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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
八章 宗教国家の祈願王女
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Q.57 ふぇいたるえらー

前回の短さを補うかのような長さになっちゃいました。

 たすけて……だれか……わたくし…………もう…………。

         ――……誰も来てはなりません。呪われたこの国に、きては、だめ。




「いやー、やっぱり馬車は快適ね!」


 いつもに増して機嫌がいいミラ。街から街の道程が長期に渡れば渡るほど急降下する機嫌であるが、もう目的地は目と鼻の先というこの時点で機嫌が悪くなっていないというのは、この旅が始まって以来初であった。と、言うのもその功績というか原因というか、新しい仲間がパーティに加わったからであり――、


「しろぉぉ……。たすけてくれぇぇ……」


 本来馬の物である馬車引きのポジションをウェンが一任しているからである。


「ダメだ。お前が悪い。今一度自身の軽率さを噛みしめるんだ。てかむしろこの程度で済んでるんだから勘弁してやってくれ」


「くそ、違うんだ……オレはミラちゃんの裸が覗きたかったんじゃ……。と言うかどうせならセトラちゃんとかクアさんが良かったんだ……っ!!」


 どうやらウェンは質より量派らしい。この辺ヴィントと趣味嗜好が同じだなぁ……。いや、何の話というわけでもないけど。


「ウェンさん……」


 はっと一瞬ときめくセトラ。


「セ、セトラちゃん……まさかオレのこと助けてくれ――」


「石、追加です♪」


 ごめん、見間違いだった。

 まあ妥当といえる仕打ちだろう。先程も言ったがミラの裸を見て魔法による武力行使もなく肉体労働程度で済んでいるのなら可愛いものだ。俺なんて最初の頃は何回死にかけたか。

 そう、あれだけリファブールにて口で誠意を示しておきながらウェンの奴はミラの着替えを覗いてしまったのだ。たまたま休憩中に、珍しくミラが着替えたいと言ったために俺とミラは二人馬車に残った。その様子を訝しんでか嫉妬してか、はたまた興味本位からかウェンは俺達の後についてきてしまった。その後は実際に見ていないため、聴覚に状況の把握を頼る事になったが想像に難くないだろう。ミラのそれはまあ貧相な体を見たウェンが軽く錯乱。数秒後には濁った悲鳴が聞こえてきた。

 フレイヤとセトラは辺りの植物の植生を調べたいと散策へ、クアは休憩が決まった途端に草のベッドに身を委ね、ソルレーヌとガブリエルは錬金術と製薬の素材(ちらっと話を小耳に挟んだが結構ディープな素材のラインナップだった)集め。確かに男であり、つい最近仲間入りしたばかりのウェンには居場所を選ぶに選べなかったのだとは思う。だが、こいつはよりによって一番選んではいけないものを選んでしまったのだ。


「ほらほらー! まだまだウマリンのが早いわよ!」


 暴君此処に在り。よく考えれば単純な筋力なら馬に分があるに決まっている。ウェンは肉体強化系でもないしなぁ。

 ミラのその言葉に呼応してか、ウマリン(ミラ命名)も後輩馬の方を振り向いて僅かに鼻を鳴らした。ウェンは自身の惨めさに声のトーンを落としつつ、馬車を曳く。

 

「シロ、オレちょっとお前が言ってたことわかったかもしれねえ……」


「だろ? お前も災難だな。せめて見る相手を選べたら良かったのにな……。あんなのソルレーヌの裸を見るのと何ら変わりないしな」


「シロー? あなたも馬車引きたいのー?」


「きょうもみらちゃんはかわいいなー」


「え~ほんとう? やだなぁシロったらもう~」


 いつも通りのやり取りをしようと、棒読みで言うなっ、的なコメントと共に掌底でも飛んで来るかと身構えしていただけに、変に照れられるとその……調子が狂う。ガーデンでのやり取りがあった後から多少マイルドになった気がする。うん、いい兆候だと思いたい。でも怒った顔のミラを見るのもそれはそれで楽しみなんだけどなぁ……。


「は? なに? やっぱりシロとミラちゃんって付き合ってるのか?」


「まだ」「「付き合って」」「ねえ!」「ない!」


 唐突な質問への返答はノータイムで一致していた。

 ああ、事情を知らないとそう見えてしまうんだなぁとミラとの関係性に微妙な気まずさを感じてしまう。ミラと顔を合わせると、恥ずかしさとちょっとした怒りが混じったようなその表情を逸らされてしまう。膨らんだほっぺにちょっぴり罪悪感を感じた。

 そんなウェンとのやり取りに鉄槌を下すものが一人。

 

「ウェンさん。石、追加です」


 先ほどとは異なり、淡々と苦行の追加を命じるセトラがこの場では何よりも恐ろしかった。

 恐らくウェンもこの一件にて感じたことだろう。この中で一番怖い存在は、怠け者でも錬金術士でも大魔法使いでも元天使でも横暴で我儘な小さき王女でもなく、見た目清楚な黒髪の巫女様だと。



「みなさんが旅の勇者様方ですね? お待ちしておりました!! 宗教国家プロビナへようこそ!!」


 着いた。が、しかし着いた途端にこの騒ぎ様。なんだ祭りでもやっているのかという盛り上がりで少々腰が引けてしまう。


(な、なあセトラ。この国ってどんな国だ? 俺のいた時代にはなかったからいまいち距離感というか風土的習慣というか文化というか……わからん)


(うーん、今は普通の専制君主制の王国かなぁ? 宗教国家って言われてるけど、信仰対象はここ数年の内、つまり天使の襲来と共に国の王女に鞍替えしたみたい。なんだかね、王女様が凄くおしとやかで可愛いみたいでそれで国民の信仰が全部集中したって……、シロ、移り気でも起こした時は覚えておいてよ? ただでさえ女の子ばっかりで、私、気が気じゃないんだからね)


 なんだか後半から説教を食らっていたような説明だった。


「さあさ、王宮までご案内いたします! 王女様、光の女神であられるルミエール様がお待ちになられております故!」


「はあ……」


 なんとなくセトラが言っていることを理解できたかもしれない。王女とは言え人間、それを神と同一視しているような雰囲気をこの住民の言葉の節々から感じられた。でも悪意があるわけではないのだろう。単に信じる対象が天使から王女に変わっただけの話だ。国の維持のためにも必要だったのだろう。信仰の対象となっている王女には少しばかり同情するが、見る限りこの国は平和に暮らせている。それならば部外者である俺達が口を挟む理由もない。

 

 道案内の後に続きつつ街を観察する。ガーデンのように極めて発展した様子ではないが、魔界の村のように寂れてもいないし、ラ・ブールのように貧富の差が激しい様子でもない。


「ふつう……でも、いいまち……」


 俺の横かつミラの逆側という恒例の立ち位置のフレイヤがぽそりと呟く。


「ああ、今までのどの街よりものどかかもな……ただ――」


 さっきから視界の端にチラチラ映る王女様グッズを除けばな!!

 ピンクが多い。圧倒的に!

 いやらしさは感じさせない、可愛さに全数値を振ったようなピンクだが、それでも普通の民家の窓に王女様の絵が印刷された幕などが張られている様子は異様そのもの。いや良いんだけどね! 街の人がそれでいいなら!!


「見事に神格化されてるわね……。さすが宗教国家って言うだけあるわ」


 路上商店も王女様を象ったアクセサリや彼女所縁の商品が多い。中でも一番驚いたのはまんじゅうにまで彼女がイメージされた絵が印刷されている点だ。見たところ魔法の痕跡はないため、完全に人間の技術のみであの食べ物は作られている。食べ物に印刷するという俺達のような魔法漬けの人間からしたら仰天物の人工技術があるにも関わらず、熱意を向ける方向がどこかズレてる……。焼型にしてもあの小ささはかなり精巧だ。相当な腕の職人がいるに違いない。

 余程愛され、必要とされているんだということがよくわかった。


「王女様は私達の国の拠り所なのです。本当は、こんな事旅のお客様である貴方様方に言うべきではないのかもしれませんが、王女様には大変負担をかけていると思います」


 憂いた顔の道案内の女性は続ける。


「迷惑ですよね。つい最近まで王家を放ったらかしで神様を信仰してましたのに、その神が悪だと知ると手のひら返して祭り上げて……」


「……」


 口を出しにくい話題だ。まだその王女様に会ってもいない。見ず知らずの彼女の立場を鑑みてこの人を慰めるも、貶すも難しい。


「でも、王女様は嫌な顔ひとつせずに私達に笑いかけていただけるのです。毎日毎日、きっと王女様には王女様の生活がお有りにあって、その中で気分が浮き沈みなさることもあるでしょうに。それでも毎日笑顔を私達に見せていただける。……本当に感謝しています。あの御方が王女様で良かった。私達は……幸せです」


「……会ってみたくはあります、そんな、皆の王女様に」


「ええ、もうすぐ着きますよ。王女様もお会いになられたいと常日頃口にしていらっしゃいましたから」


 憂さを晴らした彼女の顔はなんともまあ幸せそうで。一人の人生の犠牲によって生まれた幸せを甘んじて受け入れて良いのかという悩みも頷ける。どの街もそんなような悩みだけなら……どれだけ幸せなことやら。


「私の役目はここまでです。後は騎士さん達に引き継いでもらいますね」


 去り際、セトラが道案内の彼女を呼び止めた。


「ありがとうございました。その……私も似たような経験しましたけど、王女様はうれしいと思いますよ。もちろん期待に押しつぶされる事の方が多かったですけど、それでも、誰かが自分を必要としているってうれしいことです。だから、なんというか……幸せでいてください! それが一番王女様のためだと思います!!」


「貴女は……『救世の巫女』、セトラ様ですね? お噂は遠くこの地にも伝わってます。……ありがとうございます。少し、楽になりました。実はですね、私、つい最近新しい命を授かりまして……。この子のためにも、王女様のためにも、頑張って幸せに生きようと思います!」


 優しい手つきでお腹を擦る彼女。

 ……。なぜだろう。彼女を祝う気持ちや、幸せの維持を応援したいのだが、何故か頭が痛くて。何か大事なこと、忘れてないか俺……。


「……シロ、どうかした?」


「や、なんでもない。長旅で疲れただけだと思う。王女様に会って、一通りやることが終わったらゆっくりと宿で休むよ」


「……そう」



「貴方達が勇者様御一行……お待ちしておりましたわ」


(御一行でまとめられるのすんごく不服なんだけど)

(黙っとけ。あとで甘いもんでも買ってやるから頼むから大人しくして厄介事を増やさないでくれ)

(二人分ね)

(欲張りな。まあいいけどさ)

(……。ばーか)


 一人で二人分喰おうとは何たる傲慢。だけどそれで平穏な謁見が買えるなら安いもんだ。


「貴女が王女ルミエールですね。私は世界の破滅を食い止めるため旅を続けている……その、勇者とか呼ばれているシロと申します」


(おにいちゃん喋り方いつもと違ってかっこいいねぇー)

(しー……ガブにゃん静かに。たぶん、いまだいじ)


「シロ様……。遠路遥々我が国へようこそいらっしゃいました。わたくしはドルレアン・ラ・ウル・ルミエール。あはは、長いですよね。どうぞ遠慮なくルミエールと呼んでくださいませ」


 どよめく謁見の間。「王女、それは……!」など、騎士の静止が飛び交っている。


「じゃあルミエール。この国に光の賢者って居るか?」


「貴様――!!」


 俺の態度が余りにも砕けすぎたからか、騎士の一人が切りかかってくる。

 いや、これで良いはずだ。ルミエールは対等な対話を望んでいる。根拠はなかったがそう確信した。


「やめなさい! わたくしが良いと言っているのです。それに貴方達に人を切って欲しくはないですわ」

 

 騎士の剣が、俺の首に触れるかどうかというところで止まる。例え刃が触れたとしてもどうということはないのだが、やはりフレイヤやガブリエルやソルレーヌの前では争いを見せたくない。


「ありがとうございますわ。わたくしを下に見る相手はいましたけど、対等に見てくださる方は今までいませんでしたから、嬉しいです」


 なるほどどうして彼女が民衆に慕われていたかがよくわかった。確かに彼女にはテラさんのようなカリスマのようなものはない。そのくせ本来王に不要なはずの慈愛に満ちている。その優しさに


「あ、賢者でしたね。恐らくわたくしがそうなのだと思いますわ」


(どうだセトラ。ルミエールの魔力構造、読み取れそうか?)


 こっそり開いていたセトラと俺のみの伝達魔法で真意の確認を試みる。


(はい。彼女が間違いなく賢者ですよーだ)


 ブツン。それで通信は途切れる。

 ありゃ? セトラ、嫉妬してる……? いやいや、どこに嫉妬する要素があったのか皆目見当もつかないが少なからず怒っているのは間違いない。

 ……セトラには悪いが、今はルミエールとの話に集中しよう。


「だったら話は早い。この国には悪いが俺達と共に来てくれないか?」


「ええ! 喜んで!!」


 ……あれ、ここから断られて説得してを想定していたのに、あまりに拍子抜けするルミエールの返答に驚かされた。

 しかしルミエール王女の承諾とは裏腹に、騎士や側近達は事態を快く思っていないのがよく分かる。あっという間に波紋は広がり歯止めが効かなくなる。とはいえ、誰かが直接王女に反論することはなかった。先程の出来事で釘が刺されたか、ルミエールが反対を振り切る事がわかりきっているからだろう。


「その……いいのか? 誘った俺が聞くのも変な話だけど」


「良いのです。この国にもそういった時期は必要だと思いますの。わたくしが離れたいからではありませんわ。この国のために、わたくしが急にいなくなってもいいように今のうちから準備をしておいた方がいいと前々から思っておりました」


「はあ、や、ルミエールがいいならいいんだけど。その、一応、あんた達は大丈夫か? ちょっと見てきたけど、この国はルミエールを心の支えにしているみたいだし……。その支えがなくなっても国を回せるか?」


 このままじゃ一方的にルミエールを連れ出すような気がして、俺が上手く納得できない。一応王室関係者たちにも聞いてみる。

 誰に問いかけたわけでもないが、しばらくするとすっと老齢の騎士が前に出てきて話し始めた。返ってきた答えは、これまた意外だった。


「……旅の方よ、私めは正直困惑しております。しかし王女がそう仰られる日が来るとは思っていませんでしたのもまた事実。困惑している反面嬉しくもあるのです。いつも民のためと、矢面に立って国を守っておいででしたから、面を食らったといいますか……。ええ、はい。これからしばらくは私達国民も苦労する番です。シロ様、プロビナ王国騎士団、ひいては国を代表してお願い致します。どうか、どうかルミエール王女を宜しくお願い致します」 


「……ああ。わかった。お願い致されたよ」


「では、積もる話も終わった頃ですし――」


 ぱん、と小さく手を合わせ音をを鳴らすルミエール。ずらりと並ぶ侍女と執事。同時に多数の綺羅びやかなドレスが運び込まれる。

 ……はて。意図が見えない。


「わぁ~綺麗な衣装がいっぱ~い! これ、あたし達の?」


「はい、皆さんにはぜひパーティにご出席して頂きたいですわ」



 ……。テラスにて、夜風に当たりながらふと思う。

 なんだろうこの違和感。あまりにトントン拍子過ぎて不安になる。

 いや、これまでもラ・ブールなどは敵は出てこなかっただろ? そんな街もある。何もすべての街で天使たちと戦って、すべての街に障害があるわけじゃない。

                    いたい。                 

 するといつの間にか隣にルミエール王女がやってきた。舞踏会場を抜け出してきた王女様……様になるなぁ。ますます俺みたいな旅人がこの場にいるのが憚られる気が……。


「シロ様? どうかなされましたの? お顔……怖いですわ」


「何でもない。ただ、良いのかなって、こんな簡単にルミエールと出会えてよかったのかなって思っただけだよ」


「ふふっ、わたくしは貴方様をお待ちしておりましたわ。わたくしのような王女の出来損ないに意味を与えてくれる、それだけで貴方様はわたくしの……」

                 

                    頭が、いたい。    

 

「そんなことないと思うぞ。ルミエールがああやって街の人達に活力を与えてるんだって、ちょっと見て回っただけの俺でも分かる。そんなに自分を卑下しないで良い」


「シロ様……。そんなこと言われたの、はじめてですわ」


「こらっ! そゆうの禁止っ!!」


 ミラに脇腹をつねられる。地味に痛い。


「わかったわかった! とにかく! これからよろしくな。って言ってももうすぐ旅も終わる予定だけどな。短い間かもしれないけど、よろしく」


「はい……。シロ様。不束者ですが、よろしくお願いしますわ」


 彼女の柔和な笑みにホッと胸をなでおろす。

 慈愛に満ちていて優しく包み込まれるような、不安が剥がれていくような感覚――。

                    これは――。

~~~


「――そうだ。こうして此処に光の賢者であるルミエールがいるんだ。これで後は忌々しいあの塔を目指すだけ。それで十分だ。今は着実に旅が終わりに向かっていることを喜ぼう。これでいよいよ冒険も終わるんだ。ミラと、みんなと一緒に、最後まで――」


「あ、ああぁ…………。そんな……どうしてこんなことを……」


 石張りの床に投げ捨てられた彼は、虚空を見つめてはそうぶつぶつと繰り返す。急いで彼とその隣で天使を睨みつけた女の子の下に駆け寄り肩を揺するが、うわ言を呟き続けるだけで反応は見られなかった。

 

「どうして勇者やら賢者やらはこうも抵抗力が高いのでしょうかね? 正攻法ではこちらが殺られるって一目見ただけでわかりましたよ。しかしなまじ天使の力を持っているものですから侵入するのは簡単でした」


「~~~っ!! ~~~~~っ!!!」


「おまけとして煩い雌犬も付いてきましたけど、まあ良いとしましょう」


 白色に限りなく近い銀の頭を踏んづける天使。ごつ、と重い音が部屋に響き、女の子が苦痛に顔を歪める。床との接触面は赤く腫れ、彼女の目と同じ色の血が床の溝へと流れていく。


「~~~!!」


「や、やめてくださいっ!! どうしてこんなこと……!」


「どうして……? そんなもの貴女を壊すために決まっているでしょう。彼には可能な限り残酷な幸せを見せてあげてます。どうです? 他人が有りもしない幻想に甘く浸って夢見ている姿は。つい最近までの貴女に凄く似ていませんか? 滑稽で愚かで儚いですよねぇ」


 そうだ。悔しい事にこの男が言っていることは正しいのだ。此処に誰か来てくれないかという有りもしない希望を抱いて待ち続けた。扉が開き、この天使以外の人が現れた時はどれだけ期待し、どれだけ失望したことか。 

 更に畳み掛けるように天使の男は続ける。


「良かったですね。勇者たちが来なかったら妹さんをバラすつもりだったのですよ?」


 この……っ、外道が……!


「おや、私の事蔑みながらもちょっと安心しましたよね? ね?」


「……っ! そんなっ、わたくしは……っ!!」


 言われた通りで辟易する。

 ついさっき出会ったばかりのこの方に、わたくしは一縷の望みをかけてしまった。それが叶わないと言った矢先、妹の命が僅かとは言え繋がったと聞いてこの方が捕まってよかったと心の何処かで思ってしまったのだから。自分の薄汚さに吐きそうだ。此処に閉じ込められることを決めたときからわたくしに未来はないとそう言い聞かせたはずなのに。まだ生きようとしていたなんて。もう、いっそさっさと……。


「それにしても本当についてますよ、この国に残ったのが私で。これがミカエルだったら即時殺してますからね。12時間ほど長く生きていられますよ」


「12時間……?」


「ええ、12時間後に貴女含め、王族の血を引く者、そしてこの勇者たち一行を国民の前で処刑します。安心してください。我が神の勝利を祝した、この世界で一番美しい芸術品に仕上げて差し上げますから」


 天使の男は独特なニッコリとこびりつく気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 その言葉を聞いて私の中に残っていた希望が全て潰えていった。僅かでも縋った者、この方もこの天使には敵わない。唯一与えられたラッキーでさえぬか喜びに終わってしまって……。いや、この人はよくやった。此処まで来てくれただけで、妹と一緒に死なせてくれるだけで感謝しなければいけない。ありがとう。貴方様はわたくしの死に意味を持たせてくれた。それだけでこの地獄においては幸せだ。

 どう生きるかではなくどう死ぬか。そんなことを考えながら思う。


 ――ああ、もう本当にこの世界は終わりなんだ、と。


~~~


「あらあらぁ……」


 ああ、腹が立つ。


「どしたんだ?」「どうしたの?」


「ちょぉーっと不味いことになっちゃったかも……」


「彼等か。だが君の計画では最後の瞬間まで不干渉を貫くんじゃなかったのか?」


「そのつもりだったけど……」


 よもや此処まで織り込み済みとは思わなかったわ。

 彼女の手のひらで踊らされているという事実が癪に障る。

 

「どちらにしてももう土の賢者を駒として使ってるんだから、遅かれ早かれかもね」

 

 ……そして駒を操る側だと思い込んでた私達も既に駒だった事を思い知らされる。

 それはある意味屈辱であり、ある意味私に高揚をもたらした。 


「此処を逃したら未来はない。出ましょう、満を持しての私達の出番よ」


 ――そうそう、これで君たちもシロたちと同じステージだ。表舞台に立たなきゃ世界は掴めないからね。

 ふと、古の巫女がそう囁くような錯覚に囚われる。

 

 ――だったら。

 だったら盤を動かす側の貴女は誰に世界を掴ませようとしてるのかしら?

 それはほんの好奇心の気まぐれであり思いつき。あの勇者ちゃんなのか、はたまたそれとも……。

 つい口に出てしまった割に至上の知的欲求を煽るその謎を、遥か空の彼方、天に聳えるあの塔の終点よりも更に先にいる彼女へと問いかけた。

はい、お疲れ様でした。前後編に分けようかと思ったんですけれど、分けどころが見つからなかったので諦めちゃいました。


という訳で今回主人公達の活躍少ないです。

あの人も大概主人公的立ち位置ではあるんですけどね。彼女自身、自分の目的さえ達成できれば全員助けなくていいというスタンスなので、これまでとちょっと違ったお話になるかも……。


ブックマークありがとうございます!

感想や評価もお待ちしてるので、ぜひしていただきたいです!

twitter → @ragi_hu514


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