Q.61 可視化未来の分岐点
VSサリエル回。
「遥か昔――そうね、あの勇者ちゃんが生まれるよりも更にもっと前」
「……? 何のお話ですか? 悠長にお話している暇なんて無いんですよね。いくら貴女という希少存在と戦えるとは言ってもやはり、本音を言うならば早く準備を進めたいので」
「一組の男女が世界を救った、最早概要すら忘れ去られた物語でも語りましょうか」
いかにも興味がない。早く戦闘させろと熱り立つ彼を無視して話を続ける。
まあまあ、待ちなさいな。貴方達みたいに戦闘狂じゃないのよ、私は。こうして話しながらでもないと足が震えちゃうもの。この状況ですら迷っている心を奮い立たせないと。
そして知ってもらおう。私が貴方と同じ舞台に立つ、その理由を。
「貴方は主である神が神になった経緯を知ってる?」
「知ってるにしろ、知らないにしろ、そもそもそんな情報必要ないじゃないですか。私達は奪い、殺し、愉しむモノ。それ以外は必要ないですよ」
その問いかけはもしかしたらサリエルにとって愚問だったのかもしれない。彼が言うとおり「七天」は、地上に降りることが出来ない彼のための道具でしかないのだから。でも本当にそうかしら? 自身を道具と割り切ることができなかったために、ラグエルちゃんは搦め手なしの全力勝負でシロちゃん、ミラちゃんの二人とぶつかり、ラミエルちゃんは天使を堕とした炎の賢者ちゃんを知ろうとした。天使の中にもいたのよ。きちんと意志を持つものが。
「あらあら、自身の起源すらも興味ないというのね。人間でさえ持つ当たり前の感情を持てない人形。可哀想に」
……。サリエルを見ているとガブリエルちゃんは人になれて良かったのかもしれないと切に思う。いえ、ガブリエルちゃんだからこそ人になれたのかもね。もっとも人らしい感性と、シロちゃん達に触れた彼女だからこそ。そしてきっとサリエル、貴方にはやはり一生たどり着けない感情よ。
「貴女はそれを知っているというのですか? おかしな話ですね、たかが生まれて数年でしかない私達が」
「頭をいじれるなら中も見ることができるのでしょう? だったら見てみると良いわ。貴方の知らない真実を。まあ、それが出来ればだけどね」
「お望み通り視てあげますよ、頭の中全て……!!」
サリエルが力を発動する。
今度は、力の発動が視認できた。私を中心に上下左右間断なく波動が広がる。すっぽりと、私を覆うまで広がった球状の空間。
だけど洗脳されていない。さっきとは違う……?
『せ、せんぱぁい……。あいつ、無差別に力を拡散させて……うぅ……。わたし、もう無理っぽいですー……』
ラミエルちゃんが力なく唸る。
「……なるほど。さっきのはそれのおかげですか。まさかまだラミエルさんが生きているとはね。だけれどこれでもうタネは割れましたね。大人しく――餐まれろ」
これでもうラミエルちゃんに助けてもらうことは出来ない。
覚悟を決めなさい、私。
ロノウェちゃんが倒れた時点で戦うしかないのはわかってるでしょう?
逃げるな、目的のために、戦え。
「再醒、Type:Demon」
荒れ狂う漆黒の暴風。血が騒ぐ。
ああ、何時ぶりだろうか。この姿に戻るのは。
魔族特有の力が体中へと漲る。
銀の髪に天を突き刺す剛角、悪魔の如き翼と尾が風に舞い、翻る。
「はは、いまさらどうして魔族に変身など……――っ!? な、魔力構成からして別物だと!? バカな! さっきまでは確かに天使の魔力だったはず!! こんなことそれこそ神でなければ出来ないだろ!!」
「私の魔法はそれを可能にするのよ。まあ、逆に言えば天使か魔族にでもならなきゃこれ意外からっきしなんだけどね」
「は? 魔法、だと……!?」
「あら、だってあそこに属している間は治癒しかしてなかったじゃない。あんなの治癒魔法に精通している魔法使いならそれほど難しいことでもないだろうし。それを貴方達が勝手に神の力と勘違いしてただけよ」
神自身に力を見せることなんてまず無かったしね。せいぜい気をつけたのはミカエルの前くらいかしら。
最も、私の魔法の本質は分解と再編成であって、治癒魔法ではないのだけれどね。それ故に通常の治癒魔法では出来ない治療もできちゃったりするんだけど。
「だったら、だったら何者なんだ君は? 天使でもないくせに『七天』に属しているだと……ッ」
「あはは、何者なのかしらね。本当の名前なんて数千年前に捨てちゃったわ。ただ一つ、名乗る名があるとしたら」
あると、したら。もう二度と呼ばれないだろう名を告げる。
「バゼッタ・ラビエル・エイワーズ。この名が私が私である証明よ」
「バゼッタ……? バカな! 貴女が魔界を統べる王だったというのですか!?」
「遠く、本当に遠く昔の話だけれどね。さあ自己紹介はこの辺にして、続けましょうか」
覚悟は、出来た。もう戦える。
「くそ、くそくそくそくそっ!! だからなんだと言うのです! 『神の邪視』ィィッ!!」
「もう効かないわ。再醒、Type:Solomon」
「今度は賢者の魔力反応!? これじゃあ対象が絞りきれない……!」
「もう諦めなさいな。貴方の神の力じゃ私を従えさせることは出来ない」
降伏を促すと、彼はぶつぶつと小声で何かを繰り返しつぶやき始めた。
「…………ない」
「……?」
――あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。あってはならない。
「あってはならないんだァァ!! 『創生・神の邪視』!!』
「!?」
中枢神経の命令に離反するように膝が折れ、地に足をつく。体が、言うことを聞かない……?
「くっ、再醒、Type:Engel……!」
効果が、ない……! 再編成した翼さえもボロボロと崩れ去っていく。
まさかここに来て神の力が進化した……!?
彼自身の意志が神の力にも及んだというの?
『貴女の意志がその魔法ならば、私の信仰がこの力です。終わりですよ、バゼッタ・ラビエル・エイワーズ』
異形。
とてもその姿は天使とは言いがたかった。無機質な秩序を表す自立型天使とも異なる、禍々しくも秩序を纏ったサリエルが演台を我が物にしていた。
彼の歪な心が世界に顕現しているような、蛇を彷彿させる頭が天を仰ぐ。
『……この世に神の祝福が溢れんことを』
世界が、彼の放つ光りに包まれた。
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『あははははは!! さようなら!! そしてこんにちは、新しい完全調和の世界!!』
放たれた言葉はほんの少し早めにも思える勝利宣言だった。
だって私はまだ生きている。数千、数万の人間の前で無様に這いつくばりながらも、それでも生きている。手足は動かないけれど、現実を視認できている。
……どうして? 私が洗脳されたと勘違いしている?
いえ、もう既に私が見ている世界が洗脳後の世界なの?
地に轟くような笑い声の他に、か細く私の耳に届く声が一つ。
「へへ……、これでちっとは主人公ポイント稼げたか? まさか自分が洗脳されるなんぞ思ってなかったみたいだな……」
シロちゃんの仲間の風の賢者ちゃん!
「こと人を誑かすという分野おいてになら風の賢者であるウェントス様に叶うものはいねぇ、ぜ」
「どうして……、どうしてここまで耐えてたの!」
こんな状況になる確信なんてなかったはずなのに。もっと早くにタイミングは合ったはずでしょうに。それならば苦痛もきっと少なかった。それなのにどうして。
自分でもよくわからない内に叱るような口調になってしまう。
彼は到底計算ができるタイプには見えなかった。この状況を見越してピンポイントでサリエルを欺くなんてできるはずもない。なのに……。
「はは、姉ちゃんわかってねえなぁ。オレにそんな度胸あるわけねぇだろ。ただ怖くて動けなかっただけさ。……さあ行け! 折角作ったチャンスなんだ!! あいつを倒せるのはあんたしかいねえ!!」
かつて犠牲にしてしまった彼の姿が奇しくも重なる。
その言葉に奮い立たされた。
……これだから人間は、愛おしい。
「ぅうぉぉぉおおおおおッッ!! 再醒、Type:Human!!」
ロノウェちゃんの剣を、取る。
精一杯の咆哮で気力を保つ。
威勢の良い叫び声の割には足取りは緩やかだったけれど。
人の体で生き、人の足で歩き、人の手で握ったその剣を。
禊を断ち切るように、サリエルの体へと突き刺した。
「はは、は……? ああ、なるほど……。これだから人間は、忌々しい」
全てを悟った彼が崩れていく。サリエルの本体が私の足元へと投げ出された。
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「……実はですね。私は一度あの御方の頭の中を覗いてしまったことがあったんです」
床に突っ伏しながら、話を始めるサリエル。私も私でもう立つだけの力はなかった。足が棒のようで、季節を匂わせるプロビナの風に仰がれるだけで、重心がずれその場に倒れてしまう。
ここから「へんし~ん」とか言われでもしたらそれこそ世界の終わりだろう。その時はもう諦めるしかない。
けれど、彼ももう戦えないだろうことは、体の損傷、概念核の崩壊から見ても明らかだった。だからこの話は勝敗には関係のない話。彼のこの世での最後の言葉だ。
「その中にはラファエル、いえ、ラビエル。貴女との思い出なんてありませんでしたよ。あったのは世界への恨みと破滅願望だけ。過去など、あの方の中にはこれっぽっちもなかった」
「……そう」
「……残念ですか?」
不思議と、「残念」という気持ちはなかった。彼がこの期に及んで、私への嫌がらせを名目に嘘をついている可能性もあったけど。
あったのはたったさっき生まれた使命感だけだから。
「いいえ、彼がそうなってしまったのは私のせいでもあるもの」
「その思想に感銘を受け私は忠誠を誓ったんですけどね。……結果、このざまだ。行くのですか、あの方を倒しに?」
「ええ。彼を止めに、ね。ありがとう、貴方からその言葉を聞けてよかったわ。決心がついたもの」
だったらなおさらに私は彼と戦わなくてはいけない。戦って、神の全権を手にし、彼を解放する。もう一人ぼっちにならなくてもいいように、私の手で。そして手にした力であの子達を幸せにしてあげる。
「……それは結構。では私は、失敗し、貴女の顔が悔恨に歪むことをを願ってます……ね……」
天使を現界させている概念核が完全に崩壊し、塵となって風に舞う。
生命としての役目を終えた彼の体も、また蒼穹へと還っていった。
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体を引きずる。もう立ち上がるだけの力は残っていなかった。気を抜けばいつ事切れるか自分自身でもわからない。風の賢者ちゃんは……気絶しちゃったみたいね。やっぱりどこか締まらない子だ、可笑しくてお腹からぽひゅ~と情けない空気だけが漏れる。あぁ、笑えるほどの余裕もないなんて、更に可笑しくなっちゃうじゃない。
こんなに消耗するなんて、長年力を使わなかった反動ね。
「無茶をしないでくれよ。ここが目的地じゃないんだろう?」
いつの間に洗脳が解けたのか、ロノウェちゃんが肩を貸して立ち上がらせてくれた。
……他の洗脳が入った人たちはまだ解けてないのに、どうしてロノウェちゃんは解けているのか。疑問に思い、懐疑の視線を向けてみる。彼はというといつも通りのハンサムさだ。カチンと来る。……けど。
「……ふぅ。まあいいわ。ロノウェちゃんの剣が止めになったし、どうせ結果は変わらなかったって貴方は言うのでしょう?」
意地悪に笑うんだから。絶対そう思ってて私を試したんだ。真に信用し、魔界の秩序を託すことができる存在かどうかを。
「さあね? それはさておき、あの子達に伝えなきゃいけないことがあるだろ?」
渡された僅かな魔力。ほんっと意地悪ね、ロノウェちゃんは! 魔力分けてくれるなら一人で歩ける位いっぱいくれたって良いのに! お姉さんだってこうやって男の人に肩を持たれるのはちょっと恥ずかしいんだから!
……でもまあ、今回は不問にしましょう。
「作戦完了、わたし達の勝ちよ。お疲れ様、そしてありがとう。カガリくん、ハヅキちゃん、そしてロノウェちゃん」
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「決めました。私、次の神になるわ。……手伝ってくれるかな?」
国境付近、合流し一段落着いた辺りで野営を営む。
「もちろんだぜ! 天使の姉ちゃんに最後までついてくからな!」
「お姉ちゃんならきっと優しい神様になると思うし、わたしも賛成です」
晴れやかな笑顔で迎えてくれるこの子達を、私は守らなければいけない。例え何百、何千年孤独に苛まれようとも。彼の代わりに、世界を護っていく。
「君はそれで良いんだね?」
「ええ、もちろん。あいつが間違えた分も、これから取り戻すから安心してくださいな」
「だったら僕もそれでいいよ。魔界がこれからも続いていくのならば全力で手を貸そう」
後押ししてくれる人達がいる。それだけでもう迷いはない。
「ありがとう皆。あとちょっとの間だけど、よろしくね」
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「そっか。貴女はそっちの道を選ぶんだね……」
時間の流れという不可変の力が存在しない空間。
此処からは過去も現在も、そして未来も全ての事象を観測できる。ただそれだけの空間。
私の役目は彼女の選択によって終了した。ここまでちまちまと小細工で現実世界に干渉して、線路を切り替えるがごとく彼の行動を誘導してきたのも、もう終わり。
「そっかぁ……そうなっちゃうかぁー……」
妙な脱力感。
達成感はなかったけれど、落胆もしなかった。これから世界は私の理想とは違う未来を辿ることになる。願わくばバゼッタ・ラビエル・エイワーズが今回の神のように孤独による絶望に打ちのめされないことを願おう。といっても失敗した神を最も間近で見てきた彼女のことだから心配はないだろう。きっと最善とは言わないまでも優しく、慈愛に満ちた世界がこれからは続いていくはずだ。
今回の調整で一番の不確定要素はやはりバゼッタ・ラビエル・エイワーズだった。まさか前世代からの生き残りがいたなんてね。執念と魔法のみで生き残るなんて相当強い想いだったに違いない。シロを未来へ向けて封印した次点でそのことに気づけていなかった事が決定打になっちゃったかなぁー。あの時の私にそんなこと、絶対に思い当たるわけも無かったんだけどね。向こうが一枚上手だったというか、降ったサイコロに負けの目が多かったというか。
彼女の選択が彼にとってプラスかどうかは分からない。もっと良い未来もあるし、悪い未来もある。ただ最悪ではなくなった。少なくとも彼には未来が待っているから。元の時代には戻れなくても、大切な人と共に残りの余生を過ごせるかもしれない。その場合誰とくっつくのか、どれだけの可能性があるのか、視ようと思えば視られるけれどやめておくことにした。きっとどう足掻いてもそこに私の姿はないのだから。
私としては予定通りセトラが神になってくれれば楽だったんだけどなぁー。巫女という調停役がいるからこそ、均衡は崩れる。逆説を唱えるなら「巫女の存在こそが世界の崩壊を招く」んだ。あの子が神になったらもう永遠に世界崩壊に至る事象は起こり得なくなっていたはず。そうしたらきっと彼はこれ以上身を削らなくてもいいし、完全調和な世界が訪れていただろう。
次点で彼かな。やっぱり、また会いたかった。お疲れ様って、大変な思いさせてごめんねって言ってあげたかった。本当の名前で呼んであげたかった。
……悔しいなぁ。
特別扱いされた私に唯一対等に話しかけてくれるあの声を、もう一度聞きたかったなあ。
「もうここまで来たら大まかな流れは変えられないな。あとはなるようになるだけだねー」
ふぁぁ……。何だか眠くなっちゃった。
提示された結末が収束するのを眺めつつ、ゆっくりと微睡みへと落ちるように意識を手放す。
――ばいばい、シロ。またどこかで会えたらいいね。
終りが近い……!
という事で、色々と裏で動いていた人たちの章でした。シロ達同様にかつて神に抗った存在として、ラファエルことラビエルさんの設定はかなり昔からあったのですけど、それをどこで回収しようか悩んでました。ここを逃すと最後にたくさん詰め込んでしまうなと思って、思いきって八章まるまるラビエル勢力のお話に。
アトラちゃんが作中で話したように、今回のお話で大体の趨勢は決定しました。シロ達が自力でサリエルに勝っていたら今後は別の展開だったり。一応数パターン結末を考えてたんですけどね。
ここから大きな分岐があるとしたらシロの最後かなぁ。その辺りはもう決めちゃってるんですけどね。ぜひぜひ最終回をお楽しみに! ……もうちょっとだけ続くんですけど。
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