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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
八章 宗教国家の祈願王女
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Q.59 とある少年の矜持

カガリくん編

 や、や、やべーっ!!

 太刀筋が追いつかねえ!! 

 そりゃ向こうは精製した剣を片っ端からぶん投げてきてるから追いつくのでやっとなのは当然なんだけど! 

 追いつくと言っても受け流すので精一杯だし、何しろ一撃が重え!


 や。だめだ、弱気になってたら勝てる勝負も勝てねーよ。耐え忍ぶことなら誰よりも自信がある。

 しょーがねえ。葉月があれだけ頑張ってるんだ。俺だってらしいとこみせねーと、男の名折れだぜ!!

  

「いっくぜええええ!!」


 俺がこの世界に呼ばれたときにもらった力。自分の知っている英雄の力を引き出す能力。

 例え本物の英雄にはなれなくても、友達が困っているときに助けられるのならそれで良い。葉月を、葉月の想いを守り通すんだ!


「――英雄模倣インストォォール! 《宮本武蔵》!!」


 和装に長短番の二刀。纏った姿は、元いた世界では侍と呼ばれる旧時代の剣士だった。

 ここではどうだかわかんねえけど、白兵戦において剣を扱うというのは最早死に最も近い。

 例えば銃。いくら近接戦闘とは言え、至近距離で銃の速度には対応できない。魔法なんてもっと早いと思う。

 だけれど、今さっき俺が模倣した刀の達人は、曰く。


 ――光を超えた。


 武蔵のおっさんを降ろして理解した。伝承は本物だって。刀の振り方ってものをここに来て初めて理解した。力任せに振り下ろした結果は「斬った」とは言わないんだ。物体を刀で捉えてようやく「斬った」と呼ぶんだ。伝承でしかなかった彼の流派を体を持って理解する。

 事実、俺の今の一振りは勇者の兄ちゃんの三撃とおんなじだ。それでいて獲物は左右に長短一本ずつ。たとえ当たらないと分かりきった剣の弾でも、もう一本たりとて俺の後ろに通さない自信があった。

 自然に力を任せ、流れに沿って剣を振るう。それだけで太刀筋は結果を生んだ。

 や、まじか。すげえな。

 自分の体じゃないみたいというか、無駄が一切無いというか。

 

「……み、ら。俺が……まも、るんだ」


 壊れたロボットみたいだと思った。どこ見てるんだかわからないような目で、ブツブツと同じ名前ばかり呼んでる。

 たぶん「ミラ」ってのはあのちっこくて白い姉ちゃんのことだろう。天使の姉ちゃんも「ミラちゃんはお胸が小さい方」って言われてるから間違えようがない。そういや二人は魔界でも一緒だったな。仲良しなのかな。もしかしたら付き合ってたりするのかもしれない。

 けど。それでもそんな状態になってまで誰かの心配ができるなんて、およそ普通の人間じゃ無理だろ? 


「勇者の兄ちゃん。あんたは本物の英雄なんだろ? だったらそこの姉ちゃんのためにも正気に戻ってやりなよ」


 あんたは俺と違って本物なんだからさ。

 ぶっちゃけ憧れてたりもするんだぜ。守りたい人を際限なく、もれなく守れるのは男だったら誰だって心が動かされるはずだ。


「う……ぁ。ぁあ。ぁあああああああ!!!」


「ちょ、篝君!? 刺激しないでよぉ!!」


 えぇー!? 俺のせいなの!?

 普通だったら今の言葉で、「俺が……間違ってた。ごめんな少年……」みたいな展開になるじゃん!! 漫画とかだったらそれで終わりじゃん!!

 と、軽くか細い風切り音を耳が捉えたと思ったら、その次には体だけが勝手に反応していた。

 

「――ッ!?」


 遅れた意識がやってきたのはちょうど一秒後。今のは目に見えて、いや、見えないくらいに弾速が上がっていた。しかも剣じゃなくて、もっと小さな……羽か……?

 勇者の兄ちゃんの方を見ると、背中あたりから翼が生えていた。普段は出さないけれど、本気になったときの天使の姉ちゃんみたいな、真っ白な翼。息をするように淡くなったり眩くなったり緩やかに明滅している。

 辛うじて反応、左の刀の切っ先に当てて逸らすことが出来たけれど、二度同じ動きができる自信はない。これが斉射されると思うとゾッとするぞ。頼むから単発であってくれよ。


「……フル。残弾127。第一ターゲット存命。提案、一斉発射。……承認」


 うそだよな?

 今のがあと、127発……。

 ――考えるよりも先に突っ込んでいた。葉月の前に出て彼女を守ることも考えたけど、最善は撃たせないことだ。さっきのをすべて弾けと言われてもまず不可能。だったら展開しているあの翼を速攻でぶった切る!!


「う、らあぁ!!」


 右手の長刀で一翼! 右に流れた体を跳躍しながら捻りつつ、残った左の翼を削いだ。 

 振り向き、勇者の兄ちゃんの背中を確認する。輝いていた翼から徐々に光が失われていた。葉月も無事みたいだし、どうやら上手くいったみたいだ。


「よっしゃ……ぁ――?」


 直後、重い一撃が伸し掛かった。



 ……やべ。今何秒気絶していた?

 右目が見えない。開けているはずなのに赤黒い色しか映らねえ。しかも鉄臭い。血だ。

 

「ベトール起動。推奨、第一ターゲット殺害」


 勇者の兄ちゃんが近づいてくる。手には大きな剣。

 ああ、死んでないってことは何とか防げてたのか。能力が消えてるってことは防ぎ切るだけで精一杯だったみたいだな……。

 遠くの方で白い姉ちゃんの声が聞こえる。葉月の声はしなかった。何とか間に合わせようと、あえて俺の方を見ないようにしてるんだろうか。ワガママ言うなら悲しんでほしかったかも。

 もういいかな。立ち上がろうとふんばろうとも何より体が動かない。まるで元いた世界みたいだ。どうせ一度死んだ命だ。二度目の死は怖くないや。


 ――……でも。それでも、二度後悔するのは嫌だった。

 

「………………かよ。負けてたまるかよ!!」


 全力を振り絞る。目の前の「敵」が目指すべき「理想」だ。


「――英雄模倣インストール。《シロ》……!!」

 

 いつだってヒーローや英雄って呼ばれる人たちに憧れてた。

 俺にはそんな機会も、体もなかった。毎日毎日病室の窓から中庭を恨めしそうに外の喧騒を眺めるだけ。フィクションの世界にのめり込み、せめて心だけでもと取り繕ったものは結局ハリボテでしかなくて。傍から見たらとても滑稽だったんだろうなぁ。結局そのまま死んだんだけどな!

 さあ、あんたはどうだ?

 何を見て、何を思って世界を救った?


 薄暗い地下監獄が俺を起点として青白い光りに包まれる。その光景はまさに描いていたヒーローの変身シーンだった。

 外装と言った外装はこれといって無く、唯一現れたボロっちいマントだけを気づいたら羽織っていた。

 続いて勇者の兄ちゃんを構成する力を把握する。ふんふん、なるほど。魔力を介さない俺からしたら扱いやすいことこの上ない。


「クラフトワーク……ベトール!」


「……うそ。その魔法は……!」


 通常の手順を辿るならば明らかに寿命が縮むであろう禁忌を軽々と犯す。逆に言うなら、兄ちゃんは命を削ってこの魔法を使ってここまで戦ってきたってことになる。

 ああ、兄ちゃんはそうまでしてこの人が大事なんだな。羨ましい限りだぜ。俺も……守れるとしたら葉月や天使の姉ちゃんになるんだろうか。二人共つえーから守らなくても安心なのが悩ましいところだけ、ど!


 ぶつかり合う虹彩の剣。勇者の兄ちゃんの剣が俺の腕をかすめ血が飛んだ。必死に洗脳を解こうと、顔を顰めて集中している葉月の頬に飛沫が飛び散る。


「~~!!」


 葉月は血がだめなのに。目をぎゅっとつぶってこらえていた。 

 過去のトラウマを思い出そうと気を確かに保っているのは彼女なりの意志なんだ。

 ……残った魔法を再現すれば……そんな思いをさせなくても……!

 だけどこれ以上の魔法を使わせたくない。兄ちゃんがこれ以上危機を感じて魔法を展開しないように、このままベトール同士で、丁度同じ力で競り合い続けてやる!

 しっかし、さすが勇者。伊達に修羅場を潜ってないぜ。同じ能力、同じ動きなのに徐々に押されている。体格差もあるけど、これは兄ちゃん自信の成長だ。「戦いの中で成長しているのか……!」ってのをまさに目の前で体現している。

 ただただその才能が恨めしい……ぜっ!!

 互いに大きく剣を弾き、


「葉月っ、まだ掛かりそうか!?」


「あと……っ、ちょっと!!」


 本来のスペックを超えている事は俺自身がよくわかっている。もういつ能力が切れてもおかしくない。てかまだ切れてない事に驚きだ。葉月も今以上に処理速度を早めるのは無理だろう。

 勝負は、もう一分とかからない内に終わる。

 再び鍔迫り合い。超至近距離にまで詰め寄る。


 ……楽しいと感じた。

 組み合って何秒経っただろう。兄ちゃんは相変わらず表情が読めず、生気を感じないけど、なぜだか楽しいと感じてしまった。

 もうちょっと、まだいける。叶うならこの斬り合いが続いてくれとさえ願ってしまう。

 一手一手を、勇者の兄ちゃんに指導を付けてもらっているかのような感覚だった。

 

「わかったよ。これが兄ちゃんの通った道なんだ」


「後五秒! 凌いで篝君っ!!」


 ……いける!! 間に合う!! こんな俺でも世界の命運を賭けて戦いきれる!!

 ――希望が差し込んだその時、無慈悲で無感情で抑揚のない声が鼓膜を揺らした。


「……ターゲット更新、静海シズミ葉月ハヅキへの攻撃が有効と判断」


 抑えていた剣がするりと抜ける。


 ――そのまま流れるように切っ先は葉月へと向けられて。

 ――俺の横を通り過ぎる兄ちゃんがスローモーションに見えて。

 ――ただただ「葉月を助けなきゃ」って、一心にそう思って。

 

「オフィエル!!」「だめぇっ!!」「――――――!!」 


 ――それぞれの想いが交錯した空間で、突き刺した剣の先を、柔らかな肉の感触を確かめたくはなくて、逃げるように意識を手放した。



「――君。……リ君! ……篝君!!」


「ん…………」


 目を開けると、葉月が落とした涙がほっぺにぽつぽつと降ってきた。

 

「おわっ!? な、なんで泣いてんだ葉月!? ってか、俺……」


 そうだ。刺した。刺してしまった。

 葉月へと向かう兄ちゃんを止めようとして、それを庇った魔王の姉ちゃんを……俺が……。


「なんて顔してんのよ。子供は子供らしく笑っときなさい」


 今みたいな特徴のある甲高い声で叫ぶこともなく、一刺しで。


「――へ? おばけ?」 


「あ? なに? 喧嘩売ってるの?」


 おばけの割にははっきり見えるし、割とピンピンしてる。凄く恨まれてたってことか。

 ああ、だってその見た目で死んだんだもんな。背はちっさいし胸も壁みたいで、おおよそ英雄の奥さんに相応しいって言えないもんな。勇者の兄ちゃんとどこまでいったかわかんないけどきっと非業の死だったに違いない。俺はなんてことをしたんだろう。

 

「ごめんな、ペチャパイの姉ちゃん。俺、償うから。勇者の兄ちゃんにはちゃんと伝えるから。好きだったんだよな……」 


「~~っ!! よし殺すっ!」


「わー! やめてやめて! 折角皆無事・・・だったのに、死者を出さないで!!」


 葉月が俺と魔王の姉ちゃんの間に割って入る。手をブンブン振り回して、遮っている姿は不謹慎にも笑いがこみ上げてしまった。

 って、今なんて? 皆無事?


「ほら、ミラもその辺にしとけ。彼等は世界と命の恩人だぞ」


「う~! んー!! ばかっ! シロの大バカ!!」


 勇者の兄ちゃんにひょいとお腹を抱き上げられ、何もない空間に向けてぐるぐるパンチを繰り出す魔王の姉ちゃん。あれは明らかに恥ずかしさに頬を染めているな。


「え? 触れてるってことは、まじで生きてる……?」


「生きてるわよ! 危うくあんたに殺されかけたけどね!!」


「そ、それはだって勇者の兄ちゃんが葉月を狙うから……。いや、ごめん!」


 葉月を守ろうとして兄ちゃんを斬ろうとした俺と、魔王の姉ちゃんを守ろうとして葉月を狙いに行った兄ちゃん。いざとなったときにお互い手段を問わなかったのはおんなじだし、その気持はよく分かる。まして兄ちゃんは意識がなかったんだからしょうがない。


「いいや、俺がまんまとあいつに嵌められたからこうなったんだ。寧ろ助けてくれてありがとう」


「でも、どうやって? 確かに俺は魔王の姉ちゃんを刺して……」


 俺がどうしてもわからなかった部分に触れると、皆揃って一方向へと視線をやった。


「わたくしが光の湾曲の魔法を使いました」


 可憐でおしとやかな声。助かった方法が頭に入ってこないくらいにキレイな声でびびった。

 

「ありがとう、カガリさん。貴方とハヅキさんのおかげで、希望が……」


 そこまで言うとずっと倒れ伏していた賢者の姉ちゃんは泣き崩れてしまった。

 胸のまえで手を組み俯きがちに泣くその姿は、物語の中で見る女神様みたいだった。


「……ありがとう……ほんとうに、わたくし……もうだめだと…………」 


「いや、そんな。泣かないでよ、俺の方こそ、その、ありがとう」


 なんて言葉を返せばいいかわからなかった。思い浮かんだ言葉を言おうと思ったら何を言っているのか自分でもわからなくなってしまう。


「今回ばかりは君たちにいいところ持って行かれたな。追い詰められて女の子狙うとか自分で自分をぶん殴りてえくらいだよ」


「ほんとよ! 今回シロなんにもいいとこ無いんだから! せめてあのクソ天使くらいぶっ倒しなさい!」


「はいはい。で、大丈夫か? えっと、ルミエールであってるよな? 大丈夫か、立てるか?」 


「はい。大丈夫ですわ。もう泣いてられませんもの」


 涙を拭った賢者の姉ちゃんの目は見た目の優しさとは真逆の力強い目だった。

 きっとこんなとこに閉じ込めた天使の所へ行こうとしているんだって、すぐにわかった。


「なあ、でもあっちは天――」


「篝君!」


 葉月がそれはだめだよ、と俺の言葉を遮った。

 天使の姉ちゃんとしては、きっとこの後葉月の力で記憶を消去したほうが都合がいいんだろう。葉月もそう思ってるのか、そう言われたかどっちかだと思う。でも、本当にそれで良いのか? この人達と協力するってことは出来ないのか?

 葉月は皆の方へ向き直ると、 


「皆さんありがとうございました。ミラちゃんも、本当はちゃんとお友達になりたいんだけど……ごめんね」


 そう言いながら葉月は泣いていた。泣きながら、能力を行使した。

 


「あとは、なんとかなるよ。きっと天使のお姉ちゃんやシロさん達がなんとかしてくれる」


「…………うん」


「わたしだってね、本当は一緒に行けたら良いなって思ったよ。……でも、この生命はお姉ちゃんにもらったもの、だから」


 両の目を間断なくこする葉月。葉月が前の世界でどんなやつだったか俺は知らない。友達がいたのかいなかったのかさえ、さっき始めて聞いたくらいに葉月は過去を語ろうとしなかったから。

 でも、本当に魔王の姉ちゃんと仲良しになれたのが嬉しかったんだろう。こんなに泣いた葉月は、こっちに来て直ぐの弱気なこいつ以来見たことがなかった。

 

「……戦いが終わったら、それでもまだ俺たちが生きていたら兄ちゃん達にまた会いに行こう」


「え?」


「だって、そうなったら争い合う必要も無いんだし、天使とか人間とか関係なくなると思うぞ」


「……そう、だね。終わるといいなぁ、戦い」


「そう考えると楽しみだろ! だってまたあの兄ちゃんと戦えるんだぜー? 三度目の正直! 今度はきっちりと決着付けてやるからなー!」


 わざとらしく、全て吹き飛ばそうとして、「うおーっ!」って空に叫んでみた。

 意外にも葉月も一歩遅れて「うおー!」と叫ぶ。


「あはは、篝君みたいな声は出せないや。帰ろっか、お姉ちゃんの元に」


 あの人は天使で俺達は人間といっていいのか分からない存在で、すんごい難しい関係だけどそれでも確かに俺達の面倒は見てくれる。

 今はあそこが俺たちの帰る場所だ。戦いが終わったあとどうなるか分からない、曖昧な関係だけど。今はそれでも十分に安心出る場所だ。


「あーお腹すいた! 美味しい物買ってもらおーっと!!」


「もーだめだよ篝君、お姉ちゃんだって無限にお金持ってるわけじゃないんだから」

 はい、ハヅキちゃん視点に続きカガリくん視点でした。

 イメージは変身ヒーローみたいな? 

 ピンチ→フォームチェンジ!→もっとピンチ→さらにフォームチェンジ!っていう一周回って清々しいインフレが好きだったりします。

 シロとカガリ、ミラとハヅキと似た境遇同士これからの展開が楽しみな二組でもあります。


 ブックマークありがとうございます!

 感想や評価もお待ちしてるので、ぜひしていただきたいです!

 twitter → @ragi_hu514

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