなこと誰かに言われた気がして。友達になってだなんて、絶対に忘れない言葉なはずなのに誰に言われたのか思い出せない」


 ああなんだ、本気で考え事してたのか。

 どうしても納得できない様子で、ミラは手元の書類をじっと見つめる。更に十数秒眺めたところで諦めたのか、ルミエールの方へと向き直った。


「その、私なんかでいいの? 私、自分で言うのもなんだけど我儘だし、口悪いし……。きっと嫌だって思うこといっぱいある……」


「もちろんですわ! だってミラさんはこんなにも手伝ってくれてますし、いい人だって十分伝わってますので! ミラさんと、お友達になりたいのですわ」


 照れ気味のミラにルミエールが詰め寄ると、更にミラの照れが加速した。


「も、もうルミエールったらっ!」


 今思えば、ミラと似た立場で気が合いそうな人物は俺達の仲間にはいなかったのかもしれない。フレイヤとは最近はどちらかと言うと姉妹に近い関係だし、ガブリエルもほぼフレイヤと似た感じで、クアとはサボり仲間。ソルレーヌは可愛がってはいるが男だし、セトラとは相も変わらず微妙に距離があるように感じる。ああ、後ウェンは奴隷が板についてきたしな。

 ざっと交友が深そうな順で挙げては見たものの、真に友人と呼べる関係はないように感じた。さすがぼっち属性を兼ね備えた残念魔王なだけある。フレイヤとガブリエルの仲の良さを見習うべきだ。まぁ、俺と絶えず離れられないからというのもあるから申し訳無さもあるにはあるのだが。


「その、よろしく。うれしいよ、私」


「こちらこそよろしくお願いしますわ。あ、あとっ、ミラとお呼びしてもいいですか?」


「……いいわよ。私なんかとっくに呼び捨てだしっ」


 ミラからしたら、きっとルミエールのことをとっくに認めていたんじゃないだろうか。

 最初こそ突き放し気味に冷たい言葉を投げかけたが、ここ数日の彼女の頑張りを見て次第に自然と積極的に接するようになっていたもんな。今までの態度はその裏返し。近づきたいけど近づけなかったんだ。人と深く関わることにおいて怖がりなところはまだ治ってない。結局、ルミエールから言われるのを待ってた臆病さんだ、かわいいやつめ。


「良かったな、ミラ」


 感極まったルミエールに抱きつかれているミラを撫でてやると、数秒の逡巡の後手を払われた。


「や、やめてよね! そういう恥ずかしいこと!」


 ……。あれぇ……?


「……ぁ」


 やっちゃった。ミラの顔はそんな顔だった。


「ごめ、ち、違うの。その、ルミエールの前だしそういうの・・・・・は――」


 ミラがそう言いかけたとき、チクリと指輪に痛みが走った。

 直後、ミラとルミエール、二人分のランプの仄暗い光を飲み込むように眩い閃光が部屋を覆い尽くす。

 異変に気がついたのはその後すぐだった。


「……っ! これ、まさか!!」


 ミラの魔力を体内から感じることが出来なくなってる!?

 今まで血が流れるように、互いを循環していた魔力がピタリと止まってしまっている。まるで魔界での大戦後、ミラが魔族の魔力を失ったときみたいに――。

 

「……ぁ……ぅ…………っ!!」


 マズい、そう思ったときにはもう遅かった。

 椅子をはねのけるくらいに勢い良く立ち上がって、駆け出すミラ。


「待てって!!」


 もちろん待ってくれるわけもなく、ご丁寧に魔法による空間固定で俺たちをルミエールの自室に押さえつけて。



「あー……。またやっちまったかー……」


 動けないままではあるが項垂れてみる。


「また? 前もこんなことが?」


「ああ、あいつってああ見えて繊細だから割としょっちゅうあるんだよな」


 良くも悪くも人の感情の機微に敏感だし、それでいて自分の感情に対しては整理するの下手だし。根が優しいからそれを見て見ぬふりすら出来ない。

 さっきのやり取りに最適解があるとしたなら、俺は払われた手をなんてことないように笑って誤魔化すか、もう一度あいつの頭をわしわしするかだったんだろう。感覚の共有のせいで俺の僅かな驚きと不信を読み取らせてしまった。せめて「気にしてない」と行動で示すべきだったんだろうなぁ……。


「で、でもシロ様は悪くないと思いますわ! ミラが悪いとも、その、思えませんけど。でもそこまで責任を感じなくても……」


「あはは、そうかもな。でも約束しちゃったからさ」


 やっぱりこの子はシャイラの子孫だ。千年前に彼女に似たようなことを言われたのを思い出した。あの時はミラじゃなくてアトラについてだったけどな。


「約束一つがそこまで大切ですか……? わたくしはまだ新参者。シロ様とミラの関係についてほとんど存じ上げていませんわ。ですけど、そんなの、シロ様は……」


「良いんだよ。俺はそうしたくてミラの側にいるから」


 俺を固定していたミラの魔法粒子が消えたのを確認する。


「ごめんな、ちょっと行ってくる。すぐ連れ戻して手伝うから。あ、丁度いいや。寝たかったらちゃんと寝とけよ?」


「………………はい」

 

 その頷きは、きっと様々な感情が渦巻いた末の妥協だったのだろう。一呼吸置いた後その言葉の最後に、彼女は続ける。


「わたくしの……初めてのお友達をどうかよろしくお願いしますわ! もしここに泣いたまま帰ってきたら、その時はわたくしがシロ様を……えと、ボッコボコにしますのでっ!」


「はは、ボッコボコはやだから頑張ってくるな。じゃあ」


 ルミエールを残して部屋を出る。

 なんともまあ、よく涙を流す奴なんだろう。絨毯が湿っているのが真っ先に目についた。

 さて、困った方の王女様を慰めに行きますか。

 今回は特に書くこと無くて悩み中……。

 ルミエールちゃんはかなりまともな部類に入ると思います。光の属性通りですね。だからミラからしたらちょっと眩し過ぎるくらいかもしれないです。

 後は……シロとミラの煮え切らない関係かなぁ。シロからしたらガーデンの出来事があってもミラは未だに保護対象。大切だからこそああなってしまうのは仕方ないですけど。授業参観に友だちの前でよしよしされたら恥ずかしいよね的なお話でした。


 たくさんのブックマークありがとうございます!

 感想や評価もお待ちしてるので、ぜひ!

 twitter → @ragi_hu514

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