Q.58 とある少女の矜持
天使の付き人の少女、ハヅキ編です。
改めて天使のお姉ちゃんの凄さを実感する。
今回の相手は明確に敵対していると判明しているだけでも数千。街に住んでいる住民を敵として数えるとするならば数万に上る。それに対してこっちはたったの五人。元いた世界でも少数による大番狂わせは多々あったと思うけれど、それらを可能にしたのは優秀な指揮官がいたから。今こうして敵部隊の隙間を縫うようにわたし達が移動できているのも、きっとあっちで様々な調整や誘導が行われているからだろう。
――ピピピッ。
魔術によって彩られた電子音的な通信音が頭の中で鳴り響く。次いで聞こえてきたのは馴染みのある柔らかい女性の声。
噂をすれば、だね。
『そっちは無事みたいね。このまま二人は予定通り、シロちゃんとミラちゃんの救出をお願い。たぶん大きくて不安定な魔力を辿っていけば会えると思うわ』
声のさらに向こうから何やら生々しい打撃音が聞こえてるんだけど……。どうやらラファエルお姉ちゃんは戦いながら話しているらしい。あの人からしたら魔法が飛び交い、命をいつ失うかわからないような戦場でさえ朝飯前なのかもしれない。
『ああ、あと一つ。こっちはしばらく忙しくなるから連絡できないから。一息ついたらまた連絡するわね~』
わたし達の返事を待たずに一方的に途絶える通信。
「やっぱ強えなー。前々からただもんじゃ無いとは思ってたけどさー」
隣で篝君が彼らしくない声色でそう呟いた。
篝君はお姉ちゃんと同じ作戦部隊が良かったみたい。そのほうが実力が間近で見られるからって。けど「戦力は二分したほうが効率的でしょう。それに私がシロちゃんに見つかったらややこしいことになっちゃうから~」と、希望を認めて貰えなかったからか少し拗ねてるんだ。こういったバトルマニアみたいなところ本当に男の子だなーって思う。それ自体は悪いことじゃないし……まあ、その?かわいいなとも思う時もあるけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「だめだよ篝君? お姉ちゃんがやれって言ったことなんだからちゃんとお手伝いしないと……」
「だってよー。今から助けに行くのって魔界で戦ったヤツたちなんだろ? お姉ちゃんの邪魔する悪いヤツをわざわざ助けに行くのってヘンだろ」
悪いヤツ。
そっか。篝君はあの人達を敵としてみてるんだね……。確かにお姉ちゃんを殺そうとしてたし、次にあった時はそれこそお姉ちゃんの命も危ないだろうけど……。わたしにはあの人達が悪い事しているようには見えなかったよ……。だから願わくばあの人達と敵対したくない。
……けれど一度は潰えたわたしに、新しい命をくれたお姉ちゃん達を裏切ることも出来ない。もしも、悪戯な運命がわたしたちに意地悪して彼等と戦うことになったら。その時は、何が何でも――、
「おーい? 大丈夫か葉月? カオコワイぞー?」
「ひゃっ!?」
わ、わわ。びっくりした。
覗き込むように接近していた篝君の顔に驚き、一歩後ずさる。
「葉月は難しいこと考えすぎ。何にも考えずに笑ってたほうが良いと思うぞ」
「う、うん……。篝君みたいに何にも考えないってのは難しいけど、……努力するね」
「うんうん。って心なしかバカにされてたような!」
「あはは。してないよー。ありがと。もう大丈夫だから、急ごうか」
・
・
・
結局一度たりとも交戦せずに城まで辿り着いてしまった。お姉ちゃんに渡された地図に従っただけなんだけれど、ここまで上手くいくと寒気すら感じちゃう。あの人には一体どんな世界が見えているんだろうと、場違いな疑問に意識をとられていると、
「ごめんくださーい!!」
「わーっ!! 待って待って! そんな友達のおうち行くテンションで入って行かないでー! と言うか律儀にあいさつしないでいいから! バレちゃうから!!」
これだからいつも篝君には頭を抱えさせられる。
きっとお姉ちゃんが篝君を分断したのも、ときにこうして自ら厄介事を呼び込むからだろうなー。つまりわたしは厄介事を押し付けられたってことかも……。
はぁ。溜まる気持ちを吐き出して、切り替える。ここで見つかって足止めを食らうわけにはいけない。
ひとまず門の向こうを魔力感知。
数は二。体格からして大人の男……門番さんかな? 魔装武具持ちだから警戒されてるな。
「わ、わりぃ……」
「まったく、もう! しょうがないなぁ……」
門が開く前に篝君を植え込みの陰に隠れさせる。
中からムキムキなおじさん二人が槍を構えて出て来る。敵襲を警戒していたからかわたしの姿を見て一瞬固まる。その隙を逃さない。
「ねぇねぇおじさん達ぃ、街の皆はどうなっちゃったのぉー?」
我ながら呆れ返るほど全力の猫なで声。上目遣いで敵意はないと訴えてみる。
わたしはあくまでも街の少女! 仮に洗脳されていたとしても、先程の反応から幼気な少女に手を出すほど盲目的ではないと信じてみる。実際予想は的中していたみたい。構えの姿勢から魔装槍の持ちて部分を地面に下ろす。
「わたしはぁ、リラ=サリックスって言うの。お家で隠れんぼしてたら皆いなくなっちゃって……。怖かったの。おじさん達は誰? お名前おしえて?」
「それは大変だったな、リラちゃん。おじさん達はこのお城の番兵だよ。俺がバッグス・クレクス、こっちがウェッズ・キカーダだ。ささ、外は危険だから城に入るんだ」
「うんっ! ありがとー!! でも――」
……ごめんね。たとえ洗脳されていようがいまいが、どっちにしてもわたし達の痕跡は残せないから。
たった今知ったその名を媒介に、授けられた力を此処ぞとばかりに振るう。
「絶対命令バッグス・クレクス、ウェッズ・キカーダ………っ!」
ノイズが頭に流れてくる。やっぱり洗脳されてたんだ……。
二人は意識こそ平常だけれど「城に入ったものを殺す」と言った命令が施されていた。この洗脳魔法をかけた人はきっと性格が悪い。きっとこの二人はこのままだとわたし達を城に迎え入れた途端に攻撃する。でも二人からしたら手にかけた意識がないんだ。気づいたときには子供が二人目の前で死んでいて、自身の手が血に塗れているのを見て殺したことに気付く。
まあ、そんなことさせないけど。何処かで最悪の情景を思い浮かべてほくそ笑んでいる誰かさんには悪いけれど、代わりにわたしの痛みで我慢して。
「上書き! 一分間気絶した後、わたしと会った記憶を消しなさい」
糸が切れた人間のように頭を垂れ、その場で停止する二人の門番さん。
同時に心に張り裂けるかのような痛みを感じ、その場で地に膝をつく。そんなわたしを案じてくれたのか、篝君が駆け寄って背中を擦ってくれた。
「使ったのか。……ごめん、俺のせいだな」
「……ううん。篝君のせいじゃないよ。わたしはこの力でよかったって思ってるから」
「葉月……」
「篝君みたいに誰かと戦うなんて、わたし怖くてできないから。わたしにぴったりな力だよ。お姉ちゃんには感謝してるんだから」
「……。ほんとごめんな」
この心の痛みは人を傷つける痛みの代わりなんだよ。誰かを切ったり殺したりするよりこっちのほうがずっと楽。
「ほら、さっさとしないと門番さんたち起きちゃうよ! 早くお城の中へいこう」
「……ああ。次からは気をつける。そうだな、うん、『あんみつこーど』だ! あれを思い出すんだ俺!」
一人勝手に盛り上がる篝君を見て、自分でも不思議な事に自然と笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、なぁにそれ? またゲームからの知識? それを言うなら『隠密行動』だよ」
曲がり角からちらりと顔を覗かせ、城内へと進んでいく篝君の後を追いかける。背中を見ているのに、わたしが彼に背中を押されているような。手を引っ張られているような。そんな感覚が、不思議と足取りを軽くしてくれたんだ。
・
・
・
地下二階。「人質は地下牢にいるのが相場」という、全くあてにならない前世界のゲーム・マンガ事情に振り回されてかなり深くまでやってきてしまった。けれど確かに靄がかかったみたいな大きな魔力は、地下に降りていく度に明晰に、形付いていくのを肌で感じていた。自己防衛のために張り詰めピリピリとしているもの、何処かもの悲しい諦観と後悔に塗りつぶされたもの、真っ黒い絵の具をぶち撒けたと表現するに相応しいもの。
正直、怖かった。
先陣を切る篝君がいなかったらわたしはきっと逃げ出していたはずだ。先二つの魔力はまだ良い。よくある人間の感情が魔力に表れているだけ。きっと本来はもっと澄んだ綺麗な魔力なんだろう。けれど最後の一つ、これに近づくのがためらわれたんだ。「ある」か「ない」か。人間の持つ魔力にしてはあまりにも無機質でその二種類しか表現のしようがない事実が言い様のない不安を悪戯に掻き立てる。きっとこの先で囚われている人物は、わたしが魔界で会ったあの二人ともう一人の誰か。
願わくばこの吐き気すら催す魔力の持ち主がまだ会ったことのない誰かであって欲しい。
「……じゃないと、そんなの。あんまりだよ」
「んー? 何か言ったか?」
すごいね、篝君は。
そう言いかけたが、取り留めの無い一言はこくんと飲み込まれた。
あの先に、いる。
最深部の鉄扉は重厚で見るからに重そうだった。しかしその見た目と裏腹に、まるでわたしを誘うように軽く引いただけで開いてしまった。
まだ心の準備が出来てなかったのに。おいでおいでと手招きをする部屋の主。
「……貴方達は!」
違う。この人は知っているけど、この人じゃない。
部屋にいたのは三人。酷く傷ついた女の子、意識が無いのかピクリとも動かない女性、そして――。
声の主、小さな白い女の子はその腕の中に一人の青年を抱えていた。体の至る所に傷を作り、顔は殴打されたのか一部腫れていたのに、それなのに青年を守ろうとする彼女の姿は絵画から飛び出してきたかのような美しさがあった。
ああ、やっぱり。
最初にでてきた感想は予定調和のようで。
一歩踏み込むと、毛を逆立てた猫のように女の子が威嚇を始めた。
「こないで!! これ以上……これ以上シロに手出しはさせない!!」
監禁による疲弊のせいでもう魔力はほとんど残っていないのだろう。手を前にかざし、攻撃姿勢を取っているが一向に攻撃する気配がない。篝君も最初こそ警戒してわたしを制止したけれど、遮るような手を下げ小さく「気をつけろよ」と言うと、一歩後ろに下がった。
「わたし達は貴方達を助けに来たんです。危害を加えるつもりはないです」
「嘘よ! だって魔界で会ったあの天使のそばにいたじゃない!」
青年を抱く彼女の腕に、よりいっそう力が入る。
これ以上刺激するのは悪手だと悟って、わたしは歩みを止めた。どちらにしろ近づく必要はないんだからわざわざ状況を悪い方向に持っていく必要はないよね。果たして魔法だらけのこの世界で効果があるのかどうか甚だ疑問だけれど、映画の傭兵が如く両の手を上げて中途半端に前にでた右足を引っ込めた。
「……なんのつもり?」
「バゼッタ・ミラ・エイワーズさん、ですよね? 千年も昔に名を馳せた元魔王」
「質問に答えなさいよっ!!」
気が立っているのか、語調が荒い彼女の言葉を無視して続ける。
「わたしの能力、絶対命令は強制的な命令を対象に発動させる能力です。発動には対象の本名を必要とします。」
「お、おい? 葉月ぃ!?」
唐突に貰った能力の種を明かすわたしに驚いたのだろう、篝君が裏返りそうな声で名を呼ぶ。
一方でミラさんは、訝しげな目でわたしを見つめていた。敵意よりは困惑の色合いのほうが強い表情。
「たぶんこの世界の魔法体系とは違う能力です。抵抗は出来ないと思ってください」
「脅してるの?」
「違います。わたしの力ならそちらの方を助けることができるかもしれません。ここに来る前にも二人洗脳された人を無力化してきましたから」
「…………。シロに危害を加えたらタダじゃおかないから」
何だか羨ましいな。それほどまでにこの人はシロさんのことが大事なんだ。
「篝君。わたしの首元に剣を当てて。わたしがシロさんを攻撃したら、首、撥ねていいから」
「は!? そんなことできるわけ――」
「やって。もし攻撃したときにわたしを殺してくれなかったら、篝君を『自殺させる』からね」
「……おう。わかったよ」
「……貴女頭がおかしいって、友達によく言われない?」
その皮肉につられてふと思案する。顎に指を当てて考えてみてもそれらしい言葉は記憶の中には見当たらなかった。
「友達、いませんでしたから。あ、でもミラさんとならお友達に慣れそうかな」
「……ふん。考えとくわ」
魔界の彼女とは違った一面を垣間見た気がした。一件仏頂面に見えるようで照れを隠し、そっぽを向く仕草は心を許すには十分だった。やっぱりこの人達は悪い人たちじゃない。
「あ、そうだ。シロさんのフルネームを教えてもらってもいいかな?」
そう尋ねると、ミラさんの空気が凍った。「こ、この場合どうすればいいの? 教えちゃっていいの? ここにあいつはいないし。教えないとシロが、でも、でも」と、延々一人で思案し続ける。
「……教えるわ。その代わり誰にも言っちゃだめ。こいつの本当の名前は、シロがシロであるためにあってはいけないから。だから、お願い。可能なことなら記憶から消して」
彼女らしくない必死の懇願だった。まだミラさんのことを深く知っているわけではないけど、彼女が誰かに頭を下げてまでお願いすることは余程のことがなければ無いだろう。むしろ自力でYESと言わせるまでありそうだ。実際さっきシロさんを助けると提案したときでも彼女はわたしを疑ってかかった。
「記憶から消すってのは難しいけど、約束する。絶対に言わない」
「……ありがとう」
ミラさんはゆっくりとシロさんを床に寝かせると、おぼつかない足取りでわたしの元へ向かい始めた。よく見ると彼女の右足は鬱血していた。本来白く細いのであろう足は腫れていて直視するのにはためらわれた。歩きかたからしてもしかしたら折れているのかもしれない。
それでも必死に、一秒でも早くシロさんを治してもらおうと藻掻く彼女が居た堪れなくなってわたしの足は彼女の元へと駆け出し始めていた。先程は威嚇してきた彼女も、今は安心したように歩を休める。
体と体が触れ合うほどの距離まで近づいたところで、彼女は全身の力を抜き、体をわたしへと預けてきた。
「ごめん……。クソ天使にいじめ抜かれて実は立ってるのも限界だった」
耳の直ぐ側で彼女の声が聴こえる。
「ここに来てくれたのが貴女達でよかった。……もうだめかと思った。だからありがとう」
「いえ……」
「教えるわ。こいつの名前は――。」
伝えられた名前を用いて彼の中へと潜る。
――絶対命令。
・
・
・
構成された洗脳内容はとても単純だった。
彼は与えられた台本をただなぞるだけ。そこに自身の意志などなく、だけど自我があるように思っている。今は丁度あの天使たちの塔へと向かっている途中だった。新たに増えた仲間と共に賑やかな旅路は微笑ましいが笑えなかった。
まるで自分は神だと言いたいのか。この洗脳をかけた人物に酷く憤りを感じた。門番さん達の時は酷いことするな、程度だったけれどもう許せない。この力はそんな大仰なものではないのに。我が物顔で振り回し、他人をめちゃくちゃにしているのが許せない。
「上書き。洗脳をといて現実へともどれ」
――ついでにこっそり「ミラさんを幸せにさせてあげて」と書き込もうと思ったけど、やめておいた。この人ならば問題ないだろうし、それにわたしが書いて干渉したらそれこそこの魔法をかけたクズと同じだ。込めた善悪なんて関係ないんだし。
イメージを終了させる前に、視界が明滅した。
・
・
・
激しい金属音でわたしは現実へと戻された。
……失敗した? ううん、間違いなく成功したはず。
だってシロさんは立っている。さっきまで壊れた人形のようにピクリとも動かなかったのに今は動いて、いや攻撃してきている。
「葉月! 下がれ!!」
飛んでくる真っ白な剣を篝君が既の所で弾く。
遅れてやってきた心の痛みとともに、一文の心情が流れ込んできた。
『君たちが来る事は想定内だったよ。ここまできた君たちにプレゼントだ』
ぶつけ様のない怒りが湧き上がる。
人を、人間を何だと思っているんだ……! わたしは
「篝君! その人は操られているだけ!! もう一度、絶対に、わたしが書き換えるからそれまで凌いで!!」
「わかった! 任せろ!!」
此処で諦めたら一生後悔する。
初めて生まれた義務感だったかもしれない。
なんとしても、こんなことする外道の思い通りにはさせない!!
逸る気持ちを押さえつけ、これまでにない速度で、再び彼の心象へと潜った。
おまたせしてしまって申し訳ありませんでした。
ちなみに明日はカガリくん編です。
ハヅキちゃんが使った偽名ですが、現時点では何の意味もないのでスルーしていただいて結構です。このお話では全く関係のない名前なのです。ただ出しておきたかっただけです。
逆に門番二人はわかりやすいかも。男、二人組、おっさん。で思い浮かんだのはあの二人組でした。
ブックマークありがとうございます!
感想や評価もお待ちしてるので、ぜひしていただきたいです!
twitter → @ragi_hu514




